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第198話 Collapsar(前編)

 三風連奈に、戦う理由などない。

 非日常の世界に飛び込んでみたかったという刹那的な動機からメテオメイルのパイロットになり、その他の事柄には一切関心を持たないまま、今日このときまで活動を続けてきた。

 さすがに人類社会に滅んでもらっては困るという思いはあるが、それはオーゼスを除いた全人類の総意であり、生存本能とほとんど同義だ。

 個人レベルの理由となると、やはり連奈の中に思い浮かぶものはなかった。

 もっとも、連奈はそのことで、瞬や轟に対して一切気後れはしていない。

 強く明確な理由のもとに戦う二人を間近にして、眩しさのようなものを感じたことは、悔しいが、何度かある。

 だが、少なくとも今現在、この瞬間においては、理由なく戦場に立つ自分を誇ることができている。

 むしろ、もっともらしい大義名分を持ち得なくて丁度よかったとまで感じている。

 なぜなら、いま連奈が相対しているのは、手合いだからだ。


「私があなたを殺すわ、おじさま」


 決闘場として用意された氷の台地の上で向かい合う、オルトクラウドとグランシャリオ――――連合とオーゼス、それぞれの陣営で最強とされるメテオメイル。

 連奈は、オルトクラウドの主兵装であるバリオンバスター二門の銃口をグランシャリオに向けながら、冷ややかに宣告する。

 もっとも、B4は温和で気の抜けた態度を崩さない。

 自分の全てを諦めているがゆえに、あらゆる外圧に抗おうとしない、粘土のような精神性の男だ。

 わかっていた反応ではある。

 それに、B4は底抜けに怠惰で要領も悪いが、けして愚鈍ではなく、他者を慮ることもできる。

 加えて、短い期間だったとはいえ、しばらくのときを一つ屋根の下で過ごしたこともある。

 言葉の裏にある真意にも、ある程度察しがついているようだった。


「君は本当に世話焼きさんだね……連奈ちゃん。そんなにも、お友達のことが大事なのかな」

「なんの話をしているのかさっぱりだわ」

「他の子たちがおじさんの相手をせずに済んで、安心してるんじゃないかって」

「瞬がいても、北沢君がいても、戦いの邪魔なことは確かよ。狭いところで連携が取れる機体じゃないもの、私のオルトクラウドは」

「あの二人に、おじさんは倒せない。無論、連奈ちゃんでもね。全部承知の上だから、君はあんなことを言えたんだ」


 B4が、淡々とした口調で答える。

 図星だった。

 認めたくはないことだが――――自分と同じく正規のパイロットとして戦う瞬と轟の二人は、この八ヶ月間の中で、心身ともに大きな成長を遂げた。

 再開した当初、出会った当初の未熟さと比較すれば、ほとんど別人といってもいい。

 ヴァルクスが本格的な活動を開始した去年四月の時点で、彼ら二人の多大な戦果を予想できていた人間は皆無だったはずだ。

 しかし、である。

 今の彼らは、敵をことしかできない。

 なまじ戦士として正しく成長し、真剣勝負の楽しさを覚えたばかりに、彼らは敵味方の双方が認めざるを得ない勝敗の形を――――精神的な決着を求め始めた。

 パイロットして、どちらが上でどちらが下かという、格付けにこだわるようになってしまったのだ。

 轟も中々だが、瞬の方は特にその傾向が強い。

 自分と相手が同一のテーブルにつき、手札の全てを出し合った状態での勝利を望んでいる。

 その性分について本人がどう解釈しているかは知る由もないが、連奈は、方向性は最悪としても確固たる自己を有するオーゼスパイロットたちへの羨望と尊敬とみている。

 そうした戦いの方が得られる充実感が大きいというのもあるだろう。

 ともあれ瞬は、敵をことを意識しすぎている。

 だがそうしたやり方は、B4相手にだけは、けして通用しない。

 この男を勝負のテーブルに上げることは不可能。

 B4の在り方を一言で表現するなら、全てを飲み込む暗黒。

 誰の言葉も、誰の行動も、彼の心に響くことはない。

 無限の容量を持つ大穴に吸い込まれていくだけだ。

 相手の本質を探り、乗り越えようとする瞬とは、とにかく致命的なまでに相性が悪い。

 瞬の勝敗にも生死にも興味はないが、あの生意気で血気盛んな性格にひずみが生じるところを見たいとも思わない。

 、自分が戦う。

 戦って、殺す。

 倒すのではなく、殺す。

 三人の中で、それを実行可能なのは、ただ一人。

 敵を決闘の相手ではなく、単なる破壊対象と捉えることができる、三風連奈だけなのだ。

 自分には戦う理由がなくてよかったと、連奈は改めて思う。

 なにがよかったのかは、無論、言葉にはしない。


「ねえ、B4のおじさま。最後に一つだけ、聞いてもいいかしら?」


 連奈は、状況に似つかわしくない、穏やかな口調で尋ねる。

 疑問の解消というよりは、確認の意味合いが強い。

 応じるB4の声色にも、その問いかけを待ち望んでいたような落ち着きがあった。


「なんだい」

「私と出会って……私と暮らしてみて、おじさまの中で、なにかが変わった?」

「特になにも、変わってないんじゃないかな。連奈ちゃんがせっかく教えてくれた美味しいコーヒーの淹れ方も、もう忘れちゃったよ」

「ありがとう、B4のおじさま。それを聞けて安心したわ」


 二人の会話と並行して、オルトクラウドのコックピット内、その正面モニターには、次々とメッセージウィンドウが浮かび上がっていた。

 オルトクラウドが装備・内蔵する各種火器の発射準備完了を伝える通知である。

 全身から発射機構がせり出したオルトクラウドの姿は、まさに針のむしろ

 他のメテオメイルのような特異ユニークさを一切持ち合わせない、純然たる殺意の塊であることの、これ以上ない証明。

 操縦桿を握り込む連奈は、微笑を浮かべていた。

 自分とB4とを繋ぐ、わずかばかりの因縁は、たったいま綺麗に消え失せた。

 怒りはない、悲しみもない、後悔もない、極めてクリアでフラットな精神状態。

 これで、グランシャリオを撃滅するための理想的な条件が整った。

 あとは、解き放つだけだ。

 解き放って、終わらせるだけだ。

 B4の命も、自分の在るべき場所を見定めるための旅も。


「死んで」


 静かに言い放ちながら、連奈は左右の操縦桿に設けられた発射トリガーをまとめて押し込んだ。

 瞬間、オルトクラウドは、自らの内に蓄えられた凶悪な火砲を一斉に吐き出す。

 胸部、収束プラズマ砲。

 胴体側面、2種混合弾型機関砲。

 背部、40連装マイクロミサイルポッド。

 両膝、半自動迎撃レーザー。

 両足側面、4連装自己鍛造弾。

 両腕部、バリオンバスター。

 いずれも主兵装として通用する威力を持つ火器、その六種同時発射。

 大小無数の弾丸と、様々な軌道を描く禍々しい光と白い噴煙が、空間を完全に埋め尽くす。

 戦術的な有効性を無視した先にある、極限まで濃密さを高めた弾幕は、もはや吹き付ける豪雨でもなければ、荒れ狂う嵐でもない。

 逆に穏やかささえ伴う、一塊のクラウド

 究極の破壊を内包する輝く暗雲が、いまグランシャリオを、覆う。


「さて、どうなることやら……」


 標準的なメテオメイルの防御性能であれば数秒で塵芥と化してしまうほどの、超絶的火力。

 しかしグランシャリオには、この一斉射撃すら凌ぐ術がある。

 グランシャリオの代名詞ともいえる、全長二十メートルを超える大型弩砲バリスタ型の武装、“ディープ・ディザスター・ボウ”。

 グランシャリオは現在地から微動だにせず、リムが十字状に交差するその異形の兵器を両手で構え、正面方向へと発射。

 撃ち出された不可視のマイクロブラックホールは、自らを覆い隠そうとしていた破壊の雲を軽々と飲み込んだ後――――暗黒の塵へと変えて、全方位へ撒き散らす。

 閃光、衝撃、激震。

 厄災は、空間内に存在する物質全てに等しく降りかかる。

 オルトクラウドも、グランシャリオも、二機が立つロッシュ・ローブ本島の地面も、そうしたテクスチャーを貼り付けられたかのように、満遍なく極小の線傷が刻まれていく。

 それでも連奈は、涼しげな表情を保ったままグランシャリオを見据える。


「今のは? それともかしら?」

「死なずに済んだから、まあ、当たりということにしておこうかな」


 二人の会話は、成立していた。

 過去に一度戦ったときのB4の発言、そして自らグランシャリオに搭乗し実戦を行った経験から、連奈はディープ・ディザスター・ボウの厄介な特性を把握している。

 この武装のマイクロブラックホール生成機能は、不完全だった。

 構造自体に欠陥があるのか、使用する環境に左右されるのか、あるいは設計者が意図したとおりの仕様なのか。

 ともあれ、ディープ・ディザスター・ボウが生み出すマイクロブラックホールの大きさには、一射ごとに多少のばらつきがあった。

 つまるところ、発生から消滅に至るまでの時間が――――寿命が異なるのだ。

 寿命が短い場合は、今しがたのように敵の攻撃を吸収したり、寿命を迎えた後に再び解き放った物体をバリア代わりに使うなど、主に防御方面で役立つ。

 寿命が長い場合は、敵機を直接破壊する砲弾として、主に攻撃方面で役立つ。

 どうもB4は、この寿命を自力で調節することができず、完全に運任せにしているらしい。

 オーゼス製メテオメイルの中でも最高に、ふざけた機体なのだ。

 かつてグランシャリオを操縦したことがある連奈も、この気まぐれな大弓の扱いには難儀した。


「どんな結果を願うのかという根本的なところから神様に任せきるだなんて、ほんっと、おじさまらしい機体だわ。その機体を作った人は、あなたの性分をよく理解していらっしゃるようね」

「類まれなる慧眼の持ち主だよ、我らがボスは。あの人は他者の本質を……魂とでもいうべきモノの形を、直に捉えているとしか考えられない。事実、彼が用意するメテオメイルは、おじさんたちの能力に合わせたものではなく、おじさんたちの性質そのものだった。だから――――」


 B4が言い終える前に、連奈が再び打って出る。

 攻撃の内容は先程と同じく、通常武装の一斉射。

 40連装マイクロミサイルはこれで撃ち切り、他の実体弾武装も残弾は半分を切る。

 つまり、同じだけの密度で攻め立てられるのは、これが最後。

 対するグランシャリオは、足元に短寿命のディープ・ディザスター・ボウを放ち、消滅時の反発力を利用して宙高くに飛び上がる。

 軽度のダメージを負うことにはなるが、一気に上空高くへ離脱できる緊急回避方法である。

 連奈の戦闘データを見て真似たのか、元から確立された技術なのかは不明だが、これも既知の行動だ。

 驚くには値せず、連奈はオルトクラウドの上体を反らし、空中のグランシャリオに向けてバリオンバスターと収束プラズマ砲の射撃を続行する。

 だが、射角が急すぎて、照準が定まらない。

 直上方向への攻撃を不得手とする、人型兵器共通の問題点。

 全身を重武装で包んだオルトクラウドも、その例外ではなかった。

 以降も、グランシャリオは自分を追い続ける禍々しい光条の束から、自由落下で逃げおおせる。

 その内実は無気力ゆえの無行動なのだろうが、強風ではためく真紅のマントのせいで、どこか悠然としているようにも見える。

 あの背面装備は、第三者にB4の為人ひととなりが誤解されてしまう最たる原因だった。

 いや、もたらされる結果が同じであれば、余裕と無気力にさしたる違いはないのかもしれない。

 物事への対処を極度に面倒くさがった結果としての、動作の最大効率化とでもいうのだろうか。

 実際のところ、B4の操縦は、遡って評価する分には最適解の連続だった。

 そして数秒後、連奈は、落下途中のグランシャリオが再びディープ・ディザスター・ボウを構える様子を捉えた。

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