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第13話 嘘か真か

 よほどのローカル局でない限りは、朝のニュース番組はどれも、昨日の一件を報じていた。

 オーゼスの手駒であるラビリントスを迎撃するために行われた、メテオメイル同士の戦闘としては初-となる市街地戦の事だ。

 ケルケイムは手元のタブレット型端末をフリックして画面上に表示するチャンネルを変えていき、報道ヘリによる現地の空撮映像がちょうど流れているものを見つける。


「こうなる事は、覚悟はしていたが……」


 執務室の中、ケルケイムは苦虫を噛みつぶしたような表情で、その惨状を見遣る。

 此度の戦場となったナジュラーンの市街地は、北東部一帯が白んだ黒で塗りつぶされていた。

 煤ける、などという生易しいものではない。

 無数の建造物も、それらを支える地面も、約三万度という凄まじい熱線に晒され、燃焼の最終地点――――炭化と灰化すらも越えた、粒子状物質への昇華に至っていた。

 それらがまた地表に降り注いで完成したのが、現在の光景というわけである。

 ケルケイムは、その映像を見るのは今回が初めてではない。

 報道される以前から、連合軍経由で回ってきたものを幾十幾百と繰り返し閲覧して、己の目と心に焼き付けている。

 何せ、この燃獄は、他ならぬ自分達の側――――連合製のメテオメイルであるバウショックによって作り上げられたのだから。

 否、その表現は、ケルケイムにとっては卑怯な言い回しであった。

 要請こそパイロットの方からあったものの、最も有効と判断して、そうする許可を出したのはケルケイムなのだ。

 メテオメイルという絶大な破壊力を持った兵器を、そのパイロット達の指揮という形で扱う人間としては、今回の件は強く胸に刻んでおかねばならなかった。

 倒壊した建物は数知れず、被害総額も現段階においては同上。

 そして、現在での死傷者数は四百十七名とされているが、その中の半数近くは、バウショックが戦場に到着してからのものだという事実もまた、ケルケイムを暗然たる思いにさせていた。

 しかしケルケイムが今、最も反吐が出そうになっているのは、この結果をそう悪いものではないと判断する冷え切った観点が、自分の中にあることだった。

 メテオメイルが実戦投入できなかった先月までは、一度の侵略で千人単位での犠牲も珍しくなく、より広範囲での破壊が行われていた。

 それに比べれば、自分達の兵器で街を焼くことになったとはいえ、ラビリントスの攻撃も含めて三桁の死傷者数と四平方キロメートル程度の被害で“済んだ”とも、思えてしまうのだ。

 良くはないと、そう自分に言い聞かせても、以前より余りに軽すぎる被害が、さあ喜べとケルケイムに囁く。

 バウショックのパイロットである北沢轟にしても、逃げ遅れた数十人を“巻き込んだ”ようだが、しかし彼らを切り捨てたからこそシェルターに避難していた五百名の無事に繋がったともいえる。


「ラビリントスは、クリムゾンストライクの一撃で大破。後に、飛来したアルギルベイスンによりメインブロックを回収され撤退。バウショックは大半のエネルギーを使い果たし機能停止に陥ったため、追撃することはできなかったが、しかしラビリントスの装甲すら打ち抜く威力であることは証明された。実績としては十分ともいえる」


 ニューヨークの連合本部に赴いている副司令のロベルトが、専用の回線を通じて、先の一戦における結果を、褒めも貶しもすることなく端的に述べる。

 自身の立場を弁えた上での発言だった。

 ロベルトにとって、ケルケイムは一回り近く年下とはいえ、しかし上司である。

 この結果をどう受け取るかは、ヴァルクスの長であるケルケイム自身が決めなくては、組織は進むべき道を見失ってしまう。

 ヴァルクスは、ただ連合の一部隊としてではなく、独自権限も有した動ける刃である。

 聖剣となるか、魔剣となるかはともかく、その切れ味を研ぎ澄ます為にはケルケイムが方向性を定めるしかないのだ。

 だが、そこまでわかっていても、まだケルケイムの中には葛藤がある。

 オーゼスさえ叩き潰せればそれで構わないという暗い復讐心と、しかしその為に他の全てから目を背けることもできない生来の良心の鬩ぎ合いだ。

 いずれ間違いなく、ナジュラーン以上の犠牲を生みかねない規模の戦いが起きる。

 今回こそ、被害規模と一応の戦果から、人々の賛否の秤はどうにか良い方へと傾いてくれたが、あくまで偶然に過ぎない。

 今度は、勝利を取るか、命を取るか、明確に評価の分かれる選択がケルケイムに突き付けられるだろう。


「図太さだけは、君も子供達を見習うべきかな……いや、ひょっとしたら、そう見えるだけかもしれないが……」

「……私の至らなさが連合の敗北に繋がらないよう、努力はするつもりです」


 早ければ、次の戦いで早速、想定するような事態が起こりうるかもしれない。

 しかし今のケルケイムには、そう答えて場を凌ぐしかなかった。



「きったざっわくーん、どんな気分でございますかー。二度も敵を倒し損ねたザコが見舞いに来てやったぜ」


 直後、激しい衝撃音が瞬の耳を打つが、全く予想通りの流れだったので、瞬は気にすることもなく病室に踏み入る。


「……俺を、笑いに来やがったのか」

「何言ってんだよ、当たり前じゃねえか」


 瞬は小憎たらしい笑みを浮かべながら、そう返した。

 瞬もしばらくの時間を過ごしたことのある部屋の中では、病人服を着せられた轟が、壁面に左拳を叩きつけたまま、こちらを睨み付けていた。

 クリムゾンストライクを放つために全力を賭したためか、戦闘終了と同時に意識を失ったそうだが、目立った怪我もなければ血色も良く、現在の容態は安定しているようだった。

 だが、未だ心身が消耗しているのも見てとれる。

 額に青筋こそ立てているものの、憤怒の形相にもやや覇気が足りず、そして何より挑発しても掴みかかって来ないのが、いい証拠だった。

 それでも、一日にも満たない時間で意識を取り戻した轟の回復力には、瞬も驚かされるものがあったが。

 瞬の場合は、一度に精神力を大量消費するような武器は使わなかったはずだが、目を覚ますまでに倍の時間を要したからだ。

 半身を起こしている轟から少し離れたところで、瞬はパイプ椅子を広げて腰掛ける。


「あ、心配もしてるぜ? お前の八つ当たりを食らった病室の備品とか、壁とかをな」


 歪に窪んだ痕が何カ所も窺える冷蔵庫やらチェストやらを横目に、瞬は軽く溜息を付く。


「オレの言った通りだったろ。上手くいかねえもんなんだよ、初陣は」

「言い訳はしねー、俺の力が足りなかった……! 勝てなけりゃ引き分けも負けだ……!」


 呻くようにして、轟はまた何度も壁を殴りつける。

 右手の甲にできた無数の血豆は、おそらく戦闘での負傷ではないのだろう。

 あらゆる条件を含んだ結果を勝敗とするという、その主張を曲げない一点があるからこそ、瞬も、それ以上茶々を入れることはしない。

 敵のパイロットにペースを乱された、機体が完全ではない、機体間の相性が悪かった――――二度の戦いを振り返った際、瞬が口にしてしまったそれらの言葉を、轟は敢えて呑み込んでいるのだ。

 クリムゾンストライクの威力は瞬の想像を遙かに超えており、ラビリントスの多層構造からなる重装甲を七割近くも突き抜けていた。

 あとほんの少し轟の精神力が保てば、メインフレームすらも溶かし尽くせたかもしれない。

だが現実は、そうならなかった。

 ラビリントスが堅牢でありすぎたのだ。

 パージされた装甲の一部を連合の技術部が回収し、解析したところ、レイ・ヴェールと純粋な超硬度合金だけではなく、ジェル状・バブル状皮膜、軟質装甲など、予測し得ない様々な防御機構がラビリントスの内部には積載されていたという。

 完全に打ち抜く為には、更に十数秒のエネルギー供給が必要であり、現時点での轟の精神力の総量では最低でも回復を待って二回の攻撃に分散しなければならない。

 通常の殴打攻撃では更に撃破は厳しく、先にバウショックの方が反動による破損で戦闘不能になるとされ、実質的には詰みに近い状態であったといえる。

 バウショックはまだ、全メテオメイル中最高のパワーと防御力を謳うには、時期尚早であるようだった。


「馬鹿みてえに真正面から突っ込まなきゃ、まだ幾らか勝機はあったんじゃねえのか」

「小細工はザコの専売特許だ。俺の方が強いと思っている内は、そんなもんは使わねー事にしてる」

「じゃあ、次からは大手を振って使えるな」

「喧嘩売ってんのかテメーは……今の調子でもテメー程度なら一捻りできそうだぜ。いや、テメーは二敗か」


 そう思い至ると、轟は瞬に対する怒りの熱もすぐに覚まして、目線も反らす。

 対等と見られていないことに対する苛立ちはあったが、しかしそれ以上に焦りが、瞬にはあった。

 一刻も早く成果が欲しいという意味では、轟以上なのだ。

 轟の見舞いも、そんな気分を紛らわす為のものでしかない。


「次は誰だか、もう決まってんのか」


 瞬の胸中を見透かしたかのように、轟が尋ねてくる。

 まだ昨日の今日であり、次戦でどの機体を使うか、その決定はケルケイムから下されていない。

 しかし、マシンデザイナーとテクニカルアドバイザーを兼任するミディールの話によれば、バウショックはエレバス・ユニットの破損が著しく、その修復作業及び脚部が完成するまでの正式なユニット化改造を施すために、暫くの時間を必要とするようである。

 そして、セイファートは予定通りのスケジュールで復活が見込めるとの事だが、一方でオルトクラウドも、過去に回収したエンベロープのレーザーライフルの技術を転用することで内蔵火器の完成度が上がっているという。

 このままラニアケアはアフリカ大陸へと渡り、サハラ砂漠の東部地域を借り受け、オルトクラウドの各種武装の試射テストを行うとの事から、実戦投入もそう遠くないことを感じさせた。

 と、いうことを長々と轟に説明するが、まるで理解する気が無いようなので、瞬は結論だけを端的に述べた。


「オレか、連奈のどっちかだろうな」

「いよいよ、あの女も出やがるか……」

「可能性としては、7:3か8:2ってくらいだろうけど、そのくらいには現実味を帯びてきてる」

「そうかよ……」


 轟はそう言いつつ窓の外に視線をやったため、表情を窺うことはできなかったが、おそらく考えることは自分と同じであろうと、瞬は確信できた。

 もうすぐ、完全なローテーションではないにしても、それに近い運用体制が実現する。

 相手によって投入機体も変更されるだろうが、単純計算なら、各人の出番は三分の一である。

 連奈がどう考えているかはわからないが、少なくとも瞬と轟にとって、それは“取り合い”の激化であった。

 もしオーゼスを壊滅できたとしても、轟に劣る戦果であれば、結局はパイロットになる前と変わらず二番手であると証明するようなものだ。

 千載一遇の機会とここまでの努力、その全てが水泡に帰す。

 轟にとっても、瞬に劣る戦果であれば、勿論最強を名乗ることはできない。

 そこに連奈が加わるとなれば、手柄争いが熾烈になるのは必至。

 戦力の増強は、軍や市民にしてみれば朗報でも、瞬と轟には悲報でしかない。

 ともかくやるべき事は、自分の出撃の際、確実に敵機を倒す事であった。

幸か不幸か、まだ全員が白星はゼロ。

 まだ“勝利”の可能性は均等に近いといえる。


「今度こそオレは負けねえ、誰にもな……!」

「好きなだけほざいてろ」


 瞬は、特に言い返すこともなく病室を後にする。

 定められた一日分の訓練は全て終了させたが、その程度ではまだまだ不足。

 体力を使い果たす気で自主訓練を課さねば、次も勝利はないからだ。

 味方もまた敵、同じ立場であるからこその敵。

 自分一人が置いて行かれぬように、そして自分一人だけが先を行けるように、瞬は自分の未来だけを案じつつ、シミュレータールームへと向かった。



 オーゼス本拠地の一画に存在する、ホール状の特別会議室。

 そこでは現在、前回の戦闘における反省を兼ねて、新たに現れた連合製メテオメイルについての対策会議が行われていた。

 中央に据えられた巨大な円卓には、負傷及び性格上の問題で欠席しているサミュエルを除いた、オーゼスのメテオメイルパイロット全てが集結。

 ある者は極めて愉快げに、またあるものは極めて真剣に、円卓の中央に投写されている立体映像に目を通す。


「二機目の連合製メテオメイル、バウショックか。その内、こういったものが出てくるのではないかと思ってはいたが、しかし予想外に早い投入だった」


 エンベロープのパイロットを務める白髭は、目先で再生される映像に、実に興味深げな視線を送る。

 卓の表面から映し出されているのは、オーゼスのメテオメイル四番機ラビリントスと、バウショックと呼ばれた新たな機体との壮絶な格闘戦――――それを、俯瞰視点で再現したものだ。

 今回の侵略に限ったことではないが、オーゼスは全ての戦闘を、機体から放った四機の浮遊式小型カメラによって撮影している。

 四方から得たデータを統合処理することで、極めて高精度の立体映像へと変換させているというわけだ。


「汎用性のある機体ではこちらに勝てないと踏んで、最初から、ある程度特化したタイプを並行して開発していたんでしょうね。怨敵セイファートは高機動タイプ、このバウショックとかいう右腕でっかちでアンシンメトリカルさが目立つ上に、僕のシンクロトロンからパーツを猫糞した最低の機体はラビリントスと同じ重装甲タイプと」

「だとしたら、もう一機や二機、俺達の知らない機体があるぐらいは考えておいた方がいいんじゃないか。未知なる強敵ライバルの登場……くぅ~、燃えてきた!」


 円卓を囲む、他のパイロット達――――グレゴールや、その隣に座る暑苦しい筋肉質の男が、映像鑑賞が始まってすぐに、推論を始める。

 それ以外の面々にしても、新たな敵の登場によってモチベーションが多少は上昇傾向にあるようで、三連続引き分けという何とも振るわない結果ではあるものの、少なくとも二戦目よりは会議室内に騒々しさがあった。

 例外は、黙したまま何も語ろうとしない鉄面皮の男ぐらいのものだが、この男に関してはこの有り様がいつも通りなので、誰も気にも留めない。


「しかし、複数機体を作っていた影響だろうか、個々の完成度が低いのは何ともな……いやまあ、一年足らずの短期間で一からメテオメイルを用意できた事に対しては賞賛しかないわけだが」

「まともに動けていたセイファートの次が、この自力で歩けない欠陥機となると、本当に三機目以降があるとしても、すぐには出て来ないのでは?」

「かもしれないし、そうではないかもしれない。既にセイファートやバウショックよりも遙かに優れた機体が完成していて、最終兵器として温存している可能性もある。偵察だのハッキングだのと、やれなくもないんだがね……だがそれは我々の流儀ではない。こうやって敵の隠された戦力を想像することもまた、楽しみの一つということにしておこう」


 その意見に、他の会議参加者の内、六人が頷いてみせる。

 これほどまでに、他者にとっては余りにも度し難い、何の益も生まない侵略行為。

 そんなものに白髭達が全力を賭して臨んでいるのは、偏に自分達が楽しむ為であり、逆に楽しめなければそれこそ本当に何の意味もなくなってしまう。

 故にオーゼスは、“戦争じみた”無粋な真似をする事は無い。

 誰しもが、戦場で見聞きしたものだけを全ての情報とする所存であった。


「この後すぐに機能停止するわけですが、最後の一撃は結構な威力のようですね……ラビリントス以外だと、ほぼ確実に大破してしまうんじゃないでしょうか」

「でも、こんなノロマの近距離ショートレンジ攻撃、ラビリントス以外は余裕で避けれるだろうよ。例え脚部が完成しても、大して移動速度が上がるとは思えないしな。まあ、俺なら敢えて正面から突っ込んだ上でぶち破るが」


 クリムゾンストライクが繰り出される場面を見て、黒縁の眼鏡をかけた優男が論じ、それに筋肉質の男が補足する。

 実際の所、筋肉質の男が言うように、並程度の機動力を持った機体ならば、クリムゾンストライクを回避することは容易である。

 最も鈍重なラビリントスでもなければ、少なくとも現状は、発動の兆候が見えたら即座に後退するだけでいい。

 頑丈さには目を見張るものがあるが、現状最速クラス機動性を持ち、かつ手数も多いセイファートの方が、オーゼスの面々にとっては幾らか厄介であるという結論に至るのは、自然な流れであった。


「ともかく、どちらが出てきてもいいように十分に準備してくれたまえよ、エラルド君。次は君の番で、そして久しぶりの出撃になるのだからね」


 言って、白髭はちょうど自分の真向かいに座る人物を見遣る。

 エラルド・ウォルフ――――上下共に、左半身が白、右半身が黒という、なんとも奇抜な配色のスーツを着こなす、年の頃は三十代半ば程度に見える男。

 整えられたシャギーカットと薄髭、そして礼儀作法を知り尽くした優雅な物腰も相まって、子供じみたメンタルの持ち主が多いオーゼスの中では数少ない大人びた落ち着きの持ち主である。


「初の対メテオメイル戦で、しかも何が出てくるかわからないこの状況……正直に言って、恐怖で脚が震えてますよ。……ま、嘘なんですがね」

「君の本心は相変わらず読めないな」

「そうでもありませんよ。自分ほど考えが悟られやすい人間はいないと自負しています。ああ、これは本当ですよ」


 穏やかな笑みを浮かべながら、エラルドは手元のコーヒーカップを手に取り、湯気を立たせたままのコピルアクを一呑みする。

 そのいつもと変わらない飄々とした態度に、白髭は苦笑する。

 エラルドは、その界隈では非常に有名な詐欺師として知られている。

 被害者はどの年においても、各国の政府や企業から、富とは無縁の一個人に至るまでと、無差別広範囲。

 金銭を騙し取るのは勿論、人間関係の破滅や、組織の乗っ取りすらも平然と行い、他人の心理を掌握する事に関しては右に出る者がいないとされていた。

 そんなエラルドが何故オーゼスの一員となったのか、真の理由は誰にも判らない。

 六年ほど前、詐欺の一環でオーゼスに近付いたエラルドが、水面下で進められていた一大計画を知り、『面白そうだから、自分も混ぜて欲しい』という、何ともふざけた理由で参加を希望してきたのは事実である。

 しかし当然、過去の経歴から、何か別の目的があって接触してきたのではという疑念は、誰しもの胸中にあった。

 後に、エラルドにもパイロット適性があることが判明したものの、彼にメテオメイルを与える事に対して反対意見も多く出たほどだ。

 だが少なくとも、メテオメイルのパイロット達は、エラルドに対して一定以上の信用を置いている。

 発言の全てが嘘か誠か計りかねるが、しかしその一貫性は、自分達が持つ、頑ななまでに一本芯の通った奇癖と同質のものであるからだ。

 最終的に、エラルドは当時のパイロット候補全員の賛同を得て、こうしてパイロットの座に就くことになっている。


「この停滞しきった状況は、自分が必ず一変させてみせますよ。……ま、これも嘘なんですが」

「おいおい……消極的になってもらっては困るな」

「いえ、気合は十分といったところなのですがね。しかし忌憚ない意見を述べさせていただきますと、互いにチェックメイトには届かず四連続引き分けになる可能性が濃厚ってところでしょうか。自分の機体は“徹底した中途半端”が売りなもので、真剣勝負は苦手なのです」

「そうかい? 君の“ダブル・ダブル”は上手く使えば、私達も含め如何なるメテオメイルを相手にしても優位に立ち回れると思うが」

「性能の全てを引き出す事ができれば、或いはそうなのかもしれませんがね。いかんせん、自分はダブル・ダブルに嫌われていまして。……おっと、これはあながち冗談でもないから笑えないな」


 とは言いつつも表情は変えないエラルドに、一同は呆れた様子を見せる。

 そうして会話が途切れた合間に、エラルドはコピルアクをもう一啜りし、また改めて言葉を紡いだ。


「自分の出撃は、一週間後でしたよね。でしたらその間、また気分転換がてら外出でもさせて貰いましょうかね。あ、これは本心ですよ」

「その習慣だけはどうにか直せないものですか、ミスター・パーフェクトアンシンメトリー。外の空気を吸いたければ、他の方の準備期間中に行けばいいものを、何故毎回自身の出撃が決定してから……」

「申し訳ないとは思っていますよ、グレゴールさん。ですが、メテオメイルの操縦にはテクニックだけではなく精神力も必要不可欠。よりよい精神状態であれば、精神力の消耗速度を大きく抑えられ、最大の出力を長時間維持可能になる。それは私にとって、この施設内では中々達成しづらい条件だ。壊す立場でありながら矛盾しているとは思うのですがね、私は街中を当てもなくぶらつくのが大好きなんです。そういう事にしておいてください」

「止める権利はないが……しかし、過ぎた諜報活動は御法度だよ、エラルド君」

「わかっていますよ。こんなに楽しい空間を追い出されたくはないですからね」


 念のために釘を刺す白髭に、エラルドは軽く頷いてみせる。

 最後の一言だけは、偽りのない真意のようであった。


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