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第204話 命運(その1)

「自分に都合が良かったら信じるし、悪かったら信じねえ。悪い方を最初に見かけたときは、他のテレビ番組とかネットで良い結果を見つけるまで粘る」


 風岩瞬は、なんだかんだで気になるタイプのようだった。


「どーでもいい。この世で一番意味のねーモンだろーが、あんなん」


 北沢轟は、まるで無関心だった。


「バーナム効果や確証バイアスが思考のノイズになることを警戒して、それ自体とは意図して距離を置いているよ。でも、そういった心理現象と密接に関わるからこそ、それを研究テーマに据えた論文は大好物なんだよね」


 セリア・アーリアルは、異なる方向から興味を抱いているようだった。


「当たってたら逆に残念って感じです! 普通の方々に当てはまるようなことが、当てはまらない。それこそが運命強度の高い人間なんですから」


 メアラ・ゼーベイアは、むしろ外れることを望んでいるようだった。


 以上が、身近な同年代の人間の意見。

 本人たちの性格を伺い知れるどころか、もはや性格そのもののダイレクトな反映。

 連奈に限らず、彼らと付き合いがある者の大半が、さもありなんと納得するであろう。

 それらの個性的な解答に、共通点など微塵もなかったが、区分としてはどれも同じ側だった。

 一方で、三風連奈の場合は、違う。

 |だった。

 星座占いも、血液型占いも、タロット占いも、手相占いも。

 目につかないようにしているだけで、俗にラッキーアイテムと呼ばれるものを身につけることは茶飯事。

 日がな一日、示唆された結果のままに行動することもある。

 親や教師など、人生の先達の教えにはまったく従わないというのに。

 一体どうして、どこの誰が考えたのかもわからないような無責任の言葉には耳を傾けるのか。

 理由は、至って単純。

 自らの運命を変えうる不思議な力や法則、ひいてはそれらを捉える第六感が実在することを、心のどこかで期待しているからだ。

 そしてどうやら、この夢想は、世間では子供らしく、微笑ましく、ありきたりなものとされているらしい。

 あるとき、連奈が占いに傾倒していることを知ったクラスメイトの一人は大いに驚いていたが、連奈もまたその反応に驚かされた。

 連奈はてっきり、逆だと思っていたのだ。

 同年代の人間より遥かに優れた能力と成熟した精神を持つ、“退屈を極めた者”のために用意された、胡乱な暇つぶし。

 それこそが占いである、という解釈だった。

 どうやら、他者との関わりを最小限に済ませてきたがために、世間との認識のズレに気付くのが遅れてしまったらしい。

 他人からどう思われようと知ったことではないと言い切れるくらいの頑強なアイデンティティを、年齢一桁台の段階で既に確立させている連奈ではある。

 にも関わらず、その一点だけは妙に気になって、以来、占いが趣味であると口外することはほとんどなくなっていた。

 当然のことながら、連奈の考えは今でも変わらない。

 なにしろ連奈は、占いの肝心要の要素ともいえる“幸せになること”を希求してはいなかった。

 欲するのはあくまで、過程で起こる特異性のある出来事

 つまるところが、非日常への憧憬。

 連奈にとって占いとは、運勢を限界値まで補強することで、通常の運の範疇では起こり得ない事象を引き寄せようという試みなのだ。

 だからだろうか、非日常に飛び込むことさえできるのならば、不運が招いた結果であろうと連奈は構わなかった。

 ときには敢えて危険に飛び込み、自らトラブルを生み出すこともあった。

 オーゼスとの戦いという人類史上最大最悪の事件の渦中に身を置いたのも、そんなやぶ蛇根性が理由だ。

 おかげで、非日常の世界には頭の天辺まで浸かることができたのだが、ついぞ連奈が満たされることはなかった。

 非日常などという漠然な表現をして誤魔化してきたが、結局のところ、連奈が真に望んでいるのは胸をときめかせるロマンスただ一つ。

 未知の敵との戦いなどはどうでもよく、狙いは魅力ある異性との出会いのみに絞られていたのだ。

 恋愛運の向上に注力した甲斐はあって、エラルドとの優雅な晩餐や、B4との同棲生活という、貴重な体験をすることはできた。

 だが、どちらもあくまで理想の近似値。

 運命の相手と呼ぶには至らなかった。

 連奈は二人のことを必要としたが、二人は連奈のことをまったく必要としていなかった。

 相性や立場以前の、もっと根本の部分からすれ違いを起こしていたのだ。

 しかも恥ずべきことに、連奈はなんらかのきっかけによって、その事実に気付いたのではない。

 自分が本気で相手にされていないことなど、最初からわかっていながら、なおも期待を寄せ、もたれかかろうとしていたのだ。

 もはや、ただの現実逃避。

 あまりにも幼稚で愚かな生き方。

 総括すると――――三風連奈は子供だった。

 周りの人間を下に見ながら、その実、誰よりも子供じみた行動原理を持つ、一番の子供。

 破綻者になりたがっているだけの夢見る少女という、エラルドの遺した言葉が全てだった。

 夢の形を定めるという最初の手順を保留にして、夢を叶える意思だけを先行させてしまっている。

 それが連奈の現状。

 具体性を伴わない意思は、無にも等しい。

 しかし――――だとすると、三風連奈とB4は、極めて近しい性質を持っているということになる。

 意思だけが、どこまでも進んでいく連奈。

 意思を持たず、どこまでも流されていくB4。

 両者ともに、運命に身を委ね、自らの行く先を知ろうともしない。

 形なき理想をかき集める連奈。

 理想を描くこと自体を諦めたB4。

 姿勢は真逆なれど、手元に残るのは、両者ともに虚無。

 ただの消去法で対峙していると思っていた自分たちを陰で繋いでいた、負の共通点。

 やはり自分たちの出会いは運命であり必然だったのだと、連奈は確信する。

 もっとも、この場合の運命とは、尊ぶべき絆ではなく打ち破るべき試練のようなものだが。

 ともあれ、である。

 なにについて熟考していたのかはよくわからなくなってきたが、胸の内に溜め込んでいた様々なわだかまりは、溶かし尽くせたようだった。

 己の在り方を俯瞰し、認めることで、おぼろげな予感を“なすべきこと”に昇華させることができた。

 おかげで、随分と心は軽くなった気がする。

 ただ、疑問は一つ、まだ残っていた。

 ある意味で、これこそが最大の疑問。

 一体なぜ、グランシャリオに背後を取られるという絶体絶命の状況下で、自分はこうも悠長に己の内面を覗いているのだろうか。

 なぜこうも素直に、こうまで簡単に、心の内奥を覗けてしまうのだろうか。

 不自然に長い時間の猶予と、不自然に脳内情報の処理速度。

 導き出される答えは――――

 ああ、これが、例の――――

 走馬灯というものなのだろうか。

 自覚した途端、世界が明滅し、連奈の意識は現実の世界へと回帰した。


「前を向いているといいことが起きるというのは、占いの常套句だけど……」


 ゆっくりと瞼を開くと、連奈の視界は濁った白色で埋め尽くされていた。

 それは、転倒して地に伏せるオルトクラウドが見せる光景。

 つまるところ、どういうわけか連奈は命を拾っていた。

 後方から激しい衝撃に襲われ、機体が吹き飛ばされたことは確かなのだが、機体の背面に大きな損傷は確認されなかった。


「九星気学的には吉方位だったのかしら? 今日の日破は確か西で、四緑木星との相性は……」


 重力に従い垂れ下がる長い黒髪を首の後ろに押しやりながら、連奈はとぼけたように呟いた。

 いま連奈の心中を占める感情は、安堵ではなくいたたまれなさだ。

 衝撃を感じた瞬間に己の最期を覚悟し、あまつさえ走馬灯じみたものまで見てしまった早計さは慚愧に堪えなかった。

 しかし連奈はすぐに、その後悔を意識の外に締め出す。

 個々の失態を呑み込んでいく作業は、あまりにも効率が悪かったからだ。

 なにしろ、これまでの人生のおおよそ全てが、みっともなかったのだから。


「……おじさんは、とことんついてないね。まさかこんなタイミングで、こんな形の不運が訪れるなんて」


 背後でB4が、大きなため息とともに自嘲する。

 そんなことはあり得ないとわかっているはずなのに、嘲笑のニュアンスを含んでいるように聞こえるのは、今の連奈の機嫌のせいだろう。

 返す言葉にも、苛立ちが多分に混じってしまう。


「不発というわけ……?」

「そうなんだ。君が看破したとおり、このディープ・ディザスター・ボウは、相当に気まぐれなやつでね……。さっきは生成されるマイクロブラックホールの大小を当たり、はずれに例えたけど、本当のはずれはコレさ。一瞬の間に出て、消えて、まったく仕事をしてくれない」


 会話の最中、連奈はオルトクラウドを立ち上がらせようとするが、先の攻撃で片腕が破損しているため、作業には中々の時間を要した。

 しかしB4は悠長に、その様子を見守っていた。

 理由はもちろん、間断なく攻撃し続けることが気怠いからだろう。

 慢心とも違う、警戒とも違う、慈悲とも違う、ただ面倒だからという理由で自らの手番をパスする暴挙。

 にも関わらず、誰もB4を侮ることはしない。

 否、できない。

 B4は、このおおよそパイロットには不向きな性分で戦いに臨みながら、現在に至るまでただの一度も敗北を喫したことがないのだから。

 身体能力、操縦技術、闘争心。

 それら全てと最も縁遠い者が最強の座に就いているという理不尽。

 もはや連奈ですらも、B4こそが全メテオメイルパイロットの頂点に君臨する存在であるという事実を潔く認めてしまっている。

 だが――――


「……ともあれ、すまなかったね連奈ちゃん。今際の際の台詞を言わせておきながら、最後の一撃をしくじるなんて。さすがにこの空気の読めなさは、言い訳のしようがない」

「私はむしろ、この上なくおじさまらしい展開だと思ったわ。おじさまは、なにをやっても上手くいかない究極的に不器用な人。だから、ドラマみたいに小洒落た会話をしながら華麗にとどめを刺すなんて器用な真似をできるわけがなかったのよ」

「ははは……それもそうか」


 連奈の指摘に、B4が力なく笑う。

 連奈の声色から滲み出す、いま現在の機嫌を気にも留めずに。

 だからといって、今更連奈がB4に対して苛立つことはない。

 怒りの矛先を向けるのは、あくまで自分自身。

 このような状況に陥っているのは他でもないだと、重々に理解しているからだ。


「せめて連奈ちゃんが望む形でと思ったんだけど……。おじさんはついてないから、気を遣えば遣うほど逆効果になって、かえって迷惑になるというわけか。まいったね、こりゃあ」

「……ねえ、おじさま」

「なんだい?」

「おじさまはさっきからずっと、なにか盛大な勘違いをしているようね」


 連奈が更に語気を強めて言うと、B4はようやく、二人の間に流れる空気の温度差を察したようだった。

 しかし、かける言葉を見つけることはできずに、そのまま押し黙る。

 無理からぬことではあった。

 連奈の自省は、直前の会話とは無関係に、それも刹那の間に済まされたのだから、他人には気分の変化を察しようがない。

 あの恐ろしく機微に敏い詐欺師――――エラルド・ウォルフならば、あるいは可能だったのかもしれないが、あれほどのレベルを求めるのは酷というものだろう。


「私が助かったのは、おじさまが不運だったからじゃないわ。私が幸運だったからよ」

「……同じことじゃないのかい?」


 予想どおりの返答ではあった。

 予想外だったのは、話が更に続いたことだ。


「誰かの幸せは、違う誰かの不幸せだろう? 少なくとも今しがた起こったことは、連奈ちゃんにとっては得で、おじさんにとっては損だ。はっきりとした相関関係の中で、運の総量をやり取りしている」

「違うわ、全然」


 連奈は、B4の主張をきっぱりと否定する。

 今のやり取りを経て、連奈はようやくB4という怪物の内面を垣間見ることができた。

 本人の口から語られる理論。

 それはすなわち、その人物の思想の根幹を成す部分。

 これまで交わしてきた言葉の数々は一体なんだったのだという思いに駆られるほどの圧倒的情報量が、わずか二言三言の中に込められていた。


「……そもそも、大前提のところでね。私は、おじさまが不幸な星の下に生まれただなんて、ただの一度も思ったことないわ」

「……こんなにも、ついていないのにかい」

「こんなにって、どんなによ」


 連奈はオルトクラウドをやや前進させ、切り落とされた左腕に握られていたバリオンバスターを、バリオンバスターが切り落とされた右腕で拾い上げる。

 左右で銃身側面の形状がやや異なる武装ではあったが、こういう事態も設計時に想定されていたのであろう、グリップを握り込んだ際の機器認証は問題なく完了した。

 連奈はそのまま、ごくごく自然な手つきで、銃口をグランシャリオへと向けた。


「私に言わせればね、おじさまが定義する不運なんて、どれもこれも不運なんかじゃない。単純に下手で、やる気がなかったからで説明が付くのよ。弓が不発に終わった原因、私はおじさまがって答えたわよね」


 マイクロブラックホールの生成機能が未だ不完全で、威力の微調整が実質不可能とされるディープ・ディサスター・ボウ。

 連奈は瞬との戦いにおいて、その厄介な大弓を何度も使用したにも関わらず、不発を引き当てたことは一度もない。

 そもそも、結果にランダム要素を感じたことさえない。

 威力に若干のばらつきがあることは事実だとしても、マイクロブラックホールの短寿命・長寿命の切り替えは任意で行うことができた。

 つまり、必要な分の精神エネルギーを供給できれば、極端な上振れや下振れは起きない仕様のはずなのだ。


「でもおじさまは、それをに置き換えた。この二つが、まるで意味が違うってことは、わかるわよね。そして、どうしてそんなことをするようになったのかも」


 “抗いようのない災いの訪れ”を真の不運とするなら――――B4がこれまで不運と定義した事象のうち、果たして何割が該当するのだろう。

 B4の人生の一端さえ知らない連奈ではあるが、少なくとも共に過ごした二ヶ月の中で、そんなものに遭遇したところを見たことがない。

 大半は、抵抗を諦め、思考を停止させたことによる失敗に分類された。

 不幸なキャラクターを演じることで、挑まずにいる自分を許そうとしているようにしか見えなかった。

 あのときからもう、B4の論法のおかしさに、連奈は気付いていた。

 しかしB4の弱さに向き合うことは、自分の弱さに向き合うことも同義であり、連奈は追求を無意識に避けてしまっていたのだ。


「ここで、『わからない』なんて逃げの回答をしたら……きっと怒られるんだろうね」


 詰られたB4が無気力な笑声で応じるいつものことだが、今回漏れ出たそれは、どこか硬質な響きだった。

 連奈は自らの言葉が、B4の核たる部分に届いた手応えを感じる。

 ただし、接触したと同時に逸らされた確信もまたある。

 B4が自らの心に纏った高重力の暗黒を貫くには程遠い。

 たった一言で崩れる程度の脆い相手でないことは、重々に承知している。


「普通なら、連奈ちゃんの言うとおりなんだろう。だけどおじさんに限っては、不運による失敗と意志薄弱による失敗は、完全にイコールなんだよ。誰よりも意思が弱くてなに一つ成功しない究極の意志薄弱は、なにをやっても最悪の目が出る究極の不運と同じ状態にあるといえるんじゃないかい?」

「そうまでしてこだわるのね……与えられたキャラクターを演じることに。それとも、縋っているのかしら」

「同じだよ。強さも弱さも、向きが異なるだけでベクトルの量では対等だ」


 言って、B4はグランシャリオを一歩だけ前進させる。

 バリオンバスターの照準が胴体中央に定まっていると知りながら、微塵も死を恐れず。

 恐怖を乗り越えたのではなく、恐怖を覚えることすらも面倒くさがっている、無の精神ゆえに。


「もうわかっただろう……おじさんの弱さに対する指摘は今更であり、無意味なことなのさ。悲しいことに、おじさんは、もはやそんなことでは少しも動揺を覚えないくらい致命的に手遅れなんだからね」


 無責任、極論、暴論、耽溺、逃避、身勝手、保身。

 B4の言葉は、紛れもない彼自身の考えであると同時に、他の八人の性質を綯い交ぜにしているようにも思えた。

 心の弱さを極限まで突き詰めたことで、結果的に全ての闇を包括するに至った、ある種の全体集合的存在――――

 オーゼスに属するパイロットの特徴を説明するのなら、この男一人を例に挙げるだけで済んでしまうし、例え組織にどれだけの損害を与えようとも、この男を倒さない限りオーゼスを滅ぼしたとはいえない。

 それほどまでにオーゼスと不可分の関係にある、象徴的存在。

 この禍々しい難敵を前に、瞬や轟なら、果たしてどう攻略したものかと頭を捻らせることだろう。

 しかし連奈は、律儀に土俵に上がることはしない。

 これだけ長く、多くの言葉を交わしておきながら。

 自分とB4との間に、幾つもの共通項を見出し、因縁めいた関係性を受け入れておきながら。

 なに一つ、見失ってなどいない。

 依然、変わらず、B4という男を抹消すべき標的の一つとして見据えている。

 B4と向き合うことから逃げたわけではない。

 強いて言うのであれば――――全てを歪めるB4を前にしてもけして揺らぐことのない、絶対不動の芯の確立こそが、B4を乗り越えて進む唯一の手段。

 そして今、連奈の手中には、それが確かにある。


「そうね……そんなことは、どうでもよかったわね。大体、私が苛立っている理由は、そこじゃないもの」


 連奈は操縦桿のスイッチを押し込み、オルトクラウド胸部の収束プラズマ砲を撃ち放つ。

 しかしグランシャリオは軽快なサイドステップで、それを難なく回避する。


「本当にすまないね。なにが連奈ちゃんの機嫌を損ねてしまったのか、おじさんにはさっぱりなんだ……」


 唐突な戦闘再開だったが、B4の対応は完璧だった。

 グランシャリオの動きを観察する連奈の表情には、驚きも悔しさもない。

 収束プラズマ砲はゾディアックキャノンに次ぐ高威力の武装だが、発射までに数秒のエネルギーチャージを必要とする武装であり、内部機関の駆動音も大きい。

 外部から発射の予兆をはっきり捉えることが可能なのだ。

 収束プラズマ砲単発の攻撃は、回避できて当然といえた。

 連奈が意識を向けるのは、その後。

 B4の反撃が、いかようにして行われるのかという点にあった。


「ああ、当てる流れで外してしまったのがいけなかったのかな。なら今回は“当たり”に期待すればいいわけだけど、おじさんは不運だから、逆に“はずれ”を期待しないといけないわけで……ううん、考えるのが面倒になってきたなあ」


 グランシャリオは、残る慣性で氷上を滑りながらも、その最中にディープ・ディザスター・ボウを構える。

 連奈は、そんなグランシャリオの予測進路の先に、今度は胴体両側面の機関砲を斉射する。

 するとグランシャリオは、重心を右に傾けながら右脚でブレーキをかけ、速度を落とす。

 その間も、ディープ・ディザスター・ボウの発射口は正しく正面方向を向いていた。

 地形の影響を計算に入れた理想のフォームを、理論上の最速値で実現し、不意の攻撃に対してもけして乱れることがない。

 連奈は一切無駄のない、その完璧な挙動を見て、今度こそ確証を得る。

 だからこそ、自らが打つ次の一手を、危険な賭けとは思わなかった。

 とはいえ、実戦では初の試みとなるため、操縦桿を握る腕には過剰な力が入っていた。

 全身の神経と筋肉が一気に収縮し、体が一回り小さくなってしまったのではないかという錯覚にさえ陥る。

 それでも、連奈は狙うべきものからけして目を離さない。

 ただ注意深く、観察し続ける。


「――――本当にわかってないのね、おじさま」


 直後、ついに待ち望んでいた瞬間が訪れる。

 グランシャリオがディープ・ディザスター・ボウのグリップを引き、コンマ数秒の後にマイクロブラックホールの矢が撃ち出されるという状況。

 矢の発射速度は亜光速。

 バリオンバスターを構えた現在の体勢から回避行動に移ることはもはや不可能。

 矢の性質上、防御も不可能。

 たった一度直撃を受ければ機体が消し飛ぶ、超絶的破壊力。

 なにと相対しているのか、仕損じればどうなるのか。

 あらゆるリスクを覚悟の上で、連奈は、その刹那に臨む。

 己の命運をかけて。

 機を見定める両目と、機に連動する右人差し指を、ただ信じて。


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