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第160話 物言わぬ救主(その1)

「風岩先輩、お待たせしました! メアラ参上です!」


 ヴァルクスが運用する四機目のメテオメイル、メアラのゲルトルートも、ついに最前線へ到着する。

 漆黒の巨剣――――スクリームダイブ形態で飛来してきたゲルトルートは、降下の最中に人型形態へと変形。

 前面投影面積を拡大したことで数倍に増した空気抵抗をブレーキとし、正確にセイファートの付近へと着地を果たした。

 戦闘技術においては未だ瞬達三人に劣るメアラだが、こういった細やかな操作は既に一人前だ。


「やることはオペレーターから聞いてるな!?」

「この突入口付近の敵を片っ端から倒していく、ですよね」

「そうだ!」


 それだけを確認すると、瞬とメアラはすぐさま連携して、自分達を包囲するフェーゲフォイアー部隊の殲滅を再開する。

 セイファートの双剣とゲルトルートの双剣。

 神速の斬撃を繰り出す日本刀と、超重の断撃を放つ巨剣。

 共に刃を持ちながら全く異なる性質を持つ切断の二重奏は、暴風の如き荒々しさでフェーゲフォイアーの数を減らしていく。

 時間あたりの撃墜数でいえば、セイファート単騎で戦っていたときの三倍に近い。

 二機の連携が滑らかであることも一因ではあるが、やはり最たる理由は、ゲルトルートのジェミニブレードの破壊力によるものだろう。

 有効打を与えるためには、装甲の隙間や関節部などを正確に狙う必要があるジェミニソードに対し、ジェミニブレードは機体のどこに叩きつけても十分にダメージを与えられる。

 求める強さの方向性から別れを告げたものの、安定した破壊力を発揮できる点――――戦闘兵器としての優秀さにおいては、やはりゲルトルートに軍配が上がった。


「この調子だと先輩よりも撃墜数が稼げそうですねえ!」

「負けるかよ!」


 メアラの挑発的な一言を受け、瞬は即座に連携を解除。

 真逆の方向に駆け、単独でフェーゲフォイアーの撃破にあたる。

 けして、大人気なく挑発に乗ってしまったわけではない。

 エンジンがかかってきたメアラ自身の動きを見て、その調子なら一人でも十分に戦えると判断したからだ。

 手荒なやり方ではあるが、危険な状況に置いた方が能力は伸びやすい。


「何機目かは忘れちまったが、これだけやれば……!」


 メアラとの共闘開始から、十数分後。

 辺り一面に残骸が積もり、まともに歩行することが困難になり始めた頃。

 依然として、周囲から続々と湧いて出てくるフェーゲフォイアーだが、その出現ペースが明確に遅くなり始める。

 単純に戦力が底をつきかけているのか、あるいは他の要因か。

 ともかく、地上部分の制圧はゴールが見えてきた。

 あとは、南方で戦っているオルトクラウドとも合流を果たし、もうじき到着するコンテナから支援兵装や補給物資を受け取れば準備は済む。

 足元に広がる巨大な門に突入し、バウショックの支援に向かう準備が。

 果たして今、地下では何が起こっているのか――――

 内部に潜む敵と交戦状態に突入しているのか、いないのか。

 状況は全く不明だった。

 確定していることは一つ、バウショックが通信の届かない場所にいるということだ。

 通信を阻害する電波らしきものは検知できないため、やはり門の先にある大穴は、相当に奥深くまで伸びているらしい。


「ゲルトルートだけ先行しましょうか……?」


 新たに一機を仕留め終えたタイミングで、メアラがそう尋ねてくる。

 確かに、支援兵装の大半はセイファートとオルトクラウド用のものだ。

 ゲルトルートは、予備の腕部と背部スラスターユニットが送られてくるのみで、それらに甚大な損傷がなければ交換は不要だ。

 一刻も早く轟に救援を送った方がいいのは確かであり、メアラの提案に賛同したくもある。

 だが、この局面、ケルケイムにしてもオースティンにしても、それぞれ別の観点から行くなと命じることだろう。

 瞬にしても、彼らと同じ思いである。


「いや……戦力が偏ってる内に、やっておかなきゃならねえことがある」


 瞬の予感は的中し、コックピット内のレーダー画面に、たったいま新たな光点が一つ増える。

 味方機の識別信号は出しておらず、移動速度はフェーゲフォイアーの比ではない。

 エネルギー反応の大きさからも、純正のメテオメイルであることが窺えた。

 オーゼスの機体が乱入するというまさかの珍事でもなければ、その正体は自ずと一つに絞り込まれる。

 案の定、舞い散る吹雪の中を突き進んでやってきたのは、現在の空と同じく鉛色の装甲を纏った機体。

 智慧と引き換えに暴力を行使する、堕ちた千手観音――――ヴェンデリーネ。

 それを操るのは、貼り付けたような薄い笑みを浮かべる青年、ギルタブだ。


「派手にやってくれたな、お前ら。死屍累々っていうんだっけ、こういう光景は」

「そろそろ来るかと思ってたぜ、ギルタブ君よ」


 瞬は、数百メートル先に降り立ったヴェンデリーネに向けて、ジェミニソードの切っ先を突きつけながら言い放つ。


「あんたが来たってことは、轟はシャウラと会えたみたいだな」

「まあな」


 瞬の言葉の重々しさに反して、ギルタブが気さくに答える。

 シャウラが轟と交戦状態に入ったからこそ――――

 ついでに言えば、彼女の勝利が確定的であるからこそ、ギルタブは瞬達の足止めに出てこられたのだ。

 その事実は、瞬の胃袋をきつく締め付ける。

 門に突入する前に轟が見せた、無機質の表情。

 そこから読み取れたのは、確かに決意だった。

 ただし、自らの未来を手放すことで目的を成し遂げようとする、諦めの決意だ。

 何をしでかすのかは想像のしようもないが、どういう結末に終わるのかだけは簡単に察しがつく。

 瞬は、他人の生き方にとやかく言う人間ではないものの、たった一つ、その終わり方だけは尊重できなかった。


「なら、急がねえとな……」

「北沢轟のところへか?」

「決まってんだろうが」

「なら、俺が案内してやるよ」

「そいつはありがたい話だ。とっとと頼むぜ」

「今日はやけに物分かりがいいな、風岩瞬」


 瞬とギルタブは、たわいない会話を続けながら、徐々に距離を詰める。

 連動して、メアラのゲルトルートも、セイファートを右後方から一定の距離を保って追う。

 周囲には何機かのフェーゲフォイアーの姿があったが、それらはヴェンデリーネが姿を現して以降、微動だにしない。

 さすがはエウドクソス製の無人機だけあって、これ以上踏み込んでは自分達が邪魔者になるという結論を、正確に導き出せているようだった。

 つまるところそれは、この場が穏便に済むわけがないという証明でもある。


「だったら早く、その剣を降ろしてくれよ。コックピットが狙いにくい」

「案内してくれるんじゃなかったのかよ」

「するさ、あの世にな。ひょっとしたらあいつと順番が前後するかもしれないが、すぐに再会できるだろうから、どっちでもいいよな」

「どっちでもいいっていうか、どうでもいいな。あんたの戯言なんてよ……!」


 言い捨てて、瞬は白々しい態度を一転。

 セイファートの全スラスターを噴射して一気に加速する。

 絶大な推力を得ながらの疾駆は、ヴェンデリーネまであと十歩の距離を、わずか二歩で詰めてしまう。

 所要時間は、一秒と半。

 そして、ヴェンデリーネを剣の間合いに入れるや否や、すかさず横薙ぎの斬撃を放つ。


「誰も合図なんか出しちゃくれねえんだぜ、ギルタブ君よぉ!」


 銀の輝きが眼前で滑るのを見ながら、瞬は威勢よく叫ぶ。

 不意打ちなどという卑怯を働いたつもりは、瞬にはない。

 ことセイファートにおいては、戦意の解放と理不尽極まる神速の先制攻撃がたまたまイコールの関係で結ばれているというだけの話。

 むしろ、セイファートの機体特性を最大限に活かしたという意味においては、相手に対して最大限の敬意を払っているといってもいい。

 ――――というのは建前で、自然と浮かべていた意地の悪い笑みが、全てを物語っていた。

 そもそも、盤外戦術ばかりを仕掛けてくるエウドクソスの尖兵を相手に、正々堂々戦う理由など欠片もない。


「なくても、いいさ」

「こいつ……!」


 ヴェンデリーネの胸部装甲を滑らかに切り裂いたというのは、瞬の錯覚だった。

 ヴェンデリーネはセイファートの斬撃が繰り出される瞬間、ほんのかすかに上半身を反らしていたのだ。

 ヴェンデリーネはかなり身重で、セイファートの動きに対し咄嗟に反応できるだけの瞬発力はない。

 間に合うとしたら、セイファートが動き出した瞬間か、それ以前のタイミング。

 やはりこのギルタブは、同じ“優等生”のアクラブ、ジュバよりもパイロットとして一段高い能力を有している。

 改めてその事実を受け入れた瞬は、だからこそ普段通りの一撃離脱を行わず、その場に留まって二撃目を放つ。

 ギルタブは所詮、反射神経や高度な気配察知でセイファートの速度に追いついているだけ。

 ならば、臆せず手数で押しきることこそが最適解。

 そして、こちらの対応に集中してくれれば、ゲルトルートの攻撃が通りやすくなる。


「今だ、やれメアラ!」

「了解です!」


 ヴェンデリーネの左側面に回り込んだゲルトルートが、両肩から圧縮空気弾“ストリームブリット”を放つ。

 両腕に持つ錫杖と宝戟、そして背面に隠された八腕による打撃と、ヴェンデリーネの近接戦闘武装は恐ろしいまでに充実している。

 セイファート以外の機体では、下手に接近すれば袋叩きにされて終わりだ。

 飛び道具を使うのは悪い判断ではない。

 ストリームブリットの着弾はセイファートの三撃目と上手くタイミングが重なり、ヴェンデリーネは直撃を受けて大きく体勢を崩す。

 轟には及ばないが、メアラもギルタブには二度の惨敗を喫しており、攻撃のクリーンヒットはかねてよりの悲願。

 通信ウィンドウの向こうで、メアラがあまりにも彼女らしくない汚い言葉遣いの歓声を上げるが、それも仕方のないことだった。

 そして、瞬達の攻勢を後押しするかのように、ここにきて更に戦力は増強される。

 立て直しを図るべく、上空へ逃れたヴェンデリーネの肩部装甲を、遠く彼方から伸びてきた鮮紫の光条が容易く撃ち抜く。

 それほどの威力を誇る射撃兵装を持つ機体など、連合には一機しか存在しない。

 連奈のオルトクラウドである。


「おっと……?」

「あら、当たっちゃったわ」

「随分時間かかったじゃねえかよ、連奈」

「砲撃戦装備の機体は私があらかた引き受けてたんだもの、そのくらいは許しなさいよ」


 気だるげな連奈の返事から遅れて、地平線の果てから、オルトクラウドがホバー走行でやってくる。

 相当に激しい撃ち合いをやってきだのだろう。

 背面の連装ミサイルポッドは既にパージ済み、両膝から伸びていた砲身も焼け付き、たった今ヴェンデリーネにダメージを与えたバリオンバスターも右腕の一丁のみとなっている。

 だが、それほど武装を喪失していてなお、オルトクラウドは十分戦力にカウントできるほどに火力が充実している。

 これで、三対一。

 同じ戦力差で手も足も出なかった前回の戦いのような、無様を晒す気は毛頭ない。

 瞬とメアラは互いに頷き合い、すぐさま移動を開始。

 左右にセイファートとゲルトルートが、その後方にオルトクラウドが位置づける逆V字型の陣形を取る。


「本当に俺達を、ちゃんとあの世に案内してくれるんだろうな、ギルタブ……!」


 あとは連携に大きな綻びさえ生じなければ、勝利は確実。

 上空のヴェンデリーネに向かって、瞬は嘲りを投げかけた。


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