第156話 煉獄領域(その3)
「用心深いあんたらのことだ。あれっぽっちの数で済むなんて思っちゃいなかったけどよ……ちょっとばかり出てくるペースが早すぎじゃねえのか。どんだけ作ってんだよ」
『お前らが、強気な口を利けなくなるくらいかな』
「そうかよ……」
またしても現れた大量のフェーゲフォイアーを前に、瞬は苦々しい顔つきで呟く。
ギルタブは――――いや、彼ら“生徒”は、揃いも揃って哀れなほどに愚直。
瞬達を追い返すために、敢えて数を盛るような器用さを持ち合わせているとは到底思えない。
つまり、今の回答も、把握している数字に基づいた表現であるということ――――島内には本当に、自分達の心を折るだけの数が配備されているということだ。
だが、撤退だけはどうしてもできない。
この好機を棒に振ることだけはできない。
「だけど、だからこそ余計に強気な口を利きたくなってきたぜ」
『お前は相変わらず天の邪鬼だな、風岩瞬』
「それもあるが、今回はそうじゃねえ」
瞬が言い放つとともに、今度はオルトクラウドが先制する。
両腕のバリオンバスターに加え、胸部のプラズマ砲と両膝のレーザー、計五門の同時発射で瞬く間に数機のフェーゲフォイアーを撃ち貫く。
並行して、セイファートとバウショックはそれぞれ左右に散開。
セイファートは迎撃の弾幕を巧みに躱しながら、バウショックは地面の氷をクリムゾンショットで溶かして蒸気で姿を隠しながら、それぞれフェーゲフォイアーの隊列に接近する。
そのまま、向こうの照準が定まる前に暴れまわり、恐るべき早さで撃墜していく。
疾風のごとく戦場を奔る斬撃と、猛火のごとき勢いで襲いかかる打撃。
どれだけ優れた人工知能であろうと、一度懐に潜り込まれてしまえば、その災害じみた破壊を凌ぎ切ることは不可能だった。
結果的に、すべての機体が陣形の中央へと追い込まれるようにして殲滅される。
前回の半分とかからない、ごくごく短時間での決着だった。
またも最後の一機を仕留めることになった瞬は、フェーゲフォイアーの左脇腹に深く潜り込んだジェミニソードを引き抜く。
その裂傷跡からは幾度か爆炎が吹き出すものの、まだ通信機能は生き残っているはずだった。
「オレ達を追っ払う気にしろ、ここで消す気にしろ……一刻も早くそうしたいなら、あんたかセリアが出てくれば済む話だ。なのに、雑魚にばっかり相手をさせて、ちょっとでも先に進ませるのはおかしいよな」
それが、いま自分達が確かに、エウドクソスの不意を突いているという根拠だった。
言いたくはないが、ヴェンデリーネやヴォルフィアナの戦闘能力は、恐ろしく高い。
特に後者は、四機がかりでもどうしようもなかったほどの難敵だ。
わざわざこちらを、大量のフェーゲフォイアーを犠牲にして消耗させる必要などないはずなのだ。
無駄な損失に不寛容なエウドクソスとしては、ひどく不自然な対応といえた。
「裏を返せば、あんたらのメテオメイルは、まだ出撃の準備が整ってねえってことになる」
『教える義理はないな』
「教えてくれなくてもいいさ。これから直に乗り込んで確かめさせてもらうんだからな」
『言ったはずだぜ、強気な口を利けなくなるくらいの数はあるってな』
「……っ!?」
今度は、わざわざ特定の領域に踏み入るまでもなかった。
ギルタブの一声を合図として、レーダー画面上に突如として、所属不明の熱源であることを示す赤い光点が大量に浮かび上がる。
その総数は、不明。
過去二回の比ではない夥しい量の反応が、画面の上半分を占領している。
その光点にしても、探知可能な範囲にある熱源だけを表示しているだけで、実際は画面外にも相当の数が控えていることだろう。
どうやらエウドクソスは、全戦力を出し切ってでも、自分達の侵攻を食い止めるつもりらしい。
「なりふり構わねえってわけか……!」
早速、布陣の南端部が、ゆるやかな速度ながら一斉に移動を開始。
地平線の果てから、フェーゲフォイアー部隊が大挙して押し寄せてくる。
装備は、両腕部のガトリング砲こそ同一だが、背面のレーザー砲が二基の円筒形ブースターユニットに変更されている。
機動力が向上すれば、本体が同一仕様でも、挙動は全くの別物となる。
先程と同じ攻略法は、まず通用しないとみていい。
更に厄介さを増した鋼鉄の大波に、さしもの瞬も、額から冷や汗を流す。
「ちょっと、これどうするのよ……」
さしもの連奈も、瞬と轟に意見を求めてくる。
これほどの超常的物量が配備されていることは、完全に瞬達の想定外だった。
まともに相手をしようとすれば、確実に、途中でエネルギーが枯渇する。
エウドクソスがこれほど大々的に動くということは、今回の奇襲は間違いなく彼らを驚愕させるものだったのだろう。
だが、それ故に、彼らに本気を出させてしまった。
ヴェンデリーネやヴォルフィアナの攻略どころではない悪夢じみた状況に、瞬と連奈は戦慄する。
だが――――たった一人、轟だけは、堂々と前進する。
「……あの通信女だ」
「轟……?」
「これだけの数が、自前のエンジンで動いてるんじゃねーとしたら……手品のタネは、通信女が乗ってたあのメテオメイルだ。どういう理屈かは知らねーが、あれがエネルギーを分け与えてんだ。自分は奥に引っ込んだままでよ」
「ヴォルフィアナ……そうか、あの機体なら……」
轟の言い分は、内容こそ漠然としていたが、筋は通る。
ヴォルフィアナは、メテオエンジン四基を並列稼働するという、驚天動地の動力機構を持っている。
エンジンを二基搭載したヴァルプルガが、明らかに二倍の域を超えた高出力を発揮していたことを考えると、ヴォルフィアナの最大出力もただの四倍ということはないだろう。
だとすれば、フェーゲフォイアー数十機分の稼働エネルギーを賄うことも、けして不可能ではない。
「もしそれが本当なら、供給元さえぶっ壊せば、こいつらの動きも止まる理屈だけどよ……」
しかしそれを成そうにも、あまりにも前提条件が厳しすぎた。
強行突破を試みれば、ヴォルフィアナの元へ辿り着く頃には、こちらの損耗は甚大なものとなっている。
かといって、悠長に攻めていれば、いずれヴォルフィアナ自身の出撃準備が整う。
エウドクソスの戦力を大きく削ぐことはできても、最重要目的だけはけして達成できない、この手詰まりの状況。
論理的思考を突き詰めれば突き詰めるほど、フェーゲフォイアーを狩れるだけ狩って撤退することが最上の判断になってしまう。
ケルケイムに判断を仰げば、その結論は、形ある命令へと転じることだろう。
「こっちがクソほど不利なのわかってて、それでも行くってのかよ、轟」
瞬は、前進し続けるバウショックの背中に向かって、声を投げかける。
けして根性だけではどうにもならない、少なく見積もっても五十倍近い敵戦力。
その砲撃を掻い潜って、未だ正確な座標が不明の敵拠点を探し出し、突入して内部を破壊する。
正気の沙汰とは思えない、悪辣極まる任務だ。
ただ、そうと弁えていながら、瞬に轟を制止するつもりは微塵もない。
敢えて意志を確認するような真似をしたのは、むしろその逆、後押しのためだ。
轟は、この期に及んでまだセリアを取り戻すつもりでいる反面、心のどこかに僅かながら躊躇いを抱いている。
自身の死ではなく、自身の暴挙が、ともすれば瞬や連奈を道連れにしてしまうことを恐れている。
堂々と前進し続けてはいるが、駆け出すには至らない――――その足取りの重さが、何よりの証左だった。
「……テメーらさえ、良けりゃーな」
「同じやり取りを繰り返させるなよ。さっきお前が自分が言ったんだぜ、『テメーらはどうか知らねーが、俺は死なねー』ってな」
だからこそ瞬は、呆れ混じりにそう返す。
強烈な自己否定――――それこそが北沢轟の原点。
他人の善意を負担と断じ、それ故に独りで生きられる強さを求めた、筋金入りの臆病者。
暴力という形でしか強さを表現できない猛犬だった頃も、すっかりチームの一人として馴染んだ今も、他人の助力を忌避する本質だけは変わらない。
共闘することには慣れたようだが、自分の利が明らかに大きくなるような提案は絶対にしない。
その極端なまでの慎ましさを評価する人間も、いるにはいるだろう。
だが瞬は、そんな分別のある人間との付き合いは御免だった。
雑に扱い、扱われる。
自分と、轟と、連奈の関係は、その状態こそが完成形なのだ。
「瞬……」
「そんなもんでいいんだよ。オレも連奈も、お前の勝手な行動一つでどうもなりはしねえ。うちで修行してた頃にも言っただろうが」
「いよいよとなればあなたも瞬も見捨てて勝手に逃げるから安心しなさいよ。何を勘違いしているのか知らないけど、そこまで義理堅くはないわよ、私」
「そうだな。テメーらは、そういう奴らだった。わかっちゃいるのに、毎度毎度、ついつい情けねーことを考えちまう、クソが……!」
傍から聞けば辛辣そのものである二人の言葉を受け、多分に萎縮が混じっていた轟の表情は、今度迷いを振り切った精強な戦士のそれへと変わる。
三人が話している間に、とうとう約一キロメートルのところまで迫ってきたフェーゲフォイアーの波。
数十機分の駆動音が絶え間なく連続して生まれる、耳障りな轟音が響いてくる中、轟は前方を見据えたまま口を開く。
「大砲女……テメーのとっておきを、真正面に一発頼む。俺はそのまま突っ込んで、先を目指す」
「構わないけど……エウドクソスの施設を見つけられる算段はあるの?」
「奴らだって、あのザコ共を適当に配置してるわけじゃねー。必ずどこかに中心部があって、そこに奴らの根城はある」
「ほとんど感覚頼りじゃない」
「少しは目印になりそうなモンがある」
その直後、バウショックの右手が、フェーゲフォイアーを指し示す。
そこで瞬もようやく、轟の言わんとすることに気がついた。
過去二回と今回とで異なる、フェーゲフォイアーの装備。
鈍重な砲撃戦仕様と、火力と引き換えに機動力を手にした汎用型。
装備変更の理由が、施設への流れ弾を防ぐためだとしたら――――
「一周回ってバカになってんじゃねーかってくらい、とんでもなく利口で慎重な奴らのことだ。根城に近づけば、もう一種類ぐらい、装備違いが出てくると踏んでる。例えば、飛び道具を完全に取っ払ったやつとかな」
「またまた推論かよ。……だけど、今はお前の勘に乗ってやる。あいつらとの因縁を今日で全部終わらせようと思ったら、多少は無茶もしないとな」
「そういうわけだ。瞬、テメーは上から偵察を頼む。通信女もギルタブも出られねー今なら、空中は安全なはずだ」
「だから、後ろ半分は余計なんだよ。いいぜ、やってやる」
瞬と連奈を顎で使っているようでいて、結局一番危険な役割を担うのは、直接切り込む轟だという事実に、瞬は笑いを噛み殺す。
だが、それもほんの数秒。
セイファートを操り、すぐさま地上を離れる。
そして、バトルフォームからスターフォームへと変形させると、一気に加速して天を駆けた。
「なら、こっちもやらせてもらうわよ」
並行して、地上に残ったオルトクラウドも、両肩のゾディアックキャノンを正面へと構えて発射準備を開始する。
後方で行われているその様子は、瞬の現在位置からは視認こそできないが、味方機の退避を促す専用の警告がモニター上に表示されていた。
「……さて、一体何機、まとめて消し飛ばせるかしら」
十数秒後、いよいよフェーゲフォイアーの第三陣が本格的な戦闘モードへ移行しようとしたそのとき――――連奈の軽々しい一声とともに、とうとうそれは解き放たれる。
ゾディアックキャノン。
連合製メテオメイルの全装備の中で、間違いなく最強の火力を誇る決戦兵装。
実際は左右一対だが、連奈の発する精神波を元手にした尋常ならざるエネルギーが注ぎ込まれているため、見かけ上は一つに統合された巨光。
一条という表現では不適当にもほどがある、オルトクラウド自体を覆い隠すほどに膨れ上がった圧縮光子の奔流が、フェーゲフォイアーが織りなすダークブラウンの河を逆流していく。
その超絶的破壊が通り過ぎた空間には、破壊の痕跡以外、何も残りはしない。
大部隊そのものの全滅には程遠く、まだ左右には数えるのも馬鹿らしくなるほど大量のフェーゲフォイアーが展開しているが、少なくとも河の中央は大きく開けた。
「今だ、轟! 邪魔する奴は誰もいねえ、突っ込め!」
「おう!」
轟の力強い返事と共に、北へ向かって何キロメートルも伸びる白き道の中に、今、バウショックが飛び込む。
極端な前のめりになって疾走するバウショックの姿からは、そうすることで自身の臆病さを振り切ろうとする、轟の必死さが感じられた。
そんな轟を正しく先導するために、瞬は、ややセイファートの高度を落として軌道を合わせた。




