第147話 ファイナルラウンド(その4)
「どこが外道だ、この仕上がりっぷりで……!」
セイファートのジェミニソードと、ストレムグレンの鉄爪とが、甲高い音を鳴り響かせながら幾度も打ち合う。
その激しい攻防の最中、瞬は額から伝ってきた生ぬるい汗を、苛立ち混じりに舐める。
戦闘が始まってから、既に七分以上が経過していた。
瞬と轟は、その間ずっと、スラッシュの操る新型メテオメイル“ストレムグレン”を二機がかりで攻め立てている。
だというのに、与えられたダメージは、両脇腹を一度ずつ裂いたのみに留まる。
傷口はそれなりに大きく、スラッシュにとっても相応の痛手となってはいるだろう。
ただし、とてもではないが、要した時間に見合った成果とは言い難い。
この事実に対して抱くべきは、歓喜の念ではなく、むしろ危機感の方だ。
「押しきれねー……」
轟もまた、芳しくない戦況に目を細める。
スピキュールの持っていた猟犬の如き俊敏さに加え、短時間の飛行能力まで獲得した新型機、ストレムグレンの高速立体機動が厄介なのは確かだ。
しかしやはり、真に恐るべきはスラッシュの技量。
交互に繰り出される斬撃と打撃を的確に捌き続ける操縦は、まさに凄絶という表現が相応しい。
その様子を目の当たりにすればするほど、瞬達の意思は挫かれていく。
「轟、あいつを休ませるな! まだまだペースを上げていくぞ!」
「言われなくても、わかってらあ!」
張り上げた瞬の声に、轟も同様にして応じる。
そうすることで、お互い、まとわりついた負の感情を振り払いたかった。
だが、二人の間に漂う空気は、ますます重苦しさを増していく。
「クソガキ二人の力押しでどうにかなる俺様じゃあねえんだよ。考えが甘かったんじゃねえのか、ええオイ!」
見透かしたかのようなスラッシュの一言を受け、思わず瞬の手元が狂う。
低空飛行しながらストレムグレンに接近していたセイファートだが、ジェミニソードを振り下ろすタイミングが、コンマ数秒早まってしまう。
ストレムグレンに掠るか掠らないかの空間を滑る、白銀の煌めき。
その一瞬をスラッシュは見逃さず、バウショックの追撃が来るより先に反撃に出る。
ストレムグレンの右足が、隙を晒したセイファートを蹴り上げようとするが、それは単なる蹴撃ではない。
爪先の内部から起き上がってきた赤熱する刃が、セイファートの肩部装甲に突き刺さる。
命中箇所があと数十センチ内側に寄っていたら、肩関節が貫かれていた。
ストレムグレンの体勢が完全に整った状態で繰り出されていたら、このズレはなかった.
その確信が持てるだけに、瞬はたまらず息を呑む。
「しまっ……」
「やっちまったなあ、風岩!」
狼狽する瞬に、スラッシュはくぐもった笑いを浴びせつつ、更にストレムグレンの全身各部から濃黒の煙幕を噴出。
セイファートとバウショックの終わりなき連続攻撃から一旦逃れ、流れを断ち切ることに成功する。
押しているにも関わらず、どこが気が逸っていたのは、この事態を恐れていたからだ。
「すまねえ、轟……」
「いいからとっとと奴を探せ! 立て直させる時間を、あの野郎に与えるな!」
そう一喝することさえ時間が勿体ないと言わんばかりに、轟の声色も切迫していた。
瞬はすかさず、セイファート左腕の篭手“ストリームウォール”に内蔵されている風圧防壁を起動させて周囲に急速充満する煙幕を吹き飛ばす。
だが、視界が開ける頃にはもう、ストレムグレンの姿は数百メートルと先にあり、霧島のベテルギウスとの合流を間近にしていた。
「遅かったか……」
今からではもう、合流の阻止は不可能。
セイファートが単独で割って入ることはできるが、その場合は、挟み撃ちの形になるだけだ。
分の悪さは、考えるまでもない。
「もう同じ手は食わねえ。こっからは俺様たちの手番よ」
ベテルギウスの少し後方で、半歩ずれて立つストレムグレン。
前傾姿勢のまま鉄爪の伸びた両腕を大きく広げるその動作は、スラッシュに本来の余裕が戻ったことの表れだった。
瞬と轟の間に、ずっと焦燥感が付きまとっていたのは、まさにこの事態を恐れていたからだ。
セイファート・バウショック組が圧倒的有利のようにも見えた形勢は、まさに見かけだけのもの。
二機の息をもつかせぬ連続攻撃は、完全に守りを捨て去ることでどうにか維持していた砂上の楼閣の如き連携に過ぎない。
いずれ、どちらかの些細なミスによって瓦解してしまうことは必定だった。
だからこそ、攻勢の波に乗ったまま、早めに決着を付けたかったのだ。
スラッシュに言われるまでもなく、同じ作戦が通用しないことは、身を以て知っている。
「今度はちゃんと仕事しやがれよ、霧島ぁ!」
「善処はしますよ、善処はね……」
バウショックが追いついてくるのを呆然と待ってしまったこともまた、瞬の失態だった。
そうしている内に、ストレムグレンとベテルギウスが先に行動を開始する。
ベテルギウスが前衛、ストレムグレンが後衛を務める形で、道中の建造物を踏み荒らしながら直進。
セイファートの元へ、一気に迫る。
瞬は定石通りに後退し、駆けつけたバウショックとポジションを入れ替わる。
「どうなる……? いや、どうする……?」
瞬の脳裏には、迫りくる二機への対応について、無数の案が浮かぶ。
もっとも、細部が複雑に枝分かれしているだけで、大別すると二つだ。
あくまで各個撃破に専念するか、このまま乱戦に移行するか。
理想としては、無論、前者だ。
しかし、もう一度あの二機を分断できるかどうか、その成功確率も含めると、最適解であるとまでは言い切れない。
先程が上手くいったのは、初手でそのような無茶はすまいという、スラッシュと霧島の油断があったからだ。
今度はそう簡単にはいかない。
引き剥がそうとする立ち回りには、相当の無理が伴う。
まだ総合的な力量としては、こちらが一回りは下――――何かしらのリスクを背負わなければ勝利できないことは理解している。
だが、先のビジョンが明確に構築できない博打をするのは軽率、どころか無謀。
(じゃあ妥協の二対二か……? いや……それも違うだろ。手の内がわからねえ新型二機と真っ向からやり合うのは安牌なんかじゃねえ)
綻びを絶たれて一気に追い込まれるか、波乱もなく徐々に追い込まれるかの悪辣な二択。
決断までの猶予はあと五秒とない。
一直線に駆けてくる二機の威圧的な姿を前にしながら、瞬は逡巡する。
果たして、今の自分達が取るべき選択は――――
「一つっきゃねーだろーが……!」
答えを口にしたのは、轟だった。
意を決したかのように、自らストレムグレンとベテルギウスに向かって突撃していく。
そして、一瞬の内に二機と肉薄。
まずは、既にエネルギーチャージを完了させていたクリムゾンショットを投擲することで、牽制に出る。
「手持ちの情報が少なすぎるってんなら、引き出すだけだ。元々、俺の役目はそっち方面だからな……」
「轟……!」
必死に絞り出したような轟の言葉は、確かな勝機を見出した者のそれとは程遠い。
感じ取れる心情の内訳は、勇猛さが二割、恐れが三割、開き直りが五割といったところだ。
装甲の厚いバウショックで徹底的に暴れて、強制的に敵の手札を使わせていく――――確かにそれは、チームを組んだ際の、轟本来の仕事だ。
とはいえ、要は敵の集中砲火を自ら浴びに行くということであり、軽々しく本来という言葉を使っていいような役割でもない。
先程までそうしていたように、できれば避けるべき行動なのだ。
しかし、それでもなお轟は、覚悟を決めて自ら飛び出したのだ。
「どうしたよ、今日はやけにサービス精神旺盛じゃねえか。北沢轟のくせに」
「手詰まりのときは、テメーが逆転のきっかけを作って、そこに俺が切り込む。俺達の戦いは、いつもそうだった。たまには逆もいいだろーがよ」
「へっ……」
轟が自然と放った一言を受け、瞬の口元は、状況の厳しさと反比例するかのように緩む。
瞬と轟は、敵味方を含めたあらゆるメテオメイルパイロットの中で、最も共闘した回数が多い。
三機以上のチームを組んだ戦闘まで含めれば、二番目に多いスラッシュと霧島の三倍近い数字にもなる。
その数だけ、互いの動きを間近で見てきた。
勝敗も分かち合った。
極限状況の中でのみ露呈する心の奥底も曝け出してきた。
加えて、七ヶ月毎日顔を突き合わせるような生活。
今となってはむしろ、自分を構成する全情報の中で、轟に何を見せていないかを探す方が難しい。
それほどまでに深く、強烈に、瞬は己の存在を示してきた。
ときには協力し、ときには張り合う中で、もう完全に、瞬は轟の信頼を勝ち得ていたのだ。
「北沢ぁ! トロくせえテメエ一人なら、なんてことはねえんだぜ!」
スラッシュの下卑た笑いと共に、ストレムグレンとベテルギウスの攻撃がバウショックに集中する。
霧島の操るベテルギウスは、外見こそ無個性なものの、その内部――――骨肉に該当する部位の構造が、通常のメテオメイルとは大きく異なっている。
金属質の光沢を持ちつつ、ゴムのような弾性を持つ特殊な物質で構成されており、自在に伸縮するのだ。
おそらく本来は、敵の格闘攻撃を受け流すことを目的として設けられた特性なのだろう。
しかし霧島が披露するのは、その応用系。
振り抜くような動作で両腕を限界まで伸長させ、敵機に巻き付かせて拘束するという形で利用していた。
これまでの数分で、ある程度その特性に見当をつけていた轟は、鞭のように振り回される腕を幾度かは巧みに避ける。
だが、ストレムグレンが鋭く尖った口部から強力な電撃を放射し、バウショックの動きを縫うことで包囲は完了。
ほんの一瞬、足を止めてしまったバウショックに、空を裂くようにして飛ぶベテルギウスの両腕が絡みつく。
「捕らえましたよ、ようやくね」
「逃がすんじゃねえぞ、霧島ぁ!」
「クソっ……」
そのままベテルギウスが大きく上体を反らしたことで、左腕を巻き込んで捕縛されているバウショックは、ろくに受け身さえ取れずに転倒してしまう。
更にその背部を、ストレムグレンが追い打ちとばかりに鉄爪で立て続けに切り裂いた。
敵の行動を妨害するストレムグレンと、敵の動きを封じるベテルギウス、この二機の親和性は苛立たしいほどに高い。
セイファートとバウショックのように、パイロットの側がわざわざ意識するまでもなく、共に行動することそれ自体が連携になるのだ。
「だけど、いいのかよ。絡んできたってことは、逃げられねーってことなんだぜ」
鉄爪に仕込まれた超強酸の効果により、遠方からでも蒸発が視認できるほどの勢いでバウショックの背面装甲が溶解していく。
とはいえ、装甲の厚いバウショックならまだまだ軽症の範疇。
バウショックは地に伏したまま、右腕に装着したギガントアームの巨大な五指で、自身に絡みついたベテルギウスの腕を掴む。
そして、既に限界まで伸び切っているそれを、自身の腕に巻きつけるようにしながらベテルギウス本体を手繰り寄せた。
バウショックの膂力と機体重量は、共に人型機体では最高クラス。
いかに霧島の体幹制御が優れていようと、ベテルギウスが、この綱引きに勝てる道理はない。
電動リール式の釣り竿にかかった海魚の如く、ベテルギウスはバウショックの元へ、地すべりしながら近づいていく。
だが、それもほんの僅かな時間のことだ。
「それはどうでしょうか。このベテルギウスなら、やりようはありますよ。どのような状況でも、色々とね」
ベテルギウスは居合のそれにも似た、神速で腰を抜く動作を行い、抗う力を一瞬の間だけ数倍に増幅させる。
そして、その勢いのままに、バウショックに巻きつけた自らの両腕を自身で引き千切ってみせた。
「テメー……自分から!」
予測不能の大胆極まる一手に轟は面食らったようだが、機体にまとわりついたベテルギウスの腕部を振りほどきながら、すぐにその場を退く。
しかし、ベテルギウスの対応とバウショックが逃れる先――――その双方を読み切っていたストレムグレンが、ここでとうとう虎の子を解禁する。
前身であるスピキュールと同様、アリクイのように、前方へと長く突き出した頭部。
その外装が左右へと分かたれ、複雑怪奇な構造の内部発電機構が露出。
重低音を鳴り響かせてそれが駆動を開始すると、機構全体の放電に伴い激しい白光が漏れ、周囲を眩く染め上げていく。
通常時は、超高圧電流を放って直接機体の電子回路やパイロットを灼くための武装。
ならば、この装甲展開状態から撃ち出されるのは果たして何か。
「いいねえ、その位置だ。……ブッ飛べや、北沢ぁ!」
スラッシュの咆哮と共に、機体越しでも鼓膜が破壊されそうなほどの甲高い発射音が戦場に轟く。
同時に、バウショックの背後に並んでいた数棟の高層ビルが風穴を開けた後、次々と崩落。
バウショック自身も、左腕の装甲が大きく抉られ、焼け焦げた断面を晒していた。
視認不可能の速度と形態で放たれる一射――――
確かなことは、バウショックの装甲を容易に抉り取るだけの威力を秘めているということだ。
「今のがそいつの隠し玉か、中々のもんじゃねーか」
「躱してんじゃねえぞ、ボケが……!」
「弾はとんでもなく速えーが、発射までが早えーわけじゃねー。頭の向きさえわかってんなら、その先にいなきゃいいだけだ。まあ、掠っておいて言う台詞じゃねーがよ」
立ち昇る黒煙をかき消すように、轟はバウショックの左腕を軽く上下に振りながらそう答える。
やはり轟のバウショックの戦闘センスは、群を抜いているとしか言いようがなかった。
敏捷性の低いバウショック以外を操っていたならば、今の一射も完全に回避できていただろう。
そして、たった今バウショックを穿ったものの正体についても、即座に看破してみせる。
「そう、弾だ。エネルギーの塊じゃねー。装填て使う、普通に形のある弾丸……。俺もバウショックも、前みてーに痺れずに済んだからな」
ストレムグレンから聞こえてくる、スラッシュのかすかな唸り声からするに、どうやら轟の推察は正解で間違いないようだった。
そのとき瞬は、かつてミディールから受けた、ある説明を思い出す。
「電磁加速砲とかいうやつか……」
磁力を利用し、弾体を大幅に加速させて発射する――――つまるところ、ラニアケアに設けられたリニアカタパルトの仕組みと類似した原理を用いる兵器。
メテオメイル用の装備に相応しいサイズと威力を持たせるのに難儀しているらしく、その話を聞いてから数ヶ月が経った現在においても、地球統一連合内部において実用化の目処は立っていない。
だが、連合の遥か先を行く技術力を持つオーゼスならば、とっくに完成してもおかしくないどころかむしろあって当然とさえ思える。
そしてこの事実は、もう一つの得心を瞬にもたらす。
「なるほどな……」
発射までにエネルギーチャージを必要とする上、予備動作も大きい――――代わりに、絶大な威力を誇るレールガン。
方向性としては、バウショックやオルトクラウドの決戦兵装と同系統のもので、軽快に動き回って敵を翻弄するストレムグレンの機体コンセプトとはどう考えても相反している。
ただし、それでも敢えて搭載しなければならない理由がある。
電撃そのものを発射するクラッシュ・ボルトの威力は、敵の動きを止めるという点においては非常に有効だが、必殺の一撃とまでは言い難い。
初戦においてセイファート撃破の決まり手となった苦々しい事実はあるが、あれは直前までの攻防で負った甚大なダメージを含めての結果であり、単発で致命傷を与えられるわけではない。
現に、二戦目においてバウショックに直撃させた際には、機能復旧を許してしまうレベルの損傷しか与えられていなかった。
スピキュールは、他の武装にも同じことが言え、敵を仕留めるまでにどうしても地道な削りを必要としてしまう。
かつてのセイファートと同じように、メテオメイル戦を制するだけの力に乏しい機体だったのだ。
故に、ストレムグレンにはどうしても、純粋に強力なタイプの大技が必要だったのだ。
「オレ達を潰すために用意した機体だもんな。だったらそんなもんを使うのも不思議じゃねえ」
「都合のいい解釈してんじゃねえぞ、風岩ぁ……! 自意識過剰も大概にしやがれ。ボスから新しく貰ったこの機体に、デフォルトで付いてたんだよ。だから使ってる、ただそんだけだ」
「じゃあ、そのボスはどうなんだよ。霧島の機体といい、何か違わねーか。今までの機体と、ちょっとばかり毛色がよ」
戦闘が始まって、ストレムグレンとベテルギウスが徐々に手の内を見せ始めてから、瞬の中には妙な違和感が渦巻いていた。
そして、ストレムグレンがレールガンを放つ様を目にして、それは確信へと変わった。
以前までスラッシュと霧島が操っていたスピキュールとプロキオンは、コンセプトの化身とでも評すべき、清々しいほど単一目的に特化した機体だった。
他のオーゼスパイロットの乗機にしてもそう、多彩な攻撃手段を持つことはあっても、自身の拘りを貫き通す上で支障が出ない程度の装備に留まっていた。
一方で、ストレムグレンとベテルギウスは、その対極に位置している。
ここまでの動きを見るに、パイロットとの相性は良好なのかもしれない――――いや、間違いなく良い。
しかし、元々の乗機にあった拘りが明らかに犠牲になっている。
ストレムグレンは奇襲戦法に頼らずとも真っ当に強く、ベテルギウスには霧島が培ってきた合気道の技術が応用という形でしか反映されていない。
多少道を逸れてでも、何としても勝利を収めたいという設計者の意志が、色濃く出ているのだ。
「原因は俺達だろーよ。これまで散々、連中のメテオメイルをブッ壊してきたからよ……向こうの技術屋も、いよいよなりふり構わなくなってきたんじゃねーのか」
おそらくは、轟の言う通りであろう。
瞬達は、これまで幾度となくオーゼスのメテオメイルと戦い、合計にして実に十体近くを撃墜してきている。
対してヴァルクスの側は、敗北こそ何度か喫してきたものの、機体が完全に破壊されたことはない。
こちらはこちらで、未だに全容が不明なオーゼスを底知れぬ脅威として見ているが、あちらもあちらで、投じた戦力を根こそぎ奪っていくヴァルクスを厄介な仇敵として見ていてもおかしくななかった。
今回送り込まれてきた二機は、オーゼスが戦略面のみならず精神的にも窮地に陥っていることの、何よりの証左ではないのか。
しかしスラッシュは、そんな瞬の勘ぐりを全身全霊を以て否定する。
「そんな、筈はねえ……! あのボスが、そんな生っちょろいことを考えなさるわけがねえんだよ……! 部外者が、勝手こいてんじゃねえ!」
「怒るってことは、図星ってことだぜ……スラッシュ!」
もはや傍観者に徹する必要はなくなった。
瞬はセイファートを最大出力で加速させ、眼下のストレムグレン目掛けて一気に飛ぶ。
まだストレムグレンは幾つかの手札を隠し持っているだろう。
だが、こと奥の手に関しては、あのレールガン以上のものがあるとは思えない。
ストレムグレンについて、瞬が確認しておきたかったのは、セイファートを一撃で屠る可能性のある武装の有無だけだ。
当然、セイファートの攻撃を阻止しようと、ベテルギウスが駆け寄ってくる。
いつの間にか、バウショックが投げ捨てた腕を回収して再接合させており、状態は再び五体満足に。
セイファートは既に、時速数百キロメートルというスピードに達している。
絡め取られ、地面に叩きつけられでもすれば、大破は確実。
高速飛行する物体を、反射神経頼りで掴んで止める――――万に一つも起こり得ないような、そんな馬鹿げた展開など、通常なら想定するまでもない。
しかし相手は、神がかった技巧を持つ霧島優。
邪魔が入らない限りは必ず成功させてくるという、実績に基づく信用がある。
だからこそ、しっかりと邪魔を入れて食い止めなければならない。
「これまでに比べたら楽なもんだ。行くところがわかってるんだからよ!」
「まずい……」
バウショックが投擲したクリムゾンショットが、ベテルギウスの眼前を通り抜け、霧島に大幅な減速を強制する。
瞬の取りうる行動を知り尽くしているが故の、迅速かつ正確なサポート。
瞬は、単機でスラッシュと霧島を相手取った轟の勇気と尽力に報いるためにも、ここで確実にストレムグレンへ一刀を浴びせることを誓う。
「そうとも……負けるわけがねえんだよ、合わせることを機体任せにしてるあんたらに、オレ達コンビがな!」
流石にスラッシュの反応速度も尋常ではなく、ストレムグレン左腕の鉄爪を薙いでセイファートの斬撃を払おうとしてくるが、そのガードをすり抜けられる自信はあった。
ここまで単調な斬撃を繰り返してきたのは布石。
ストレムグレンに肉薄する寸前、瞬はわざとセイファートの右脚を伸ばし、空気抵抗を上げることでブレーキをかける。
これにより、本来の攻撃タイミングにコンマ数秒の遅延が発生。
左腕を振り抜く直前の、ノーガード状態のストレムグレンに向けて、渾身の力を込めた一閃を放つ。
肩口からまるごと切り落とされて、宙を舞うストレムグレンの右腕を横目に、瞬の残心とスラッシュの唸りが交錯した。




