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第143話 決意

「……美味しいところだけ持っていこうという腹ね」


 今しがたケルケイムから受けた報せを、連奈が呆れを露わにしながら、そう総括する。

 報せというのは、ヴァルクスの人員補充に対する件である。

 ヴァルクスは、活動開始時点での隊員数がそもそも不十分であったために、これまでにも合計で四、五十名ほどの増員が行われている。

 しかし今回の補充は、それらとは全く毛色の異なるものであった。

 ロベルトの代わりを務める新しい副司令官の編入は当然としても、更にその業務を補助する佐官数名が随伴。

 加えて、ヴァルクスの活動のみを対象とする特別監査部門の設立に、部隊運営に関するオブザーバーの派遣。

 つまるところが、司令官であるケルケイムに匹敵するほどの上級権限・発言権を持つ人間が多量に入り込んでくるのである。

 もはや、事実上の再編と呼んで差し支えなかった。

 最終局面だけヴァルクスの一員として振る舞い、オーゼス、エウドクソス壊滅の栄誉を掠め取る――――あからさま過ぎて、連奈でなくとも、彼らの狙いを察することは容易だった。


「『船頭多くして船山に登る』の典型例じゃない。この新体制で、ちゃんと動けるのかしら」


 連奈の言うことは、もっともだった。

 口出しをする人間が溢れかえった状態で、部隊がまともに動けるとは思えない。

 意思の統一にかかる時間は増大するどころか、本来通っていたはずの決定が通らなくなるということも今後は起こりうるだろう。

 彼ら全員がどこかでメテオメイルの実戦運用に携わっていたとでもいうのなら話は別だが、当然、そんなこともない。


「……善処はする」


 そう低い声で答えるケルケイムの表情は、己の力不足を痛感する渋いものになっていた。

 ここまでの人員流入を許してしまったのは、防波堤の役割を果たしていたロベルトの放逐が最大の理由ではあろうが、それだけではない。

 先の戦いにおけるヴァルクスの失態もまた、大きく影響していた。

 いくら軍全体の益を考えての行動とはいえ、ヴァルクスの中でもごく一部のメンバーによる独断の作戦立案および実行だった上に、発生した損害も甚大。

 結果だけを見れば――――いや、結果に関わらず、瞬達の行ったことは到底褒められるものではない。

 これ以上の暴走を抑止するために、部隊を内部から制御するのは、ある意味当然の対応だった。


「とはいえ、ヴァルクスの活動に便乗しようという彼らの狙いのおかげで、我々が助かっているところはある。今回の件に関する処分を、ひとまずは保留にしてくれているのだからな」

「寄生先がなくなってしまえば、甘い汁もすすれないものね」

「つうか、総司令部も総司令部で四つもHPCメテオを盗まれるなんて大ポカをやらかしてるじゃねえか。だってのに、オレ達のことをごちゃごちゃ言える立場かよ」

「ラニアケアの修理作業に、本来の予定の三倍近い人数が充てられることも決定している。ここまで施しを受けていては、文句も言えん」

「力技じゃねえか」


 瞬はそう愚痴をこぼしてしまうが、かといって今以上に状況を好転させる方法というのは思いつかなかった。

 仮に、自分達の行動が大きく制限される厄介な状況になっても、エウドクソスを相手取ったときのように上手く切り抜ければ問題はない。

 そう考えて、この場は納得するしかなかった。


「通信女の件は、どうなってんだ」


 そこでようやく、このミーティング中、ずっと黙していた轟が口を開く。

 シャウラ、ギルタブとの戦いから今日で九日目。

 一昨日になってようやく意識が回復するほどの激しい負傷と消耗であったため、未だ本調子とはいかず、どこか大人しげな態度だった。

 そうでなければ、真っ先に今の質問を投げかけていたはずだ。


「シャウラ、ギルタブ、そしてロベルト・ベイスン……彼ら三人の行方については、目下調査中だ。現時点においては、ラニアケア離脱以降の足取りに関する有力な情報は入ってきていない」

「それもだが、それだけじゃねー。あいつが前にいた、アーク何たらとかいう施設……俺が聞きてーのは、あっちの調べの方だ」

「アークトゥルスか……」

「それを言い出してから二ヶ月も経ってんだ、何の進展もねーとは言わせねーぞ……!」


 そう言い放ち、ケルケイムを睨みつける眼光だけは、従来同様の鋭さを取り戻していた。

 地球統一連合政府が直々に所管する、先天性高知能児ギフテッド教育に特化した施設“アークトゥルス”。

 シャウラの別人格とでも言うべきセリア・アーリアルは、表向きはそこの出身だということになっている。

 以前、軍の情報部が担当した調査では、まさにその通りの結果が出てくるのみで、彼女の身辺に特別不審な点は見当たらないとのことだった。

 ただし――――

 もしアークトゥルスが、エウドクソス構成員の人材登用を行うための場所として機能している場合、公表されているようなデータは何一つ信用ならない。

 正確な情報を手に入れるには、本腰を入れてかかる必要があるのだ。


「ちょうど昨夕、政府の情報庁から、その件に関する報告を受けたところだ。だが……」

「末端の俺達には教えられねーとか、今更なことをぬかすなよ」

「そうではない。まだ完全に復調していないお前には、少しばかり早いと……」


 瞬とはまた違った意味で配慮に欠ける性格であるはずのケルケイムが、言いよどむ。

 メンタル面の回復を妨げるほどに、胃が重くなる内容だということなのだろう。

 だが、そう匂わされても、轟の眼差しに宿る決意は些かも鈍ることはなかった。

 ケルケイムの元へ一歩踏み込んで、北沢轟のものとは思えないほどに真摯な表情で訴えかける。


「教えてくれ」

「轟……」

「早いに越したことはねー。知らなきゃならねーことも、考えなきゃならねーことも、俺には多すぎる」

「……いいだろう」


 シャウラを貫き、セリアに言葉を届かせるだけの力と覚悟が決定的に不足している――――

 その非情な現実を叩きつけられた今の轟は、以前にも増して、セリア奪還に身を捧げる覚悟を固めているようだった。

 瞬もこのときになってようやく、轟の心身のコンディションが万全ではないという推察が杞憂だと知る。

 肉体はともかくとして、精神の強度は既に従来以上。

 もはや焦りや気迫さえ必要としないほど、願望が根底のレベルに定着しているのだ。

 その強い意志を感じてか、ケルケイムも素直に応じる。


「まず第一に……セリア・アーリアルのパーソナルデータは、そのほとんど全てが虚偽で占められていることが判明した。誤魔化しようのない身体データはともかく、戸籍やヴァルクスに入隊するまでの経歴は何もかもが架空のものだ。元副司令から紹介された人材であることから、そうした可能性もあるとは思っていたが……」

「そのくれーは俺だって想定済みだ。いや、あのときあいつとやり合った奴は、みんな気づいてらあ」


 轟の返事に連奈もメアラも、そして瞬も静かに頷く。

 “セリア・アーリアル”が何らかの目的のために急造された仮初の人格であるというシャウラの言もそうだが、彼女の危うげな論理展開もまた、存在の不安定さに確信を抱かせる一因だった。


「しかしよ、その程度の結論が出るまでに随分時間がかかったじゃねーか」

「既存データの改竄ではなく、完全な捏造であるためだ。過去に在籍していた施設や、国家、軍隊……ありとあらゆるデータベースを同一の捏造情報で統一された場合、それが偽りであることを見抜く手段は案外に少ない。いや、疑うことさえ難しい」

「嘘だの本当だのっては、比べる情報があってこそだもんな」

「その通りだ、瞬。今回の発見も、先の戦いのことがあって、連合政府の情報庁が直々に動いてようやく得られた成果だ」

「だったら……」


 言いかけて、瞬は慌てて口をつぐむ。

 ならば本当は、セリアはどこの生まれでどのような名前なのか―――その疑問を投げかけるのはいささか無粋が過ぎる。

 全くの無から現れるような人間が、それまで真っ当な暮らしをしていた可能性というのは、どう楽観的に考えても相当に低い。

 いや、はっきり言ってしまえばゼロに等しい。


「それで司令さんよ……。第一にってことは、第二は何だ」

「こちらはまだ不確定の情報……わずかの痕跡から想像しうる、疑惑のレベルだ」

「前置きはいいって言ってんだろーが……!」

「……バウショックの運用データが、相当な割合で盗用されている可能性がある」


 ケルケイムの絞り出した一言が意味するところを考えて、瞬は渋面を浮かべる。

 もし本当に予想が的中していたとしたら、こちらは本当に、轟に言うべきではない。

 どう解釈しても轟の奮起には繋がらない、ただのノイズなのだから。


「ああ? 連中が俺達の機体からデータ盗んでんのなんて今更……」


 食い下がる轟の肩を掴んで止めたい気持ちはあったが、それは余計な真似というものだった。

 精神面にどんな悪影響をもたらすにせよ、匂わされた以上、轟としては聞かねば気が済まないのだ。


「司令はバウショックを名指ししたのよ。どういうことかは、少し考えればわかるんじゃないかしら」

「あ……?」


 連奈の峻烈さを伴った一言に、轟は若干の気後れを見せる。

 わざわざ会話に割って入ったのは、単に遠慮がないのも半分、これから仔細を話さなければならないケルケイムの心理的負担を和らげようとしたのも半分だろう。

 他人を思いやる心など欠片ほどしか持ち合わせないが、欠片の部分は確実に表層化するのが連奈なのだ。


「戦略研究部が、各機体やラニアケアが撮影した戦闘中の記録映像を細かく分析してみたところ、ある一つの事実が明らかになった。ヴォルフィアナを除いた三機のエウドクソス製メテオメイルには、バウショックと共通する動作パターンが幾つか見受けられたのだ。顕著なのは、方向転換の際の腰や頭部の動きで、ほとんど模倣に近い」


 ケルケイムの語る事実を、四人はただ黙して聞く。

 メテオメイルは、操縦の簡易化や反応の高速化のため、一部の動作をOS内部のプリセットデータで行わせている。

 形状や重量の差異もあって、各機体のプリセットデータはそれぞれ固有のものになるのが自然。

 別種の機体同士で共通部分が出ることは、天文学的確率でしか起こり得ない。

 だとすれば、出てくる結論は一つ――――


「つまり……ヴァルプルガ、ヴィグディス、ヴェンデリーネの三機は、バウショックのデータを基礎にして作られている可能性が高いということだ。だとすれば、実戦投入されたばかりで、あれほどの完成度を誇っていた理由にも納得がいく」

「何で俺のなんだよ」

「重装甲であるにも関わらず、その負荷に耐えながら四肢を激しく動かすことのできる堅牢な構造のせいだろう。結局のところ、人型の機体を作るにあたって、それが一番応用しやすいタイプだからな」


 セイファートやオルトクラウド、それにオーゼス製メテオメイルのような、極まった特性を持つ機体のデータを流用しようとしても、ほとんどコピーに近いものしかできない。

 対して、単純に積載重量が大きいバウショックは、改良の幅が広いというわけである。

 実際、ケルケイムの挙げた三機も、外観こそ似通っているがそれぞれ全く異なる特性を有していた。


「そのバウショックのデータを盗みやがったのが……いや、堂々と盗める役回りに上手く収まったのが、通信女だって言いてーわけだな」


 明言されるより先に轟が結論へと辿り着き、ケルケイムもそれを否定することはなかった。

 バウショックは、他の二機に比べて実用化までの技術的問題をクリアするのが遅く、しかも実戦配備後に大規模な臨時改修を行っている。

 そうした背景を起因とする、設計面のまとまりの悪さから、バウショックは最も手厚い補助を受けて運用されてきた。

 そして、補助の一つには、オペレーター側から送られた外部操作コマンドによる動作の安定化も含まれていた。

 その役目を担当していた人物こそが、情報処理技術に長け、記憶力も並外れて高いセリア・アーリアル。

 彼女の的確かつ迅速なコマンド送信のおかげで、バウショックが轟の操縦以上の性能を発揮できたケースは少なくない。

 これらの情報を総合すると、長らく不明だった彼女の潜入目的に、ようやく筋の通った推論が成立することになる。


「最もデータが欲しい機体の開発が難航していることに業を煮やしたエウドクソスが、一刻も早いOSの完成を目論み、送り込んできた工作員……それがセリア・アーリアルであり、コードλラムダシャウラかもしれないということだ」

「全部は、そのためかよ……!」


 骨が軋む音さえ聞こえてくるほど、きつく拳を握りしめながら、轟が呻くような声を漏らす。

 轟をやりきれない思いにさせる理由は、知らず知らずの内に、エウドクソスの計画に手を貸してしまっていたことではない。

 瞬の知る限り、轟とセリアが急速に仲を深めていったきっかけは、轟がセリアの強さを認め、彼女の助力を本格的に受け入れたところにある。

 だが――――

 もしケルケイムの仮定が事実なら、まさにその出来事、轟を突き動かす大前提の部分さえ、エウドクソスの書いたシナリオ通りであるというおぞましい可能性が浮上する。

 その一点こそが、この報告における、ある意味での趣意。

 だからこそケルケイムは、話すことを渋ったのだ。


「……報告は、以上だ」


 本人の希望とは言え、無用な憶測を羅列してしまった申し訳なさだろうか、ケルケイムはこれ以上轟を苦しめまいと静かに俯く。

 しかし轟は正反対に、体中に渾身の力を込めながらゆっくりと顔を上げた。

 そして、眼前のケルケイムに向けて――――いや、この場にいる全員に向けて言い放つ。

 言い放った決意こそを己の支えとして、やせ我慢で踏み留まってみせる。

 胸中で渦巻く感情を意思でねじ伏せ、自身が望んだ北沢轟の姿であり続ける。


「どんなに筋が通ってようが、俺の知ったことじゃねー。真実は俺が確かめる」

「轟……」

「俺が、確かめるんだ……! 今度こそ、この手で、あの通信女から聞き出してやる」

「言うようになったじゃねえかよ、北沢君の分際で」

「うるせー。やるっつったらやるんだよ……」


 瞬が茶化したことで、柄にもないことを言ってしまった自覚が芽生えたのか、轟はすぐさま身を翻して足早に執務室を去っていく。

 そのいまいちきまりが悪い後ろ姿は、獣を気取っていた頃の猫背よりもはるかに力強いものに見えた。


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