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第154話 煉獄領域(その1)

「どういうことだ……?」


 それは、にわかには信じがたい報告だった。

 自室で雑務を片付けていたロベルトは、個人端末の画面の向こうにいる管制官に対し、もう一度確認を取る。

 極めて仔細に述べられたその内容を、一言一句聞き逃さなかったにも関わらずだ。

 そうせざるを得ないほどに、自分たちを取り巻く現在の状況は、脈絡がなさすぎた。


「了解した。“先生”との協議を行い、すぐに最適な命令コマンドを出す。こちらの指示があるまでは、既定のマニュアルに則った対応を」


 端末を操って情報収集に勤しむロベルト自身もまた、マニュアル通りの返答を管制官に投げる。

 想定外の事態が発生することを常に意識した、入念さと慎重さを併せ持つ人間こそが、一流の統率者――――

 ロベルトも無論、その言葉を肝に銘じ、理想の体現者たらんと努めてはいるが、今回ばかりは喫驚せざるを得なかった。

 世界のあらゆる場所に根を張り、広大な人的ネットワークを構築するエウドクソスといえど、知り得ない情報もあれば予期できない展開もある。

 しかし、そのいずれにしても、組織の存続を脅かすには至らない些事ばかりだった。

 深刻という表現を用いる必要のある、本当の意味での不測の事態は、ロベルトにとっては今日が初めての経験となる。


(もっとも、今回も無事に切り抜けてみせるがね)


 ロベルトは宣言通り、すぐさま別フロアにいる“先生”と連絡を取り、判断を仰ぐ。

 幸いにも、ロベルトと“先生”とで見解の齟齬は皆無。

 三分とかからず具体的な対応プランが完成し、施設内の各員に向けて、それは即座に伝達された。


「とりあえず、これであと十数分は安泰だな」


 ロベルトは一息をつくと、対応を更に盤石なものとするため、情報収集を再開する。

 冷静さは無事に取り戻せた、というよりは、そもそもにおいて損なわれてなどいなかった。

 施設の防備自体は十分。

 驚きこそすれど、動揺する理由は見当たらない。

 それに、現状を凌ぎきった先に待ち受ける莫大な量の事後処理のことを考えれば、現状を不安がる気力すら失せるというものだ。


「それにしても……まさか、直接ここに乗り込んでくるとはな。エウドクソスの本陣たる、この“原動天プリーマ・モビーレ”に。ケルケイム君め、ますますやるようになったな」


 ロベルトは不敵な笑みを浮かべながら、施設の外部に設置された監視カメラから送られてくる、リアルタイムの記録映像に目をやる。

 カメラはやや過剰気味に配置されているが、ロベルトは、ある方角に限定したものの中から幾つかを選りすぐって表示させていた。

 程なくして、その内の一つには、巨大な鋼鉄の塊が堂々と映り込む。

 それは、エウドクソスの保有するいかなる兵器にも該当しない物体――――組織にとって史上初となる、アポイントメントなしの来客であった。

 その暴挙にして快挙を祝うべく、客人たる彼らは、総力を挙げてもてなす必要がある。

 果たして彼らは、自分達の手厚い歓迎をどこまで乗り越えられるだろうか。

 組織の面々には滅私を強いている手前、一抹の申し訳さを覚えつつも、それでもロベルトは久しく訪れたしのぎを削る戦いに心を沸き立たせていた。



「来たぜ、とうとう、ここまで……!」


 グリーンランド南端の町、ナルサルスアークから、北方約三十キロメートルの地点。

 地名すら与えられていない、氷床と万年雪に覆われた真白の大地。

 そこに降り立ったばかりの赤き巨人――――バウショックのコックピットで、轟が感慨深げに呟く。

 もっとも、その語気は荒々しく、眼前の絶景に対して放たれた言葉とするには些か以上に不適当だった。

 実際、自分達はこんな最果ての地に、観光のために訪れたわけではない。

 周囲には大小無数の山々が連なっており、待ち伏せをするには絶好の環境。

 セイファートを歩行させ、バウショックのすぐ傍まで寄せた瞬も、辺りを用心深く注視する。

 警戒心を少し緩めることが許されたのは、それから数分後、連奈のオルトクラウドが合流を果たしてからだった。


「どう?」

「隠れるのは連中の得意分野だ、見ただけじゃわかりやしねえよ。幾つかプランは用意してきたが、とりあえずはBだな、こりゃ……」


 瞬は、視界を前方に固定したまま連奈に答える。

 地球統一連合軍とオーゼスとの戦いに介入し、両者の計画を掻き乱す謎の第三勢力“エウドクソス”。

 その本拠、ないし本拠を突き止めるにあたっての重要な手がかりが、グリーンランドの中心部近くに存在している可能性が浮上したのは、つい先日のことだった。

 可能性とはいっても、セリア宛に送られてきた書籍類の不自然なラインナップを材料にして、こじつけに近い推論を重ねた結果の仮定である。

 無理のある論理展開と言われても仕方のない、軍の部隊一つを動かすにはあまりにも心許ない理由だ。

 しかし、ロベルトの追放以降、エウドクソスは連合内部への干渉を一時的に停止しているようで、捜査を行うにしても何の取っ掛かりもないというのが実情であった。

 上層部が今回のような、十中八九無駄に終わる作戦を――――ヴァルクスのメテオメイルを投入した捜索活動を容認してくれたのには、そうした背景があった。

 まさに、藁にもすがる思いというわけである。


「いや、Aだ。正面突破しかねー」

「根拠は」

「ねーよ。ただ、何となくそう思っただけだ」


 轟は主張の内容とは裏腹に、確信めいた口調で言い放つと、バウショックで一歩踏み出す。

 瞬が提言したプランBは、各機の機動力と探索範囲内の地形を踏まえて、既定のルートで三方に別れて調査を行うというものだ。

 一方で、轟の提言するプランAは、三機で一塊になり、大陸北端までほぼ一直線に進むというものである。

 ヴェンデリーネやヴォルフィアナが迎撃に現れる可能性を考慮すれば、プランAの方が安全性は高い。

 ただし当然、探索範囲の狭さから、不審なものを発見できる確率も低くなる。

 本当にエウドクソスの拠点が島内にあったとして、その付近を通過しなければ、無視を決め込まれて終わりだ。

 連合はオーゼスとの決戦も間近に控えているため、組織全体のスケジュールの調整からも、近日中にまた来訪する余裕などない。

 今日どうしても、僅かでも成果を得たいというのならば、孤立する危険は承知で可能な限り捜索範囲を広げるのが一般論だった。

 ただ、瞬も連奈も、轟の決定に異論を唱えることはない。

 今回の件に関してのみは、素直に轟の勘に賭けた方が正解のような気がするからだ。


「まあ、オレ達がのろくさやってる間に根城を引き払われるっていう最悪の展開は避けたいしな……」

「迂回するのは面倒だし、その方がいいわ」


 そう口々に言いながら、瞬と連奈はそれぞれ自機の操縦桿を握り直し、改めて気を引き締める。

 が――――直後に発せられた轟の一声に拍子抜けして、二人の体はがくりと崩れ落ちた。


「瞬、大砲女……すまねーな、俺の勝手に付き合わせちまって」

「は……!?」

「はあ……!?」


 パイロットスーツを座席に固定していなかったら、そのまま前方のモニターに頭を打ち付けていたかもしれない。

 いや、体を支える力すら沸かず、床に転がっていたかもしれない。

 二人の鼓膜を打ったのは、そう思えるほどに、北沢轟には不釣り合いな言葉――――他人への感謝という概念。

 轟には申し訳ないが、心温まるよりも前に、そうすることさえ困難なほどの脱力感に見舞われてしまた。

 連奈にしても、それは同じだろう。


「あのさあ、北沢君……一つ言っていいかな。やめとけ、無理すんな。そんなのお前のキャラじゃねえぞ」

「久しぶりにおぞましさで鳥肌が立ったわ。あなた誰、本当に北沢君? 辛い出来事ばっかりで、とうとうおかしくなっちゃったのかしら」

「テメーらな……!」


 哀れみと蔑みの入り混じった二人の反応に、轟が渋面を浮かべる。

 好意的な反応は期待していなかったが、そこまで冷ややかな態度を取られるのも心外だと、その表情は言外に語っていた。


「あー、調子狂うわー、マジで」

「……私、いま戦いが始まっても半分の力も出せないわ」

「これが原因で全滅するかもな、オレ達」


 瞬と連奈は、再び集中力を高める傍ら、早口で言い合う。

 実際のところ、言葉や態度で表したほどの嫌悪感は、瞬達にはない。

 近しい人間からの感謝を正面から受け止めることに慣れていないため、いざそういう場面に立つと、心身が勝手に気恥ずかしさを誤魔化してしまうのだ。


「テメーらはどうか知らねーが、俺は死なねー。エウドクソスの根城はブッ潰すし、元副司令もギルタブの野郎もブチのめす。そして通信女は取り返す」


 出発の出鼻を挫いたのも轟ならば、一気に空気を緊縮させたのも轟だった。

 轟が放ったのは、ただ自分の願望を捲し立てるだけの戯言ではない。

 待ち受ける困難の程度に関わらず、願望を必ず実現してみせるという、確かな決意の籠もった宣言だ。

 そして瞬も連奈も、そんな轟と張り合うようにして意志の力を高めてきた。

 もし行く先に、エウドクソスの設けた要害や戦闘兵器の類が待ち受けていたとして、二人が負けまいと意気込む対象はそれらではない。

 困難の全てを力でねじ伏せる覚悟を持って我道を進む、轟の方だ。

 三人の中で、自らこそが最も光輝く存在でなければならない。

 今回の同行にしても、その理由の半分は、日を跨ぐたび見違えるほどに変わっていく最近の轟に対しての意地だった。

 気づけば、一度は萎えてしまった瞬と連奈の精神力は、文句のつけようがないほどの良好なコンディションに仕上がっている。

 コックピット内に微かに伝わる、メテオエンジンが高回転状態を維持しているときの滑らかな駆動音が、何よりの証拠だった。


「行くぞテメーら。楽しい北極探検の始まりだ……!」


 轟の怒号と共に、バウショックが氷の大地を蹴り破らんばかりの力強さで駆け出す。 

 セイファートとオルトクラウドは、極めて軽やかな足取りで、それに続いた。

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