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第17話 光で染めるモノ(前編)

 連奈と、詐欺師を名乗る男――――エラルド・ウォルフは、地上三十階もの高さを誇る五つ星ホテルの最上階、宿泊客専用の高級レストランにて、まちうみに二分された幻想的な夜景を眺めながらディナーを楽しんでいた。

 受付傍のプレートからは、全席が完全予約制である事が読み取れたが、その点について特に言及されることもなく二人は窓際の席に案内された。

 既に予約を取ってあったのか、それともまた別の方法を用いたのか。

 気にならないでもない連奈だったが、しかし興味はすぐに外の景色に移る。

 ケルケイムの執務室も見晴らしの良さという意味では同等だが、あちらで見ることができるのは退屈な大海原だけであったし、故郷などは深い山林に空の半分さえもが覆われている始末である。

 しかしここには、色とりどりの光がある。

 人が自らの意志で大地を切り拓いてきた、その証である光が。

 連奈は、多くの人間にとっては珍しくもない“明るい夜”にたまらなく惹かれるのだ。


「あなたは、どうして詐欺師なんかをやっているの? やっぱりお金が目当てなのかしら」


 ここに来る途中、エラルドの名前は聞いた連奈だが、対等に張り合ってみたいという欲求もあって二人称に拘る。

 敬称を付けることで、自ら謙ったと思われたくはなかったのだ。

 エラルドは柔和な笑みを崩さす、連奈の意図を汲んでいるのかいないのか、はっきりとはさせなかった。


「勿論それもあるさ。人を騙すにはとにかく金が掛かる。その時々で身なりも経歴も変えなければならないし、それに応じて家や車さえ用意することもある。世間一般のイメージよりも遙かに出費が嵩む仕事だ」

「なかなか興味深いお話だけど、問いの答えにはなってないわね。私が聴きたいのは、やろうと思った切っ掛けの方よ」

「おっと、そうだった。しかしまあ、今のも手口の一つさ。魅力のある話題を振って、最初の疑問を忘れさせるんだ。こうやって相手をこちらのペースに乗せる」


 理屈の方はわかったが、今更のように試されたという不満はある。

 この程度で誘導される自分ではないと、連奈は前菜のテリーヌを切り分けて口へと運んだ。


「それで、回答の方は?」

「騙すためさ」

「……ふざけてるのかしら」

「いや……だが、そうとしか言いようがないんだ。私は、虚言に躍らされた人間が右往左往しながら破滅の一途を辿っていくのを見るのが大好きなんだ。涙が出るほどにね」

「最悪」

「おっと、今のは嘘だ。本気にしないでくれ」

「どうだか。思ったよりまともな反応が返ってきたから慌てて答えを変えたんじゃないの?」

「それもなくはない。ただ、何のために詐欺師をやっているのか、その理由はちゃんとある」


 そう言って、エラルドはゆっくりと、脇の窓ガラスに視線を向ける。

 連奈から逸らした、というよりは、何か明確に見るべきものを定めているような瞳の動きだった。


「世界に一人だけ、どうしても騙さなければならない人物がいるんだ。そいつを見事に騙しきるまでは、この仕事はやめられない。今まで色々な仕事をやってきたのも、全てはそいつを騙す技術を身に付けるための訓練みたいなものだ」

「……復讐?」

「違うね……むしろ復讐からは最も縁遠い感情といってもいい。だが、復讐と同じくらい全身全霊をかけていることは間違いない。私には、そいつが今のままの人生を送る事をどうしても看過できないんだ。だから、何でもやった。ガードの堅いそいつを騙しきるために、老若男女、貧富の差、リスクの大きさ、それら全てを不問にして、あらゆる詐欺のノウハウを自分の身に落し込もうとした。そしてまだ、完全には至っていない」


 そう呟くエラルドの目は、驚くほどに険しくなっていた。

 ここまでの不自然なまでに自然な笑顔とは異なり、生の感情が剥き出しになった、エラルド・ウォルフ本来の顔。

 悲哀と怨嗟の入り混じる悲しい瞳は、拭いようのないやるせなさを感じさせた。

 どことなく空気も張り詰めたものになり、連奈は思わず息を呑む。

が――――


「……と、まあ、これも嘘なんだけどね」

「はぁ?」

「どうだい、私の迫真の演技とアドリブは。なんだか凄く“それっぽい”感じは出ていただろう?」


 エラルドの表情に即座に元のそれへと切り替わり、連奈はまるで上映が終了して照明の灯り始めた映画館にいるような気分になる。


「ずっと軽薄な態度じゃあ、人は中々騙せないんだ。君が直前までずっと警戒を解かなかったようにね。そういう時には今みたいに、いかにもという感じで本心をさらけ出す振りをするんだ。八割の人間は、これでガードが崩れる。ギャップが大事ってことさ」

「あなたね……」

「君の無防備な表情は中々絵になっていた。これだから詐欺師は辞められない」

「やっぱり、最悪。少しでも真面目に聞き入った自分の間抜けさが悲しいわ」

「そうでもないさ。人の話にしっかりと耳を傾ける姿勢は美徳だよ」

「相手が詐欺師じゃなければ、そうなんでしょうけどね」


 中々の失態に、連奈は頭を手で押さえながらちらりとエラルドの方を見遣る。

 そこにあったのは、やはり悪びれない笑みだ。

 やはりただ純粋に詐欺を楽しんでいるだけの男であるらしいと、その事実だけを、連奈は今度こそ意識に繋ぎ止める。


「ようやく、あなたとの付き合い方がわかってきたわ。あなたの発言は全部嘘として、嘘を嘘なりに楽しむってところかしらね」

「それは流石に悲しいな。それに君は、作り話で満足するような器じゃないだろう」

「だったら、いい加減始めてくれる? 私を満足させるような危険な話。私を誘ったのも、そういう口実だった筈よ」

「そうだな……せっかく招待を受けてくれた君に、私への興味を失って貰いたくはない。それでは、本題に入るとしようか――――」


 とは言いつつも、今まで通りの落ち着いた雰囲気のまま、スパークリングワインを軽く一飲みするエラルドに、連奈は完全に油断してしまっていた。

 このままエラルドの、詐欺師としての深淵を覗けるものと思っていた。

 だがエラルドは、あまりにも唐突に、その建前を取り払う。


「改めて自己紹介をさせて頂こう。私はエラルド・ウォルフ――――総合新興技術研究機関“O-Zeuthオーゼス” に所属する、メテオメイルのパイロットさ。君と同じだよ、三風連奈くん」

「……それは、嘘じゃないわよね?」


 連奈の背筋を駆け巡ったのは、この上ない危険を警告する怖気。

 エラルドに出会ってから、連奈は一度も名乗った覚えがない。

 この数十分の間に、エラルドが自分の身の上について調べた様子もない。

 以前から情報を掴んでいなければ、その名前が出て来るわけがないのだ。


「嘘か本当かは、君ならわかるだろう?」


 そう言いながら、エラルドは連奈の瞳にだけ視線を集中させる。

 表情全体を見られるのと、視覚的には判断しかねる微細な違いではあったが、自分の内面を執拗に覗かれるような底なしの不快感は、そう思わせるには十分だった。


「……だったら、この茶番は何故?」


 連奈は、エラルドからの侵入をはね除けるかのように、真剣な眼差しで返す。

 オーゼスの一員が、地球統一連合政府の中でも極めつけのトップシークレットであるメテオメイルパイロットの情報を手に入れており、そして当人に接触した。

 更に、連奈の突飛な行動のせいで、ボディーガード達はレストランのそれぞれ上下階で待機を余儀なくされている。

 誘拐は困難だろうが、殺害となればあまりにも容易な状況だ。

 正直なところ、この怪しげな男がオーゼスの一員ではないかという推測は、連奈は最初に思い浮かべていた。

 次第にその可能性を除外していったのは、全世界で指名手配されているような男が多大なリスクを犯してまで行楽地での娯楽を求め、赤の他人と関わろうとするメリットが見出せなかったからだ。

 そして、自分にまるで危害を加える様子がない事も。

 エラルドは、そんな疑問が連奈から出たことに、当たり前ではないかというような――――初めて見せる、真っ当な年長者としての顔で返答する。


「それもわかっている筈だ。何故って? ……君も私と、同じじゃないか」

「あ……」


 連奈はほんの小さくではあるが、素っ頓狂な声を漏らす。

 エラルドがオーゼスの一員ではないと一度は判断した、その理由の全てが、他ならぬ自分自身にも当てはまることに気付いたからだ。

 護衛を付けているとはいえ、それでも不必要な外出をするのはあまりにも迂闊な行為であるし、護衛が実質的に外れても、少なくともそのことについて動揺はしていない。

 エラルドからすれば、自分の方が何かしらの策に嵌ったのではないかという警戒もあったかもしれないのだ。


「君が危険を好むように、私もまた至上の危険を好んでいるのさ。仲間達からは推奨されていない行為だが、個人的興味で連合側のパイロットについて色々調べていてね、独自のルートを使って、少し前にどうにか当りを付けることができた。勿論、仲間には喋っていない。そこは安心して欲しい」

「証拠がない以上は、これからは身元が割れているという前提で過ごした方が良さそうね……」

「今のは本当なんだが、まあ、信用もされないか……。ともかくだ、だから、その本人の姿をここで見かけて私は確信したよ。この子は私とよく似ていると。だから声を掛けたし、食事にも誘った。そこに至上のスリルが待っている事がわかりきっているんだ、逃す手はない。立場なんてものは二の次だ」

「確かに、これほどの危険はないわね。敵味方という関係を抜きにしても、一人歩きしている女の子をホテルに連れ込んでいるんですもの。先にこっちの理由で捕まったら大恥ね」

「全くだ」


 一瞬だけ、先程までの明るさが会話に戻ってくる。

 だが、連奈はこのまま何事もなく二時間を過ごしたいというあまりにも魅力的な誘惑を振り切って、踏み込む。

 今度は、ただの少女ではなく、メテオメイルパイロットの三風連奈として。


「……どうして殺すの?」

「いきなりだな」

「どうしてあんなに殺せるの? あなたは詐欺師でしょう、何の関係があるの?」


 それだけは、聞いておかねばならなかった。

 連奈は、見ず知らずの市民達が犠牲になることで、心を痛めることはない。

 だが、命が奪われる事を容認しているわけでもない。

 あくまで優先順位の問題であって、人命を守ることは、過激な行為で充実感を得る、その次には来る。

 そして何より――――刺激とは、刺激を受けない平常な状態があってこそ、正しくその波形を感じ取る事ができるものだ。

 しかし大量虐殺に手を染めれば、もはや“戻る”ことは不可能。

 刺激を受容する感覚は麻痺し、異常の定義は歪んでいく。

 連奈とエラルドは、似たもの同士で有り続けることはできないのだ。

 自分よりも遙かに聡明であるはずのエラルドが、そんな愚を犯している事が、連奈には不思議でならなかった。


「あれも騙しの一環なのさ」

「誰を騙してるのよ、まさか実は連合の味方だとでもいうつもり?」

「残念だが、それはないと断言しておく。私は骨の髄までオーゼスの一員だ」

「あなたは……何がしたいのよ!」

「私のやるべき事は決まっている。決まっていないのは君の方だ」


 これ以上ない、連奈の胸に刺さる真理だった。

 エラルドをオーゼスの一員だと思いたくなかった理由は他にもある。

 ただ純粋に、エラルド・ウォルフという人間を少なからず気に入っている自分がいるからだ。

 ヴァルクスという非日常の中でも、結局は退屈の範疇を出ることの無かった人間関係。

 そこに現われた、自分をも翻弄してくれる、何もかもが危うい刺激に満ちた大人の男。

 もしもこの男が敵に回るというのならば、その相手は他の二人に――――いや、そこまで軟弱な願望はないにしても、幾許かの間を置きたかった。

 即座に割り切ってしまえるほどに、連奈はまだ大人にはなりきれていない。

 連奈の中にも、楽しむべき危険と、そうでない危険の区別はあるのだ。


「……私と似ているって言ったわよね。だったら、今日はあなたも気晴らしに出てきたって事でいいのかしら?」

「そうするつもりだった。だが、やはり今日がいい。メテオメイルが操縦者の精神力を反映して戦うマシンならば、今日こそが相応しい。少なくとも私にとってはね」

「本気なの……?」

「私の人生に、本気でなかった時などないよ。……まあ、これは嘘なんだが」


 エラルドは、運ばれてきた全ての皿を空にすると、無駄のない動作で席を立つ。

 何もかもが嘘に塗れたエラルドの中で、その動作にだけは、連奈は確かな決意を感じる。


「何が本当なのよ。あなたはずっと、嘘ばっかり……!」


 “その時”が、自分が思っているより遙かに早く迫っていることを察して、連奈は声を荒げざるを得なかった。

 言葉のいらない、真実だけが飛び交う時間。

 同時に、あれほどに渇望し、そして今はどこまでも未来の出来事であって欲しいと切望する時間だ。


「君を惑わせた事については、本当に申し訳ないと思っているよ。だから、わかりやすいようにする。ここからは――――目で見えるものだけが全てだ」


 だが、エラルドは一人、時間の針を先に進めていく。


「モラトリアムは終わりだよ、連奈君」


 エラルドが自らの手首に嵌めた高級腕時計に何かを囁いたかと思うと、連奈を取り巻く世界は一瞬にして、複数種の破砕音と人々の阿鼻叫喚が轟く地獄へと変転した。

 連奈は反射的に身を伏せる。


「……!」


 直後、フロア内に大量のコンクリート片とガラス片が、暴風雨の如く飛び込んでくる。

 そのどちらもを避けることができたのは、運によるものか、それとも計算された上での破壊が行われたのかか。

 粉塵が空間を満たす中、連奈はゆっくりと身を起こしながら、何が起こったのかを確認する。

 事態は、あまりにも単純明快で、そして想像だにせぬほどの大幅な“飛ばしスキップ”が行われていた。

 粉々に打ち砕かれたガラス壁の向こうに立つのは、全長四十メートルを超える、紅き双眸の巨人。

 フロアには、巨人の拳が突き入れられており、この破壊を成した原因そのものでもある。

 滑らかな光沢を放つダークグレーに全身を覆われたそれは、紛う事なきオーゼス製メテオメイルの五番機であった。

 唯一にして最大の特徴は、全身に装着された六角柱状の武装コンテナ。

 四肢それぞれに二基ずつ、胴体にも首元と脇腹に二基ずつ、そしてバックパックからは十二基が伸び、合計で二十四基が装着されている。

 そして、連合がこれまでに取得したデータでは、それ以上を語る事が難しい。

 何故なら、この機体の各コンテナに収められている武装・機能は、一度の戦闘ごとに全く異なる内容となっているからである。

 マシンガン、ショットガン、ライフル、ガトリング砲、それらの実体/非実体弾のバリエーション、ナイフ、ハンマー、チェーンソー、ヒートソード……通常兵器だけでも数十種を超え、例を挙げればきりがない。

 また、時には追加のブースターやスクリューエンジンが収納されている事もある。

 換装次第で、セイファートのような高機動タイプやバウショックのような近接格闘タイプ、そしてオルトクラウドのような砲撃戦タイプにも変化することが出来る、究極の汎用機体というわけだ。

 今回、街中に突如として姿を現したのも、データにない何かしらの特殊装備を使用したものと見て間違いはないようだった。


「こいつが、私の愛機“ダブル・ダブル”さ。まあ、君もパイロットの一人ならそれなりに研究はしているとは思うが……」


 あらゆる状況、地形に対応でき、かつ実際に展開コンテナの中身が露呈するまで如何なるタイプであるのか把握が不可能という極めて悪辣な特性。

 連合軍は過去に五度の交戦経験があるものの、得られたデータが膨大かつ不明瞭あさくひろくすぎて、シミュレーターマシンでの再現度は最も低い。

 得手不得手を隠し正体を悟らせない、その在り方は、まさにエラルドの乗機に相応しいといえた。


「本当は四日後に出撃の予定だったんだが……何せ私は嘘つきだからね。仲間とセキュリティの全てを騙して、機体を持ち出していたんだ。帰ったら、皆の罵倒が怖いな」


 非常警報が鳴り響く中、ただ一人悠然とその場に立つエラルドは、当たり前のように言ってのける。


「ただ、これも仕方ないんだ。私は気分の浮き沈みが激しい性質でね。スケジュールを律儀に守ると全力を発揮できないことが多いんだ」

「やりたくないなら、やらなければいいじゃない……!」


 連奈がそう叫ぶと同時に、連奈の願いを叶えてくれそうな面々がフロア内に駆け込んでくる。

 待機させていたボディーガード達だ。

 彼らも流石は訓練された人材というわけか、上下階も先の拳撃で一部が崩落したようだが、ラニアケアを出た時から一人も欠けはなかった。

 全員が既に軍用拳銃を抜いており、即座に発砲が可能な状態にあった。

 もっとも、エラルドも逃げ惑う宿泊客の中から整いすぎた足音を拾ったのか、彼らが連奈の周囲を取り囲んだときにはもう、ダブル・ダブルの掌の上であった。


「そこから降りて」

「引き返せという事なら、それは無理だ。今の一撃ですら、既に何人かの命を奪ってしまっている。加えて、ダブル・ダブルの足下も怪しいところだ。予備バッテリーを使った遠隔操縦は、精度が悪くて困るな……」

「降りなさいよ……!」

「君は早く、あのラニアケアとかいう基地に戻りたまえ。そして、どれでもいいから早く私の対戦相手を寄越してくれと伝えてくれ。急がなければ、私はここの人間を殺し尽くしてしまう」


 連奈の悲痛な叫びにも聞く耳を貸さず、エラルドはダブル・ダブルの腕を下ろし、コックピットのある胸部ハッチへと高度を調整する。


「今日の正午から三時過ぎまで、ラニアケアは南方で何かをやっていただろう? 私の伝手ではそちらの方面は把握できなかったがね。……ともかく、楽しませて貰った礼代わりに、この場所から南の方角にはしばらく手を出さない事を約束しよう。これは、本当だ」

「あなたは……!」

「行きたまえ。ここで君の命を奪っても得るものはない。オーゼスの一員としても、私個人としても」


 言うなり、エラルドはハッチを開放し、その内部へと滑り込む。

 程なくして、ダブル・ダブルの双眸に灯る紅い輝きは一層強さを増し、心核である操縦者との一体化が完了したことを示す。


「すぐにここから脱出しましょう。既に救助ヘリの出動を要請してあります。五分以内に到着する手筈です」


 ラフな服装をした護衛の一人が、項垂れる連奈に、そう呼びかける。

 だが、連奈は動かない。

 そうしている間にも、ダブル・ダブルは北の方角に向けてビルを薙ぎ倒しながら、そして背面の武装コンテナから数百発もの焼夷弾を撒き散らしながら侵攻していく。

 都市の数十区画、未だ何万人もの人間が残されている空間が一瞬で炎に包まれる、嘘のような光景が、連奈に突き付けられた。


「さあ早く、いつまでもここに残っていては危険です。あの男の約束が守られる保証もない」


 齢十四の身には受け止めきれぬほどの酷烈極まる事態に、茫然自失になっているのではないかと、護衛達は連奈の手を引いてこの場を離れようとする。

 だが――――連奈は踏みとどまり、そして自身もまた、決意に満ちた眼差しで護衛達を見遣った。


「全て、逆よ。最悪なまでに危険な状況だから私は戻らないし、オルトクラウドをこちらへ射出するよう司令に伝えて」

「戦場で、乗り込むつもりですか……!?」

「どうせまだ、解析作業の続きでメテオエンジンはオルトクラウドに搭載されてままになっているわ。何分も掛けて他の機体に入れ替えるよりは、準備は各段に早く済むでしょう」

「ですが……」


 護衛の男の言い分ももっともだった。

 連奈の提案は、確かにメテオメイルを戦場に送り込むという一点のみにおいては、時間の短縮には繋がる。

 しかし、オルトクラウドはまだ、砲撃の負荷に対する耐久性や燃費面において不安定な状態にある。

 敵の攻撃どころか、まず己の攻撃によって自壊しかねないという爆弾を抱えているのだ。

 そこまでのリスクを理解していても、連奈は譲らなかった。

 余りにも――――そう、余りにも度の過ぎたエラルドの身勝手さに、先程までの臆病さは何処かへと吹き飛んでいた。

 代わりに胸中を満たすのは、身を焦がすように激しく燃える怒り。

 ここに至るまでに唯一掴む事の出来た真実、それは、エラルドは自分の思いが介入する余地のない、良くも悪くも完成されてしまった男であるということだ。

 連奈は、自らが持つ強大な力によってエラルドを覆う偽りのヴェールを剥ぎ取り、無理矢理にでも自分と向き合わせたかったのだ。

 そして、そればかりは自分の力で成し遂げなければならない。


「しばらくわがままを控えるから……そう付け足しておいて。それで多分、私の要求は通るはずよ」

 

 全ての激情が入り交じる事で形成された、凄絶で不敵な笑顔を浮かべ、連奈は静かにそう口にした。


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