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第203話 因と縁(後編)

「お前の嗜好は、大いなる矛盾を孕んでいる」


 ケルケイムは、マガジンの交換を済ませたアサルトライフルの銃口をジェルミへと向け直す。

 相手が相手とはいえ、なんの心理的抵抗もなく数十発の5.56ミリ弾を浴びせてしまえる、自分の厚顔さに呆れを覚えながら。

 そんなケルケイムを凝視する、ジェルミの顔つきは険しい。

 苛立ちのこもった唸りとともに、またも驚異的な脚力でケルケイムへ飛びかかってくる。

 身に纏った衣服には大小無数の穴が空き、その外見からは、もはや優美さも威厳も完全に失われてしまっていた。

 高貴な吸血伯爵ドラキュラから、見るも無惨な屍人ゾンビへ。

 そして、知性を持たない屍人の攻撃を見切ることは

 超人的な加速力の突撃とはいえ、所詮は直線運動。

 一度見た攻撃ということもあって、すぐさま横跳びを行い、今度は完全に躱し切る。


「矛盾だと……!」

「私の中にある“正しさ”に惹かれたとのたまいながら、いざ私が正しい行動を示してみせても、貴様は逆に憤慨する……。これを矛盾と呼ばずになんと言う」


 ジェルミは続けざまに突撃を繰り返すが、結果は同じだ。

 ケルケイムは冷静な立ち回りで、自らの身体にジェルミの手足を触れさせもしない。

 回避が間に合う場合は飛び退き、反射神経が追いつかないと判断すれば、先んじてジェルミの足元に銃撃することで行動のタイミングを遅らせる。

 圧倒的な身体能力による翻弄を試みたジェルミが逆に翻弄されるという奇妙な状況が、そこにはあった。


「しかし、かつての貴様は狂喜していた。貴様のてのひらの上で踊っていた、かつての私に対しては、愉悦を覚えていた。あの頃と今で、果たしてなにが違うのか……答えはすぐに導き出せた。葛藤だ」

「黙れ……!」

「貴様が私に求めていたのは正しい解答ではなく、苦渋の決断だ。私が苦悩する様を酒肴にしていただけだ。思えば、行動の是非など関係がなかった。どのような選択をしようと、そこに私の迷いが介在している限り、貴様はそれを正解とし、愉悦に浸る。だからこそ、その対極にあたる即断即決の行動を忌避する。違うか、ジェルミ……!」

「黙れと言っている……!」


 ジェルミの速度にも、もう十分、目が慣れた。

 次の対処は、ただの回避では終わらない。

 すれ違う刹那、ジェルミの襟首を的確に掴み、渾身の力を込めて自身の体を半回転。

 見事ジェルミを投げ転がすことに成功する。

 サイボーグ化されたジェルミの肉体は想像以上の重量があって、遠心力に引っ張られた右腕を痛めることにはなってしまったが、全ては覚悟の上だ。

 ケルケイムは即座に手榴弾のピンを引き抜き、ジェルミのもとへ投擲する。

 人間離れした敏捷性を誇るジェルミに対し、起爆までに時間を要する手榴弾は相性が悪すぎる。

 だからこそケルケイムは、リスクを承知で転倒を狙ったのだ。

 金属の跳ねる音で全てを察したのか、ジェルミは慌てて逃れようとするが、いかにサイボーグ体といえど起き上がるという複雑な動作にはそれなりの時間を要する。

 もちろん、その間のケルケイムの側に、呆けている余裕などない。

 近場に停まっていた大型の牽引車トーイングトラクターの陰に、すぐさま飛び込んだ。

 直後、鈍い破裂音が周囲に響き渡る。

 数秒ほど待って車体の陰から身を乗り出し、灰煙が立ち上る爆発地点を凝視すると、そこにはうつ伏せに倒れるジェルミの姿があった。

 損傷は激しいようだが、未だ五体満足。

 ジェルミ風に心情の内訳を出すなら、ようやくまともなダメージを与えた安堵が四割、なおも仕留めきれていない不安と焦りが三割ずつといったところか。

 そう分析できたからこそ、ケルケイムは敢えて前に出る。

 ジェルミにとって最大の苦痛とはなにか、その答えはたったいま自分の口で語ったばかりだ。

 迷いの露呈は、ジェルミに手番を渡す行為に等しい。

 常に先手を取り続けて、一方的に叩き潰す。

 それこそが、戦いに望む上での理想的な姿勢だ。


「貴様が真に見誤ったのは、他でもない、貴様自身の本質だ。貴様が長年にわたって執心していた私との相反関係は、というわけだ」


 ノルンの導きにより――――ケルケイムは外付けの正しさに縋ることをやめ、自分の意志を軸として動く“真の人間”となった。

 先の戦いでは、それこそがジェルミを倒しうる唯一の手段だとケルケイムは考えていたし、同様にジェルミ自身も無意識下で敗北を認めていただろう。

 しかし実際には、深手を負わせただけで、ジェルミの歪な精神の中核を成す急所を刺せてはいなかった。

 確実なる破壊をもたらすために必要なのは、観察と考察。

 今ケルケイムが放った言葉は、臆することなくジェルミに向き合い、実体を正しく捉えることでようやく手にすることができた剣だった。

 ここまで長々と続けてきた語りも、全てはこの一言を突き詰めるための、大いなる下準備だ。


「ふざけるな……! ワタシは間違いに塗れた存在だ。ゆえに侮辱は許そう。激昂することも許そう。しかしだ、そのような暴論を聞き入れるわけにはいかない……!」


 キュルリキュルリと不気味な駆動音を立てて、ジェルミがゆっくりと立ち上がる。

 その身を覆う漆黒のジャケットとスラックスは、面積の半分以上が千切れ飛び、もはや衣服としての体を成していない。

 素肌の代わりに露出するのは、金属製の外皮と無数のケーブル類。

 加えて、数も配置も人間のそれとは大きく異なった全身の関節。

 失われた部位を再現する気など更々ない、まったく独自の構造に、ケルケイムは目を細める。

 現在のジェルミは比喩ではなく本当に、機能性のみを追求した“人ならざるもの”と成り果てているのだ。

 肉体が変われば精神もまた変転するという、ジェルミの主張を信じてしまいそうになるほどの絶大な説得力が、そこにはあった。


「ワタシとキミとの関係は、運命にして法則、全ての根底に位置する前提条件だ。疑念を抱くことなど!」

「間違いの権化を自称しておきながら自分の間違いを認められないとは、滑稽だな」


 ケルケイムの嘲りに、ジェルミは返す言葉を持たなかった。

 聡明なジェルミは、ここで自らが沈黙することの意味を理解している。

 理解しているからこそ、沈黙の時間が更に伸びる。

 新たな屁理屈を練り上げるため必死に思考を巡らせる、その焦燥感は、苦々しい表情から容易に見て取ることができた。

 もっとも、ケルケイムがジェルミの反論をわざわざ待つことはない。

 破綻した論理の上にどれほどの言い訳を積み重ねても、出来上がったものは無意味にして無価値だからだ。

 だから、先んじて。

 自分たちの関係を締めくくる、決定的な一言を放つ。


「私は連合の軍人で、貴様は秩序を乱す凶徒。だから戦う。だ。与えるものも奪うものもない。互いに影響し合うこともない。最初から、ずっとそうだった」


 表と裏、陰と陽、正しさと間違い。

 ケルケイム・クシナダとジェルミ・アバーテの関係性は、そのような哲学的対立構造とは全くの無縁だ。

 狡猾で悪趣味な下衆が、勝手にそう定義し始めたというだけの話。

 長く険しい苦難の果てに、ケルケイムはようやく、本来自分が在るべき位置ばしょに回帰できたのだ。


「あくまで拒み、あくまで否定するというのか、ケルケイム・クシナダ……! いけないな、それではいけないな……! キミに、ワタシの執着から逃れる権利などない。逃れるという見地自体、必要ない……!」

「私が語るべきことは、全て語り尽くした。そろそろ決着を付けるぞ、ジェルミ……!」


 言うなり、ケルケイムは再びアサルトライフルを撃ち放つが、ここからのジェルミは違う。

 サイボーグ体ゆえの高い身体能力を活かし、稲妻状の軌道でケルケイムに迫り寄る。

 目で追うことすら難しい、左右方向への超高速移動。

 照準を合わせることは、不可能に近い。


「決着? 馬鹿を言うな」


 反応する時間さえ皆無に等しい。

 ジェルミの鋭い蹴りがケルケイムの脇腹にめり込む。

 人間離れした脚力で放たれるそれの威力は、もはや打撃の域を超えていた。

 生み出されたエネルギーの総量的には、車両との衝突事故に近い。

 内臓が激しく揺さぶられ、ケルケイムの身体機能と思考は、肉体の防御反応により瞬間的に停止する。

 ケルケイムに油断は一切なかった。

 純粋な身体能力の勝負に持ち込まれると、どう足掻いてもこうなるという理不尽。

 蹴り飛ばされ、地滑りしている最中に意識を取り戻したケルケイムは、その勢いを利用しながら立ち上がり、駆け出す。

 脇腹に走る激痛で呼吸のたびに気絶しそうになるが、痛覚を意志力でねじ伏せ、吸えるだけの酸素を吸う。

 吸わなければ、死以上の絶望を味わうことになるからだ。


「我々に決着の時など訪れはしない。ワタシとキミは未来永劫相争うのだ!」


 ジェルミがケルケイムに追いつくのは一瞬だった。

 ケルケイムの背中を蹴り込んで、派手に転倒させる。

 アスファルトに打ち付けられたケルケイムの顔面に、醜い擦れ傷が広がっていく。

 どうにか応戦しようとケルケイムは身を捻り、仰向けの体勢になるが――――

 そこに、ジェルミが乗りかかってくる。


「そのためにも!」


 ケルケイムは至近距離からアサルトライフルを乱射するが、ジェルミは仰け反りもしない。

 どころか、その白い魔手でアサルトライフルのバレルを握り込み、粘土のように容易く折り曲げてしまう。


「貴様っ!」

「ワタシを受け入れまいとする歪な精神を、矯正せねばな!」


 ジェルミの右手が、今度はケルケイムの左腕に伸びる。

 金属に通用する握力は、当然、有機物にも通用する。

 ジェルミの五指は、ケルケイムの腕に、食い込んでいった。


「がっ、あっ……!」


 まともに悲鳴を上げることすらままならないほどの、常軌を逸した痛み。

 悶絶するケルケイムを間近に、ジェルミは破顔し、歓喜の唸りを上げる。

 ジェルミの狙いは制圧ではなく、圧搾。

 ケルケイムの上腕がミシミシと嫌な音を立てていたのは、最初の数秒だけだ。

 ジェルミの五指は、ケルケイムの筋肉を、血管を、神経を無慈悲に断裂させながら、なおも奥深くへと進む。

 ケルケイムは激しくのたうつが、乗りかかったジェルミを押しのけるには至らない。

 そしてとうとう――――大小無数の粉砕音が、同時多発的に響く。

 気絶できたらどれほど幸運だっただろうか。

 完全に自らの制御を外れた左腕がぷらりと倒れていく、おぞましい光景。

 戦闘服の内から続々と染み出てくる大量の血液。

 自分の肉体が不可逆の破壊を受ける恐怖で、ケルケイムは絶叫しそうになる。

 だが、こんなところでこれまでの努力を投げ出すのは、正しい行いではない。

 歯を食いしばり、丹田に力を入れ、不要な感情の一切合切を抑え込む。

 最大の好機がやってくるのは、今より数瞬の後なのだ。


「さあ、いい加減に観念してしばしの眠りにつきたまえ! ワタシの、ケルケイム君……!」


 ジェルミが声高らかに、左腕を突き出す。

 破れた袖口がずれ落ちたことで露出する、右腕と同型の射出装置。

 右腕の装置を破壊された後も、倒れ伏す保安部隊の方に幾度か視線を向けていたことから、それは必ずあると確信していた。

 敵に最大級の絶望を味わわせるため、大逆転劇を演出したがるジェルミの性格にも合致する。

 ジェルミの心情としては、一度阻止された方法でケルケイムを無力化ことによって溜飲を下げようとしているのだろうが――――その執心ゆえに、同じ過ちが再現される。

 構えてから発射までに生じる僅かな隙は、ケルケイムにとっては反撃の猶予。

 加えて、互いの肉体が触れ合うほどの、この密接距離。

 条件は完璧に、整った。

 ケルケイムは腰に下げたもう一つのホルスターから、手早く切り札を抜き取る。

 44口径、銃身4インチの回転式拳銃リボルバー

 連合軍の正式装備ではなく、ケルケイムの私物だ。

 父親から譲り受けた旧い型だが、日々の入念な手入れによって、銃身のメッキ加工は新品同然の輝きを保っている。

 装填されているのは通常の44口径弾ではなく、実包の大型化と装薬変更により破壊力を飛躍的に高めた特注のスーパーマグナム弾。

 その超高威力の代償として、両手撃ちですら絶大な反動を伴うため、対人戦闘で有効に使える場面はひどく限られる。

 敵が極めて近距離に存在しており、かつ咄嗟には回避できない体勢をしている状況くらいのものだろう。

 例えば、今のように。

 いかにしてこの状況に持っていくかを最初から逆算し、常に誘導し続けていた。

 今更、逡巡などあるわけもない。

 ケルケイムは腕を持ち上げ、肉薄するジェルミの醜悪な顔面におおよその狙いを付けると―――――久方ぶりに、その引き金を引いた。

 力強く、連続で。

 合計六度、重く唸る大気。

 同じ回数だけ、ジェルミの顔面が盛大に砕かれる。

 いかに強度を高めたサイボーグ体とはいっても、スーパーマグナム弾の直撃に耐えることは不可能だった。

 リボルバーに気づいて、驚愕に固まるジェルミの表情を切り抜いたかのように。

 目も鼻も口も、その一瞬の形状を保ったまま、飛散していた。

 降り積もった破片を払い除けた先に見えるのは、無貌の闇。

 六発の銃弾は、ジェルミの顔面を抉り取った結果、頭部奥深くまで続く一つの大穴を形成するに至っていたのだ。


「……貴様が眠れ、ジェルミ。貴様が求めているものは、どうせ現実こちらにはない」


 六度の発砲で鼓膜が麻痺し、自分の発する言葉さえろくに聞こえはしなかったが、それでもケルケイムは言った。

 続けて、不快さで目を細める。

 闇の奥底から、粘性のある黒色の液体が滴ってきたからだ。

 おそらくは、脳漿のうしょうに相当する保護液の一種だろう。

 徹底的に頭部を狙ったのは、ジェルミの中核ともいえる、頭部に収められた“それ”を破壊するためであった。

 つまり目論見どおりに事が運んだ証拠ではあるのだが、おぞましさは拭えなかったし、人体に有害な成分を含んでいる可能性もあった。

 そういうわけもあって、ケルケイムは側面に転がりながら物言わぬジェルミの体を引き剥がし、拘束から逃れる。

 最大級の警戒を払いながら。


「断、ル……!」


 何処いずこかより漏れ出る、呻き。

 突如として伸びてきたジェルミの魔手を、ケルケイムはもう一度転がることで躱す。

 最後まで油断してはならないという一般論とは別に、ケルケイムには信頼があった。

 ジェルミという男の狂的な妄執に対する、絶対の信頼が。

 頭蓋を砕かれた程度で、この男が歩みを止めるわけはない。

 物理法則を超越してでも、必ずケルケイムの前に立ちはだかり害をなす――――それこそがジェルミ・アバーテであるとまで言い切れる。

 遺憾なことに、その程度にまで、ジェルミという人間の為人ひととなりは、ケルケイムの心に刻まれてしまっていた。

 もはや意識するまでもなく、ケルケイムの右手はリロード作業を始める。

 リボルバーを一度地面に置いた後、ポーチの中からスピードローダーを取り出し、五本の指を巧みに操って弾倉にローダーを挿入。

 ややあって、二人は同時に立ち上がった。

 共に満身創痍。

 片や左腕を潰され、片や顔面を喪失。

 戦闘続行など到底不可能な負傷と損傷。

 しかし二人は、向かい合い、睨み合う。

 極限までに冷えた視線と、煮えるような熱量を宿した視線が交錯する。


「返セ……!」


 乾ききった空気の中、無貌のジェルミが、一歩を踏み出す。

 ジェルミが放ったのは、もはや言葉に非ず。

 既に上顎と舌部の大半は失われており、喉元からかろうじて絞り出された音の並びが、そういう風にも聞き取れるというだけだ。


「キミとの繋がりの為ダケに、生きているのだ、ワタシは……!」


 ジェルミが更に一歩を踏み出す。

 仮に脳髄の損傷が皆無だったとしても、そこに連なる機器の大半を破壊しているのだから、センサー類が正常に機能しているわけはない。

 にも関わらず、本能的にケルケイムの存在を捉える執念には、もはや感嘆するしかなかった。

 向かうところはさておき、これほどの強靭な意志力を持った人間が、他にいるだろうか。

 考えながら、ケルケイムは静かにリボルバーを構える。

 その動作から漏れ出る殺意の片鱗を感じ取ったのだろう。

 ジェルミが猛獣のごとき勢いで駆け出したのは、まさにその瞬間だった。


!」


 最後の最後にジェルミが放った懇願の叫びは――――世界で最も耳を貸す必要のない戯言だった。

 この数年間で、ケルケイムが、一体、何度、そう思ったことか。

 どれほど多くのものを奪われ、どれほどの怒りと悲しみを背負ってきたか。

 両親、弟、恩師、戦友―――――

 ノルンも――――

 ケルケイムは、自分の具合も、近接戦闘のセオリーも、反動計算も無視して、ジェルミの頭部目がけて発砲した。

 放たれたスーパーマグナム弾は、一射目にしてジェルミの額を正確に貫き、残留していた黒い液体が飛沫を上げる。

 仰け反り倒れたジェルミは、その無慈悲な一撃を以て、今度こそ完全に沈黙。


 ケルケイムとジェルミ、二人の死闘の勝敗は、間違いなく決したといえた。

 だが、争いの決着と終結は、同義ではない。

 戦う者の胸中には、心の整理がつかないものが幾つもある。

 たかだか、敵を死に至らしめた程度では。


「……いや、


 うわ言のように呟き、ケルケイムはジェルミの躯ににじり寄る。

 そして、その弾痕だらけの惨たらしい全身を一瞥するや否や、残る五発のスーパーマグナム弾をt続けざまに撃ち込んだ。

 またも大量の金属片が散乱し、風に流されていく。

 動力部に到達した弾もあったのだろうか、火花と黒煙までもが噴き出し始めた。

 素人目に見ても、ここまでやればもう再起動はないと判断できる、入念なとどめ。

 だというのに、ケルケイムはなおも満足に至らない。

 リボルバーをホルスターに収め、一度その場を離れる。

 アサルトライフルを拾いに戻るためにだ。

 バレルがねじ曲がったアサルトライフルは、銃器としての使用は不可能でも、鈍器としての使用には耐えうる。

 ケルケイムは銃身を乱雑に掴むと、再びジェルミに迫り――――金物の鍛造でもするかのように、既に十分損壊しているはずの頭部へ容赦のない打撃を加えた。

 何度も、何度も。

 過去の教訓あってのこととはいえ、ここまでくると、死体への追い打ちとしては明らかに過剰な域。

 上層部の知るところとなれば、人道にもとる行いとして問題視されるだろう。

 だがケルケイムは、自己の全てを正当化する。

 正当化できる術を、身につけてしまっている。


「ケルケイム司令……!」


 ケルケイムのもとへ駆け寄ってきたのは、保安部隊の別チームの面々だった。

 施設内に待機させておいたはずだが、状況をモニタリングしていたオースティンが、異常に気づいて寄越したのだろう。

 到着するなり、彼らは軒並み絶句していた。

 原型を留めていない頭部から、黒い脳漿や脳神経の一部がこぼれ出る、ジェルミの惨たらしい遺体に対してか。

 それほどの致命傷を与えておきながら、未だ攻撃の手を緩めようとしない、ケルケイムの常軌を逸した行動に対してか。

 ケルケイムは、困惑と動揺で固まる彼らに、無機質な口調で応じる。

 無論、その間も、ジェルミを執拗に殴打する右手の動きが止まることはない。


「この男は、オーゼスとエウドクソスの技術の混成物ハイブリッドだ……。頭部を破壊したからといって、死亡しているとは限らない。連中の技術力ならば、生命維持機能も、脳と同等の働きをする装置も、どうとでもなる」


 言いながら、ケルケイムは呆れ果てていた。

 ジェルミを殺し続ける口実を欲しがっている自分の、唾棄すべき浅ましさに。

 ジェルミの前では、あたかも決別を果たしたかのように淡白な態度を取っておきながら、実態はこのザマだ。

 物言わぬジェルミをどれだけ殴打しても――――むしろ殴打すればするほどに、心の堰が決壊し、押し留めていた激情が解き放たれていく。

 積もりに積もった怨恨が、仇敵本人に対する物理的な攻撃によって解消されていく、途方もない快感。

 軍規に則った正当な戦闘行為は既に終了し、現況は既に、個人的な復讐へと移行を果たしているといえた。

 そんなことは、とうにわかっている。

 わかっていてなお、煮えくり返ったはらわたが、一向に鎮まろうとしないのだ。

 大義のために戦う無私の兵士となることが正しい軍人の在り方ならば、今このとき、ケルケイムは完全に道を外れている。

 瞬や轟や連奈を笑えないどころか、むしろ嘲笑されるに値する醜態。

 おそらく今の自分は、見るに堪えない鬼気迫る表情をしているのだろう。


「電子回路、主機、通信機器。生きている機構ギミックは一つ残らず破壊する必要がある。それまでは、まだ終わらない……!」


 被動の歯車と化していたかつての自分と、確固たる意思を獲得した現在の自分。

 前者から後者への変化は、本当に成長といえるのか。

 得るものがあったとしても、それ以上に多くのものを失ってしまったのではないか。

 幸とは、不幸とは。

 正しさとは、間違いとは。

 答えは出ない。

 答えるくれる者も、誰一人いない。

 全てを奪われたケルケイムには、なにも残っていない。

 あるのは虚無感だけ。

 ジェルミの人生を無意味ゆえの虚無と断じたが、それは、自分も――――


「……戻りましょう。まずは、怪我の処置を」


 隊長を務める男が、重苦しい口調でケルケイムを諌める。

 肯定、否定、憐憫、軽蔑。

 思うところは様々にあれど、それらを飲み込む彼らこそが、軍人としての理想的な姿。

 ケルケイムは彼らに対する敬服と、自らの惰弱さに対する情けなさで、わずかだけ冷静さを取り戻す。

 自分とジェルミが繰り広げた白兵戦など、現在行われているロッシュ・ローブ攻略作戦の中の、ほんの一要素。

 戦局への影響の度合いでいえば、メテオメイルの負ったかすり傷一つの方が遥かに勝る。


「……そうだな、すまなかった」

「ジェルミ・アバーテの遺体回収は、我々が責任を持って行わせていただきます」

「ああ、任せる。奴の処理方法は、おそらく特殊なものになる。方々との協議が必要になるだろう。それまでは、とにかく厳重に隔離だ」

「了解しました」


 ケルケイムはひとしきり指示を終えると、口元を固く結んだ。

 世界の命運を背負い、生きて帰れる保証もない戦いに身を投じているメテオメイルのパイロットたち。

 彼らを率い支えることこそが、部隊の司令官であるケルケイムの本分。

 同時に、オーゼスを壊滅させ世界に在りし日の秩序を取り戻すことこそが、ケルケイム本来の目的。

 感傷に浸っている暇は、一秒たりともない。

 ここで、苛虐に耽っていることこそが最大の間違い。

 あれだけの仕打ちを受け、これだけの仕打ちを返す、ジェルミ・アバーテという憎き存在を意識の外に締め出すことこそが最も正しい答え。

 言い聞かせて、壊れ果てたアサルトライフルを捨て去り、身を翻す。

 たったそれだけの動作に十数秒を要することを、最後のわがままにして。


「……冷えてきたな」


 簡易的な止血処置を施された後、用意されていた担架に乗せられ、ケルケイムは中央タワー内の医療施設へと運ばれていく。

 それでもなお血の滴は、滲み出て、零れ落ち、地面に赤々とした痕跡を残し続けた。

 堪えた涙の代わりに、いつまでも未練がましく。


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