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第14話 錯覚

 衝突し、弾かれ、また衝突し、また弾かれる――――

 さながら喧嘩独楽の如く、二機のメテオメイルは空中で何度も8の字を描き続ける。

 そう遠くない下方には、陽光に照らされた純白の世界が広がっているが、それは雲と呼ばれる触れ得ざる大地だ。

 実際の高度は一万メートルを超え、地形の概念はほぼ消失しているといっていい。

 ぶつかり合うメテオメイルの片方、セイファートを操る瞬は、空間認識能力が麻痺しそうな感覚に捕らわれながら、四方八方に飛び回る敵機を追う。

 なまじ空力性能の高いセイファートは、よほど無理な方向転換でない限りは、例えどれだけ機体が傾いていようとも、最悪上下が反転していようとも、安定した飛行を続けることができる。

 それ故に、長く戦闘を続けるほど、正しい上下左右の基準を見失ってしまうのだ。

 勿論、ガイド機能として仰俯角が常にメインモニターに表示されてはいるのだが、感覚が正常に機能していないときは、そんなものを見ても肉体の方は中々納得してはくれない。

 これも、訓練の継続による解決を待つしかない要素の一つである。


「いい加減に、落ちやがれよ……!」


 レイ・ヴェールの展開によってかなり低減されているとはいえ、それでも完全に相殺しきれない加重が全身を襲う。

 それでも瞬は減速せず、再接近する敵機――――エンベロープに狙いを定める。

 あちらもほぼ同速でセイファートへと迫っており、両手に保持したレーザーライフルの連射によってセイファートが正面位置に留まることを許さない。

 互いに時速数百キロ、時には音速を越えるスピードでの高機動戦においては、近接戦を仕掛けるタイミングは少ない。

 その中で、剣を主体にしながら正面に位置取れないというのは、かなりの焦燥感とストレスを瞬に与える。

 赤黒い光条を右に左にと躱しつつ、どうにかジェミニソードによる斬撃を打ち込まなければならないわけだが、現状の成功率は一桁台だ。

 そして此度も、試みは失敗に終わる。

 刹那、パールホワイトの巨体が、セイファートと肉薄する距離を一瞬の内に通過していく。

 互いに纏った衝撃波同士が打ち合う破裂音と、余波がレイ・ヴェールに干渉することで発生する煮えた油のような異音は、どちらも耳障りであった。


「ちっ……!」


 あわや接触寸前という恐怖を飲み込みながら、瞬は数百メートルの中で緩やかな半円軌道を描いてセイファートを転進させる。

 攻撃する機を逃せば、そして致命傷を与えるまでは、この一連の流れの繰り返しというわけである。

 間合いに入った一秒前後の時間を何度も有効に使い続ける集中力と忍耐力がなければ、勝利には届かない。

 だが、瞬もそろそろ冷静になる頃だった。

 エンベロープは大型のブースターポッドと空気抵抗の少ない細身によってセイファートにも匹敵する最高速度を獲得しているが、小回りは利かない。

 あくまで推力頼みの機体だ。

 数十度の空中交差を経て肉体に刻み込んだ距離感が、ようやく理屈通りに弱点を突くゴーサインを出す。

 操縦桿を握る腕に瞬の両腕に力が籠る。


「そろそろ、決めさせてもらうぜ……!」


 再びエンベロープが接近し、変わらずレーザーライフルによる連射で攻め立ててくる。

 だが瞬は、敢えて大きく移動することはせず、射角を外れる最低限の動きでエンベロープの軌道を“固定”。

 零距離まで残り百メートルを切った時点で、エンベロープの真下へと潜り込むよう大きく進路を傾けた。

 そのままセイファートの半身を捻るようにして、半円螺旋バレルロールの要領で急激な横転を敢行、見事エンベロープの背後を取る。

 続けざまに、両手のジェミニソードで背後から二度袈裟斬りにし、そのまま上空へと抜けていった。

 左右のブースターポッドのを斬り裂かれたエンベロープは、内部燃料の引火によって爆発を引き起こす。

 その時点で即撃墜というわけにはいかなかったが、激しい黒煙を吹き上げながら墜落していくエンベロープを追撃し、決殺の為のもう一撃を加えることは難くない。

 瞬は、セイファートの両肩にマウントされたパーツを組み合わせて完成する遠隔操作式ブーメラン、ウインドスラッシャーを投擲して次々とエンベロープの四肢をもぎ取っていった。

 それからまもなくして、コンピューターは完全な撃破判定を下し、セイファートの勝利は確定する。


「ざまあみやがれ……うえっ、気持ち悪っ」


 画面上に訓練終了の文字が表示されると、瞬は息も絶え絶えに球体ポッド型シミュレーターマシンから這いだした。

 ヴァルクスで採用されているメテオメイル操縦訓練用のシミュレーターマシンは、限りなく実機に近い操縦性が再現されている。

 ポッドの周囲を取り巻く無数のリング状フレームと、ポッド下部の可動式アームによって、荷重や傾きすらも実戦のそれと遜色がない。

 身体へのダメージも全くの同等であり、瞬は喉元にまで迫った熱い液体を唾と共にどうにか胃袋へ戻し、平衡感覚の失われた体をゆっくりと立ち上がらせた。


「どうだ、成果の方は」


 瞬がシミュレーターマシンの外に置かれたベンチに腰掛けてからすぐに、ケルケイムが室内に入ってくる。

 各戦闘ごとのデータは最終的にケルケイムの元へ送られることになるのだが、しかしケルケイムは律儀にもパイロットの様子を見に来るのである。

 ケルケイムは、マシンすぐ傍の演算処理ユニットから各種戦闘記録を抜き出しているスタッフに声を掛け、ケーブルで接続されたタブレット型端末でデータの閲覧に入る。


「レベル3を、とうとう撃墜か。所要時間は約十五分、機体損傷度は二十三パーセントとそれなりに高いが、上手く致命傷を避けて全部位に分散させている……着実に腕を上げているようだな」

「来週にはもう一段階上げていいぜ。空中戦のコツがやっと掴めてきた」


 瞬はタオルで髪にしたたる汗を拭き取りながら、得意げに言ってみせる。

 今回の相手であったエンベロープに限らず、シミュレーターマシンの内部で再現されるエネミーデータは、AIの思考ルーチン――――判断力や処理速度、攻撃の積極性や基本戦術などを細かく設定することが可能となっている。

 設定条件の総合評価によって、地球統一連合軍の戦技研究部基準でレベル1から5までの五段階難易度に分けられ、今回はその中間ともいえるレベル3相当のAIがエンベロープを操っていた。

 ただ、中間とはいっても、難易度としてはけして易しいものではない。

 この仮想データはこれまでの観測によって得られた敵機のデータを可能な限りそのまま再現しているため、従来のパイロット育成用プログラムのように“必ずしも倒せる”造りにはなっていないのだ。

 そんな中、常時立体的な機動を要求される上、大きな減速をしない航空機寄りの戦術を最優先に設定されたエンベロープを撃墜できた結果は誇れるものであった。

 瞬は、少なくともシミュレーター上においては轟にしろ連奈にしろ、エンベロープをレベル1ですら撃墜していない事を確認している。

 また、他の敵機にしても、セイファートが現時点最高レベルの撃墜を記録しているものが多い。

 機体の完成度の差も影響はしているだろうが、あの二人に先んじているという結果に、まずは酔いしれる瞬であった。


「オレも中々のもんだろ? 最初はさ、あのどぎつい性格の二人にちょっと気後れしてたんだけど、蓋を開けて見ればどっちも大した事ないっつーか、まあオレだって元々人一倍修行はしてたし、逆にあいつら以上な所もあるんじゃねえかって。シンクロトロンやラビリントスだって、近い内にレベル3を倒してみせる」

「成長速度という意味では、確かに轟や連奈以上だ。セイファートは乗り手の成長が大きく反映される機体だ、動きを見るだけでもわかる」

「火力がないし装甲も薄っぺらいけど、だからこそ逆に、技量を上げるしかないってのもあるけどな。でもそのおかげで、セイファートをモノにできてるのがはっきり実感できる。あいつらより先を進んでいる自信も出てきた……なあ、司令」

「どうした」

「なれるよな、オレ……英雄にさ」


 ベンチに寝転がって天井へ視線を向けたまま、瞬は呟く。

 瞬の定義する英雄には、“世界を救うという偉業を成し遂げた中の一人である”事は含まれない。

 “その中核であり、最大の戦果を挙げた者”でなくてはならない。

 それを、ケルケイムも重々理解している事が前提の質問だ。

 この質問をするのは今日が初めてではない。

 自分の価値を確かめる為に、瞬は何度も同じ問いをケルケイムに投げたことがあった。


「他の二人より努力すれば、なれるだろう。その向上心を持ち続けることが肝要だ」


 返ってくるのもいつもと同じ一般論だったが、瞬は、それで構わなかった。

 轟も連奈も、シミュレーターマシンは規定の訓練はこなしているようだが、時間外に任意で使用しているとは到底思えない。

 ケルケイムの言葉は、遠回しな表現ながらも、実質的に自分を評価しているのと同義であると、瞬は確信する。


「努力なら、見ての通りにやってるさ。あとは強い精神力を手に入れるために、とにかく実績が欲しい。シミュレーターでも、実戦でもさ、とにかくいい結果さえ出せれば、もっと上に行ける気がするんだ。メテオメイルは精神力を注げば注ぐほどパワーアップするんだから、そっちの方面も頑張っていかねえとな」

「……そうだな。だからこそ、こちらの対応もかなり気を遣ったものであるという事も理解しておいて欲しいな。ただの軍属であれば、こうはいかない」

「言われなくても判ってるし、オレは真面目な方だろ? まあ、三人の中でっていう一文が付くけどさ。ともかく期待しててくれよ、オレの活躍にな」


 瞬は相変わらず仰向けのまま、首を伸ばしてケルケイムを見遣る。

 調子は悪くない、どころかこの上なく上昇傾向にある。

 次の戦いは、どの機体が出て来ようとも後れを取るつもりはなかった。

 だが、コンディションの善し悪しとは関係なく存在する絶対的な隔たりが――――研鑽だけではけして越えることのできない、残酷な壁が存在するということを、この時瞬はまだ、知らなかった。

 否、自分もまた特別な才能を見出されたが故に、忘れてしまっていた。

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