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第196話 現実(前編)

 五歳の誕生日を迎えると同時に剣術の修行が始まり、それから四年と少しの間。

 毎日の稽古が終わった後に、瞬と刃太はいつも剣を交えていた。

 日課というよりは、習慣。

 手ほどきというよりは、息抜き。

 瞬が一方的に打ち込み、刃太は反撃せずに受けるだけ。

 勝ちもなければ負けもない。

 制限時間は、夕飯の準備が整い、家族の誰かが呼びに来るまで。

 費やしてきた時間だけで言えば、父や祖父の指導のもと行われる正規の稽古の十分の一にも満たない。

 だが、どれだけ瞬の血肉となったかという観点において、双方にほとんど差はない。

 当時の瞬が、比較的真面目に剣技を学んでいたのは、刃太の前で披露するためという明確な目的があったからこそだ。

 そして、刃太に気兼ねなく打ち込んできた経験は、技のキレにも強く反映された。

 厳しい指摘が介在しない単なる“遊び”であったがために、自然体のまま技を繰り出す感覚を効率よく身につけることができたのだ。

 おかげで当時の実力は、同年代の親族や門下生を大きく凌いでいた。

 彼らとの試合で負けた記憶はほとんどない。

 遊びながら成長を遂げ、勝って、褒められ、そして次なる課題へと挑む、最高の成長循環。

 何もかもが楽しくて仕方がない、満ち足りた日々だった。

 だが同時に――――それほどの歩みの速さを以てしても捉えられないほど、道の遥か先を行く刃太に対し、どこか恐れをなしているのもまた事実だった。


 “兄の影たるもの”と対峙する今このとき。

 良きも悪しきも、全てをひっくるめて、当時の記憶が蘇る。


「ほんっとによぉ……あんたは、どこまでも……!」


 打ち合う。

 打ち合う、打ち合う、打ち合う。

 在りし日を再現するかのごとく、セイファートとセイファートO、二機のメテオメイルが激しい剣戟を繰り広げる。

 いや、剣戟ならぬ剣劇。

 セイファートが矢継早に繰り出す斬撃を、セイファートOは常に最小の動きで受け流す。

 まるで事前に示し合わせていたかのような、あまりにもとして出来すぎている光景である。

 それゆえに、瞬の必死さに反比例して、戦場の空気感は真剣勝負の迫力を欠いていた。

 誰の目にも明らかな圧倒的な性能じつりょく差。

 瞬はたまらず舌打ちするが、それは現在の劣勢に対してのものではない。

 自らの技量に対してのものだ。

 次々と繰り出される称賛の念すら抱いてしまうほどの絶技は、心理的なダメージ――――すなわち敗北感をも瞬に与えてくる。

 もはや刃そのものに絶望が塗りたくられていると言っても過言ではない。

『本物の風岩刃太との戦いにおいても、同じ無様を晒すだけだ』――――

 セイファートOの無機質な眼差しが、そう語っているような錯覚さえ覚える。


「黙れよ……!」


 叫び、瞬は一旦セイファートを一旦後退させた。

 幾度もセイファートOと切り結んだことで、ジェミニソードに刃こぼれができたという正当な理由からだ。

 鞘に収めて内部の液体金属による修復を待つ間に、これまでに得られた情報も整理し、仕切り直す。

 自己評価百点満点の、極めて合理的な判断。

 断じて、臆したからではない。


(反応速度に差がありすぎる。真っ向からの斬り合いは分が悪すぎるか……)


 まず大前提として、セイファートOを操っているのは人間ではなく人工知能だ。

 情報処理能力と動作の精密性は、人間のそれを遥かに凌駕している。

 判断は正しく、動作は速く、加えてミスもない。

 わかってはいたことだが、プログラムになんらかの穴があることを期待して、やたらめったらに攻撃を仕掛けたのが先程の瞬である。


「自慢するだけのことはあるな。よく出来てるじゃねえか」

「“あの方”がお聞きになれば、大層お喜びになられると思います」

「それを今からぶっ壊すって言ってんだぜ……!」


 瞬はセイファートをセイファートOの頭上高くに飛び上がらせると、両肩のブレード状パーツを組み合わせることで完成する投擲型兵装――――ウインドスラッシャーを放つ。

 宙を舞う、高速回転斬撃輪。

 対応して、セイファートOもまた肩部のパーツを取り外すが、そこから先の行動がオリジナルとは異なっていた。

 セイファートOが手にしたブレード状のパーツは、折り畳まれていたものが開かれることで、単独でブーメランの形状へと変化したのだ。

 工程が少ない分、投擲に至るまでの時間も早い。

 攻撃動作の始まりに数秒の遅れがあるにも関わらず、二つのウインドスラッシャーは二機のちょうど中間地点で衝突する。

 そして――――組み合わせる必要がないということは、追加でもう一つを使用可能ということ。

 先に投擲した分の帰還を待たずして、セイファートOが二つ目のウインドスラッシャーを放つ。

 でだ。


「くそっ、嫌な真似をしやがる!」


 先の展開が読めて、瞬は慌てて自機のウインドスラッシャーの回収にかかるが、間に合うことはなかった。

 衝突に押し負け、あらぬ方向に飛ばされたウインドスラッシャーの元へ、セイファートOが放ったもう一つのウインドスラッシャーが飛来。

 刃の向きと回転力の差によって、容易く切り刻まれてしまう。

 腰部アーマーにも予備のウインドスラッシャーが格納されているとはいえ、搭載武装の総量が少ないセイファートにとっては痛すぎる損失だ。

 軽率な行動だったと瞬は悔やむが、早い段階であちらのウインドスラッシャーの仕様が判明したのは僥倖だったと瞬は思考を切り替える。

 否、切り上げる。

 ここまで様子見のような立ち回りを続けていたセイファートOが、いよいよ攻めに転じたからだ。


「来やがった……!」


 急接近してくるセイファートOを、瞬はセイファートの胴体に内蔵された機関砲で迎撃する。

 するとセイファートOもまた、胸部装甲の中央を上下に展開。

 内奥に隠された機関砲から、無数のレーザー弾を発射する。

 高水圧シャワーのような勢いで放射される青白い光条は、セイファートの展開する弾幕を容易にかき消し、空に拡がっていった。

 本体の機動性と出力確保のため牽制用の性能に留まっているセイファートのものとは異なり、どう見ても主兵装クラスの仕様である。

 立ち向かうのは危険、背を向けるのは更に危険。

 瞬は機体をねじるようにして水平方向に逃げつつ、各部のスラスターを巧みに利用し、波打つような軌道を取ってレーザーの雨を躱していく。

 砲身の向きイコール胴体の向きという性質上、射線を見切ることは容易だったが、その戦法が通じたのも最初のうちだけだ。

 二機の距離は徐々に縮まっていき、比例して、回避も困難になっていく。

 現在の飛行速度では、いずれ追いつかれると判断した瞬は、やむなくセイファートを巡航形態スターフォームへと変形させる。

 やむなくというのは、高速飛行中の変形はセイファートに多大な負荷をかけるからだ。

 航空力学に喧嘩を売るような形状をしているセイファートは、飛行時にかかるGや空気抵抗を装甲表面に展開したレイ・ヴェールの保護で耐え抜いているわけだが――――それで守れるのは外装と、コックピットなどの重要部位のみ。

 変形時に露出する内部機構は対象の外なのである。


「くっ……!」


 セイファートも、瞬の体も、尋常ならざるGを受けてみしみしと軋む。

 軋みながらも、どうにか無事に変形を終える。

 だが息をつく暇もない。

 数秒の減速を挟んだ、そのたった数秒の間に、セイファートOはもう間近にまで迫っていた。

 近接攻撃の間合いに踏み込まれる、その直前。

 瞬はセイファートの推力を最大まで引き上げ、大きく加速。

 セイファートOを一気に引き離す。

 もっとも、セイファートが有しているものはセイファートOも有している。

 より優れた形で。

 セイファート後頭部のサブカメラが捉えた映像を正面モニターに回した瞬は、セイファートOが姿を変える瞬間を目撃してしまう。

 そう、瞬間――――文字どおり、流星のきらめきのような刹那の時間で、セイファートOの変形は完了に至った。

 セイファートと同様、各部に配置された二等辺三角形状の大型アーマーを正面に集結させることで完成する、記号化された星の姿。

 ただし、瞬の動体視力が確かなら、その変形プロセスには決定的な差異があった。

 セイファートは、できる限り機体への負荷を減らすべく、先にアーマーを集結させて正面への防御を万全にしてから本体部分を折りたたんでいる。

 対してセイファートOは、双方を並行して行っているように見えた。

 それでいて変形時のガタつきもないことから、内部機構もかなり頑丈にできていることが窺える。

 直後、瞬は大気が激しく唸る音を聞く。

 追いつかれることへの焦りからはすぐに解放された。

 巡航形態スターフォームとなったセイファートOは、大気を服従させるかのような爆発的な加速力を伴って、セイファートを軽々と抜き去っていく。

 ほとんど同一形状の機体に負けたという点で、エンベロープBの超音速飛行を見せつけられたとき以上の屈辱だった。


「畜生が……本当になんでもかんでも、オレの上を行きやがる!」

「そのための、セイファートOです」

「うるせえ! うるせえうるせえうるせえ!」


 激しい煌めきを纏いながら空を流れていくセイファートOに向かって、瞬は叫ぶ。

 セイファートOはパイロットへの負荷を考慮する必要がないため、最高速度の実質的な限界値がオリジナルより高いという理屈はわかる。

 だが、瞬の心情としては、そんな理屈だけでは済まなかった。

 一つ優劣がはっきりするたびに、一つの自信が――――誇れるものが、失われていく。

 いかなる分野でも兄には勝てず、それでも己の存在価値を見出そうとして、瞬はメテオメイルパイロットとなる道を選んだ。

 そんな背景を持つからこそ、自分よりも優れた存在の出現に、人一倍、過敏になってしまっている。

 そう理解はしているのだが、長い時間をかけて染み付いた思考の悪癖は、簡単には正せない。

 結局のところ、答えは一つ。

 この焦燥感から解放されるためには、勝つしかないのだ。


(こいつに勝てば、オレの家出がようやく終わる。だけど負けたら、オレの一年は全て台無し……最悪さいこう特別試合エキシビションだ……!)


 事態の重さを再認識し、ますます緊張が高まっていく。

 この一戦は、言ってしまえばセイファートOの“お披露目会”であって、オーゼスの側にどうしても瞬の命を奪おうという意思は感じられない。

 加えて、ただの口約ではあるが、決着さえつけば世界各地に放たれたガンマヒュドラーの端末機も強制停止してもらえる取り決めだ。

 残る脅威であるB4にしても、連奈がなんとかしてくれることを信じているし、万が一の場合も、後に控えている轟が片をつけてくれるだろう。

 つまるところが、安泰。

 懸念事項は連奈の生死くらいのもので、オーゼスの壊滅はほぼ確実、市民の犠牲も最小限に抑えられ、自分も高確率で生還を果たせる。

 待っているのはいいことづくめの未来だ。

 だが、この勝負に敗北した場合――――それら全てを加味しても打ち消せないほどの後味の悪さが、瞬の胸中に未来永劫残ることだろう。

 けして敗北の許されない、自我同一性アイデンティティの確立をかけた戦い。

 しかしまだ、打開の策は――――見えない。


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