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第161話 轟き、伝える(その3)

「全身全霊で受け止めるという君の言葉を、早速撤回させてあげよう。……“太陽の槍ソール・ハスタ”」


 バウショックが引き起こした、止まらぬ崩落の中。

 セリアの一声と共に、ヴォルフィアナの胸部に埋め込まれた宝玉から、禍々しい黒の輝きを放つ光線が撃ち出される。

 それは、以前の戦いでも頻繁に使われた、ヴォルフィアナの主武装。

 低出力の状態でさえ、メテオメイルの装甲を容易に消し飛ばすほどの威力を持つ、極めて凶悪な武装である。

 セリアが断ずるように、さしものバウショックも、こればかりは回避を選択するしかない。


「くっ……!」


 バウショックが右方に飛び退いた直後、元いた場所が光線の照射を受け、激しい爆発音と共に床部の金属板がめくれ上がる。

 そして、その破壊の痕を呑気に眺めていられる余裕はない。

 この“太陽の槍ソール・ハスタ”は、理不尽なことに連射力をも併せ持つ。

 発射間隔は、僅か二、三秒。

 オルトクラウドの主武装であるバリオンバスターも、エネルギーを最大までチャージすれば同等の威力を出せるが、発射までには倍以上の時間を要する。


「格好がつかないね、北沢君……!」


 蛇行を繰り返し、飛来する光線からひたすらに逃げ回るバウショックを、シャウラが嘲笑する。

 轟の癖から移動コースを予測しているのか、徐々に偏差射撃の精度は高くなっていく。

 そう、偏差射撃――――気づけば轟が、動きを読まれる側となっている。

 最初は、轟が発射の兆候を感じ取って回避行動を始めていたというのに、いつの間にか先手後手の順序が逆転しまっているのだ。

 双方の行動速度に差がありすぎるため、起こる現象である。

 もっとも、堅牢な装甲を手にした代償としての緩慢な動作は、この機体を操る上での大前提。今更嘆くことではない。

 それに轟は、追われこそすれ、追い込まれたつもりは毛頭ない。


「それを言い出したら、ここでこんなことをやってる時点でクソダセーんだよ、俺は……。だけど、テメーが考えてるよりかは、少しマシかもしれねー」


 恐れとはまるで無縁の面持ちで、轟はバウショックを走らせ続ける。

 幸いにして轟には、師が存在する。

 極限まで洗練された体捌きと、敵を巧みに誘い出す立ち回りを以て、攻守の転換を自在とする護身の達人が。

 防戦一方の袋小路から脱するにはどうすべきか。

 かつて、その解決方法を尋ねたとき、師たるその男はこう答えた。


(崩れたテンポを元の状態に戻す方法は、二つあります。一つは、自身の運動量を上げて、ズレを強引に修正すること。もう一つは、一度大きく距離を取って場をリセットすること。ですがどちらも、君の機体で実行するのはかなり厳しいでしょうね。そこで、“三つ目”の出番というわけです。それは……)

「それは……」


 脳内で再現される男の声を遮るように、轟は呟く。

 その技術の会得自体は、とっくに五合目――――使うことを意識すれば使えるというレベルに到達していた。

 中々披露できなかったのは、ここ最近は、眼前の敵を倒すことに全神経を注げる決闘形式の戦闘任務が少なかったせいだ。

 だが、今回は違う。

 互いの戦闘能力に途方も無い差こそあれど、純粋な一対一の形式であり、加えて今後の戦況に思考を回す必要もない。

 そして何より、自身の命を投げ出す覚悟が完了している。

 だからこそ、その選択肢に、何の逡巡もなく自分の全てを預けられる。


「……!?」


 そのとき、巨体に見合わない滑らかな動作で駆動していたヴォルフィアナの上半身が、軋み音を立てるほどの勢いで急停止する。

 パイロットの驚愕と動揺が見て取れる反応である。

 無理もない。

 シャウラは見てしまったのだ。

 突然に立ち止まり、何らかの構えを取るでもなく、ただその場に留まるだけのバウショックを。

 この行為に、意味などなかった。

 いや、無意味であるがゆえに意味がある。

 手番放棄パスという、あらゆる戦闘における究極の不合理を挟み込むことで、隙を作り出す意味が。

 これこそが、師たる男の残した秘伝。

 相手の予測を根底から破壊し尽くすと同時に、完全に予備動作を断つことで無用の深読みをも強制する、達人殺しの奇術。

 データの再計算を余儀なくされたシャウラが、“太陽の槍ソール・ハスタ”の発射を決定する頃には、バウショックは既にヴォルフィアナへ向けて駆け出していた。


「もっと遅れりゃ、一周回って元通りだ」

「こんな手に……!」


 次弾の発射をすんでのところで躱したバウショックは、そのままヴォルフィアナの懐に潜り込む。

 半球状の宝玉から撃ち出される“太陽の槍ソール・ハスタ”の射角はかなり広いが、足元をカバーできていないという点においては、一般的な射撃兵装と同じだ。

 そして轟は、取り戻した先手の権利を最大限に活用。

 すぐそばに落下してきた、バウショックの胴ほどの太さもある鉄柱を掴み取り、ヴォルフィアナの脚部へと叩きつける。

 ヴォルフィアナの全身には常に強力なレイ・ヴェールが展開しているために、当然ダメージが通ることはなかったが、轟の狙いは別にある。

 鉄柱を押し当て、レイ・ヴェールに物理干渉を続けることで、エネルギーの消耗を早めようという目論見である。


「四倍のパワーを出せる機体だろうが、精神力を生み出してるテメーは、ただの人間だ。削り切っちまえば!」

「また、お得意の根性論が始まったようだね、北沢君。参考までに申告しておくけども、私のSWS値は188。連奈やメアラには劣るけれども、君の倍近くある。例えエンジン一基の状態で戦ったとしても、持久戦では私に分があるというわけさ」

「テメーもかよ……!」


 最悪の報告に、轟は、たまらず舌打ちする。

 連合の記録上にあるパイロットデータの統計によると、精神力を体外に放出する際の変換効率は、何故か女性の方が異様に高い傾向にあるらしい。

 シャウラも、その例に漏れていないというわけだ。

 逆に男性側は、瞬や轟だけでなく、身柄を拘束した際に計測を行ったスラッシュや霧島、アダインを含めて全員が係数100から110の間で横並びになっているとのことだ。

 が、どれだけ生成エネルギーの量に開きがあろうとも、轟がシャウラを抑えるには、精神力や体力の消費を加速させるしか方法はない。


「つーか、テメーいつまで余裕ブッこいてんだ。そろそろマジに生き埋めになっちまうぜ」


 轟は、この期に及んでも元の場所から動こうとしないシャウラに向かって告げる。

 たった今、ちらりと後方を振り返ってみると、リフトへと続く通路は既にほとんど岩塊で塞がれてしまっていたからだ。

 バウショックの自力脱出は、もうかなり厳しいところまで来ている。

 シャウラが自分達の側に戻ってこないというならば、共に生き埋めになるしかない――――とは言ったものの、シャウラには無事に生還して欲しいという思いもある。

 別に、今ここでエウドクソスを離反してくれなくても構わない。

 要は、自分の行動が、いつかシャウラがエウドクソスの枷から抜け出すきっかけになるのならば――――

 贖罪が贖罪として機能さえすれば、轟にとってはそれで十分なのだ。


「命が惜しくなったのなら、そう言いなよ。君に対する期待度は、既に最低値。これ以上、下がることなんてないんだから」

「テメーが、間に合わなくなるっつってんだ!」


 そう叫び、鉄柱による二打目を繰り出すが、今度はバウショックの側が跳ね飛ばされる。

 エネルギーの精密制御にも長けているヴォルフィアナは、レイ・ヴェールを構成する光子を一箇所に集中させて強度を変化させることも自在だった。

 エネルギーの大量消費という目論見は成功しているが、この攻撃を続けていては、先にバウショックが自壊してしまう。

 負けること自体はいいとしても、このままでは自分の何も、セリアの心には届かない。

 その焦りだけが、轟の中で加速していく。


「“先生”は、地上に残った君の仲間も、できることならここで倒してしまいたいとお考えでね。今しがた派遣したギルタブの勝利を完全なものとするためには、もう少し、フェーゲフォイアーとの戦闘で消耗させておく必要がある」

「そういう命令だからって、おとなしく従っちまうのかよ。テメーの命もかかってるこの状況で! ちったあ惜しめってんだ!」

「君が言っていい台詞じゃあないね、それは。……大体、何度もシミュレートを行った上で、まだ十分脱出に間に合うと判断したからこそ、この場に留まっているんだ。考えなしの君とは違う」

「ちっ……ここまでやってもテメーは、まだエウドクソスの駒を続けてーってのか。だったらやっぱり、ここで俺と死ぬしかねーな!」


 諦めたくとも、諦めきれず。

 諦めきれずとも、諦めるしかなく。

 己の葛藤を振り切るように荒々しく叫びながら、轟は執拗にヴォルフィアナの脚部への攻撃を続ける。

 その度に受ける強烈な反動はもはや、現状を変える力を持たない愚かな自分を殴りつけるための、都合の良い手段と化していた。

 もっとも、轟がどれだけ目と耳を塞ごうとも、事態は進行していく。

 ギルタブが無事に出撃を果たせたのか、とうとうヴォルフィアナは、施設の壁面と自らとを繋いでいた背面のケーブルを完全に分離。

 その圧倒的な巨体を浮遊させ、前進を開始する。


「君とのつまらない問答はここまでだ。本来の力を取り戻したヴォルフィアナに、君ができることなんて今以上にない」


 シャウラが述べるそれは、何ら一切威嚇の要素を含まない、ただの事実にして絶対不動の現実。

 フェーゲフォイアーへのエネルギー供給を止めたということは、先の戦いと同じく、メテオエンジン四基分の出力をフルに発揮できるということだ。

 元よりまともな戦闘にすらなっていなかったが、両者の力の差は、この節目を経てより決定的なものとなってしまったのだ。


「“オーロラの檻セーラス・クルヴィ”」

「ちっ……!」


 シャウラの冷淡な一声と共に、虹色に輝く球体型の障壁 が、バウショックの周囲に一瞬で構成される。

 それは、先の戦いでもシャウラが披露した理不尽極まる能力――――神の御業の一つ。

 自機の周囲に展開するためのバリアフィールドを、離れた場所に存在する敵に対して使用するという、ヴォルフィアナの圧倒的なエンジン出力があればこそ為せる力技だ。

 強力な武装があれば強引に破壊することも可能だが、その強力な武装に該当するものが、今のバウショックの手元にはない。

 唐突に訪れた、あまりにも呆気ないチェックメイトだった。

 今から轟にできることがあるとすれば、それは悠々と自らの横を通り過ぎていくシャウラを見送ることだけだ。


「じゃあね、北沢君。独りで生き続けてきた君には、独りで死ぬのが相応しいよ。君の自己満足に、私を巻き込まないでくれ」


 吐き捨てるような口調で発せられた拒絶の言葉を浴びて、これまで必死に抑え込んで形を維持してきた轟の精神は、ついに纏まりを失い霧散する。

 一度目は、彼女がラニアケアを去ったとき。

 二度目は、彼女が再び自分達の前に姿を現したとき。

 そして三度目は、今このとき。

 同じ相手に、それだけの回数、明確に拒絶の意志を表明されてしまった。

 ここまで来れば、自分の努力は、もはや根本から間違っていたのだと認めざるを得ない。

 互いの距離が縮まったような気がしていたのは、自分の盛大な勘違い。

 遠回しに自分達をここへ誘ったのも、ただの気まぐれ。

 実際には、執拗に迫ってくる自分を鬱陶しく思っている――――

 彼女の見せる態度は、そういう解釈でも合点がいってしまう。

 自分という人間が、自分の想像以上に見苦しく救い難い可能性に思い至って、轟の心と体は急速に冷えていく。


(自己満足だと? 違うな。オレは、自分が満足するところまでも辿り着けなかった、極めつけのバカ野郎だ。笑っちまうぐらい不器用な男だ)


 本来ならこの上なく適切なはずの罵倒さえ不適切になってしまう自分の論外ぶりに、轟は内心で苦笑する。

 自分の行動が、彼女に幾度か揺さぶりをかけられたのは事実であろう。

 しかしそれは、単に彼女の予測を下回り続けてきたというだけの話。

 瞬ならば、それすらも一つの成果とし、圧倒的な手数で攻め立てて揺れ幅を更に大きくしてみせることだろう。

 連奈ならば、自らの判断こそを絶対の正解とし、力ずくで相手の意見を捻じ曲げさせることだろう。

 だが残念なことに轟は、そんな器用さも自負心も持ち合わせていない。

 ただひたすら、無謀、滑稽と嘲笑われながら、正面衝突を繰り返すだけしか能がない男だ。

 自らを突き動かす、剥き出しの衝動のままに。

 抱いた理想の成就を求める、とめどなく溢れる願望のままに。


(……俺の、夢?)


 結局、何一つ成すことのできなかった自分自身を再度笑い飛ばそうとして、そこで轟は我に返る。

 思えば、元々は、セリアを取り戻すことが目的ではなかったような気がする。

 セリアの奪還が夢を叶える上での一番の大仕事であるため、いつの間にか、その達成こそがゴールであるかのように認識がすり替わってしまっていたのだ。

 セリアが無事ならばそれで構わない――――違う。

 兎にも角にもセリアをエウドクソスから引き剥がせればいい――――違う。

 もはや所属陣営は問わない、シャウラがセリアに戻ってくれればいい――――それも違う。

 肝心なのは、の話だったはずだ。

 意中の相手が、自分の手の及ばないところで勝手に生きている程度で、一体何を満足しろというのか。

 あまりにも温くなっていた自分の目標設定に、笑いがこみ上げてくるのを轟は感じる。

 しかし今度は、己を卑下するためのものではない。

 数秒前までの自分が本気で馬鹿馬鹿しく思える、若干の気恥ずかしさを含んだ心からの面白おかしさだ。


(何だよ、随分とスケールが小せーじゃねーか……。こんなところで俺は、こんなにも長くウダウダやってたのか)


 近頃の自分が、いかに窮屈なところで身動ぎしていたのかを自覚して、轟は呆れ混じりに呟く。

 記憶を遡り続け、ようやく見つけ出すことができた、夢の源流。

 その混じり気のない甘美な湧水の味を、何故こうもすっぱりと忘れてしまっていたのか。

 自分の積み重ねてきた全ては、もう一度あの場所へ帰る為のものだというのに、自らの命を投げ打つなど間抜けにもほどがある。

 そしてそれは、轟だけが抱く夢ではなかったはずだ。

 同じ場所にいたもう一人と一緒に生み出した夢だったはずだ。


(ああそうだ。この戦いは、俺が勝つためのモンでもあの女が勝つためのモンでもねー。俺が生きるためのモンでもあの女が生きるためのモンでもねー。片方だけじゃ、意味がねーんだ)


 長いようで短い、自らの深奥を巡る旅が終わったとき、轟の体は再び熱を帯びていく。

 生まれてから今日までの十四年間、その中で、間違いなく最高潮と呼べるくらいの激しく煮えたぎる熱が。


「待てよ、エセ通信女」

「北沢君……?」


 あまりにも自信に満ち溢れた轟の呼びかけに、シャウラも、彼女が操るヴォルフィアナも硬直する。

 シャウラが驚くのも無理はない。

 何せ、言葉を発した轟自身でさえ、そうまで自然で力強い声が自らの喉から出たことに驚いている。

 威嚇とも虚勢とも無縁の意図で発せられたというのに、響きの中に圧が伴っているというのは、轟にとっては初めての経験だった。

 その理由は、どうでもいい。

 というよりは、考えたところで答えを導きだせるほどの頭もない。

 今、やるべきことは一つ。

 この名状しがたい活力を以て、もう一度、彼女に挑む――――

 そして、今度こそ全てを始めるのだ。


「まだ話は終わってねーぞ!」


 言い放った勢いのまま、上半身の捻りだけで突き出した右拳による殴打。

 突破にはクリムゾンストライクやゾディアックキャノン級の威力が必要とされていた虹色の障壁は、ただそれだけであっさりと穿たれる。

 エネルギーが一切の無駄なく腕部を駆け巡ることで生み出された鋭い打撃が、障壁を構成する不可視の中心点を、的確に捉えたのだ。

 技法として完全に会得したわけではなく、心身のコンディションに恵まれ、たまたま歯車が噛み合っている結果の産物である。

 しかし今は、その両方ともが限界を超えた絶好調の状態。

 この戦いにおいてのみ、何度でも会心の一撃を繰り出せる自信が轟にはあった。


「破られた……!? ヴォルフィアナの“オーロラの檻セーラス・クルヴィ”が、ただの打撃で……!?」

「少々、窮屈だったもんでよ」


 轟は、ヴォルフィアナの方へ向き直りながら、答えにならない答えを返す。

 そして、もうシャウラの出方を窺うことはせず、すぐさま一歩を踏み込み前進を開始する。

 道は、見えた。

 今度こそ、確かに。

 あとは、待ち受ける最後の扉に向かって自らの思いを全力で叩き込み、こじ開けるだけだ。

 鍵は、最初から手の中にある。


「受け止めるだなんて呑気なことを言って悪かった。まずは俺が、テメーに受け止めてもらえるところから始めなくちゃいけねーってのによ」


 轟は自戒の言葉を紡ぎ終えると、熱さと輝きを宿した双眸で、眼前の敵を――――ヴォルフィアナを改めて見据えた。

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