第190話 三本の矢(その2)
風岩瞬、北沢轟、三風連奈の三人は、ヴァルクス内で同一の小隊に所属しているため、表向きは一つのチームとして扱われている。
各種媒体においても、この小隊はメテオメイル部隊と一括りにされて紹介されることが多いため、世間ではパイロット全員が常に肩を並べて戦っているようなイメージが浸透していた。
しかし、当の本人たちは、一つのチームとして活動しているという意識が極めて希薄だった。
小隊内の複数機で共闘することはあるし、連携戦闘を円滑に行うための訓練も少なからず積んでいる。
ただ、本人たちにとってメテオメイルを用いた戦いは、あくまで自分のためのもの――――主体となるのは個人戦という認識だった。
なにしろ、これまでヴァルクスが経験してきた三十回前後のメテオメイル戦の中で、二機以上のメテオメイルが同一の戦場に立った事例は全体の三割にも満たない。
瞬、轟、連奈の純粋な三人一組に至っては、ヴァルプルガ戦と原動天強襲作戦前半の二度のみだ。
訓練でお互いの立ち回りを学んでいるにしろ、踏んできた場数が場数では、真髄の部分が身につくわけもない。
わけはない、のだが――――
「エウドクソスの雑魚軍団よりは歯ごたえがあるが、雑魚の域は出ねえなあ!」
「そんなんで今更、俺たちを止められるかよ……!」
敵陣に深く切り込んだセイファートとゲルトルートが、自分たちを取り囲む水黽型の機体を次々と屠っていく。
疾風のごとく超高速で飛び回るセイファートの斬撃と、砲弾のごとく一直線に突き進むゲルトルートの炎撃。
二種類の異なる破壊が、戦場の中心で嵐となって吹き荒れていた。
その立ち回りは、訓練で身につけた基本のフォーメーションからは大きく逸脱している。
ギガントアームの移植によってバウショックと同様の戦術を取れるゲルトルートが敵の陣形を乱し、孤立した機体を各個撃破していくのが本来のセイファートの役目だ。
だというのに、現在はセイファートまでもが敵陣の中に留まり、攻撃を続けている。
装甲の薄いセイファートにとって、数的不利の状況下で近接戦を挑むのは極めてリスキーな行為だった。
ただし今は、その判断が極めて有効に作用していた。
「度胸が足りてねえんだよ、お前らは!」
嘲笑を伴う瞬の叫びは、現状の連合軍側の有利を端的に言い表していた。
オーゼス側の戦力の、約四割を占める円盤型の機体、メトカルフィア――――その臨時改修仕様。
それらの攻撃手段は、外周部に取り付けられた輪状のパーツを回転させながら敵機に体当たりするというものであった。
かいつまんで説明するなら、それは空中浮遊する電動丸鋸。
交戦再開直後にメトカルフィアの攻撃を受けた瞬は、自らが空中の敵を引き付けるセオリー通りの戦いでは埒が明かないどころか、逆に危険性が高いと判断。
自身もゲルトルートと同じく前衛を担当し、水面間際の高度を維持しながら戦うという選択を取った。
その結果、体当たりしか攻撃手段のないメトカルフィアは、水黽型機体との同士討ちや水没を恐れて無為に空中を漂うだけの鉄の塊と化していた。
そして、そんなメトカルフィアの群れを、後方から絶え間なく飛来する赤と白の光条が撃ち抜いていく。
オルトクラウドが放つ、胸部収束プラズマ砲と両腕のバリオンバスターによるものだ。
十分に角度をつけた上空への砲撃とはいえ、方角はセイファートやゲルトルートが戦っている場所と合致するため、これもまた連携戦闘の常識を無視した危険極まる行為である。
だが、連奈が攻撃の手を緩めることはない。
同時に、瞬や轟が臆して退避することもない。
現在のオルトクラウドの砲撃は、かつてのような機体の重武装に依存した乱射ではなく、一射ごとに照準を絞った狙撃。
豪雨のごとく撒き散らされる一斉射撃に巻き込まれる心配は、もはや無用だった。
誤射の可能性は残っているが、もし被弾しても、それはオルトクラウドの射線付近に残っている側の責任だった。
「自分の多才さが恐ろしくてたまらないわ。ちょっと訓練すれば、このとおり……!」
「だったら最初からやっとけって話だ」
「それに、そんなんじゃまだまだ、長いこと抜けてた分の穴埋めにはなんねえからな!」
悦に入っている連奈へ、轟と瞬が続けざまに半畳を入れる。
その間も、三機の動きが途切れることはない。
水黽型の機体が崩れた陣形を立て直すべく、東西に分かれながら後退していくが、その動きを察知した連奈がオルトクラウドのマイクロミサイルを惜しみなく撃ち放つ。
狙いは、水黽型機体の群れ自体ではなく、それらの進路。
百発をゆうに越えるマイクロミサイルが東西それぞれに降り注ぐ。
近接信管が作動したマイクロミサイルは、海面間際で続々と爆発。
その爆風を受け、のたうつように大きく揺れる海面に翻弄され、水黽型機体の陣形は今度こそ完全に崩壊。
その隙を逃さず、左右に散開したセイファートとゲルトルートが、追い打ちをかける。
マイクロミサイルの発射と同時に動いていなければ間に合わない、爆発直後のタイミングの襲撃だ。
一歩間違えば即座に劣勢へと追い込まれる、綱渡りじみた奇策による圧倒。
味方への信頼を前提にした、全員が滞りなく暴れるための超攻撃的妥協案。
これこそが、瞬たち三人で成すフォーメーションの完成形。
意識して身につけたのではなく、互いの強烈な個性と機体特性を目の当たりにするうちに、自然と身についた戦術だった。
以前のような、どこか窮屈で緩慢な連携とは異なり、自分たちのためだけに最適化された理論。
その意味では、定石の一歩先を行っていた。
だからこそ瞬は、自分たちを一つのチームとは認めてはいない。
チーム以上の仕上がりに至った、勝手気ままな関係であるとする。
「ちょろいちょろい、ちょろすぎだぜ……!」
水黽型機体を新たに一機両断しながら、瞬は煽るように呟く。
斬る際の手応えでわかっていたが、随分と荒い使い方をしているせいか、ジェミニソードの長刀は刃こぼれが目立つようになっていた。
そろそろ鞘の内部に充填された液体金属で修復をする頃合いかと、瞬は一端前線を離れる。
その際に、しばらくぶりに現在の戦場を俯瞰で見ることができた。
現在の敵機の数は、最初に接敵したときの記憶と照らし合わせてみると、おおよそ半分といったところ。
気づかぬ内に、結構な数を撃墜していたらしい。
パイロットも機体も多少の消耗はあるにしろ、今の調子が続けば、とりあえずこの一戦は安泰だ。
しかし、そうであるからこそ、瞬は強い違和感を覚えた。
冷静に考えてみると、この戦闘における敵部隊の動きは、どうにもオーゼスらしくない。
人工知能で動く無人機の集まりであるにしても、切迫した状況下でこしらえた急造品であるにしても、その運用方法に奇抜さが欠落している。
思えば、だ。
同士討ちや水没を避けるために、メトカルフィアが攻撃の手を止めたという事実も妙だ。
オーゼス製の兵器であれば、その辺りの常識に囚われず自滅覚悟で突っ込んできてもおかしくない。
あちら側の目線に立って考えたとき、瞬なら間違いなくそういう風なプログラムを組む。
では一体、どれほどの理由があって、そうなっていないのか。
しばし熟考しても、おそらくこれであろういう候補さえ浮かんでこない。
直感で捉えた“引っ掛かり”なら、大抵の場合連鎖的に答えを導き出せる瞬にとっては、極めて珍しいケースだった。
楽に勝たせてくれるのならありがたいと捉えるべきか、楽に勝たせてもらえるほどあちらが精彩を欠いている現状を残念がるべきか。
もっとも、どう解釈したとして、眼前の敵部隊を手早く片付けなければならないという点は同じだ。
食道になにかが詰まったような若干の気持ち悪さを抱えつつも、瞬は戦場の最前線へと舞い戻った。




