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第15話 卓犖 

 現在でも貿易の要所として機能するスエズから、約六十キロほど南方――――周辺に町一つさえない、エジプトの荒涼とした砂漠地帯。

 その周囲、約二十平方キロメートルほどの面積が、此度、ヴァルクスが地球統一連合政府の許可を受け、オルトクラウドの搭載火器試射実験場として借用した土地である。

 ヴァルクスは元々エジプトでの試射実験を予定に入れており、紅海に侵入を果たしたのは、わざわざバウショックを直接回収するためではなく、こちらこそが本来の目的だったというわけである。

 人類の存亡に関わる非常事態の最中であるということは連合政府も重々理解しており、土地の使用期限は、不必要に長い日数が設定されていた。

 もっとも、予定通りにスケジュールが進行すれば、最大でも一週間ほどで必要なデータは揃う見込みとなっている。

 そして現在、ラニアケアの格納庫内部では、セイファートからオルトクラウドへ、メテオエンジンの交換作業が始まっていた。

 一つのメテオエンジンを三機の間で使い回す事を前提に設計されているため、本体とのマッチングにおいて大きな問題が発生する様子はない。

 しかし、本格的な稼働は今回が初めてとなるため、入念な不具合のチェックで小一時間ほどが費やされる予定であった。

 特に役割があるわけではなかったが、瞬は興味本位で格納庫を訪れ、技術スタッフ達の邪魔にならないよう、上段のキャットウォークから見学に勤しんでいた。

 他ならぬオルトクラウドのパイロットである三風連奈が、瞬の背後からやってきたのは、その途中の事だった。


「……どうして、ここにいるのよ」

「ちゃんと動くかどうか気になってな。聞いたところによると、オルトクラウドはとんでもなくエネルギーを馬鹿食いするそうじゃねえか。乗った瞬間、精神力を吸われまくって気絶なんてこともあったりしてな」


 答えながら瞬は振り向き、初の披露となる連奈のパイロットスーツ姿を見遣る。

 本人の鮮烈さを表わしたかのようなローズバイオレットを基調とした、特殊金属繊維で織り込まれた薄手の防護服。

 衝撃伝達率を極限まで高めた繊維が、受けるエネルギーを瞬時に背面装置へと送り込んで逃す仕組みになっており、その恩恵は瞬自身も体感して知るところである。

 一見心許ないが、織り重ねすぎると繊維同士で衝撃を伝達し合って、結果的にエネルギーが滞留するので、この厚さが最も効果を発揮するのだという。

 瞬はゴーストホワイト、轟がダークレッドと、それぞれ色彩が異なるが、連奈のスーツにしても構造そのものはほぼ同一で、差異は見受けられなかった。

 違いがあるとすれば、それは性差で、ありのまましっかりと浮き出た連奈のボディラインは、いわゆるスレンダー体型に分類されるものであっても、実物故の妙な艶めかしさがあって目の毒であった。

 しかし、あまりまじまじと眺めない方がいいというのは一般論であって、やはりと言うべきか流石と言うべきか、連奈の場合は同年代の異性を前にしても何ら憚ることなく、昂然と構えていた。


「……恥ずかしくねえのか、その格好」

「恥じらいというのは、他人と比べて劣っているかもしれないという不安から生まれるものよ。私にその不安は微塵もないわ、驚くほどの完璧な造形とバランス」

「そうかよ」

「身長もちゃんと伸びてくれて助かったわ。このキャラクターで低身長だと格好がつかないもの」


 瞬は、小学生高学年の時点で背丈を追い越してしまった、連奈の小柄な両親の事を思い浮かべる。

 連奈の身長は、瞬と同じ十四歳で百六十センチ前後。

 同年代の中では高い部類だ。

 縦も横も頼りない小人のような二人の遺伝子を組み合わせた割には、確かに稀少な成長パターンといえた。


「ともかく、心配なら無用よ。釘を刺すためにも、特別に教えておいてあげるわ。私のSWS(Spirit Wave release Strengh=精神波放出強度)値がどれほどのものかを」

「轟の奴からは直接聞いたけど、そういやお前のは知らねえな……」


 SWS値とは、体内で生み出した精神波をどれだけの割合で体外に放出できるか、その変換効率を表わす数値である。

 当然の事ながら、よりSWS値の高い人間の方が機体の出力の平均値は高くなり、燃費も向上。

 軽微な消耗で多量のエネルギーを供給できる関係上、心身への負荷も少なくなる。

 実際の放出量は現在の精神力と固定値であるSWS値の乗算となるが、状況によって大きく変動する精神力は評価が極めて困難。

 現時点においては、ほとんどSWS値の高さだけで、パイロットの優劣が決定づけられていた。

 具体的な数字を出すと、戦闘中においてもメテオエンジンを安定稼働させられるとされる基準の値が100。

 ほとんどの人類が30から50の間とされ、70以降から一気に激減していく。

 現在、100以上の数値を記録した者は、全人類の中で十名にも満たない。

 その中で更に、パイロットを務められるほどの身体能力と精神性を有しているのは、瞬、轟、連奈のたった三名のみだった。

 ちなみに、瞬の数値は107、轟の数値が109。

 そう知らされていたからこそ、連奈もまた自分たちの前後に位置するのではないかというのが、瞬の推測だったわけだが――――


「388よ。変換効率、約四割。最低ラインの三倍以上、そしてあなたと北沢君、二人合わせた数値でさえも遠く及ばない、文句なしの一位」

「388……嘘だろ!? 単純計算で、オレ達の三倍長く戦えたり、三倍のパワーで戦えたりするって事じゃねえか」

「そういう事になるわね。オルトクラウドの完成が遅れているのも、それが目下最大の理由よ。以前に試乗した初期型は、ほんの少し力を込めただけで呆気なく自壊したわ」


 瞬や、そして轟さえもが激しい消耗に悪戦苦闘する中、ただ一人、真逆の不安要素を抱える連奈。

 三倍という数字が現在のオルトクラウドに適用された場合、果たして如何なる破壊を撒き散らす魔物と化すのか、瞬は戦慄する。


「轟の奴は……この事、知ってるのか」

「まさかでしょ、あの猛獣に知られたら何をされるかわかったものじゃないわ。だから本当は、司令にも黙っているようにお願いされたのよ。あなた達のモチベーションを保つためにね。まあ、私はあなたがどうなろうと知った事ではないから正直に教えてあげたけど」

「…………」

「どのみち、私が戦う事になればすぐに判ることだわ。果たしてオルトクラウドは、私にどこまで耐えられるかしら……?」


 眼下で目覚めを待つ、ダークスレイトブルーの機体を見下ろしながら、連奈は妖婦の如き凄絶な笑みを浮かべる。

 その激甚たる在り方は、メテオメイルという存在を、自分や轟とは全く違う観点から捉えている事を、瞬に確信させる。


「現段階のシミュレーターではSWS値150までしか再現できないから、それ以上の負荷にオルトクラウドがどこまで耐えてくれるかが、今回の実験の肝という事よ。せいぜい壊さないように気をつけるわ」

「でもなんで、お前にだけ、そんな……!」


 僅差などではない、隔絶と読んで差し支えない、理不尽で圧倒的な突出を前に、瞬の表情には焦りが露わになる。

 SWS値は、精神力そのものではなく、精神力を常人よりも高い割合で放出する天性の才能。

 心身を鍛え上げても増減させることのできない、不可侵域の能力なのだ。

 そして、同じ方面の才能において誰かに大きく劣るという事実は、瞬にとってはもっとも忌避すべきものであった。


「さあ、“選ばれた”んじゃないの? 神様だとか、運命だとか、そういった途轍もなく大きな力の流れに」


 その言葉選びは、瞬の心を最も深く抉るべく、意図的に加工された鋭さを持っていた。

 連奈は全てを察した上で、抗いようのない現実を瞬に突き付けているのだ。

 瞬にとってこの戦いは、選ばれた自分が選ばれなかった兄を超克するというシナリオの本章である筈だった。

 だが、この埋めがたい才能の差を前にして、それでも自分は選ばれたと胸を張れるのか――――

 しばしの沈黙が、二人の間に流れる。

 数分という時間が経過した後、連奈は技術スタッフ達の動きを見て、そろそろチェック作業が終了しそうな空気を感じ取ったのか、瞬を脇目に悠然とキャットウォークを進んでいく。

 そして、瞬の激しい動揺にも勘付いたのか、途中で振り返り、先程と同じ表情のままに瞬と視線を合わせた。


「世界を救う英雄だとか、最強の存在だとか、最初に聞いた時は笑い転げるかと思ったわよ。そんなものを名乗るには、あなたたちでは不足も不足。真に“選ばれた”のは私ただ一人。焦るでもなく、急ぐでもなく、ただ当たり前のように、私とオルトクラウドが全てを消滅させてあげる」


 何一つ、返す言葉さえなく、瞬は活力に充ち満ちたその背中を見送るしかなかった。


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