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第202話 因と縁(前編)

 ケルケイムがラニアケアの中央タワーを飛び出し、エアポート付近に到着したとき。

 侵入者迎撃のために向かわせた保安部隊の十二人は、全員が地に伏していた。

 各々、意識は朦朧としており、身動き一つ取れない状態にあったが、呼吸だけは確認することができた。

 ただ、この状況を指して、不幸中の幸いと呼ぶのは不適当な表現である。

 彼らの身に起こった異常について、仔細は未だ不明のままであったし――――なにより、この惨状を生み出した元凶が、ほんの数メートル先で邪悪な笑みを浮かべているのだから。


「いやあ、久しい。実に久しい。この戦いの中で我々は何度も剣を交えてきたが、直に顔を合わせるのは、そう――――」


 大仰に両腕を広げて再会の喜びを露わにするジェルミが、無防備に一歩を踏み出す。

 そんなジェルミに対し、ケルケイムは無言の挨拶を送った。

 手にしたオートマチック拳銃から放つ9ミリ弾を、二発。

 正確な照準で、ジェルミの眉間に。

 無礼の域を超えた、究極的に非情な対応。

 しかしジェルミは寛大だった。

 元々笑顔ではあったが、その口元を更に歪に裂くことで、ケルケイムの行為を許容する。


「三年と四十七日ぶりだな、ワタシのケルケイム君」


 更に数歩を踏み出すジェルミに、ケルケイムは追加の四発を見舞った。

 それでも、初老の紳士の端正な表情は崩れない。

 精神的にも、物理的にも。


「問答無用の先制攻撃……ただの賊が相手ならそれも有効だろうが、しかし相手はこのワタシだぞ、ケルケイム君。そこいら中に寝転がっている有象無象どもの生殺与奪を一体誰が握っているのか、今一度熟考することを勧めよう」


 得意げに、ジェルミが発する。

 ジェルミの常套手段、負ければ屈服、勝てども喪失の悪辣極まる二択問題――――どちらに転んでもジェルミをよろこばせるだけの、出来の悪いゲームである。

 ケルケイムは過去に何度もこの手に苦しめられてきたが、全ては過去の話。

 結局のところ、最適解は一つしか存在しない。


「ワタシが有象無象どもに打ち込んだ“針”には、極めて毒性の強い化学物質が仕込まれている。微量なら強力な麻酔薬として作用するが、僅かでも投与量を超えると致死毒と化す。つまりは、二度目の被弾が確実なる死を意味するということだ。難儀したよ、勢い余って連射しようものなら簡単に殺せてしまうからな。さて、そういうわけだがケルケイム君……キミはどうする? 彼らを守りながらワタシと戦うか、ワタシに頭を垂れて彼らを救うか。キミの解答次第では、ワタシは大人しくこの場を立ち去るつもりでいるが……」

「これが私の解答だ。受け取れ、ジェルミ」


 ケルケイムは冷ややかな口調で、マガジンの残弾を全て吐き出す。

 無意味な発砲だった。

 これまでと同様、ジェルミの全身を打った全ての弾丸が、アスファルトの地面にパラパラとこぼれ落ちるだけだ。

 だが、無意味な攻撃ではなかった。

 直後、悲哀に満ちた、悲鳴じみた笑声が周囲に響き渡る。

 ケルケイムの明確な拒絶の意思が、ジェルミの精神を穿っていたのだ。


「変わってしまったな、キミは……。かつてのキミは一体どこに行ってしまったのだ。法と規律に殉じ、どれほどの葛藤に苛まれようと常に正解を選び取ってきた、克己心の体現者たるキミは……!」


 ジェルミが、白の革手袋に包まれた手で、自らの顔面を覆う。

 現在のケルケイムは見るに堪えないとでも言いたげに。

 もっとも、ケルケイムの側も同じ意見ではある。

 堕ちるところまで堕ちた小悪党に対して、浮かんでくる感情は、哀れみただ一つである。


「そんな人間は、最初から存在しない」

「いや、確かに存在した。ワタシは見たのだ、かつてのキミの中に、絶対の正しさを! 完成された精神性を! 究極の芸術を!」

「全ては貴様の幻想だ、ジェルミ。そして貴様は、自分で自分の幻想を破壊してしまったのだ」


 ケルケイムはオートマチック拳銃のリロードを済ませるものの、ひとまずは腰のホルスターに収める。

 代わりに手にしたのは、肩からベルトで提げていたアサルトライフル。

 マガジンを二つ同時に装着可能なカスタムモデルである。

 しかも、それぞれのマガジンも百発装填可能の大容量型で、総重量は十キロを超える。

 取り回しは最悪だったが、常識外の耐久力を誇る黒衣を纏ったジェルミを仕留めるためには、最低でもこのレベルの火力と連射力が必要になるはずだった。


「なるほど、やはりそうか。認めねばならないか……。正直なところ、そんな気はしていたのだよ。ワタシの度重なる干渉が、キミを堕落させてしまったのではないかという懸念は昔からあったのだ。邪悪な蛇が、アダムとイヴに知恵の実を食せよと唆したようにな。まさかこのワタシが与える側に回っていたとはな……。間違いだ、恥ずべき間違いだ」


 失意に陥りながらも、自己陶酔に浸り体を打ち震えさせる、かける言葉さえ見つからないほどの独善的思考。

 始末する好機と、ケルケイムはアサルトライフルを構えるが、視界に飛び込んできた光景に、一瞬手を止めてしまった。

 想定はしてたはずなのに、その強烈な視覚情報を、脳が認識することを拒んだのだ。


「ならば再び、ワタシの手で、かつてのケルケイムくんを取り戻してみせようではないか。ワタシのケルケイム君に戻してみせようではないか。その肉体を、キミから奪い取ることでな……!」


 まるで仮面舞踏会のマスクを外すかのように。

 ジェルミは額から鼻背にかけての皮膚を――――正確には、皮膚を模した外装を、慣れた手つきで下にずらしてみせる。

 その奥に垣間見えたのは、筋肉や頭蓋ではなく、複雑に入り組んだ機械部品。

 怪しげな魅力を放つ碧眼も、精巧な造りをした義眼でしかなかった。


「何度深手を負っても蘇る不死身の肉体、妙だとは思っていたが……」

「キミにはワタシ以上の改造手術を受けてもらう。肉体が完全なる機械人形と化せば、心もまた完全なる機械人形と化す。そうしてようやく、ワタシが求めたケルケイム・クシナダは復活を遂げるのだ……!」


 外装を元の位置に戻しつつ、ジェルミはケルケイムに迫り寄る。

 その途中、ゆらりとした動作で、右腕が正面に突き出された。

 袖口の奥底では、なにかが鈍い輝きを放っている。

 ケルケイムは臆せず、ジェルミの真向かいの位置を維持し続ける。

 それから、しばしの時間が経過した、あるとき。

 示し合わせたかの如く、ケルケイムとジェルミは一斉に駆け出す。

 いよいよ、二人の戦いが幕を開けたのだ。


「かつて私が全身不随の体となり、軍務から退いていた時期があったことは知っていよう。そのときだよ、オーゼスから声がかかったのは」

「貴様の自分語りなど、聞くに値しない」


 ケルケイムは反時計回りの軌道を描きながら移動し、アサルトライフルのフルオート連射をひたすらに浴びせる。

 対するジェルミもまた同様の軌道を取り、麻酔銃で応戦する。

 自分だけの世界に没入しているようでいて――――実際、没入してはいるのだろうが、身のこなしは現役時代さながらで、一切気は抜けなかった。


「当時、一研究機関として活動していたオーゼスは、二柱の一つである高機能サイバネティックスの研究が停滞してしまっていた。何故か? 簡単だ。当時彼らが挑もうとしていたのは、重要臓器や神経の大規模な置換。サイエンスフィクションの世界に数え切れないほどある、本格的なサイボーグ手術だよ。しかし、その理論を実証するための被験体調達は、法的、倫理的な問題から困難を極めた。前例がないため、成功率も定かではない。だが私は、二つ返事で彼らの話を呑んだ。どのみち他に手立てなどなかったからだ」


 ただでさえ劣悪な命中率のカスタムアサルトライフルを走りながら使用しているため、既に数十発は発射しているにも関わらず、ジェルミへの着弾はその中の二、三発に留まった。

 しかしそれでも、ケルケイムは攻勢に回らざるを得なかった。

 ケルケイムの後方には、ジェルミの麻酔銃を受けて昏睡状態に陥った保安部隊の隊員たちがいる。

 ジェルミの言い分が事実であれば、あと一度の被弾で、彼らは死に至る。

 話を百パーセント真に受けているわけではなかったが、可能性がある以上は、なんとしても攻撃を阻止する必要があった。


「幸いにして手術は無事成功したよ。長期のリハビリを要したが、おかげで私は原隊復帰を果たすことができ、望外なことに“奪還者”の称号も手に入れた。しかし十五年後、ワタシの肉体の自由は再び奪われることとなった。ケルケイム・クシナダ……キミのおかげでな」


 耳を一切貸さないと意識してはいたのだが、ジェルミの一言は、防壁の隙間を抜けてケルケイムの心中へと潜り込んでくる。

 地球統一連合軍の特殊工作部隊“エルタニン”の隊長を任されていたジェルミの、明明白白な暴走。

 テロ活動や紛争の未然防止という名目で繰り広げられる、反政府勢力の徹底的な虐殺。

 非人道的任務の連続で極限状態まで追い込まれていた若き日のケルケイムは、終わらぬ凶行を食い止めるために、最終手段として――――背後からの銃撃によってジェルミを粛清した。

 密かに録音していた一部の会話が証拠となり、幸いにも軍法上は正当な判断として処理されたが、自らの手で自らの上司に発砲した経験は長らくケルケイムの心を蝕んだ。

 今では、撃った後悔よりも死の確認を怠った後悔の方が遥かに勝っているし、今このとき、引き金にかけた指の力が緩むことも無論ない。

 とはいえ、忌まわしき記憶であることは事実。

 当時の上官を自らの手で始末したという一点においては、ジェルミとなんら変わりはしないのだから、なおのことだ。

 ケルケイムは渋面を浮かべるそうになるが、だからこそここでジェルミを討たなければならないのだという義憤と怒りで、自らの感情を制する。

 そんなケルケイムの対応を見て、仕掛けたはずのジェルミが逆に歯噛みすることとなった。


「作戦があの国で行われたのは僥倖という他なかった。隣国の南アフリカにはオーゼスの研究所が幾つも存在していたからな……。どうにか一命を取り留めたワタシは、彼らにコンタクトを取り、救助を求めた。ワタシの肉体の、更なる改造の許可を対価にな。ワタシほどに被検体などそうそう現れなかったのだろう、彼らもまた二つ返事で契約に応じてくれたよ。今度は上半身のほとんど全てを機械化することになったがな」


 ジェルミは変わらず饒舌だったが、全ては策の内だということを、ケルケイムは骨身に染みて知っている。

 心理戦では劣勢だろうと、それを目下の戦闘の駆け引きに持ち込まない強かさを持ち合わせているのがジェルミだ。

 わずかでも集中を緩めようものなら、足元へ向かって麻酔針が飛んでくる。

 ちなみにケルケイムは、ジェルミとの戦闘に臨むにあたって、防弾対策は一切行っていない。

 普段の制服から標準的な戦闘服に着替えてはいるが、プロテクターの類は未装着である。

 ジェルミの麻酔銃は、保安部隊の装備をものともしないほどの貫通力を有しているため、もはやデッドウェイトにしかならないと判断したのだ。

 代わりに、胸元と背面のポーチには予備のマガジンと数種の手榴弾を収められるだけ収めて、継戦能力を高めている。

 出鱈目なことをしているという自覚はあるが、オーゼスの狂人を相手にするには、これくらいの割り切りは必要だった。

 幾度もの戦いの中で得た経験則である。


「そして三度目が、エウドクソスというわけか」

「そうとも。丹念に作り上げたワタシの舞台が、台本を守らぬ女狐によって荒らし尽くされた、あの惨憺たる悲劇の後。ワタシはエウドクソスで再々改造を受けることとなった。旧オーゼスでサイバネティックス研究を行っていた者達の何割かは、あの組織に流れ込んでいたようでな……。おかげで手術は滞りなく進んみ、ワタシという存在はいよいよ真の完成へと至った……!」


 ケルケイムが警戒したとおり、そのとき、なぜかジェルミが不敵に笑む。

 直後、あまりにも唐突に。

 アスファルト上を駆けていたジェルミの体が、わずかなしなりとともに、その場で急停止する。

 減速などではない。

 慣性を無視したかのような、空間への固定。

 異様な光景を目にしてしまったことの困惑と、数秒先に襲い来る危機を本能的に嗅ぎ取ったことで、ケルケイムの体は、本人の意志とは無関係に硬直してしまう。

 ジェルミが突いてくるのは、その一瞬だった。

 ジェルミは上体をケルケイムの方へ向けるや否や、人間離れした脚力で地面を蹴り、跳躍。

 数メートルの距離を、一瞬で詰めてくる。

 ケルケイムは真横に飛び退いてジェルミの突撃を躱すが、身体能力の差は歴然だった。

 ジェルミは先程と同じく、体の捻りと跳躍を組み合わせた異様な方向転換を行い、一気にケルケイムへと肉薄。

 空中で放った鋭い膝蹴りを、ケルケイムの鳩尾みぞおちに見舞う。


「か、っ…………!」


 肉体の深奥まで届く、重い衝撃。

 まずは呼吸が止まり、一瞬の間、意識が飛ぶ。

 胸元から灼熱のような激痛が広がっていくのを実感したのは、それからだった。


「失った下半身のみならず、既に改造済みであった上半身にも手を入れ、脳髄以外のほぼ完全なサイボーグ化に成功したのだよ。性能は見てのとおり、常人が鍛錬で獲得できる限界点を遥かに超越している」


 よろめくケルケイムの耳元で、ジェルミが囁く。

 人生で、最もおぞましい瞬間だった。

 踏みとどまらずに、吹き飛ばされて地面を転がっていた方がどれほど良かったか。

 痛みの波間にわずかだけ生まれた思考の余白を使い、ケルケイムは己の肉体に対し、必死に後退を呼びかける。

 しかし、その懇願は叶わずじまいに終わった。

 ジェルミの手が、既にケルケイムの右肩へと伸びていたからだ。

 戦闘服の布地を完全に掴み取られており、全身を振り乱そうとも、その拘束が解けることはなかった。


「刮目したまえ、ワタシのかおを。拝聴したまえ、ワタシのこえを。なにもかもが造り物だが、素晴らしい再現度だろう。五体の動作調整よりもはるかに時間をかけた部分だ。材質にも随分と拘った」

「知った、ことか……!」


 ケルケイムは掠れた声で吐き捨てると、どうにかジェルミの腕を引き剥がすべく、その手首を握り込む。

 やけに硬質感のある手触りだった。

 露出しない部分の再現は不必要と判断したのだろう。

 ともあれジェルミの腕は、機能面だけを追求した純然たる機械と化しており、強度も膂力も人間の範疇を大きく逸脱していた。

 体感としては、ウェイトリフティングのバーベル。

 片手で抵抗しても、ほんの数瞬、ほんの数ミリ持ち上げるのがせいぜいだった。


「先程も通告した筈だ。ってもらうことになるのだよ、キミにも。ともすればワタシ以上の領域をな……!」


 ジェルミのもう一方の腕が、ケルケイムにゆらりと向く。

 その袖口の奥底には、麻酔銃の射出装置が仕込まれている。

 一発の被弾が敗北に繋がる、凶悪な武器。

 ジェルムの拘束から逃れるべく、ケルケイムはジェルミの脛を何度も蹴り込むが、当然効果はない。

 そうする間に、ジェルミはケルケイムの首元へ照準を定める。


「エウドクソスの教義に染まったわけではないが……しかし理解はできるのだよ、彼らの主張も。キミほどに正しい人間も、生身の肉体という不完全で不安定な器に収められれば、いずれは間違いエラーが生じてしまう。ならば移し替える必要があるだろう。絶対不変の、機械の器に。喜ぶがいいケルケイム君、これからキミはワタシが夢見た“真人類”となるのだ。自我を有しながらも常に正しく在り続けることができる、“優等生”も“先生”も超えた存在にな……!」

「世迷い言を……!」

「今のうちに感涙しておくといい。完成体となったキミに、おそらくその機能は、ない」


 ジェルミが自らの顔面手前で右手を掲げる。

 蠢く五指は、かつての乗機である五頭竜を想起させた。

 もっとも、ケルケイムが意識を向けるのは、その下方。

 キュルキュルと耳障りな駆動音を漏らす、袖口だ。


「では、一旦の終幕とさせてもらおうか。間違いから解放された、本当のキミとの再会を心待ちにしているぞ、ケルケイム君――――」


 ケルケイムが待っていたのは、この瞬間だった。

 ジェルミが言い終える直前。

 ケルケイムは腰のホルスターからオートマチック拳銃を素早く抜き取り、眼前に広がる闇――――ジェルミの袖口の中に銃身を突き入れる。

 そして間髪を入れず連続発砲。

 袖の内で、金属同士の衝突によって生まれる甲高い音が、幾度も反響する。


「ちぃっ! ケル、ケイム君……!」


 ジェルミは予想外の事態に驚愕しながらも、しかし麻酔銃を一度だけ発射。

 凄まじい貫通力を伴った針は、ケルケイムが同じタイミングで発射した弾丸とぶつかり合ってなお直進。

 オートマチック拳銃の銃口を通って、その先にある発射機構を抉る。

 だが、逆にいえば被害はそれだけに留まった。


「狙っていたのはキミの方だったというわけか……!」

「私の反応を観察することに拘る貴様の性格は、よく知っているからな。片手で拘束と発射を両立できない間抜けな構造の麻酔銃と併せて、あの光景を事前に描くことができた」


 ケルケイムは、破損したオートマチック拳銃を脇に投げ捨てる。

 無駄な抵抗の数々も、成功すればそれで良く、失敗してもジェルミの注意を拳銃から逸らす演技として機能する、どちらに転んでも損のない策だったというわけだ。

 一方のジェルミは、右腕をさするようにして、内部機構の具合を確かめる。

 その過程で、袖口からは無数の金属片と弾丸が零れ落ちていった。

 弾倉の破壊にも成功したのか、遅れて、未使用の麻酔針もバラバラと地面に撒き散らされる。

 どうやら、ケルケイムの奇襲は予想以上の結果をもたらしたようだった。

 さすがのジェルミも、駆け引きの材料にしていた武器の喪失に、しばし言葉を失う。

 ただ、ケルケイムはどこまでも冷静だった。

 このジェルミの狼狽ぶりは演技で、左腕にも同様のギミックが仕込まれている可能性は考慮に入れている。

 どのみち、身体能力において圧倒的な劣勢であることに変わりはない。

 事態の好転を宣言してもいいラインは、まだ遠く先だ。

 ケルケイムは迷わずアサルトライフルを撃ち放つ。

 命中率に難を抱えてはいるものの、相対距離約二メートルでの近接射撃では大した問題にはならない。

 個人の無力化という域を明らかに超えた鋼鉄の豪雨が、ジェルミの全身を激しく打ち付ける。


「ぐうっ……!」

「少しは喜んだらどうだ、ジェルミ。これこそが、お前が渇望する正しい判断というものだろう……!」


 新たなマガジンを装填しながら、ケルケイムは力強く言い放った。

 ジェルミとの戦いにおいて、初めて独力で精神的優位に立つことができた興奮と自信が、その胸中にはあった。

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