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第193話 ロッシュ・ローブ(前編)

 ラニアケアの地下ブロックに存在する格納庫。

 そこでは現在、激戦を終えて帰還を果たした、各メテオメイルの修理と補給が急ピッチで進められていた。

 右脚を大きく損傷したセイファートは、右脚をまるごと予備パーツと交換するという、この作戦でのみ許された贅沢な方法で早々に作業を完了。

 ゲルトルートは全身各部の装甲を補修する必要があったが、整備員の大幅増員もあって、もう二時間もあれば作業は完了するとされていた。

 問題は、オルトクラウドだ。

 多彩な追加装備のうち、下半身に装着する補助スラスターと拡散レーザー砲を内蔵した複合ユニットは、酷使によるオーバーヒートが原因で使用不能になってしまっていた。

 予算の都合上、この装備だけは一品物であるため、予備は存在しない。

 完全な修理を行うためには本格的に分解する必要があり、作業が完了するのは翌日以降となる見通しだった。

 しかも、今回用意された各種追加装備は、増加した分の重量を補助スラスターで支えることが前提の設計。

 つまり、スラスターの不具合は、連鎖的に他の装備をも使用不能にするのである。

 オーゼス側にいかなる切り札が残されていようと、それを火力で圧倒するための虎の子として用意された武装だというのに、出番が前哨戦のみで終わろうとしている――――連合軍にとっては、予想外かつ大きな痛手だった。


「…………」


 無言。

 格納庫からほど近い場所にあるパイロット用の詰所つめどころでは、瞬、轟、連奈の三人が三列に並んだ長椅子をそれぞれ独占する形で寝そべっていた。

 三人の誰も、心からの休息を取れていない。

 気だるげではあるものの、目はしっかりと見開かれ、壁や天井を無為に眺めている。

 気分のスイッチを切り替えられないのも、無理からぬことではあった。

 なぜなら、ジェルミが北半球へ向けて送り出したガンマヒュドラーの甲虫型無人機群は未だ放置状態にあるからだ。

 計算上では、あと五時間ほどで各地域の主要都市へ到達してしまう。

 ジェルミが語るとおり、各基地に配備された戦力で倒し切ること自体は可能だろうが、それまでに相当数の犠牲が出ることは確実。

 瞬たち遠征艦隊は、残された刻限内に、なんとしてもガンマヒュドラーの本体を探し出して撃墜する必要があった。


「先輩方! お疲れのようでしたら、私がいつでも替わってあげますからね!」


 奥の更衣室から飛び出してきたパイロットスーツ姿のメアラが威勢よく発する。

 轟が失われたバウショックの代わりにゲルトルートを使用していることで、メアラは本来の肩書きである予備パイロットへと逆戻りしていた。

 おかげでずっと待機を命じられており、体がうずいて仕方がないという風だった。


「おい轟、連奈、メアラが替わってくれるってよ。ご厚意に甘えたらどうだ?」

「ふざけんな、テメーか大砲女が降りろよ。俺は疲れてなんかねー」

「替わるとしたら、低出力あなたたちのどっちかでしょ。メアラに任せた方が戦力アップになるかもしれないわよ」

「意地なんて貼ってる場合じゃないですよ! ほら正直に!」


 メアラはそれからも、しつこく食い下がって三人の気力を消耗させていく。

 とはいえ、交替は十分に現実的な選択肢だ。

 まだまだ戦闘が続くのであれば、正規パイロットの誰かを下げて回復に努めさせなければならない。

 ラニアケアが神奈川基地を経ってからの一ヶ月間、瞬たち正規パイロットはシミュレーター上で何度かメアラと手合わせを行い、以前より多少は腕を上げているのを確認している。

 どの機体を任せても、最低限の働きはしてくれるだろう。


「まだ見つからないのかしら?」


 司令室に問い合わせて進捗を確認しろとでも言いたげな目つきで、連奈がメアラを見遣る。

 瞬たちが出撃している間に、自分でも聞きただして、あちらの張り詰めた空気を重々に理解しているのだろう。

 メアラは露骨に嫌な顔をして拒否の意志を示した。

 すると今度は連奈の視線が瞬に向く。

 無論、瞬もその無言の要求を跳ね除ける。

 ただ、連奈がこのタイミングで口を開いた理由は、わからないでもない。

 先の戦闘で殲滅した量産機部隊の、航続距離の問題だ。

 海上に散乱する、おびただしい数の残骸――――その中から、遠征艦隊は比較的原型を留めていた数機を回収して、大至急調査を行った。

 その結果判明したのは、各量産機の動力源は、以前のものより大幅に改良されてはいたものの、やはり内蔵バッテリーで駆動する方式だった。

 メテオエンジンほどの優れた動力源を積んでいるわけでもなければ、エウドクソスが採用していた遠隔地からの送電方式でもない。

 その事実は、敵の拠点が、戦場となった海域からそう遠くない場所にあることを暗に物語っている。

 だからこそ、遠征艦隊は戦闘終了後も警戒レベルを最大にしながら南下を続け、現在は南緯62度線を跨ぐようにして停止。

 元々のスケジュールを大幅に前倒しすることになったものの、大量の高性能自律稼働型ソナーを投下して、既に海中探査を開始している。

 それから、かれこれ一時間半。

 鹵獲したバッテリーの容量から算出された、量産機部隊のおおよその稼働時間を考慮すると、そろそろなにかを捕捉してもいい頃合ではあった。


「……つーかよ、なんで連中はなにもしてきやがらねーんだ?」


 轟の呈する疑問は、至極もっともであった。

 オーゼスが、艦隊の現在地からソナーで探知できるような場所に居を構えているのならば、すぐに次の戦力が送り込まれてきてもおかしくはない。

 にも関わらず、先の戦闘が終了してからずっと、オーゼスは沈黙を貫いている。

 こちらが準備を整えるまでひたすら待ち続けるという律儀さが、彼らにあるとは思えない。

 互いに万全の状態で戦うことを理想とはするが、相手になんらかの不都合があっても、それはそれで仕方がないと受け入れるいい加減さがオーゼスの特色だ。

 無法の限りを尽くすこともなければ、騎士道精神やスポーツマンシップほど格式張った振る舞いもしない、まさに子供同士の遊びのような、いい加減な塩梅――――

 こちらの事情など汲み取らずに畳み掛けてくるのが自然な展開だろう。


「こっちの動きは、何週間も前からずっと把握してるはずなんだ。次の駒の準備ができずにあたふなんてことは、あり得ねえよな……」


 量産機の生産・配備に注力しすぎて、主力のメテオメイルが即時使える状態にないというのは本末転倒だ。

 だとすれば、機体の準備はできているのに敢えて出撃しないか、なんらかのトラブルで出撃できない状態にある、という結論になる。

 常識的に考えれば、あり得るケースはその二つだが、オーゼスに常識を当てはめて正しい解答を導き出せたためしがない。

 結局、一連の推察の成果はゼロ。

 脳がカロリーを浪費したのみに留まる。

 この八ヶ月間で、オーゼスの首魁たる人物の指し手は随分と理解してきたつもりだが、思考を完全に読み切る段階には、未だ至っていないらしい。

 “どこまでも子供じみている”という本質を捉えることはできても、その“どこまでも”の上限を、掴みかねているのだ。


「待ってたってどうしようもねえ。もう一回、セイファートで偵察してくる」


 瞬はのそりと身を起こして、他の三人に告げる。

 もうしばらくすれば、ケルケイムからそうするよう命令が下るだろうが、動くなら早い方がいいに決まっている。


「早く見つけねーと、見つけたところで先に進めねーからな……」


 轟が、壁掛けのモニターに表示されている、簡易的な航路図を一瞥して愚痴をこぼす。

 轟の言うとおり、遠征艦隊には、ジェルミの一件とは別に、もう一つタイムリミットが与えられていた。

 南極の周囲には大陸から分離した大小無数の氷山が漂っているが、その中でも、とりわけ広範囲に展開する氷山群が、艦隊の近くまで迫ってきているのだ。

 観測衛星からもたらされたデータから、各氷山群の進行方向や進行速度は事前にある程度の予測ができている。

 本来であれば、これらは数日をかけてやり過ごす予定のものだった。

 しかし今は、一刻を争う非常事態。

 悠長に通過を待っていられる余裕はない。

 とはいえ、探査活動でなんの収穫もないまま前進はできない。

 氷山群との接触前に南下を終えるということは、当面の間は北上――――つまり、戦術的後退が不可能になることを意味している。

 通常艦艇の一部ならば、最悪、氷山の合間を縫って進むことは可能だろう。

 だが、空母などの大型艦艇はそうもいかないし、全幅が一キロメートルを超えるラニアケアなどは論外中の論外。

 いざというときに、艦隊の指揮や補給の要が氷山群の向こう側にいるという事態は、なんとしても避けねばならない。

 強引にでも進むべきか、こちら側にオーゼスの本拠が存在する可能性に縋って留まるべきか――――現時点においては、ほとんどギャンブル同然の、究極の二択。

 上層部の間では、今も激論が交わされているはずだ。


「おっと……今日三回目か四回目の噂をすればだ」


 瞬が詰所を出る直前、出入り口の近くに設けられた連絡用のタッチパネル式モニターから呼び出し音がなる。

 やはり再度の偵察が必要になったのかと思い、瞬はそう驚きもせずに、画面を操作して応答する。

 だが、連絡を寄越したオペレーターの面持ちは、予想に反して二割の困惑と八割の緊張が入り混じったものだった。


「ケルケイム司令より、レベル3の戦闘配備指令が下されました。風岩特尉と三風特尉は至急、出撃の準備をお願いします。北沢特尉につきましても、機体の修理作業が完了し次第、速やかに出撃を」

「出やがったのか!?」

「敵影を発見できたわけではないのですが、と」

「そりゃどういう……いや、んなこと言ってる場合じゃねえか。了解、すぐに行く!」

「いきなりだな」

「ああ、いきなりだ。風情もクソもねえ」


 オペレーターとのやり取りは、他の面々にも聞こえているようだった。

 瞬は上体をのそりと起こした轟に苦笑を見せると、すぐさま詰所を出て格納庫への通路を駆ける。

 連奈も、一切愚痴をこぼす事なくその後を追った。

 いかなる閃きがケルケイムに敵の接近を確信させたのか、まったく説明は足りていなかったが、二人がケルケイムの命令に疑問を抱くことはなかった。

 ケルケイムは、自分たちと同じ期間、同じ深さでオーゼスと関わり、彼らがいかなる存在であるかを共に味わってきた男。

 その意味での――――轟やセリアやメアラに使うような、狭義の意味での仲間の一人だった。

 納得に至る根拠は必ずあるという、強い信頼がある。


「やっぱり近くにはいやがったってことか。でも、どこに……」

「私の頭脳がいつもの冴えなら一瞬でわかったのに」

「オレだってそうだよ」


 キャットウォークを進み、それぞれの乗機のコックピットハッチへ向かう間、瞬と連奈はたったそれだけ言葉を交わす。

 報告どおり、セイファートは失われた右脚を含めて完全に元通りの姿となっており、わずか二時間程度で修理作業を完了させた整備員たちの努力に瞬は敬服する。

 オルトクラウドの方も、報告どおり――――つまり、追加装備の修理が間に合わず、普段使っている通常形態へと換装がなされていた。

 総合的な火力は低下することになったが、しかし瞬は、そう嘆くこともないと考える。

 ほんの僅かな操縦技能差が勝敗を分けるような接戦では、使い慣れた形態の方が有利に働くこともあるからだ。

 ともあれ今の連奈なら、どのような敵が相手でも上手く立ち回ることだろう。

 コックピットに潜り込んだ瞬は、早速エンジンを起動させ、機体のコンディションチェックに移る。

 計器類が示す数値には、なんの異常もない。

 駆動部のオイルやスラスターの推進剤もフルに充填されている。

 なにかが不足しているとしたら、それは瞬自身の体力と精神力。

 休息を挟んでも、先の激戦で蓄積された疲労は完全には抜けきらなかった。


「色んな意味で寝られるような状況じゃなかったからな……」

 

 体感での余力は、完調時の約七割。

 一戦をこなすだけなら十分な残量だが、無駄使いは許されないという絶妙なライン。

 体の声に耳を傾ければ傾けるほどに、不安は募っていく。

 しかしそれでも、瞬の中にパイロット交替という選択肢はなかった。

 理由は至って単純――――つまらない意地とささやかなプライドだ。

 自分の手の及ばないところで決着がつくなど、言語道断。

 例え連合側の勝利に終わるとしても、最後の最後で観戦側に回ったという事実は、生涯瞬の心に悔いを残すだろう。

 真面目な性分というわけでもないのに、皆勤賞を逃すのが惜しくなって、風邪をひいても無理を押して通学した小学生時代を思い出す。


「それにあいつらは、ジェルミとかいう例外を除けば最高に面白い奴らばっかりだ。、オレが直々にぶっ倒してやらねえと……!」


 おかしな文脈の呟きであるという自覚はあったが、しかし、心からの言葉であることに間違いはなかった。

 極限まで人としての道を誤ってしまった彼らと、本当の意味で“戦う”ことができる人物は数少ない。

 “倒す”ことができる人物は、更に絞られる。

 使命感と呼ぶには、あまりにも低次元すぎる動機。

 ただそれでも瞬は――――彼らと真っ向からやり合う相手は、自分こそが適任であるという自負があった。

 オペレーターの指示に従い、瞬は再びセイファートを発進させる。

 海の彼方より、徐々に迫りくる白き塊の一団。

 連合の艦隊よりも広範囲に展開し、一つ一つが空母以上の質量を持つ氷山群。

 極寒の環境と地球の温暖化が生み出した壮観な光景に目を奪われていると、瞬たちが探し求めていたものが、にようやく姿を現した。


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