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第208話 命運(その5)

「なんの真似……?」


 ここで上ずった声を出してしまう自分の脇の甘さに、連奈はまず頭を抱えた。

 B4はそんな連奈の煩悶を察してか、察しないでか、至って普通の素振りで応じる。


「おじさんは、誰よりも自分の可能性について否定的だ。だから自分のために頑張る気力もなければ、そんなことをする意義を見出すこともできない。でも……他人のためになら、少しは頑張れる気がするんだ。オーゼスでパイロットを続けている理由だって、九十九パーセントは惰性だけれど、残りの一パーセントはボスに対する恩義だからね」

「だから……?」

「だから……連奈ちゃんが、おじさんとの力比べを経ることでより良い方向へ成長できるというのなら、その手伝いをすることはやぶさかじゃない。ただ……全力を出してしまったことで、逆に連奈ちゃんを倒してしまうかもしれないけど」

「なによ、一旦はつれない態度を見せておきながら、結局は私と遊びたいんじゃないの。だったら最初から正直にそう言えばいいのに」


 自分の気力を徹底的に否定し、あくまで外的要因による行動であることを主張する、回りくどいにも程がある動機の説明。

 そのねじ曲がった精神性に呆れ返る素振りを見せる連奈だが、表情は別種の反応を示していた。

 B4らしからぬ随分と長い語りは、理屈を捏ねるという一番の“面倒”に手を出したことの証明。

 己を曲げてまで、連奈の熱量に応じようとしているのだ。

 なまじ多才で、なまじ孤高を気取ってきたばかりに、他者との関わりが希薄な連奈にとって。

 御飯事おままごとに付き合おうとする姿勢を見せる人間は、どんな理由であろうとも、ただの一度であっても、感謝に値する。

 自分の積極性がB4を変えたのか、ただのB4の気まぐれか、もはやそんなことはどうでもよかった。

 B4がこの勝負に乗ってくれるというのなら、手放しで受け入れるまで。

 受け入れて、その上で完全に倒し切るまでだ。

 連奈も、連奈の覚悟を感じ取ったB4も、もうそれ以上の無用な会話を挟むことはしない。

 自らと、相対する敵と、ただ一つ残された武装に、集中力の全てを注ぐ。


「どうなっても、知らないわよ」


 弾むような口調で、連奈は一応の警告をする。

 言いながら、その両手は既にゾディアックキャノンの発射シークエンスを進めていた。

 まずはコンソール脇のスイッチを一定秒数押し込み、ソフトウェア、ハードウェア双方のロックを解除。

 両肩へと続くエネルギー供給ラインの開放を行う。

 戦略兵器級の破壊力と攻撃範囲を有するゾディアックキャノンは、オルトクラウドの全武装の中で唯一、この手順を必要とした。

 両肩から伸びる砲塔に血が通い、内部機関が唸りを上げる。

 次いで、機体の核たるメテオエンジンも最大稼働を開始。

 連奈の残りわずかな精神力を一気に奪いにかかった。

 目のくらむような虚脱感に襲われながらも、連奈は計器類を見やり、エネルギーチャージが正常に進行していることを確認する。


「心配はいらないよ。もうこれ以上、どうなりようもない」


 一方のB4も、ディープ・ディザスター・ボウを最大威力で放つための準備を始めていた。

 左腕の喪失によりサイドグリップを握ることができないためか、長大なリムの下端を地面に突き刺すことで銃架代わりにする。

 グランシャリオ本体は旧式に分類されるが、ディープ・ディザスター・ボウはこの戦乱の終盤になって投入された最新の武装である。

 完成度は高く、発射に際して外観や駆動音が著しく変化することはない。

 連奈の誘いに乗ることなく、最速のタイミングで発射するという姑息な真似も十分に可能だろう。

 だからこそなのかもしれない。

 自意識過剰な勘繰りだという自覚はあったが――――連奈には、敢えて武装の位置を固定するという行為が、B4の意思表示のようにも思えた。

 他人への気遣いだけは人並みにできる男なのである。


「どうして確実に命中させられるタイミングで、弓じゃなく左腕を狙ったのか……あの時点では不思議に思っていたけれど、今となっては納得だよ。がやりたかったんだね、連奈ちゃんは、ずっと」

「一番すっきりする決着の付け方だからよ。技あり一本なんて、絶対に認めない」


 エネルギーチャージの進行に伴い、ゾディアックキャノンが可変を始める。

 接続部が九十度の軸回転をすることで、左右に伸びていた長大な砲塔は正面へ移動。

 先端部のカバーが展開し、内部から円筒形の砲口が露出する。

 更に、一部の正面装甲がスライドすることで、オルトクラウドの関節部やダクトを保護。

 以上の手順を踏むことで、全ての発射準備が完了する。

 圧縮光子放射重砲、ゾディアックキャノン。

 メテオエンジンが精神波を増幅変換することで生まれる膨大な光エネルギーに、機関部の六連光共振器で更にもう一段階の増幅を加え、極限まで収束させた後に放つ――――単純構造にして究極の射撃兵装。

 総合能力でオルトクラウドより優れるメテオメイルは多数存在するが、威力において、これを上回るものは存在しない。

 もっともそれは、現時点において確認されていないというだけの話。

 唯一の対抗馬たりえる武装は、連奈の眼前に存在する。

 ディープ・ディザスター・ボウ。

 発射口の上下左右、計四方向に設置された粒子加速器を用いて陽子の衝突を引き起こし、中心部にマイクロブラックホールを生成した後、撃ち放つ――――もう一つの究極の射撃兵装。

 超重力による物質の分解消滅の前では、いかなる防御手段も無意味。

 このマイクロブラックホールを最大質量で生成した場合は、

 飲み込まれるのは、果たしてどちらか。

 これから始まるのは、その問いに明確な解答を出すための、この世で最も馬鹿げた実験。

 百メートルほどの距離を置き、対峙するオルトクラウドとグランシャリオ。

 長く続いた二人の最終決戦、その終幕が、迫る。

 計器がゾディアックキャノンのチャージの完了を示すと同時に、メインモニター上にロックオンカーソルが出現。

 自動的に標的へと照準を合わせるが、この武装においては、事実上なんの役割も果たさない。

 正面方向にグランシャリオがいること、ただそれだけを改めて確認すると、連奈は専用の発射グリップに設けられたトリガーを一気に押し込んだ。


「じゃあ行くわよ、おじさま。これが私の、掛け値なしの全部。最大威力のゾディアックキャノン、受け止めきれるかしら……!」


 連奈の叫びとともに、二つの砲口から圧縮光子の奔流が、荒々しく解き放たれる。

 放出というよりは、決壊。

 荒れ狂う白光が放射状にどこまでも広がり、氷の大地と、その向こうの大海原を、容赦なく消し飛ばしていく。

 状況の把握は、ゾディアックキャノンを放った張本人である連奈にも――――いや、連奈だからこそ不可能だった。

 メインカメラを介してメインディスプレイに表示されるのは、二重三重のフィルターで処理されてなお目を灼くほどの、激しい光の明滅だけ。

 聴覚情報も、オルトクラウドの内から響く重低音と、外部の衝撃を正しく拾えているからこそ生じる凄まじいノイズのみに留まる。

 自らの手で敵の命を奪う、その決定的瞬間を体感せずに済むのは、幸運なことなのか不幸なことなのか。

 かつて一度だけ己に投げかけ、そして解答を放棄した問いに、連奈は改めて挑戦しようとする。

 だが、すぐに意識を現実へと戻した。

 どうやらまだ、そんなことを論じる段階にはないらしい。


「……ほらね」


 望みどおりの異常事態に、連奈の心は躍った。

 威力を維持したままゾディアックキャノンの発射を続けているというのに――――射線上の一切合切を塗りつぶす極厚の白が、徐々に薄れていく。

 なにが起こっているのかは、視認せずとも手に取るようにわかり、脳内で映像となって再生される。

 奇跡の力によって大海を割って進んだ、かの著名な聖人のごとく。

 堂々と立ち構える蒼の巨人が、光の激流を凌いでいる。

 聖人との違いがあるとすれば、蒼の巨人が翳すのは、強風を呼ぶ杖ではなく暗黒を召喚する弩弓。

 弩弓の先端に生まれた空間の歪みに、戦場を覆い尽くすほどの膨大なエネルギーの奔流が恐るべき勢いで飲み込まれていく。


「見えているかい……いや、見えてきたかい連奈ちゃん」


 ノイズが多分に混じる通信の中でも、B4の問いかけは連奈の耳にしっかりと届いた。

 連奈は正面を見据えたまま、凛とした声で答える。


「見たくはなかったけど、見えてしまったわ。でも、見ておかなければならないものだとも思うの」

「難しい言い回しをするね……」


 光と闇。

 世界を構成する原初の二つの衝突。

 争いを究極的に単純化した果てにある、もはや哲学的とさえいえる、根源的で芸術的な対立構造。

 けして相容れぬものの、この上なく簡潔な表現。

 連奈とB4の関係は、もはやこの世の真理めいた部分にまで足を踏み入れてしまっている。


「悪いけど連奈ちゃん……おじさんは、まだ保つよ」


 こちらのコンディションを見透かしたかのように、B4が告げる。

 連奈の精神力もそうだが、ゾディアックキャノンもまた限界に近づいていた。

 冷却装置の度重なる改良により、内部機関への単位時間あたりの熱負荷はロールアウト直後と比較して格段に抑えられてはいる。

 しかし、キャノンの長時間放射に最後まで付き合えるだけの耐久力はついぞ持たせることができなかったのだ。

 対し、ディープ・ディザスター・ボウの吸収力には、まるで衰えが感じられない。

 技術力の差か、光とマイクロブラックホールの相性か、あるいはB4の精神力がこちらの想像を大幅に上回っていたのか。

 このままでは、全てのエネルギーが――――連奈のアイデンティティさえもが、B4の暗黒に取り込まれてしまう。

 空の青さが戻ってくるのを視界の端に捉えて、連奈はやはり自分の見立ては間違っていなかったと確信する。


「だから言ったでしょ。おじさまは、やろうと思えばできる人だって」

「絶体絶命の窮地に追い込まれて、ようやくさ。できたというには語弊がありすぎる。自分の中にどれだけの力が眠っていても、自分の意思で引き出せなければ、やっぱり意味はない。それにどうせ……連奈ちゃんは、おじさんの“この全力”すら超えてくるんだろう?」


 嫌なプレッシャーのかけ方だったが、別の言い方をすれば、連奈の身上と心情に寄り添った鼓舞でもある。

 ここまで散々、啖呵を切ってきた連奈もまた、B4と同じくらいに追い詰められた身。

 ここで押し負ければ、積み上げてきた言葉と信念が根底から崩れ去る。

 そう、だから。

 挑み競り勝つしか、連奈が生きる道はない。


「流石はおじさま。私のこと、よくわかってるじゃない」


 砲塔内部機関の耐久限界まで、残り約十五秒。

 コックピット内に耳障りな警告音が鳴り響き、あと十秒以内に放射の手動停止が行われなければ、機関部へのエネルギー供給が強制遮断される旨が、サブモニターに表示される。

 にも関わらず、連奈は平然と警告を無視。

 どころか、強制遮断機能を意図的に解除する。

 未だ不完全な機体OSと、思考で操縦系統に介入可能なS3との不和による、技術開発部も把握していないプログラムの穴である。

 そうまでして攻撃を続行するのには、明確な意図があった。

 諦めによる思考放棄でもなければ、意地による抵抗でもない。

 そんなもので状況を打開したとしても、なんの意味もない。

 求めるのはあくまでも、自らの手で選び取る勝利。

 既にゾディアックキャノンは理論上の最大威力に達している。

 だが――――ここが終点ではない。

 破壊力を更に引き上げる方法が、たった一つだけ存在するのだ。


「サイドアーマーL1、R1急速展開。レイ・ヴェール、展開方式変更……!」


 連奈が声高らかに唱えると、既に砲撃形態に移行しているオルトクラウドが更なる変形を開始する。

 両肩から突き出す二門のゾディアックキャノン、その両側面の装甲がスライド展開し、前方へ移動。

 砲身の実質的な延長パーツと化す。

 その瞬間、装甲の内側に組み込まれたレイ・ヴェール発生装置の影響を受け、未だ溢れ続ける光の奔流にも変化が起こった。

 放射状に広がっていた左右からの斥力に押しつぶされるようにして、放射状に広がっていた光が、一方向に収束し始めたのだ。

 力の集中により、無軌道が有軌道へ。

 連奈の精神的な成長を体現する、この隠された機能は、未だ名前を持たない。

 構想自体は設計段階から存在していたが、開発時にギミックが先行実装されたまま、結局完成に至ることのなかった射線制御システムの試作型。

 現時点では、力づくでエネルギーを押し込めるだけで、溢れたエネルギーがオルトクラウド側へも逆流してしまうという大きな問題点を残した欠陥品だ。

 それゆえに、使用可能なタイミングは、エネルギーが尽き果てる最後の数秒に限られた。

 ただ、いい役どころではあると連奈は思う。

 不完全であるがゆえに、ゾディアックキャノンの力にすら耐えうる難敵を滅ぼすための、真の切り札として使うしかないのだから。

 そして今、そんな危うげなシステムの恩恵によって一つに合わさった二つの光が、僅かずつ闇を喰らい始める。

 世界を再び、照らし始める。


「これは……!」

「言ったでしょ、全部よ。一滴残らず絞り出して、一滴たりとも余すことのない、本当の意味での全部。どうかしらおじさま、これでもまだ、持ちこたえられる……?」


 連奈がそう囁く間に、光はなおも激しさを増していく。

 ゾディアックキャノンによって注ぎ込まれる光子の量が、マイクロブラックホールの吸収量を、完全に上回っているのだ。

 吸収を逃れて左右に散っていたエネルギーが加算されただけではない。

 二つの激流を組み合わせたことで、互いの勢いの相乗効果が発生。

 光量子は、ゾディアックキャノン本来の仕様を超えて加速している。

 現在では、吸い込まれるどころか、それ以上の速さで自らなだれ込んでいる状態。

 結果、マイクロブラックホールは一方向あたりの吸収の限界を迎え――――端的に説明するなら、を起こしていた。

 本物のブラックホールを制する光などありはしないが、これはあくまで人工の現象同士の対決。

 亜光速と擬似ブラックホールの衝突だからこそ発生する優位と劣位の逆転だった。

 連奈が繰り出す最後の一手にして、迷える自分への解答。

 そんな、オルトクラウドのポテンシャルを限界以上に引き出す、精神一到の奥の手に対するB4の反撃は――――なかった。

 空が再び、連奈の視界から消え失せる。


「……本当に、ついてないね」


 連奈の側から、現在のグランシャリオの状態をうかがい知ることはできない。

 いや――――あとどれだけグランシャリオが耐えきれるのか、時間を推量することに、もはやそれほどの意味はない。

 世界の明度が上がっていくたびに、周囲の大気はより強く荒れ狂い、それに伴うノイズがますます大きくなっていく。


「“眩しいもの”を見るのが嫌で、ずっと逃げおおせてきたのに……人生の最後の最後になって無理矢理見せつけられるなんて、とことんついていない」

「だったら、こんなことにわざわざ付き合わなければよかったのよ」

「連奈ちゃんが本当におじさんを超えていけるのか、見てみたいという欲が湧いた。それと同じくらい、今の連奈ちゃんを否定してやりたいという欲も湧いた」

「……だと思ったわ。私のためだなんて、ただそれだけの理由でここまでの力が出せるわけないもの」

「……いけなかったね、どっちも、今更。そんな感情は、表に出すべきじゃあなかった」

「演じることだけはこだわるのね、この期に及んでも」

「必要なんだよ。弱い人間には、縋るものが。どうせ連奈ちゃんにはわからない。いや、わからないままでいてほしい」


 ようやく、垣間見えた気がした。

 B4という他人に用意されたキャラクターではなく、ブラウ・バルビエ・ベネディット・ボーイェンという一人の人間の素顔が。

 やはりこの男は、暗黒を生み出し己を封じ込めただけで、暗黒そのものではなかった。

 限りなく同質の存在だとしても、どこかでなにかが食い違っていたら――――

 あり得ざる未来を想起してしまいそうになり、連奈は首を横に振った。

 瞬や轟は、この道を何度も通ってきたのだ。

 そして自分も、一度は通った道。

 とうに放射可能時間の限界を超過していたゾディアックキャノンが、オーバーヒートを迎え、機関部がいよいよ爆発と融解を始めたようだった。

 光子の流れを制御する延長バレルも、次の瞬間には吹き飛んでいるかもしれない。

 連奈は無理矢理に笑顔を作ると、どうせあちらからは見えてもいないにも関わらず、それを光の先のB4に向けた。

 気丈に振る舞い、なにごともないかのように別れる。

 それはかつての戦いにおける連奈の後悔であり、やり残しの一つだった。


「今にして思うよ。おじさんの人生の中で、連奈ちゃんに出会ったことだけが、本当の不運だったのかもしれないってね」

「……まったく、おじさまは最後まで駄目駄目な人ね。女の子に対するマナーが全然なっていないわ」


 長い時間、力を込めてグリップを握っていたせいで右手が震えだす。

 連奈は、それをもう片方の手でしっかりと押さえ、来たるべき最後の瞬間に臨んだ。


「こういうときは、連奈ちゃんに会えて幸せだったよって言うの――――嘘でもいいから」

「……それもそうか」


 今にも掻き消えそうな通信音声から、面目なさげに苦笑する、いつものB4の顔が浮かべるのは造作もないことだった。


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