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第188話 最悪手(後編)

女王クイーンは、駒の数が減り、戦列が大きく乱れる終盤にこそ、その真価を発揮する……。牢記しておきたまえ、愚昧なる地球統一連合軍遠征艦隊の諸君』


 全てのロケット型兵器が、無情にも艦隊の上空を通過していった直後。

 オープンチャンネルの通信で、何者かが語りかけてくる。

 自身の絶対的優位を信じて疑わない鷹揚な態度と、それゆえに倍増しで他人の神経を逆撫でする嘲笑を伴って。


「この余裕ぶっこいた言い回しは……!」


 仰向けのまま水面に浮かぶセイファートのコックピットで、瞬は即座に渋面を作った。

 鼓膜を打つ、その忌々しい寂声は忘れようがない。

 ヴァルクスを――――否、ケルケイム・クシナダという個人を執拗に追い回してきた、闇より這い出し大蛇のものだ。

 それの原動力である狂的な執着心は、あらゆる道理を屈服させるだけの魔力を秘めている。

 確実な死亡がまさかの生還に塗り替えられたのも、今回が初めてではない。


「ジェルミ・アバーテ……!」


 吐き捨てるように、瞬は大蛇の名を呼ぶ。

 かつての戦いにおいて、ジェルミの乗機であるガンマドラコニスBに最後の一撃を見舞ったのは、他ならぬ瞬だ。

 具体的には、セイファートが持つ攻撃手段の中で最大の破壊力を誇る、文字通りの必殺技『流星塵』を叩き込み、胴体部の内奥まで徹底的に抉り尽くした。

 しかし、そんな瞬ですら、ジェルミの死に対しては懐疑的であった。

 あの男がおとなしく海の底に沈んでいる姿が、どうしても想像できなかったのだ。

 ゆえに、この状況に対して瞬が抱く感情は、驚愕ではなく辟易だった。


『いや、諸君ら有象無象のことなどどうでもいい。ケルケイム君……そう、ケルケイム君だ。早く彼に繋いでくれ。ケルケイム君はワタシと言葉を交わしたくて仕方がないのだ』


 わかってはいたことだが、数万人規模の聴衆の前でも、ジェルミは己の執心を隠さない。

 ケルケイムを、『いかなるときも正しさを損なうことのない、真に正しい人間』とみなし、その仮説を証明するためにケルケイムからあらゆるものを奪い続けるジェルミのことだ。

 この状況で、敢えてケルケイムとの因縁浅からぬ関係を強調するのも、ケルケイムから尊厳を奪うための意図した行為なのだろう。


『……地球統一連合軍独立機動部隊ヴァルクスの司令官、ケルケイム・クシナダだ』


 程なくして、ケルケイムが応答する。

 現在のジェルミがどのような立場であるにしろ、希少な情報源であることに変わりはない。

 そしてケルケイムは、ジェルミと会話が成立するほとんど唯一の人間。

 ケルケイム個人に応じる義理がなくとも、職務上、応じる必要があった。


『元気そうで何よりだ、ケルケイム君。ワタシという半身を欠いた八十三日は、さぞや空虚なものだったろう。戦線復帰に随分と長く時間をかけてしまい、申し訳ない限りだ』

『この場所に、このタイミングで現れたということは、貴様の所属はオーゼスに戻ったということか?』


 ケルケイムは、ジェルミの戯言に耳を貸すことも、ジェルミが生きながらえている理由を尋ねることもせず、ただ己の役割を全うする。

 そう――――無関心を貫くことこそが、ジェルミに対する反応の最適解。

 ノルンの死やロベルトとの決別を経て、確固たる芯を持つ一人の人間となったケルケイムは、もう自らの本分を見失うことはない。


『そうだとも。かつてそうであったように、今のワタシの肩書はオーゼス所属のゲームプレイヤー、ナンバー2だ。もっとも、当時と多少意味合いは異なるがな』

『先程の飛翔体は初めて見るタイプだったが、あれはなんだ』

『ガンマドラコニスに代わり、ワタシが新たに賜ったメテオメイル“ガンマヒュドラー”……その主兵装たる遠隔操作型端末だ。合計十六機存在するキャリアーと、各キャリアーに十二機懸架された子機の全てが、ワタシが操る母機のコントロール下にある。子機の戦闘能力は低く、正規メテオメイルならば容易に撃墜できるレベルのものだが……通常戦力ではどうかな』


 笑気を隠そうともせず、ジェルミがまくし立てる。

 そのガンマヒュドラーなる機体を破壊してしまえば、端末の機体群を停止に追い込める可能性はあった。

 だが、ジェルミの口ぶりからして、探して見つかるような場所にはいそうにない。

 本拠地の内部か、あるいは本拠地とはまったく無関係の遠方の地か。

 ともあれ、絶対の安全が確保されている空間であることは確かだ。

 つまり、瞬たちにはどうあがいても対処不能という、純然たる理不尽。

 以前ジェルミが協力関係にあったエウドクソスと同じく、自身のリスクを極限まで抑えた、どこまでも現実的な一手である。


『あと七、八時間もすれば、端末は北半球に到達する。合計百九十二機の準メテオメイル級による蹂躙……連合が総力を投入したとしても、残存人類の二割程度は鏖殺できる筈だ。そうなれば、あちら側から増援を送ることも不可能になる。由々しき事態だとは思わないかね?』

『もう貴様から聞きたいことはない。交信を終了する』


 仮定の話に切り替わるや否や、ケルケイムは冷淡な口調で会話を断ち切る。

 多少のノイズが混じる通信であったが、ジェルミが間の抜けた声を漏らすのを、瞬は聞き逃さなかった。


『まあ待て待て待て。ワタシとて、まがりなりにもオーゼスの一員だ。キミ達を出し抜くような形でチェックをかけるのは本意ではない。ワタシの出す条件を呑んでくれれば、全端末の即時機能停止を約束しよう。キミ達とて、刺し違える形での勝利は本意ではないはずだ』

『論外だ。貴様が約定を守る保証はない』

『ワタシの性格はキミが一番良く知っているだろう。ワタシは、キミが身悶えするほどの葛藤の果てに、正しい解答こたえを選び取る様を見たいのだ。故に、葛藤が生まれる程度には公平さを与える。これまでも、そうしてきた筈だ』


 ジェルミの主張は、筋が通っているようでいて、その実、全てが間違っていた。

 事実上の一択を、あたかも二択であるかのように見せかけ、自らが望む結末へと誘導する――――その悪魔じみた強制こそが、ジェルミの手口。

 当人はあくまでケルケイムに選択させているつもりなのだろうが、ケルケイムに対する愛憎入り交じった尋常ならざる期待が、結果として選択の余地を奪ってしまっているのだ。

 そして、それこそがジェルミの抱える最大の過ちであると、ケルケイムは既に見抜いている。

 大きく成長を果たしたケルケイムの前では、従来どおりの切れ味で繰り出された奸計も、もはや児戯にも等しい。


『なに、条件とはいっても難しいことは何もない。理不尽な要求もしない。キミがワタシの元を訪れ、端末機による攻撃の中止を乞い願う……ただそれだけのことだ。つまるところ、キミの弟や、あの忌々しい女狐と同じように、今度はキミ自身がワタシの人質になるというわけだな』

『人質というよりは、生贄だな』

『どちらにせよ、だ。普段とは異なり、今のキミは、戦場における最高意思決定者ではない。キミ一人が欠けたところで指揮系統への影響はごく僅か。そうとも、キミ一人がその身を捧げるだけで、連合は市民の安全とオーゼスの壊滅という結果の両方を手に入れることができる。魅力的な取引だとは思わないかね?』

『断る』


 間髪入れずに発せられた返答に、ジェルミは今度こそ完全に言葉を失う。

 ジェルミの話術に抗うための反射的な否定ではなく、自身の意思と相容れない要素を問答無用で跳ね除ける絶対の否定。

 発言者を度外視し、発言内容のみを機械的に選別する、泰然自若の態度。

 頭脳そのものは聡明の部類に入るジェルミならば、そろそろ、理解できてもいい頃合いだった。

 もはや自身がケルケイムの眼中にはないという残酷な現実を。


『キミが……キミの立場で即答していい問いかけではない筈だ! 艦隊の総司令官……いや、最高司令部で穴熊を決め込む腑抜け共に判断を仰ぐべき内容だろう! 下手をすれば、数億人単位での犠牲者が出るのだぞ!』

「っははは……!」


 瞬はたまらず笑い転げた。

 狼狽を露わにするジェルミではなく、ケルケイムの機転と度胸に対して。

 ジェルミの言い分は、一理あるどころか、一分の隙もない正論だ。

 ケルケイムの立場は、あくまで中継役。

 持ちかけられた交渉を独自の判断で拒否する権利などない。

 瞬でもわかる、明確な軍規違反だった。


「やるじゃねえか、司令……」


 瞬は素直に敬服の言葉を送る。

 上層部の人間には、多かれ少なかれ存在することだろう。

 ケルケイムが条件を呑めば、ジェルミが本当に攻撃を中止すると信じ込んでいる愚か者も。

 そのレベルではないにしろ、“もしかしたら”を期待し賛同の意を示す者も。

 戦闘が少しでも連合優位に進むなら、多少の犠牲はやむを得ないと腹を決める者も。

 なにかしらの理由でケルケイムを疎んじ、この場で消えてもらいたいと願う者も。

 ケルケイムが上に判断を求めるという正規の手順を踏んだ場合、本当に生贄として差し出される可能性は少なからずあった。

 その背景を踏まえて、ケルケイムは自らの意思を、彼らに先んじて表明したのだ。

 連合内部で発言権を持った者が束になっても、既にオープンチャンネルで流れたケルケイムの発言を覆し、ジェルミの交渉に応じることは不可能に近い。

 なにしろ、ケルケイムとジェルミのやり取りは、艦隊に属する多くの兵員も耳にしている。

 誰かがここで強権を行使したり、表立った非難をしようものなら、間違いなく彼らの士気は低下するだろう。

 後日、軍事裁判で裁かれることになったとしても、相当数の味方が付くはずだ。

 要するにケルケイムは、、己の命と立場を守りきったのである。

 ルールを重んじるだけだった以前のケルケイムには絶対に不可能な荒業だ。


『話は終わりだ、ジェルミ・アバーテ。我々にはこれ以上、貴様の相手をしている時間はない』

『待て、待つんだケルケイム君……! ワタシは……!』


 その絞り出すような声には、様々な激情が入り混じっているのが見て取れた。

 ジェルミ風に言うなら、憤慨が四割、困惑が三割、落胆が三割といったところか。

 先程までの、若人以上に漲っていた活力が嘘のように、今のジェルミからは威圧感が失せてしまっていた。

 とはいえ、状況はなにも好転していない。

 結果的には、ますます自分たちを追い込んでしまったようなものだ。

 が、ケルケイムも言ったように、ジェルミが持ちかけてきたのは必ず守られる保証のない取引。

 北半球の人々が危険に晒されることへの申し訳なさはあるが、条件を呑んだところで連合が背負うリスクは同等。

 瞬たちに与えられた選択肢は、最初から一つしかない。

 一刻も早くオーゼスの本拠地を制圧し、“ゲーム”自体を終わらせる――――その一つだけ。

 本拠地の内部ならば、端末機を強制的に停止させられる、なんらかの手段が存在する可能性はある。


「第一関門突破ってわけだな」


 ケルケイムの独断に対する当惑はあっただろうが、艦隊を率いる総司令官の決断は早かった。

 程なくして、オペレーターから行軍再開の指示が下る。

 なにしろ、元々は一ヶ月レベルの長期滞在が想定されていた任務だというのに、時間の猶予が一気に半日以下へと転じてしまった。

 瞬たちには、もはや悠長に計画を練り直している時間さえもないのだ。

 まったく面倒なことをしてくれたものだと、瞬は内心で愚痴をこぼす。

 こうなってしまっては、オーゼス側の残りの戦力も、ジェルミのように積極的に出てきてくれる方がむしろありがたい。

 瞬はそうなる展開を期待するが、つい数分前にも同じ過ちを犯したことを思い出し、脳内で取りやめる。

 よほど暇をしているのか、天上に住まう願い事の受付担当は、今日に限って極端なまでに対応が早いのだ。

 そして案の定、瞬の取りやめの意思を無視して、即刻願いは叶えられる。

 まだセイファートは、本格的な戦闘に移行するための準備さえ整えていないというのに。

 コックピット内に突如として鳴り響くアラートを受けて、瞬は激しく後悔の念に駆られた。


「ここまで来ると口は災いのもとレベルじゃねえか、オレのアホ……!」


 先程までセイファートが得ていた、異変の予兆すら見受けられない虚無の観測結果が嘘のように。

 艦隊の南方に、無数のエネルギー反応が同時に出現する。

 機体本来のセンサー性能で捕捉できたという事実のとおり、出現位置はセイファートからほんの数キロメートルという、艦隊戦では間近といってもいい距離。

 数は、エウドクソスのフェーゲフォイアー部隊ほど膨大ではないが、目測で数えるのが困難な程度には多い。


「だけど、それだけじゃねえ……」


 真っ先に、ジェルミがまだ手札を隠していた可能性も瞬の頭をよぎるが、それは即座に否定された。

 レーダーウィンドウを見る限り、移動速度はメテオメイルの標準レベルで、海面すれすれで滞空するセイファートとの高度差もほとんど見受けられなかったからだ。

 ジェルミがケルケイムを艦隊から引き離した後で、再度選択を迫るという姑息な手を使うなら、もう一度端末機を飛ばしてみせるのが最も効果的な方法。

 わざわざ瞬たちの手が届く場所に戦力を展開する意味は薄い。


『“彼”の横入りだと!? 何故だ!』

「それだけあんたが、期待されてなかったってことだ」

『貴様は……』


 同じチャンネルを使い、瞬はジェルミに対し、端的に事実を突きつける。

 自身の鬱勃以上に、もう二度とジェルミとは口を利きたくないであろう、ケルケイムの代弁として。


「いま出てきた連中は、横入りでもなんでもねえ。あんたらのボスにとっても、あんたは負けたって認識なんだよ。そういうわけだ……出番が終わった奴はさっさと退場しやがれ」


 屈辱にまみれた呻き声と共に、ジェルミからの通信は途切れる。

 勝敗の判定の部分に関しては、単なる瞬個人の見解だったが、それが間違っているとは微塵も思わなかった。

 損傷皆無のガンマヒュドラーを差し置いて追加の戦力を出すということは、決着を判断する材料が物理的な戦闘の結果だけではないことの、なによりの証明。

 そしてオーゼスの首魁は、第三者を増援として送るような姑息な真似を、ただの一度もしたことがない。

 もしジェルミが正々堂々正面から戦いを仕掛けてきていれば、ガンマヒュドラーが戦闘不能になるまで、は観戦に徹したことだろう。

 が、ジェルミ自身は一切姿を現さず、遠隔操作で操る端末機も駆け引きの道具に変えてしまった。

 その時点で、この戦いは、ケルケイムとジェルミが争う心理戦という扱いになってしまったと考えるのが妥当だ。

 通常の形式の戦闘であれば、ガンマヒュドラーは、艦隊の全戦力と互角に渡り合うだけの手数を有していたというのに――――


「そのつもりで作った機体だったんだろうによ……。まったく、とんだ無駄使いだぜ」


 色々と思うところはあったが、もう終わった話だ。

 こうしている今も、レーダーウィンドウ上に灯る無数の光点は、亡者のごとき遅々とした歩みで艦隊の方へ寄り集まってくる。

 あと数十秒もすれば、立ち込める薄霧の向こうに大量の黒い影が映り込むことだろう。

 更に南へ進むためにも、一刻も早く、第二関門たるこれらの量産機を殲滅しなければならない。

 オペレーターを介してオースティンからの攻撃命令が下ると、瞬は即座に、扇状に展開する敵陣の中へセイファートを飛び込ませた。

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