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第145話 ファイナルラウンド(その2)

「やっと来やがったか、クソガキその一。……全く、随分と待たせやがって」


 二週間ぶりに再開を果たしたスラッシュ・マグナルスの第一声は、いかにもこの男らしい、実に勝手なものだった。

 徹底的に破壊し尽くされ、不気味な静寂に包まれたマラガ市街地。

 その中央に鎮座する、今回が初めての邂逅となるメテオメイル。

 やはりそのパイロットは、瞬の推察通りであった。

 いや、推察と呼べるほど、思考を巡らせる必要はなかった。

 スピキュールと同様の鳩羽色に染め上げられた装甲。

 そして、連合の迎撃部隊を相手取っているときの、操縦者の癖が強く出た忌々しく悪辣な立ち回り。

 瞬にとっては、むしろ見間違うことの方が難しい。


「自分の都合で喋ってんじゃねえよ、クソ外道。わざわざ無茶苦茶遠いところを選びやがって」


 瞬はセイファートを、その機体から数百メートル離れた自然公園の敷地に着陸させる。

 まだスラッシュの声色からは戦意が感じられなかったが、かといってすぐ傍に降りるなどという、馴れ合いじみたことはしない。

 いつ戦いが始まっても――――それこそ着地の最中に不意打ちを仕掛けられても対処可能と判断して定めたのが、この距離なのである。


「仕方ねえだろ。どこを攻めるかは、ダーツと、それを投げる俺様の腕の気分次第なんだからよ」

「おかげでオレは日本から直で飛んでくる羽目になったんだぜ。途中で休んだとはいえ、流石に疲れが半端ねえ」

「今から負けたときの言い訳か? みっともねえったらありゃしねえな」

「そんな状態でも勝てるって言ってんだよ。というかそもそも、若者の回復力は、あんたらおっさん共とは段違いだからな」


 今まで幾度となくそうしてきたように、瞬とスラッシュは世界の命運を賭けて戦う者同士とは思えない、程度の低い煽り合いをする。

 実際、瞬の疲労は、言い訳として何ら意味をなさなかった。

 無事に上層部の承認を受けて実行に移された、瞬の提案――――実質的な果たし状ともいえる、声明の放送。

 スラッシュと霧島はそれに応じて、自分達を運んできた潜水艇“フラクトウス”に帰還することなく、現地で一夜を明かしたのだから。

 約束が反故にされて奇襲をかけられる可能性も考えられる、そんな緊張感の中で半日を待った彼らの精神的消耗はいかほどのものか。

 少なくとも、合計で八時間近くセイファートを飛行させたとはいえ、スペインに到達する直前で四時間の休憩を設けた瞬より軽いということはないだろう。

 更に、もうじきやってくるであろう轟に至っては、移動の九割五分が人任せの空の旅であるため、おそらくコンディションは万全に近い。

 チーム単位で見れば、瞬達の側に、些か以上にアドバンテージがあった。


(だけどな……申し訳ないなんて、これっぽっちも思わねえからな)


 それが、この半日の中で固めてきた瞬の覚悟だった。

 今この状況があるのは、スラッシュと霧島が、自身らの意思で応戦を選んだからこそだ。

 どうしても生じる若干の不公平さについて引け目を覚えるのは、彼らの決定を蔑ろにする行為に他ならない。

 敢えて意に介せず戦うことこそが、この場合の礼儀というものだ。

 それに何より、体調の差を加味してなお、分が悪いのはこちらだという確信が瞬にはある。

 最初から完全に油断を捨てたスラッシュと、未だ謎の多い新型機。

 下手をすれば、初戦のように一方的に狩られて終わることも十分に有り得る。


「来たぜ」


 瞬の到着から約二分後。

 自分が不在のままでは決闘が始まらないことを、まるで決定事項としているかのように、轟のバウショックが悠々と歩いて戦場に辿り着く。

 もっとも、態度がそう見えるというだけであって、実際には予定していた時刻と寸分の狂いもない合流である。

 どのような理由があっても、この大事な一戦に遅れてはならない。

 そのことは、轟もしかと胸に刻んでいるはずだった。

 バウショックもまた、自然公園の広い敷地の中で立ち止まり、焦土の中に立つスラッシュの機体を静かに睨みつける。

 単なる威嚇に留まらず、外観からどのような武装が仕込まれているのか見当をつけているような、鋭い視線の動きだった。


「これでこっちは問題なしだ。霧島の奴は?」

「いますよ。先程から、ずっとね」

「……相変わらず存在感が薄すぎるんだよ、あんたは」


 スラッシュの機体のやや右方に存在する、廃墟と化したビル群の陰から、霧島の機体がぬるりと現れる。

 捕虜になる以前から僅かも衰えていない、極限まで磨き上げられた気配遮断能力に、瞬は苦笑いを浮かべる。

 熱源を探知するセンサーにも反応がなかったことから、あろうことか、今の今ままでエンジンすら完全に停止していたらしい。

 護身を極めるという理念の割に、この男が四人の中で最も胆力があるように感じられるのは、気のせいではないだろう。

 いや、身を守ることを第一に考えているからこそ、身の回りの危険を正確に嗅ぎ取って休息に集中できるということか。

 やはり遠慮を持ち込んでいては、倒すことなど到底不可能な相手。

 瞬は一層気を引き締め、身構える。


「……良かったぜ、なんだかんだでどうにかなって。あんたらとの決着を付けられないままオーゼスをぶっ潰せても、嬉しさは半分以下だからな」

「俺様はどうでもよかったがな。テメエらと戦えようが、戦えなかろうが」

「挑発に乗っておいて、そりゃねーだろうがよ」

「機会があるならやってやらなくもねえ。せいぜい、そのくらいの心意気だ。テメエらほど盛り上がっちゃあいねえよ、俺様はな」

「嘘は良くないですよ、スラッシュさん。あの声明が出たとき、それはもう盛大に安堵のため息をついていたじゃないですか。あのクソガキ共のやりそうなことだ、とね」

「妙な解釈してんじゃねえぞ霧島ぁ! ありゃあ呆れだ、嘆息したんだよ、何が何でも俺様達と戦おうとするバカバカしさにな」

「あんたらの意を汲んでやったんだよ。今回もまたわざわざセットで出てくるってことは、そういうことだろうが」

「年甲斐もなく恥ずかしがってんじゃねーぞ」

「あー、もうどいつもこいつもうるせぇうるせぇ! いっそ三体一でもいいぜ俺様は! 霧島ぁ、テメエもここで死んどけ!」

「ははは……それは勘弁願いたいですねえ」


 とはいえ、ここに集った四人に、真面目な空気感は似合わない。

 どれだけ真剣になるよう努めても、緊迫感より滑稽さが優先されてしまう。

 理由の半分は、スラッシュと霧島のいまいち締まらないやり取りにあるとして、もう半分は、瞬と轟が二人に対してほとんど敵意を持ち合わせていないせいだった。

 格の違いを見せつけられ、屈辱を味わわされたことはある。

 圧倒的な実力差を前に、心を折られかけたこともある。

 しかし、そこに憎しみが介在したことはない。

 瞬と轟が打倒スラッシュ・霧島を志す理由は、彼ら以上に完成された、一本筋の通った男になってみたいという願望、ただそれ一つ。

 直接戦う立場にあったときも、ラニアケアで手ほどきを受けていたときも、それは不変だった。

 ただし、だからこそのやりきれなさが、二人にはある。


「でもやっぱり、納得はいってねえ。オレ達が戦う理由に、もうオーゼスの“ゲーム”は関係ねえだろ。わざわざここまで徹底的に、街をぶっ壊す必要があったのかよ」


 瞬は、苦悶の表情で語りかける。

 今回の侵攻を任されているのが、スラッシュと霧島であることを行動から匂わせてくれれば、もうそれだけで瞬と轟が迎撃に出向く理由としては十分すぎるのだ。

 わざとらしく、人気のないところをちびちびと攻撃してくれるだけでも戦闘は成立するのだ。

 しかし二人が選んだのは、久々に万単位で死人が出るような、一切容赦のない破壊と殺戮だった。

 連合が絶対に無視できない状況を作り上げるにしても、多すぎる数だ。


「もう、オレ達とあんたらの決闘っていう枠を超えちまってんだよ。ここまでやられちゃあ、普通の普通に、正義の味方と悪の手先の戦いじゃねえかよ……! 何でだ……!?」

「バカかテメエは。そんなの、俺様達がそう望んでるからに決まってんだろうが」


 瞬の問いを、スラッシュが一笑に付す。

 霧島は何も答えなかったが、微動だにしない機体からは、否定の雰囲気も感じなかった。


「緩みきってんだよ、テメエらは。どんだけマジな感じを装ってもダダ漏れだぜ。勝っても負けても恨みっこなしの楽しいバトルがやりてえっていう、フザけた空気がプンプンとな」

「そんなの……!」

「……決闘っていうのは、そんなクソ温いモンじゃねえだろうが。殺すか殺されるか、絶対不可逆の極限までピリついた緊張感の中でやってこそ意味があんだよ。ジェルミの旦那とやり合ったときのことを思い出せよ、風岩。大事なのは、ああいう姿勢なんだぜ」


 まともな返答が思い浮かばないほどに、スラッシュの指摘は瞬にとって図星だった。

 既にスラッシュや霧島の命を奪うことは、瞬の望むところではなくなってしまっている。

 何もスラッシュと霧島に限ったことではない。

 アダイン、グレゴール、十輪寺――――

 瞬がこれまで戦ってきたオーゼスのパイロットは、出会う形さえ違っていれば、楽しくやっていける間柄になれたのではないかと思わせる者ばかりだった。

 反りは合わずとも、どこか魂の波長には共通するものがあったのだ。

 だからこそ、彼らの一人を仕留めるたびに、瞬の心中には後悔が積み重なっていた。

 生涯の中でそうそう出会えはしないであろう、自分の本音と全力をぶつけられる人間を、手ずから始末していく――――果たしてこれほどの拷問があるだろうか。

 そしてその苦行を積み重ねてきたからこそ、瞬は抱いてはならない夢を抱いてしまっていた。

 彼らと、生きて、これからも、また――――と。

 スラッシュと霧島をパイロットとしての格で上回るという願いも、高尚のようでいて、結局のところは逃避。

 いずれ二人と殺し合う運命から目を背けた結果に過ぎない。

 それは、克服できなかった弱さではなく、なまじ戦い続けたからこそ得てしまった弱さだった。


「“次”なんてありゃしねえんだ。今回で終わりなんだよ、テメエらか、俺様達かの、どっちかがな」


 当たり前のようで、未だに受け入れきれていない残酷な現実を、スラッシュが諭すように告げる。


「本気の戦いには、やはり相応の建前と大義名分が必要だということです。そして僕は、一瞬先に死が待ち受けているような、そんな危うげな時間の中でのみ磨き上げられる本物の感覚と技術を欲している。だから……確実に息の根を止めるつもりで来てください」


 霧島の言葉からは、いつも聞くような穏やかさが消え失せていた。

 普段以上に集中力を高めているせいか、暗に失望させてくれるなと訴えかけているのか、あるいはそのどちらもか。

 確かなことは一つ。

 もう、彼らをパイロットチームの特別指導員として迎えていた、あの騒がしい日々が戻ってくることは二度とないということだ。


「勝ったり負けたり、教えたり教えられたり……一体何なんだろうな、オレ達は」


 瞬は俯いたまま、小さく喉を鳴らす。

 敵として出会ったはずの相手が、一時的とはいえ師の立場に回るという、本来ならばあり得るはずのない人間関係。

 今ここに立つ、自身の戦術を確立させた瞬と轟は、そんな奇妙な偶然から派生した産物。

 彼らの指導がなければ、立ち回りの方向性が定まらないまま今日という日を迎えたか、これまでの戦いで命を落としていたかもしれない。

 自分を形作っている枠の大半が、都合よく外から持ち込まれたもの――――そう考えると急におかしくなったのだ。


「この戦いに決着が付けば、そんな下らねえことも考えずに済むだろうよ」


 スラッシュの乾いた返答ともに、操る鳩羽色の機体が低く腰を落とした。

 その両手から伸びた四本の長爪が、真横から差し込む朝日を浴びて妖しく煌めく。

 そしてほぼ同時に、霧島の機体も、左足を一歩踏み込んだ半身の構えを取った。

 随分と長く続いた再開の挨拶と決別の問答も、そろそろ締め括りだということだ。

 冷えた殺意と闘争心が絶妙なバランスで入り混じる、過去二戦以上の強烈な威圧感を受け、瞬の体は久々に竦む。


「俺様は一方的に痛めつける狡猾さを、霧島は護身の心得を。お互い、これまで培ってきたモンを惜しげもなくテメエらに仕込んできた。それは断じて、長生きするための実績を作っておきたかったからなんかじゃねえ」

「手塩にかけて育てたあなた方を実力で退け、更に自分の腕を高めるためです」

「今更だろ。せこさと省エネ主義の体現者みたいなあんたらが、慈善事業であそこまでやってくれるわけがねえ」

「そして、その計画はとんでもねー大失敗になっちまったな。俺達が手に入れた強さは、テメーらの想像以上だぜ」


 セイファートはジェミニソードの長刀を真正面に構え、バウショックはいつでも全力疾走を始められるよう、人体では維持が不可能なほどの過度な前傾姿勢へ移行する。

 胸のうちに宿ったものが、諦観なのか、決意なのかはわからない。

 だが、覚悟は決まっていた。

 スラッシュと霧島をここで討ち取り、彼らとの長い因縁にけりをつけるという覚悟が。

 自分達のためにも、彼らのためにも、この決闘は避けて通れぬ一戦なのだ。


「エウドクソスの連中の邪魔が入っちゃたまらねえ。スラッシュ、霧島……そろそろ始めようぜ、オレ達の、オレ達だけの戦いを」

「ああ……いい加減終わりにしようや、クソガキ共。俺様達の間にしつこく糸引いてやがる、厄介なモンの、全てを」


 もはや、語ることは何もなかった。

 剣士と拳闘士、外道と合気道。

 スラッシュの叫びを合図として、四機が一斉に前方へと――――倒すべき互いの敵へと疾走する。

 形式は、二体二。

 時間は、介入者が現れなければ無制限。

 この戦いに、他一切の制定事項は存在しない。

 相手の双方が完全に沈黙するまで続けられる、純然たる死闘。

 直後、激震を伴う鋼鉄と鋼鉄の影が、幾重にも重なり合った。


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