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第215話 第一歩(その2)

 それは、観戦者が失望を覚えるのに十分な光景だった。

 徹底的に打ちのめされ、満身創痍となったセイファートが、敢えて再開させた決闘。

 なんらかの打開策があるのなら、これまでとは異なる動きを見せるはずだった。

 ないのなら、守りを捨てて、一か八かの大勝負に出るべきだった。

 しかしセイファートが取った行動は、そのどちらでもない。

 ひたすら正面から斬りかかるという、戦いの最序盤に見せた悪手を、もう一度繰り返していた。

 隙を突いて攻略するという合理的思考よりも、真正面から打ち破りたいという意地が勝ってしまったのか。

 あるいは、彼我の途方もない性能差を未だ受け入れられずにいるのか。

 ともあれ、両者の優劣が覆る気配は皆無だった。

 セイファートOは、先程と同様、自身への攻撃を巧みに捌いていく。

 人工知能によって制御されるセイファートOに、ヒューマンエラーの概念は存在しない。

 一度見切った攻撃は二度と通用しないどころか、学習を重ねることで更に対処の精度を上げていく。

 つまり、ただの根性論による突破は不可能。

 どうにか一太刀を浴びせようとするセイファートの必死な猛攻は、必死であるからこそ余計に、観戦者たちには愚かに映った。

 だが――――セイファートを操る当人、風岩瞬の浮かべる表情に、絶望の色はわずかも差していない。

 かといって、崇高な希望に染まっているわけでもない。

 年齢相応の、実に軽々しい態度で、この状況を楽しんでいた。


「やっぱりな……!」


 瞬が今、もっとも神経を注いでいるのは、自らの高揚感を律することだった。

 どうやら、例の読みは当たっているらしい。

 直後、期待外れだったとでも言いたげに、セイファートOがいよいよ攻勢に出る。

 オリジナルこちらより速く、強く、巧みな、鋭い斬撃の嵐。

 セイファートは後退と防御を続けて、四方八方から襲い来る死の刃をどうにか耐え凌ぐ。

 もっとも、その全てを受け流すほどの技量は瞬にはなく、セイファートの傷は増える一方だった。

 このままでは危険として、瞬は各所のスラスターを一斉噴射させて、セイファートを右方に高速移動。

 一度距離を取って仕切り直しを図ろうとするが、セイファートOはそれを許さない。

 同じタイミングで急加速を始め、影のようにセイファートに張り付き、攻撃を続行する。

 機動力で勝るセイファートOが本気を出せば、当然、こうなる。

 前半戦と同じ流れを辿るどころか、その何倍も苦しい展開だった。

 ただ、それでも、瞬の余裕は崩れない。

 刃こぼれを起こしたジェミニソードの修復を行うこともせず、セイファートOに小憎たらしい笑顔を向ける。


「そんなにオレに勝ちたいか。そんなにオレに見せつけたいか。そうかそうか……!」


 検証は終わった。

 あくまで作業の切り上げであり、完了でこそないものの、一応の結論を出すための材料は十分に揃えることができた。

 おそらく――――セイファートOに搭載された人工知能の思考ロジックには、性格と呼んで差し支えないほどの、確固たる方向性が与えられている。

 思えば、前半戦の時点でも引っかかりはあった。

 セイファートOは、一つ一つの挙動こそ恐ろしく正確だが、戦術的な判断は、とても理に適っているとは言いがたかった。

 こちらが剣を振るえば剣で応じ、飛び道具を放てば飛び道具で応じ、“とっておき”を繰り出せば“とっておき”で応じる。

 高い機体性能と強力な武装の数々を活かせば、より安全確実な勝ち方などいくらでもあるだろうに、わざわざ律儀にだ。

 やはり、この機体の本質は、最初に相まみえた働いた直感のとおりだった。

 どころか、それが全てだった。

 セイファートOは、セイファートをために――――その完全上位互換であることを証明するために生み出された機体。

 同じ攻撃手段、同じ戦法でセイファートを圧倒し、瞬を屈服させることが唯一の目的であり、存在理由。

 だからこそセイファートOは、基本的には後手に回り、同じ行動の勝負に持ち込もうとする。

 これを兄の化身と勘違いし、怯えすくんでいた自分の間抜けさを、瞬は深く恥じ入った。

 セイファートOの在り方は、立ちはだかる試練どころか、承認欲求に飢えた挑戦者。

 セイファートを倒したくて仕方がない首魁が、この機体を無理にねじ込んできたという事実を、ありのままに受け入れるだけでよかったのだ。

 そして、どれほどの能力を持っていようと、戦い方に強いこだわりを持つというのなら、やりようはある。

 付け入るべき隙を見いだすことも、作り出すことも、可能だった。


「だったら、好きなだけ自慢しやがれ」


 瞬は、走行中のセイファートを跳躍させると同時に操縦桿脇のレバーを引き、機体を変形させる。

 ゴウンと大きな音を立てて、正面に集結していく、五つのエッジアーマー。

 それを見たセイファートOもまた、即座に変形を開始する。

 変形機構自体にも工夫が加えられているほか、複数のプロセスを同時並行で進められるセイファートOの方が、変形完了までにかかる時間は格段に短い。

 完全な星型を形成したセイファートOが、まだ装甲を閉じている最中のセイファートに突進をかける。

 変形の半ばという最も無防備かつ構造的に脆い状態で衝突されようものなら、空中分解は必至。

 速度でも上回られているために、逃げ切ることは不可能。

 絶体絶命の窮地に立たされたセイファートだが、これも瞬の計算のうちだ。

 瞬はS3を介して変形の動作に緊急停止をかけ、非常時のマニュアル操作モードを使い、セイファートを強引に人型形態バトルフォームへと戻す。

 スラスターの噴射が一時的に停止したことで、セイファートは残った慣性で前方へと運ばれながら、ゆるやかに落下。

 一瞬の後に、セイファートOが、その頭上を通過していく。

 二機の位置関係の逆転――――

 そこでやっと瞬の目論見を察したのか、セイファートOもすぐさま人型形態に戻るが、既に手遅れだった。

 瞬はセイファートを再加速させ、変形を終えたばかりのセイファートOを背後から斬りつける。

 回避も防御も間に合わない、完璧な奇襲。

 スラスターが詰まった右肩のシールドアーマーを切り落とされたことで、セイファートOは大きくバランスを崩し、氷の大地を何百メートルと滑りながら不時着を果たす。


 何十回という攻撃の全てがいなされ、一度は心が挫かれた――――そんな戦いにおける、初めてのクリーンヒット。

 溜まりに溜まったフラストレーションが解放されたことで、操縦中であるにも関わらず、瞬はたまらず拳を突き上げた。


「そんな……!」

「さすがのセイファートOでも無理だよな。あれだけのスピードの中で、急に振り向くってのは」


 驚愕する井原崎に対し、けひひ、と意地の悪い笑声を漏らしながら瞬が応じる。

 上位互換であることを証明するために、こちらの誘いに必ず乗ってくるという、セイファートOの特性を逆手に取った作戦は大成功だった。

 セイファートOは、相手の行動に対して、尋常ならざる処理速度で反応しているだけだ。

 行動の意味、それ自体を読み取っているわけではない。

 だからこそ、直接害を及ぼすことのない、攻撃以外の動作は

 これが、瞬が見つけ出したセイファートOの弱点の一つである。


「セイファートOは、セイファートと同じく、四基のエッジアーマーに推進機の大半が集中している……。その一つが破壊されれば、変形機能は実質封じられたも同然。あなたは、これを狙って……」

「そのとおりだぜ、井原崎のおっさん」


 セイファートOの機動力を削ぐことは、攻略のための前提条件にして最優先事項だった。

 というより、セイファートOの学習能力のことを考えると、初撃で決めるしかなかった。

 上手くいったからいいようなものの、これで仕損じていれば、瞬の敗北は確定していた。

 なにしろセイファートには、もう空中戦を行うだけの余力がない。

 あたかも作戦のために巡航形態スターフォームへの変形を中断したような展開になっているが、セイファートのスラスターは全体の四割近くが機能不全に陥っており、どのみちあれ以上は飛べなかった。

 できうる限り早期に、戦場を地上とその近辺に限定しておく必要があったのである。


「随分と派手に突っ込んだな。大丈夫か? 調子が悪いなら三、四十分待ってやってもいいぜ」


 瞬が煽り立てた矢先、立ち昇る蒸気を割るようにして、セイファートOが姿を現す。

 その挙動は変わらず機械的だ。

 醜態という概念自体存在せず、正負の感情に振り回されることもない。

 ただ、警戒のレベルは確実に一段階上がっていた。

 これまで一度も抜くことがなかった脇差を手にとって、二刀流のスタイルへと移行する。

 本差を上段に、脇差を中段に――――いわゆる上下太刀の構えに近い姿勢。

 この構えの特徴を端的に説明するなら、攻守のバランスが取れており、崩しづらい。

 反応速度に優れたセイファートOにとって、これほど相性のいいものはないだろう。


「見るだけで気が滅入るんだよな、その構え……。格上にやられるとマジで突破できねえからよ。でも、こういうときのための風岩流なんだよな」


 言って、瞬はセイファートを走らせる。

 またしても正面からの突撃だが、だからといって正面から攻撃を仕掛けるとは限らない。

 セイファートOまで残り100メートルを切ったところで大きく跳躍し、頭上を飛び越える。

 だが、セイファートOの対応もまた早かった。

 セイファートが自身を通過する前から180度の旋回動作に入っており、万全の迎撃態勢を完成させる。

 一方のセイファートは、まだ方向転換を始めてもいない。

 背中を晒した一方と、それを後方から仰ぎ見るもう一方。

 先の空中戦を再現したかのような構図。

 セイファートOにとっては、仕返しをする絶好の機会だろう。

 セイファートOの急加速を物語る、スラスターの爆発的噴射音が、瞬の鼓膜を震わせた。

 それこそが、打って出る合図だった。


「今だ……!」


 全神経を集中させ、瞬は技を繰り出す。

 セイファートOの機動力は凄まじく、接近を感知してから身を捩ったところで、そこから反撃に転じるだけの時間的猶予はない。

 そもそも、振り向く前に攻撃を受けることになるだろう。

 ならば、そうと心得た上で、より早くから攻撃を始めればいいだけだった。


「十二式、“磊弾いしはじき”!」


 セイファートが、両手で握り込んだジェミニソードを、全力で水平方向に振り抜く。

 そのまま、機体にかかる遠心力とスラスターの噴射を利用して急速反転。

 自身に向けて振り下ろされていた刃を――――その刀身を、側面から打ち払う。

 けたたましい衝突音とともに弾き飛ばされ、宙を舞うセイファートOの本差。

 セイファートOはそちらには目もくれず、残った脇差による刺突を放ってくるが、まだ回転の勢いを残すセイファートに対しては有効打とはならない。

 ダメージは、右腕の装甲が欠け落ちるに留まった。

 その間に、瞬はジェミニソードを片手持ちに切り替えると、手首を返して今度は左側面から横薙ぎの一閃を放つ。

 セイファートOは上体を逸らして回避運動に入るが、スラスターに依存しないただの体捌きであるため、速度はたかが知れている。

 セイファートと同じ、頭部から生える五本角のうち、三本を切り落とすことに成功した。


「見たかセイファートO。剣術ってのは、こうやるんだぜ……!」


 依然として形成が不利であることに変わりはないというのに、瞬は不敵な笑みを浮かべてみせた。

 周回遅れになる間際、最下位の人間は、先頭の人間の前を走っているようにも見える。

 同じように、極まった遅さは、ときとして神速を食らう。

 到底追いつくことのできない超高速を迎え撃つ、先読みの超低速、これこそが“岩の型”の本質。

 機敏な動作と奇抜な攻撃で堅固な守りを突破する“風の型”と対を成す、風岩流のもう一つの力。

 二つが揃えば、いかなる強者をも超えていける。

 親族から何度も繰り返し言われてきた、その言葉がどれほど真実であったかを、瞬は今このとき、ようやく心の底から理解する。

 遠い昔に最低限の動きを覚えただけの拙い技ですら、使うべきタイミングさえ合えば、これほどの効果を発揮するのだから。


「ハイリスクだからやらねえ、か……つまんねえことを言ったもんだ、昔のオレは。決まれば、こんなにも気持ちのいいもんだってのによ……!」


 勝利を収めるどころか、戦いの中の、ごく限られた時間を優勢に立ち回れたというだけなのに。

 体の内から湧き上がる歓喜の熱量は、これまでとは比較にならないほど膨大だった。

 至って単純な理屈だ。

 “ありのままの自分”になるということは、自分の行為によって生み出された結果もまた、ありのまま受け止めるということ。

 ひいては、喜怒哀楽の全ても、純度百パーセントのものを味わうことになる。

 その“本当の世界”で生きていくための勇気が、かつての瞬には不足していた。

 今でも、十分に足りているとはいえない。

 だが、失敗を恐れて挑戦することを諦めた自分という、安いフィルターで濾過した薄味では、もう物足りなかった。

 酸いも甘いも、噛みしめるほどのが欲しい。

 そう思えるようになるくらいには、変わったのだ。


「さあて、今のうちに……」


 セイファートOが取り落とした本差を拾いに向かうのを確認すると、瞬もまたセイファートを一旦後退させる。

 自身もまた、セイファートの虎の子である“天の河”を回収するためだ。

 セイファートOの大技“ゲミンガの烈光”とやらを受け、地面に叩きつけられた際に、“天の河”を取り付けていた背面のラックが外れてしまっていたのである。

 位置は既に把握している。

 瞬が目覚めた場所の、数百メートル後方。

 機体を反転させた現在においては、前方だ。

 わざわざセイファートOを飛び越えて反転し、敵の獲物を弾き飛ばしたのも、回収の時間を稼ぐためであった。

 ここまでは、おおよそ計算どおりに事を運めることができた。

 問題は、これからだ。

 流れを変えるためには仕方がなかったのだが、という上策を、一気に放出しすぎた感はある。

 同等の上策をなにか、一つか二つ――――その高望みが躊躇いに転じてしまったのか。

 次のラウンドの先手は、セイファートOに譲ってしまうことになった。

 シールドアーマーの一つを使用不能にしてやったとはいえ、まだまだ総推力はセイファートの遥かに上で、機体を浮かせる程度はなんの支障もなくこなす。

 先程と同じ上下太刀の構えを取り、地面を滑るようにして、一気にセイファートへとの距離を詰める。


「来た……!」


 攻めに回ったセイファートOの迫力に、瞬は思わず息を呑んだ。

 “岩の型”による返し(カウンター)は、まだまだ未完成の域。

 修練不足と知識不足、どちらの問題も今この場で解決する方法はない。

 そんな中で、かろうじて実用レベルに至っているのが、今しがた披露した十二式のようなタイプだ。

 具体的には、対を成す“風の型”と表裏一体の関係にあるタイプ――――基本動作自体は同じで、繰り出すタイミングや方向が違うだけの技。

 先程のように、それを確実に決めるための状況を整える必要はあるが、なんの手立てもなかった前半戦よりは遥かに希望がある。


「くっ!」


 左、右、左と、二刀を交互に振り下ろす三連撃がセイファートを襲う。

 単調ではあるが、セイファートOが放てば基本的な連携も凶悪な攻撃と化す。

 実際、威力も速度も凄まじく、この間に付け入る隙はない。

 瞬は咄嗟の判断で、ラックから取り外した天の河を構え、その長大な刀身で斬撃の全てを受け止める。

 これは瞬自身にとっても、予想外の良手だった。

 天の河の本領は、刀身を構成する金属粒子の炸裂による範囲攻撃。

 剣の形状をしているのは、その方が扱いやすいという瞬自身の要望と、懸架時に補助翼として機能させたいという技術者の思惑が一致したからこそだ。

 逆にそれ以外の理由はなく、重量やサイズのこともあって、剣としての実用性は皆無とされてきた。

 だが今更になって、瞬は天の河が、防御にこの上なく向いた装備であることを実感する。

 この刀身で“岩の型”のカウンターを正確に決められたら、どれだけの効果を発揮することか。

 想像するだけで胸が踊る。


「いやあ、楽しい楽しい。こんなにも楽しいことを、オレは今までやってこなかったのかよ。勿体ねえったらありゃしねえ……!」


 勿体ないといえば、地上戦の奥深さにしてもそうだ。

 セイファートは、なんのオプションもなしに長距離飛行を可能とする上、空中での姿勢制御も自在。

 敵に一瞬で肉薄することも、逆に敵から一瞬で離れることも容易にこなす。

 陸上の敵と戦う際にも低空飛行による移動を基本で、地面に足をつける時間は極めて短い。

 ただ、その機体特性ゆえに、瞬は踏んできた場数に反して地上での立ち回りはずっと不慣れなままだった。

 他のパイロットにとっては初歩の初歩。

 歩いて、走って、敵との間合いを測るという戦いの基礎――――独自の戦術を完成させることよりも遥かに重要な技能を、瞬はほとんど磨かずにここまで来たのである。

 自由に天を駆けることのできる翼を生まれながらに持ち、不自由の中の試行錯誤を最初から飛び越えてしまっている機体、それがセイファート。

 どこまでも玄人向けの、最高に意地の悪いマシンだ、と瞬は改めて思う。

 一時は、その扱いにくさを煩わしく思ったこともあったが、今は最高に気に入っていた。

 セイファートが隠し持った可能性を暴いていく作業が、面白くて仕方がなかった。

 可能性を一つ暴いていくたびに、それが自分の血肉となっていく。

 付け焼き刃ではなく、新たな選択肢の一つに加わっていく。

 風岩流と向き合ってから、恐ろしいほどに、自分の中にある歯車の周りがいい。

 やることなすこと全てが成長に繋がっていく感覚が、確かにあった。

 この力強い回転を止まってしまわないように、瞬は天の河を大きく振り抜いて反撃に出る。

 セイファートOは、飛び退すさってその一撃を躱すが、スラスターで加速をかけながら斬りかかれば間に合うのではないかという発想が瞬の頭に浮かんだ。


「認めるだけでよかったんだ。オレの腕前が、まだまだだってことを……!」


 自らの足りない要素を見極め、少しずつ埋めていく。

 それが強くなるということ。

 結果を急ぎ、失敗を恐れた瞬には、そんな当たり前の理屈が抜け落ちていた。

 内なる世界でオーゼスの男たちとの対話を経て、瞬の心に嵌まったのは、最後の一ピースではなく最初の一ピースだったというわけである。

 未練がましく握りしめていた幻想まみれの自分を手放し、ただの初心者へと回帰した瞬は、現時点においてはどうしようもなく未熟だ。

 ただし、自分がどう未熟なのかを一から十まで知り尽くしているという点において、他の初心者とは一線を画する。


、私はこの戦いを望んでいなかった……」


 井原崎が、震える声で呟く。

 数分が経過するうちに、セイファートとセイファートOの繰り広げる剣戟は、いつしか互角に近いものとなっていた。

 分は、まだセイファートOの方にあると瞬は考える。

 しかし、満身創痍のセイファートで、万全の状態のセイファートOに対し、ここまで追いすがることができている。

 戦闘の開始時点と現段階とで、双方の力量差がどれほど埋まったか。

 その事実を、井原崎は嘆いているのだ。

 向こう側の視点では、ああいう反応にもなるだろうと瞬は苦笑する。

 願わくば、このままずっとセイファートOと戦い、もう二段も三段も高みへと行きたかった。

 だがセイファートOはそんな生ぬるい心構えで勝てる相手ではなかったし、なにより瞬の肉体と精神が悲鳴を上げている。

 もう打ち合いを続けるほどの余力も残っていない。

 あと一度か二度の攻防の中で、完全にけりを付ける。

 そう決定した上で、瞬は操縦桿を今一度握りしめた。

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