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第199話 Collapsar(後編)

「同じ手を使わせてもらうわよ」


 状況を理解するが否や、連奈は反射的にオルトクラウドの右腕を水平に伸ばし、脇の地面に向けてバリオンバスターを発射。

 その爆風を利用して氷上を滑り、強引に機体の水平移動を行う。

 直後、ディープ・ディザスター・ボウより放たれたマイクロブラックホールが地面に着弾。

 分厚い氷層を安々と抉り去り、直径数十メートルのクレーターを作り出す。

 更に下層部にはオーゼスの施設が存在するというのに、そんなことを気にも留めない、狂気の攻撃だ。


「っ……!」


 マイクロブラックホールが寿命を迎え、再び、吸収した物質の解放が起こる。

 間近で塵状物質が飛散したことで、またもオルトクラウドの装甲にはおびただしい量の線傷が刻まれるが、そんなことは大した問題ではない。

 まずいのは、立ち上る蒸気と大気中に滞留する塵状物質によって視界が塞がれてしまったことだ。

 連奈が身をこわばらせた数瞬の間に、巨大な構造物の落下音が響く。

 幸いにして、おおよその位置はわかる。

 前方、やや左寄り――――オルトクラウド基準でいうなら、十一時の方向。

 連奈はすかさず、その方向へバリオンバスター二挺の砲撃を叩き込もうとする。

 そのときだった。

 青白い光の刃が二つ、連奈の眼前で踊る。

 オルトクラウドの反応速度は全メテオメイルの中でも最低クラス。

 躱しきれるわけもない。

 一つの刃は右腕のバリオンバスターを、もう一つの刃は左腕の肘から先を、それぞれ一撃で両断する。

 それらの攻撃を放った張本人であるグランシャリオは、今このとき、地面に降り立っていた。

 連奈は肉薄するグランシャリオを振り払うようにして後退。

 途中、自身の判断ミスに舌打ちする。

 もはや確認するまでもない。

 先の落下音は、投げ捨てたディープ・ディザスター・ボウのものだ。

 グランシャリオ本体は自機のスラスターで減速し、着地のタイミングを遅らせていたのである。

 複雑な読み合いに負けたのならまだ格好も付くが、これは自身の経験不足が招いた、ただの失態。

 本気で訓練に臨まなかった過去を後悔する気はないが、瞬や轟になら対処できていたかもしれない事態と考えると、また別の悔しさが沸き立つ。

 もっとも今、連奈が意識を向けるべきはそちらではない。


「おじさまは……?」


 視界が晴れて、グランシャリオの姿が露わになる。

 グランシャリオはオルトクラウドを追撃することなく、のろくさとした足取りで、ディープ・ディザスター・ボウの回収に向かっていた。

 連奈は出の早い攻撃で回収を阻止しようとするものの、ここまでの連射がたたって、どの火器も内部機関がオーバーヒート寸前だった。


「だから――――肯定されたような気分になるんだ」


 B4が口にしたのは中断された話の続きだった。


「無論、我らがボスにそんな気がないのはわかっている。おじさんたちはあくまで、“あの人”を楽しませるためのゲームの駒でしかない。だけど“あの人”は、おじさんたちが持つどうしようもない弱さを、絶大な力を持ったロボットに変えて、与えてくれる。弱いまま、強い人たちに勝たせてくれる。偏屈で放埒で厭世的なおじさんたちが、どうして誰もオーゼスを離れようとしないのか、どうして誰も組織のことで口を割らないのか……全ては、“あの人”に向ける無上の感謝ゆえさ。おじさんたちは皆、“あの人”に出会って、救われたんだ」

「呆れることすら難しいくらいの、壮絶な弱さね」


 オーゼスという組織に対する彼らの忠誠心や義理堅さについて、これまで様々な方面から分析がなされてきたが、当人の言葉だけあって、これほど腑に落ちる説明はなかった。

 理解などしたくもないが、せざるを得ないほど、理に適っていた。


「最初の頃は、異常者なら異常者なりに、なんらかの理由があってオーゼスそちらがわについたと思っていたわ。でも違った。おじさまたちには、戦う理由すらなかった。自分を演じることすら億劫になったおじさまたちにとって、居場所と役割を与えてくれるオーゼスは、とても都合がよかったというだけだったのね」

「そのとおりだよ。おじさんたちは、みんなそうさ。アダインさんも、ジェルミさんも、グレゴールくんもサミュエルくんも、十輪寺くんも、エラルドくんも、スラッシュくんと霧島くんも、元来は、あんなキャラクターじゃなかったはずだ。ああいう性格ではあっても、ああまで極端じゃあなかったはずだ。みんな大なり小なり、“あの人”から求められた人物像を反映させることで、自己を保っている。その方が楽だからね」

「どうりで、人の命を奪うことへの忌避感も、奪ったことへの罪悪感も感じないわけだわ。戦っているのは“自分”じゃないんだから」

「立場上、ない方が都合はいいさ。もしそんなものがあったら――――連奈ちゃんのことは殺せないよ」


 B4は気だるげな口調のまま、地面に突き刺さったディープ・ディザスター・ボウを拾い、担ぎ上げる。

 そして、グランシャリオの頭部、縦に並んだ三連メインカメラがこちらを向く。

 三つ全てが赤に灯った死の信号。

 連奈は、その様子を、ただ傍観することしかできなかった。

 事実上の死刑予告に、らしくもなく恐怖してしまったからだ。

 B4は、戦意も殺意も抱けない人間だ。

 しかし、だからこそ、B4の放つ言葉は一転して鋭い殺気を伴う。

 真の殺気は、憎悪や憤怒などの激情を超えた先にある。

 人間を狩猟対象の動物と同一視できる、無慈悲でフラットな精神状態に至った者のみ発することが可能な空気なのだ。

 敵を『人間以外のなにか』として処理できるという点は、連奈も同じではある。

 だが、必要に応じて意識を切り替えている連奈と、実際の行動と生来の倫理観が完全に乖離しているB4とでは、ものが違う。

 とは、やはりB4のことを指すのだろう。


「あなたはやっぱり、いてはいけない人だわ。ここで絶対に死んでおかないといけない人」

「おじさんも、そう思うよ。だけど不幸なことに、その“一番の不幸”だけは、どういうわけか訪れない。逆に、おじさんに関わった全ての人達に訪れるんだ」

「私は死ななかったし、今回も死なないわ」

「そうであってほしいと、おじさんも思っているよ」

「清々しいまでの矛盾……いえ、あなたにとってはどちらも本音なんでしょうね」


 ただ諦観の息だけが漏れる。

 連奈の将来を案じつつも、それを別問題にして殺せてしまうのがB4という男。

 それゆえの異常性、危険性。

 連奈は唾を飲み込みがら、次なる攻撃のタイミングを伺う。

 敵の出方を待つという選択肢は、連奈の性には合わず、オルトクラウドの基本戦術にも合致していない。

 にも関わらず守勢に入ったのは、ここから先は、迂闊な乱射が死を招くという確信があったからだ。

 実体弾の残弾数も随分と減ってしまっており、弾幕を展開できる時間も限られている。

 攻め入るのは、ここぞというとき――――


「連奈ちゃんが仕掛けてこないなら、おじさんの方から行くしかないか……」

「どうぞ」


 連奈が淡白に発した直後、グランシャリオが、信じがたい行動に出る。

 ゆるりと身を翻し、オルトクラウドに対して背を向けたのだ。

 連奈の目に映るのは、その背中を覆い隠す、風にたなびく真紅のマント。

 想定外の一手に連奈は戸惑うも、脳内に散らばった情報を練り上げ、二つの事実を確定させる。

 一つは、グランシャリオの方向転換は、なんらかの予備動作であること。

 もう一つは、それがわかっていながら、更に待つ道理はないということ。

 ほとんど反射的に、連奈は操縦桿のトリガーを引き、胸部の収束プラズマ砲で先制する。

 そのつもりだった。


「……!?」


 収束プラズマ砲の発射の瞬間、赤い塊が、連奈の視界の右端を駆け抜けていく。

 データにない射撃武装を使われたのかと、連奈は遅れて身を固くするが、そうではなかった。

 気づけば、真向かいに立っていたはずのグランシャリオが忽然と姿を消しており、連奈は全てを察して歯噛みする。

 同時に、ゴウンと、オルトクラウドの背面に巨大な金属塊が押し当てられる音が響く。

 誰の目にも明らかな、詰みチェックメイトだった。

 身を翻したグランシャリオは、またしてもディープ・ディザスター・ボウの発射によって生まれた反発力を利用し、今度は地面と平行に飛んで退

 オルトクラウドの脇を通過後、そのまま背後を取ったというわけである。


「場の空気を読まず、妙なところでフルベットをしてくるからやり辛いと、アダインさんに言われたことがある。なにが妙なのかはさっぱりわからないけれども、おそらく今の状況がそうなんだろう」

「おじ、さま……!」


 グランシャリオが手番を握ってから、ほんの数十秒で至った決着。

 状況を把握する時間すらまともに与えない、最短最速の芸術的な攻め筋。

 連奈が先ほどオルトクラウドでやってみせた、バリオンバスターの反動を利用した機体の平行移動から、着想を得たのだろう。

 とはいえ、使う武装の性質は大きく異なる。

 動きを真似るだけでは成功するわけもなく、失敗すれば転倒は必至、大きな隙を晒すことになる。

 思い浮かんだとして、いよいよという状況下以外では、使う必要性はまずない。

 仮に使うにしても、人間は敢えてリスクを冒すとき、挙動の何処かに必ず覚悟ないし躊躇の片鱗を見せる。

 しかしB4は、そのどちらも持ち合わせていない。

 己の生命にすら頓着しないため、どれほど危険な発想であっても、母親の腕の中のように身を任せてしまうのだ。

 どこまでも怠惰であるがゆえに行き着いた、ある種の悟りの境地。

 技量と才能を持たず、定石と常識に目もくれず、それでもなお勝利を引き寄せてしまう魔人。

 羨望や憧憬とは真逆の位置にある、人が持つ可能性の、もう一つの究極点。

 嫌悪感しか湧いてこない、最悪の最強。

 自分の誇ってきた強さが、B4の内で渦巻くそれには遠く及ばないという現実を再び突きつけられ、連奈の心は、初めて敗北を喫したあのときと同じように揺らぐ。

 得物を通じて、B4の殺気を全身に流し込まれ、体と心が急速に強張っていくのがわかった。


「……やっぱりあなたが最強だわ。あなたに敵う人なんて誰もいない」

「珍しいね、連奈ちゃんが謙虚なことを言うなんて」

「最初に手合わせしたときと違って、おじさまのことも、その機体のことも、ようく知ってる状態で始めた戦いなのに、流れはほとんど変わらなかったわ。それくらい、力に開きがあるということよ」

「力と言っても、それは僕の腕前だったり、機体性能のことじゃない。おじさんが元から持っている体質というか、奇妙な運の廻りというか……ともかく、褒めるにも、喜ぶにも値しないものなんだ」

「悲しい人ね」

「悲しいくらいに不運なのさ」


 静寂に包まれた戦場の外側で、同時になにかが動き出す。

 周囲の島々――――ロッシュ・ローブの本島を取り囲む、衛星島とでも称すべき大小無数の氷山の上に配備された七機の無人メテオメイルが、ある一方を一斉に向いたのだ。

 方向は、オルトクラウドの真後ろ。

 耳を傾けてみれば、水しぶきを巻き上げながら、聞き慣れた噴射音が迫ってくる。

 戦況を把握した轟かメアラが、ゲルトルートを駆ってラニアケアから飛び出してきたのだろう。

 無人機を敵に回す無茶を承知で、オルトクラウドの助太刀に入ろうとでもしているのだろうか。

 性格的にはメアラのような気もするが、最近の轟ならやりかねない気もして、連奈は判断に迷う。

 そして、そんなどうでもいい考えと現状とのギャップにおかしさを感じて、笑った。

 依然として表情は固まったままで、物理的には笑えていなかったかもしれない。

 だが、心だけは、ほんの僅かに弛緩していく。

 散り様に満足はいかなくとも、人生の最期を迎えるにあたっての心境としては、けして悪い部類ではない気と思えた。


「一度でいいから、おじさまに本気を出させてみたかったわ。それだけが心残り」


 連奈は熟考の末に練り上げた台詞を、観念したように、それでいて気丈に言い放つ。


「おかしなことを言うね。おじさんが、本気なんて言葉とは最も縁遠いの人間だっていうことは、連奈ちゃんだってよく知っているだろう。年がら年中、頑張らずに生きたいと願っているよ」


 そんな、連奈の――――オルトクラウドの背面に向けて、B4はディープ・ディザスター・ボウの一撃を情け容赦なく接射した。

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