第19話 Newwave
「本当によくやってくれた、クシナダ准将」
カナダ西部に存在する群島、ハイダ・グワイの全域を利用して建造された、地球統一連合軍最高司令部。
その一室において、ケルケイム・クシナダは自分を喚問した壮年の男と対顔していた。
鋭い双眸に、閉じているときは強く結ばれた口元と、猛禽を想起させる威嚇的な顔つきはケルケイムの苦手とするところである。
男の名は、ヴィルヘルム・エーレルト――――連合軍の各種軍事計画を立案する、統合作戦室と呼ばれる部署に所属する中将である。
メテオメイルの建造及びヴァルクスの設立が早期に実行に移されたのは、ヴィルヘルムの決断力と手腕に依るところが大きい。
ロベルトの持つコネクションでヴィルヘルムに直接接触できなければ、メテオメイルの完成は大きく遅延するどころか、手をこまねいている間に全てが終わっていたかもしれない。
ケルケイムにとっては、長く自分の面倒を見てくれているロベルトと同等かそれ以上の恩人であった。
結果的には、人類全体がヴィルヘルムの英断の恩恵を受けているともいえる。
「四戦目にして遂にオーゼスのメテオメイルの一機を撃墜……ヴァルクスの活動が前倒しになっている事を考えれば、その一ヶ月目の成果としては十分過ぎるといえるだろう。自身の功績を誇りたまえ」
「……有難う御座います」
「これでようやく私も一息がつけるというものだ。大々的に動き回った手前、一機撃墜して貰うまではどうにも居心地が悪くてな」
そう吐露するヴィルヘルムの表情は、最初に会った一年前と比較すると、僅かだが生気が失われているかのように見えた。
アッシュブロンドの髪も、幾らか色素が薄まったようにも感じられる。
だが、連合製メテオメイルの有用性が確かなものとなったことで、これからの心労は少しは軽減される筈であった。
ケルケイムは感謝してもし尽くせない心情を、深い一礼で表わす。
「先のダブル・ダブル戦の結果を以て、中将のここまでの苦労にやっと報いる事ができたと思っております」
「発起人は君だ。私は恥ずかしながら少し遅れて君の一派に加わらざるを得なかった。真っ先に動かねばならない立場だというのに、実に不甲斐なかった」
「当時の私が身軽すぎただけの事です。さして失うものはありませんでしたから……」
そもそものケルケイムは一介の軍人に過ぎず、軍内部での発言権などというものは微塵もなかった。
ヴィルヘルムやロベルトが軍事会議で戦えるお膳立てをしてくれなければ、ケルケイムの意志や意見は存在しないにも等しかったのだ。
ロベルトや彼の人脈に頼る事を最初から想定していたという意味では、最初に行動を起こしたことさえ評価されるべき点ではないと、ケルケイムは自戒している。
「ともかく、この一勝は大きい。セイファートが最初の逆風を起こし、バウショックが我々の熱量を示し、そしてオルトクラウドが掴み取った希望の光。まだこれからだというのに、世界中のどこもかしこもが大騒ぎだ」
ヴィルヘルムの言葉は事実で、オルトクラウドの勝利が報道されてからこの二日間は、至る所で祝勝の祭り騒ぎが起こっていた。
実に一年もの間、オーゼスのメテオメイルに為す術無く蹂躙され続けていたことを考えれば、当然の事態ではある。
セイファートやバウショックの戦績はあくまで引き分け、言ってしまえば不安の現状維持でしかなかったが、オルトクラウドは全体の九分の一とはいえ、不安を解消してみせたのだ。
人々の間に僅かながら活気が戻ったことは、ケルケイムとて喜ばしい。
だが、メテオメイル部隊ヴァルクスのトップとして今考えるべきは、今回の勝利に満足する事は許されなかった。
「確かに撃墜に成功したとはいえ、今回もまた辛勝であり、多くの犠牲者が出ることとなりました。以前の三戦もそうですが、戦場が市街地となった場合、全く被害を抑えられていないというのが現状です。いずれも撃退という最低限の役割を果たしている故に、市民からの不満もかなり抑えられてはいますが、私自身は納得のいく結果だとは思っておりません」
「ナジュラーンが三百人、アイン・スクナは七千人……まあ、軽微とは言い難いな。だが、一度の出撃で百万人近い犠牲が出ていた地獄のような一年よりは、圧倒的に少ない。正直なところ、この辺りで妥協するのが良いとは思うがな」
「……それは、どういう事でしょうか」
尋ねるまでもなく、ケルケイムはヴィルヘルムがそういった人物であることを知っている。
否――――その表現もまたおかしなもので、現実主義のヴィルヘルムに対して、強固な理想主義の自分がいることを自覚しているといった方が正しい。
「そうだな、この言い方では君の理解は得られないか。はっきり言ってしまえば、許容範囲なのだよ。経済的な損失は大きいが、残った人類の連合政府への依存構造も揺るぎないものとなりつつある。だからこそ、軍も政府も君達への無用な言及を極力避けている。ヴァルクスの活動の障害になりうる余計な意見は、大分封殺してやっているつもりだ」
「……政府や軍の運営によほど影響を及ぼさない限りは、敢えて目を瞑るというわけですか」
「そこまでは言っていない。ただ、実際に指揮を執った君ならわかっている筈だ。あれだけの絶大な破壊力の中に、より多くを救うための工夫など凝らす余地がないということに。オーゼスとの戦いはもはや戦争ではない、一種の生存競争のようなものだ。敵機を撃墜さえできれば、それで誰もが満足する」
「そうした状況であるということは、理解してはいるつもりですが……」
「ならばいいのだが。少々理想が高すぎるのは、君の唯一の欠点だ。そういった思想は上に立つ者としてのパーフォマンスの範疇に留めておきたまえ」
誰もが打倒オーゼスのために、個々の意見を押し殺して組織の歯車として正しく活動する中、ただ一人駄々をこねる自分――――軍人としては、失格の部類に入る。
だが、反省はするにしろ、意志に反映はできない。
若いと罵られようと、青いと嘲笑されようとも、ケルケイムは一人でも多くの命を救うことを追い求める意固地さがあった。
自分自身の為にも、そして英雄になることを夢見て戦う瞬の為にも。
だが、この場でそれを主張する愚かさもまた知っているので、ケルケイムはもう別の話題を切り出すことにした。
「……ダブル・ダブルのHPCメテオは、どうでしたか」
オルトクラウドが有する、連合製メテオメイルの武装で間違いなく最大の威力を誇るゾディアックキャノン。
その直撃を受けたダブル・ダブルは破片さえも殆ど残さないほどの消滅を果たし、戦場となったアイン・スクナどころか、その直線上に存在する紅海の地形にも多大な変化を及ぼした。
人類が持つには不相応ともいえる、滅びの光だ。
しかし戦闘終了後、ダブル・ダブルに搭載されていたHPCメテオはまさかの現存が確認され、現地調査に向かった連合の部隊によって回収されていた。
現在のケルケイムにはそれ以上の情報が伝えられていないため、どのような状態であるのか気になって聞かずにはいられなかったのだ。
「それも含めての成果だからこそ、上も大層喜んでいるのだ」
「ということは……」
「最初に回収したのはオーゼスの連中であるため断言はできないが、解析を担当した技研の報告によれば、欠損の可能性は極めて低いとの事だ。おそらく、地球に衝突した時点での形状と変わりはないのだろう。全く恐ろしい物質だ」
HPCメテオが凄まじい硬度を持っているという事は既に広く知られているものの、今回の一件で、その認識は更に上書きされる事となった。
ゾディアックキャノンに晒されて尚、僅かも損傷することのない超物質――――もはや地球上には HPCメテオを破壊手段などないのではないかとさえ思えてくる。
だが今、その事実を知ったケルケイムの胸中にあるのは畏怖ではなく歓喜の念だ。
それはヴィルヘルムも同じであろう。
「では、もしもそれがメテオエンジンの核として問題なく利用できる場合は……」
「その通りだ、クシナダ准将。これからは、連合製メテオメイルの二機同時運用が可能になる。これで戦力は純粋に二倍、実行できる作戦の幅も大きく広がることになる。その分、ヴァルクスの司令官である君の仕事は増えるだろうがな」
セイファート、バウショック、オルトクラウドの三機中から一機を選んで投入せざるを得なかったこれまでと比べれば、互いの欠点を補い合いながら戦える状態というのは披撃墜の危険性を大きく抑えることができる。
また、敵機への二機同時攻撃も可能となり、撃墜の可能性も高まる。
もっとも、オーゼスもまたこれに対応して投入戦力を増やさないとは限らないため、ケルケイムが司令官として考えるべき事、命令すべき事は各段に増えていくであろう。
勝敗が、より自身の指揮能力に左右されるようになったといってもいい。
肩にのし掛かる重圧を払いのけるように、ケルケイムは強い語調で返答する。
「仰るとおり、私の役割はより責任を伴うものとなるでしょうが、しかし、つつがなく遂行してみせる所存です。打倒オーゼスは、私個人の悲願でもありますから」
「無事に任務を完遂してくれることを私も祈っている。軍の中で登り詰めていくにあたって、今は間違いなく君にとって好機だからな」
「中将、そのお話は……」
「すまない、ここでする話ではなかったか。だが、これでようやく君が“表向き”の実績を得られるのだ、応援せざるを得まい? 君の名が知れ渡るようになれば、あれも喜ぶ」
どちらも、ケルケイムには余り興味のある話ではなかった。
自分を突き動かす情動の半分がオーゼスに対する復讐心で占められているケルケイムとしては、オーゼスが消滅した後は早期退役でも構わないとさえ考えている。
ヴィルヘルムのような、軍の趨勢にも深く関わるような上級将校としての仕事は分不相応――――ヴァルクスで司令官を務めているのも、十分に責任感はあるとはいえ、打倒オーゼスという目標の副産物に過ぎないのだ。
将来という概念は、視野の狭いケルケイムを何よりも混乱させる要素であった。
「ご期待に添うよう、努力は致します。それで……ヴァルクスに対する追加予算の件なのですが」
「わかっている。もはや私が口を出すまでもなく、ヴァルクスの活動に関して全面的に大幅な増額が決定している。技術スタッフも増員させ、各機の欠陥を早々に改善させる見込みだ。現状、ヴァルクスのメテオメイルに掛けるしか手立てがないのだから当然の流れではあるが。それに、外部の企業からもスポンサーの申し出が幾らか入ってきている。今後を見越してのパイプ作りといったところだろうな。……ともかく、金銭面に関しては君が心配する必要はなくなったという事だ。必要なものがあれば別途申請してくれ」
「人類の未来の為に、今はこうして無心することしか出来ませんが……」
「それも、部隊を率いる者の仕事の内だ」
「そう言って貰えると気は楽になります」
支援体制に不安要素がないのは僥倖としか言いようがなかった。
まだオーゼスの侵略が開始されたばかりの時点、そしてケルケイムの一派が連合製メテオメイルの開発を提唱した時点では、現状を正しく把握できていない閣僚達の反対意見も多かったからだ。あまつさえヴァルクスの設立などは、一組織にHPCメテオを委ねることの危険性を名目に妨害工作さえ受けたこともある。
そう言った経緯もあって、上層部の掌を返したような対応に素直に感謝することは憚られたが、しかし現実に手厚い援助を用意されては何も言うことはできない。
セイファートは機動性を損なわない防御面の強化、バウショックは脚部機構の完成、オルトクラウドは連奈からもたらされる膨大なエネルギーに耐えうる耐久力と、早急に解決しなければならない問題は山のようにある。
そこに助力が入るというのであれば、ただ受け入れるだけだった。
「……これで、残る気掛かりはあと一つとなりました」
「“失われた11個目”か。政府直轄の情報部が探し回っているようだが、依然として行方知れずとの事だ」
ヴィルヘルムの返答に、ケルケイムはやや落胆した面持ちになる。
“失われた11個目”――――連合の手によって一度は回収されたものの、その後、一時的に保管されていた北米の軍事施設で爆発事故が発生した際に消失した、最後のHPCメテオ。
爆発事故が連合軍の内部に潜んでいた何者かの手によって作為的に引き起こされたものであるということは確実であり、あとはそれがオーゼスか、それともまた別の組織なのかというところで可能性は分かれている。
殆どの人間が前者とみているが、しかし断定できるだけの情報もなく、調査は行き詰まりをみせていた。
そして状況は、現在に至っても全く進展していないようである。
「オーゼスでなければ何処に渡ろうとも構わないがな。大事に隠し持ってくれるというのならそれも良し、よからぬ事件を起こそうものなら所在が発覚してそれも良しだ。危惧すべきは、また同様の手段でこちらのHPCメテオが奪取されるという事態だが、この最高司令部が誇る鉄壁のセキュリティシステムの前では、それも不可能だ」
「今回回収したHPCメテオは、今後どのように?」
「解析と、メテオエンジンとしての稼動実験、そして調整……最速でも一週間は掛かるそうだ。済み次第、ヴァルクスに寄越す。そうなれば今度は、細心の注意を払うのは其方だ」
「人工島という性質上、容易に不審者の出入りは環境ではないとは考えますが、十分に気をつけます」
まだオーゼスには最低でも八基のメテオエンジンが存在し、純粋な戦力差は四倍。
状況は依然として連合側の圧倒的不利といってもいい。
だが、オルトクラウドの勝利によって大きく好転したこともまた事実。
このまま勢いを維持できるかどうかが、最終的な勝敗にも大きく関わってくるであろうことを予感し、ケルケイムはいずれ始まることとなる新たなる戦いへの覚悟を決めた。
遡ること二日前――――
「ご苦労だったね、井原崎君」
「い、いえ、その、はい……」
ジュークボックスから流れる、二百年以上も前のジャズ・ミュージックに耳を傾けながら、白髭が愉快げに呟く。
現在、オーゼス本拠地内に設けられたショットバーのカウンターには、白髭と井原崎義郎、そしてやや離れた場所でゼドラ・フォーレングスという、やや異色の顔ぶれが並んでいた。
客は彼ら三人のみであり、テーブル席の方にも、常連であるグレゴール達の姿はない。
もっとも、閑散としているのも当然のことではあった。
何しろ今の時刻は午前四時過ぎなのだから。
わざわざこんな明け方に白髭がバーを訪れたのは、寝付けずに施設の中を歩き回っていた最中、載せる機体のないフラクトウスで大陸から帰還したばかりの井原崎と遭遇したせいである。
井原崎は、暇を潰す相手に選ばれてしまったというわけだ。
白髭と井原崎が入店した時点で営業時間も丁度終わろうかというところだったが、しかし中年のバーテンダーは嫌な顔一つすることなく度数の低いカクテルと軽食の用意に取りかかっていた。
そんなバーテンダーの懐の広さに甘えながらの一時だった。
「いやしかし、実に面白い展開になってきたな。未だに興奮冷めやらぬといったところだ」
「ええと、その……面白い展開、ですか」
「既に通信でも伝えただろう、ダブル・ダブルの敗北だよ。」
「いえ、その、ええと、それは、存じているのですが……」
井原崎は、普段以上に困惑した表情と辿々しい口調になる。
まるで自分が応援するプロ野球チームがリーグ優勝を果たしたときのような喜びようで、味方機の撃墜――――ひいては仲間の死を語る白髭。
井原崎とて、パイロットの面々とはそれなりの付き合いになるため、白髭達が深い悲しみに包まれているとまでは考えていなかった。
しかしその認識があった上でも、唖然としてしまうくらいに、井原崎にとっては予想外の反応であったのだ。
「バウショックに続き、またしても実戦投入された新型の連合製メテオメイル……さっそく各地のメディアで報道されているが、名前はオルトクラウドというらしいな。君も後でダブル・ダブルから自動送信されてきた記録映像を閲覧するといい。」
「……は、はあ」
「セイファートとバウショックを遙かに上回る凄まじい破壊力だったよ。まさに全身火器という感じで、実弾とレーザーを湯水の如く発射するんだ。最後の一撃なんかは特に強烈だった。連合にとっては、この機体が真打ちということなのかな。さすがにこれ以上というのは考えたくはないが……」
童心に帰ったかのような、双眸の無垢な輝き。
今の白髭が抱く感情は、敵が投入してきた新たな機体に対する羨望だけであった。
自分達の身を脅かすものに憧れるなど、井原崎には到底理解しがたい感覚だ。
「その……あの、他の方々も、ええと、喜んで、いらっしゃるのでしょうか」
「この機体の評価なら、パイロット間でちょうど真っ二つといったところかな。純粋に絶大な火力を評価する者と、あまりにも兵器然としすぎていてロマンの欠片もないと扱き下ろす者でね。ちなみに私は意外かもしれないが前者だ。いや、これもこれでパイロットの性質を表現しているかもしれないという中庸に近い考えなわけだが……」
「……いえ、あの、そういうことではなく、エラルドさんの事については、何か、考えるようなことは」
並人の基準からすれば十分に弱々しいが、井原崎という男が発したにしては強めの語調。
その一言で、白髭はしばし沈黙する。
もっとも、井原崎に驚くでも気圧されるでもなく、発言の意図を読みかねての反応であったが。
「今更彼について、何か語る事があるというのですか、井原崎理事」
「……ゼドラさん」
二人の会話を聞いていたのか、三席ほど間を置いた場所からゼドラがそう尋ねてくる。
白髭と井原崎、双方にとって、ゼドラが自分から会話に入ってくることは――――そもそも、ゼドラが誰に誘われるでもなく単身でバーを訪れているということ自体が、極めて稀なケースであった。
「彼は自らの意志であのような行動を取り、そしてあのような結末を迎えた……それだけの事です。後になって、外野があれこれ的外れな推測を立てる事は無粋というものでしょう。その推測で彼という人物を枠に嵌めてしまうことは更に無粋と思われますが」
「……それは、その、そうかもしれませんが」
「ここが普通の軍隊で、エラルド君が普通に守るべきもののために、普通に散ったのならば、まあ同情もしよう。だが、ここはオーゼスだ。戦う事に何の強制もなく、死ぬも生きるも個々の自由なんだ。ゼドラ君は、そこのところに正しい理解があるようだね」
「オーゼスの人間ならば、誰にでもわかることです」
ゼドラの言葉に、形骸化しているとはいえ、一般的にはトップと同義の肩書きである代表理事という役職まで与えられた井原崎は、暗鬱とした表情になる。
白髭はというと、少し言い過ぎではないかというような苦笑をゼドラに向けるが、しかし微塵も否定はしない。
そして、バーテンダーに差し出されたジントニックに一口を付けながら、ただ未来にだけ思いを馳せた。
「私は、ローテーションの廻りが早くなって正直喜んでいるよ。少なく見積もっても、話し相手が一人減ったことの悲しさと比べて百万倍くらいはね。他の皆も大体同じ意見だ、やはり九人では待つのが長すぎるとね」
「しかし、その、失われたのはエラルドさんの命だけではなく、ええと、あの、HPCメテオも、おそらくは向こうの手に……」
「だから尚更楽しいんじゃないか。“あの御方”も、エラルド君が事前連絡なしに戦いを始めたことに対し青筋を立てておられたが、結果的には大喝采だったよ。『我々の侵略は既に始まって一年が経過するが、この一戦を終えて、ようやく真の始まりに至ったような気分だ』と仰りながらね。やはり遊びも遊びで、失敗するのではないかという緊迫感は非常に大事な要素だと私は思う。セイファートが登場した時点で実感はあったが、決定打は今回の敗北だ。具体的な損失を経て、皆の興奮は一気に高まったといえる」
強大な敵、そして今後は二体に増えるかもしれない敵。
戦力を増した連合陣営に、己の力が一体どこまで通用するのか。
どれほどに充実した瞬間が待っているのか。
より攻略の困難さを増した次なる戦いに、白髭は今から歓喜で打ち震える。
「それで、今後の予定はどうなるのですか」
「輸送役の君としては、気になるところでもあるか。今晩の臨時会議では、とりあえず次までは単機出撃でいくことだけは決定した。流石にあのビーム砲の直撃だろう、ダブル・ダブルに搭載されていたHPCメテオは、完全な破壊はされていないにしろ、ひょっとしたら使い物にならない可能性もあるし、使えたとして次回までには間に合わないかもしれない」
ゼドラに尋ねられ、白髭は、珍しくパイロット全員が参加した主要メンバー間会議の結果を簡潔に答える。
替えの利かない物質であるだけに、オーゼスにおいてもHPCメテオの強度計測は、メテオエンジンとしての高出力状態から更に数段階上の負荷までしか計測していないというのが実情だった。
それ故に、連合製メテオメイルの配備台数が増えるというまだ確証は持てていない。
「それに、三つめの理由として、次の出撃は十輪寺君だからな。彼の独特の“乗り”に合わせることのできるパイロットは、まあ、な……。新しい運用体制のテストとしては不適当といえる」
「……確かに、誰と組んでも水と油になりかねませんね」
「しかし彼も彼で、一度流れに乗れば恐ろしく強い男だ。ひょっとしたら早速のリベンジ成功になって、本格的な複数機同時出撃はお流れになるかもしれないな」
白髭は、ある意味でオーゼスの技術の粋を結集した十輪寺勝矢の機体、ディフューズネビュラに秘められた機能を思い起こしながら、そう呟く。
それが実戦において解放されるようなことがあれば、セイファートも、バウショックも、そしてオルトクラウドさえも一蹴してしまえるだろう。
せめてもう一度自分の番が来るまでは一機だけでも残っていて欲しいものだと内心で願いながら、白髭は残りのジントニックを一気に飲み干した。




