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第138話 光の虚神(その2)

「ねえ、風岩君。正体とは……つまり本当の姿とは、自分の中にある、どの部分を指すんだろうね」


 無貌にして無腕の、巨大な神像。

 それを操る少女、セリア・アーリアルは、涼やかに言葉を紡ぐ。

 セイファート、バウショック、ゲルトルートの三機それぞれを、虹色に輝く光球の檻――――“オーロラの檻セーラス・クルヴィ”なる領域に封じ込めたまま。


「最も表層に出ている時間が長い人格なのか。それとも、最も深部に潜んでいる人格なのか。あるいは、最も価値が認められている人格なのか」


 セリアの語りは相変わらず、声質と緩急の付け方から、非常に耳障りが良いものだった。

 だが、話のテーマには些かの興味も沸かなかった。

 瞬はセリアの問いに応じることなく、自らを包む光壁に、ジェミニソードの切っ先を押し当てる。

 直後に返ってきたのは、ジェミニソードが弾き飛ばされるどころか、セイファートの腕が千切れんばかりの凄まじい反発力。

 光壁の硬度は、間違いなく神像本体が纏うレイ・ヴェール以上。

 並の手段では破壊が望めない。

 かといって、このような密閉空間の中で並ではない手段を用いれば、相応の反動や反射が機体を襲う。

 身動き自体は自由に行えるものの、実質的に、無力化されているに等しい状態だった。

 結局、抜け出すための良案が思い浮かばず、瞬は仕方なく応じることにする。


「こんなことをやっておいて、すっとぼける気かよ」

「そう受け取られるかもしれないけど、そうじゃないんだ。本当にわからないんだよ、私は。自分が何者なのかを」

「お前はメテオメイルに乗って、オレ達と戦ってる。嫌々やってるわけじゃねえんなら、お前は立派にエウドクソスの一味で、それがお前の正体だ」

「そうか……状況証拠的には、そうなるのか」

「どうしちまったんだよ、セリア。昔のお前は、今の百倍、まともだった気がするぜ」


 それは、瞬の率直な疑問だった。

 以前のセリアも、自身のコミュニケーション能力の致命的な低さについて、悩んではいた。

 その対応策として、心理学や言語学の知識を用いて適切な受け答えを導き出すという、ひどく非効率的な方法を取るくらいに不器用だった。

 しかし、そんなセリアを、瞬が奇異に思ったことは一度もない。

 身の回りにいる他の面々が、不条理であったり苛烈であったり面倒な性格の持ち主だったせいで、そのくらいは大した問題に見えなかったのも理由の一つではある。

 ただ、彼らとの比較を抜きにしても、セリアは十分以上に真っ当な人間であった。

 他の部分においては聡明さを遺憾なく発揮していたし、論理的ではあっても堅苦しくはない、固有の性格を有していた。

 だが今、瞬達と相対するセリアは、壊れた人形のようだった。

 悲しみもせず、焦りもせず、普段と変わらぬ表情で悩みを口にする。

 その異常性が、瞬には不気味でならない。


「普通は逆だろ。元いた場所に戻ったらおかしくなっちまうんなんて、意味がわからねえ」

「その言い分だと、“セリア・アーリアル”は、どうやら正常に機能できていたみたいだね。なら良かった。もちろん“先生”からは及第点を貰っているけど、潜入タイプの任務は、相手側の評価も重要だからね……」

「……まじでポンコツになっちまいやがったな」


 瞬の心中を、多大なる落胆が満たす。

 あの日の轟も、こんなセリアの姿を目の当たりにしたのだと思うと、同情せずにはいられなかった。


「そうか……お前はもう、セリアですらないんだな」

「言いそびれていたけど、そうなんだ。今の私は、コードλラムダ“シャウラ”と呼ばれている。ヴァルクスで遂行していた任務の成果が認められて、ようやくコードを貰えるランクに昇格できたんだ」

「そんなことはどうでもいいぜ……」


 そこで瞬は、一呼吸を挟む。

 これから投げかける問いに対する、セリアの――――いや、シャウラの返答次第では、自分達の関係性が不可逆の変化を迎えてしまうことになるからだ。


「なあ、もう一度だけ聞かせてくれ。お前がエウドクソスの手先として働いてんのは、お前の意志か? それとも無理やり従わされてんのか?」

「私の意志ではないことは確かだね。でも、無理も感じていないよ。与えられた役割が、エウドクソスの工作員、コードλラムダ“シャウラ”だから、それに相応しい働きをしているまでさ」

「“セリア”をやれと言われたら“セリア”をやって、“シャウラ”をやれと言われたら“シャウラ”をやるのか、お前は……!」

「そうだよ」

「やりたいとか、やりたくないとか、好き嫌いがあるだろ……普通は」

「なら、普通じゃないんだろうね、私は」

「そんなにほいほい他人の言うことを聞くならよ……オレ達がシャウラなんてやめちまって、またセリアをやれって言ったら、やってくれるのか?」

「再びセリア・アーリアルとして生きるのは不可能だろうね。あれは、今年の八月末までの運用しか想定されていない、低容量データの人格だから。再実行したところで、多分すぐにロジックエラーを起こすと思うよ」


 その痛ましい回答に、ここまで必死に食い下がってきた瞬も、とうとう返す言葉を失う。

 悪意を持って裏切った者には、怒りをぶつけることができる。

 故あって仕方なく敵の側についている者ならば、やりようによっては戦わずに済む道も開ける。

 だが、自我の失せた人形は――――手の施しようが、なさすぎる。

 この徹底した機械的思考を見るに、無理に連れ帰ったところで、まず間違いなくろくなことにはならないだろう。

 だから、確認などしたくなかったのだ。


「おっといけない……そろそろ任務を再開しないと、“先生”に叱られてしまう」

「……何をやるつもりだ」

「色々あるけど、まずはコードκカッパがやるはずだった仕事の引き継ぎかな。オーゼスの侵略を幇助するためにも、あれにはどうしても、壊れてもらわないといけない」


 シャウラの言葉と共に、神像が微震を始め、胸元の宝玉に一際禍々しい輝きが生まれる。

 その動作が、ラニアケアに向かって放たれる長距離砲撃の予兆であることは、明白だった。

 先に発射された光線は、ほとんどエネルギーチャージを行わない単発の射撃でも、海面を抉るほどの威力を有していた。

 全力を注ぎ込めば、数キロメートル先のラニアケアまで届くことも、区画単位を軽々と消し飛ばすことも確実だろう。

 瞬もメアラも、青ざめて、眼前の光壁を幾度も殴りつける。

 しかし、やはり力場の反発力は凄まじく、まともに干渉することさえままならない。


「セリア先輩、やめてください! こんなことをしたって、何も!」

「さっきの話は聞いていたろう、メアラ。私はもう君の先輩なんかじゃない」

「わかってんのかお前は! そもそも南ブロックは隊員の退避なんかやってねえ! 当たりゃ大勢死ぬぞ!」

「だろうね。でも、そういう任務だからさ」

「シャウラ……!」


 二人の抵抗虚しく、宝玉の輝きは更に輝きを増していく。

 光壁自体の眩しさも相まって、もはや神像の視認が不可能なほどに、赤色の光は周囲を照らし上げていた。

 発射はもう目前。

 いよいよ腹を括らねばならないかと、瞬がセイファートの背面にマウントされた“天の河”に手を伸ばしたとき――――

 眼下で、“オーロラの檻セーラス・クルヴィ”の一つが爆裂する。

 黒煙と、赤くちらつく燃焼の残滓と共に解き放たれたのは、赤き拳闘士――――バウショック。

 正面に突き出されているのは、自慢の右腕。

 その内部に秘められし決戦兵装、クリムゾンストライクの一撃で、超常的な堅牢性を誇る光壁を強引に打ち破ったのだ。

 やはり真っ先に動いたのは、誰よりも強靭な意志力を持つ、あの男だった。


「いい加減に、しやがれよ……!」


 ピスケス・ユニットの上で跳躍したバウショックが、そのまま神像の胸部に覆いかぶさる。

 無論、神像の全身には強力なレイ・ヴェールが張り巡らされており、尋常ならざる斥力がバウショックを押しのけるべく作用していた。

 だが、それ以上に強い力を込めた四肢で、バウショックは神像にしがみつく。

 光線の放射口を塞がれた状態での発射は、本体を危険に晒すと判断したのか、宝玉の輝きは急速に収まっていった。

 とはいえ、ラニアケアの破壊が僅かに先延ばしになっただけで、事態は好転していないに等しい。


「ああ、北沢君……いたんだ。随分静かなものだったから、その存在を失念していたよ」

「テメーが出て行っちまってから、それなりに心配してやってたってのによ……その結果がこれかよ」

「心配……? 誰を? 何を?」

「っ……」


 直にシャウラの冷笑を浴びて、轟が息を呑む。

 連動して、威圧的な雰囲気も一気に崩れかけるのを瞬は感じる。

 ただし轟は、せっかく掴んだ機会をむざむざと手放すような人間ではない。

 弱い自分を叱咤するかのように、バウショックの頭部を神像に打ち付けて、持ち直す。


「テメーは一周回ってバカな女だから、放っておくと何をしでかすかわかんねーってのに……案の定じゃねーか!」

「申し訳ないけど、何を言いたいのかさっぱりだね」


 次の瞬間、神像の両脚が左右に折れ曲がったかと思うと、そのまま胴体側面のレールに沿って肩口まで上昇。

 並行して、鋭利な爪先と踵がそれぞれ二つに分離し、合計四本の指を形成。

 数秒の間に、腕への変形を果たす。

 そして、両側からバウショックを掴み取り、本体から強引に引き剥がした。


「くっ、この……!」

「ここまで強固な抵抗姿勢を示す君達のことだ。基地施設の一部を破壊してみせたところで、恐嚇に屈することはまずないだろう。だからさ……ロベルト・ベイスンからは、メテオメイルも全力で痛めつけていいと言われているんだ。一、二機くらいは完全に破壊してしまって構わないともね」

「轟!」


 シャウラは、先にバウショックを光線で消し去るつもりのようだった。

 しかし瞬には、ただ叫ぶことしかできなかった。

 バウショックが必死にもがいても拘束を逃れられないのは、神像の腕力が高すぎるから、というだけではない。

 当のバウショックの損傷が激しく、既に全力を出せない状態となっているからだ。

 瞬が懸念していた通り、クリムゾンストライクで“オーロラの檻セーラス・クルヴィ”を破る際に、ダイレクトに跳ね返ってきた爆風や熱量をもろに受けてしまっているのだ。

 バウショックでこのダメージならば、セイファートが檻の中で“天の河”を振るえば、確実に塵芥と化す。

 ただの臆病とは違う理由で、動けないのだ。


「そういうわけだから、さよなら北沢君」


セリアの淡白な言葉と共に、とうとう再チャージの完了した光線が宝玉から撃ち出される。

しかし、発射の間際、ラニアケアの存在する方角から、濃紫の輝きを伴う二つの光条が飛来。

それらが右翼を激しく打ったことで、神像は大きく仰け反り、光線は天高くに向けて放たれる結果となった。


「おおっと……」


 シャウラが神像の体勢を戻すよりも先に、再び光条が飛来。

 今度は神像の左腕に直撃し、片方だけではあるが、バウショックの拘束を解くことに成功する。

 その隙に、バウショックは神像の胴体を蹴り込み、反動を利用する形で、もう一方の腕を引き剥がした。


「借り二つ、ということでいいかしら……北沢君?」

「ケッ、遅刻した分を取り返しただけだろーが……!」


 轟は、厚かましさを隠そうともしない声の主に、口を尖らせながら答える。

 轟の窮地を救ったのは、消去法で自ずとそうなるが、オルトクラウドだった。

 ラニアケアを回り込むようにして現れたオルトクラウドは、圧倒的推力の副産物であるホバー移動で、一気に瞬達の元へと接近してくる。

 やっと、ロベルトの身柄を拘束する一連の仕事が片付いたらしい。

 ともあれ、これでヴァルクス側の全戦力が集結することになった。


「こっちもこっちで色々あったのよ。……じゃあ、さっさと片付けてしまおうかしら。あれを私が仕留めれば、サボタージュの迷惑分もチャラでしょ?」

「連奈、あいつに近づくな! オレ達みたいに閉じ込められるぞ!」


 神像に備わる凶悪な特殊兵装のことを知らず、ぐんぐん迫ってくるオルトクラウドに、瞬は警告する。

 しかしどういうわけか、神像を操るシャウラ本人が、頭を振ってその使用を否定する。


「ああ、それなら心配はいらないよ。もう“オーロラの檻セーラス・クルヴィ”は使わない。上位者の命令がない限りはね」

「それは、どういう……」


 瞬が聞き返そうとする間に、セイファート、ゲルトルートを覆っていた光壁も完全に消失する。

 シャウラにとっては何のメリットもない、どころか自分を危険に晒すだけの愚行。

 そして、戸惑う瞬達の元へ、とうとうオルトクラウドが到着する。


「その声……久しぶりね、セリア」

「今はシャウラという名前になっている。能力も役割も別人だと思ってくれていいよ」

「そうなの? セリアのままなら、友達優待ということで二割くらいは手加減してあげられるのに」


 連奈は、流石の肝の座りようだった。

 たった今、シャウラが敵に回ったことを知ったばかりの身だというのに、両腕に構えたバリオンバスターを躊躇なく神像に向ける。

 その火力が神像に対してどれほど通用するのかは、先に当人が示した通りである。

 まともに当たれば、レイ・ヴェールを大きく削った上で、更にバランスを崩すことができる。

 他の武装も併用した集中攻撃ならば、単機でも十分にダメージを与えられるだろう。

 もっとも、そう上手くいくわけがないことは、明らかだった。

 それを踏まえても揺るがない勝算があるからこそ、シャウラは“オーロラの檻セーラス・クルヴィ”を解いてみせたのだ。


「遠慮は無用だよ。君達全員の全力を以てしても、この“ヴォルフィアナ”を倒すことは不可能なのだからね。それほどまでに、隔絶した性能を持っているんだ」

「小細工なしで圧倒できることを証明するために、敢えてセイファートとゲルトルートを自由にしたというわけ?」

「敵対者の意志を挫くのならば、正々堂々が一番効率的だからね」

「……ひどい慢心があったものね」

「慢心なんかじゃないよ。極めて高精度の戦闘シミュレーションから導き出された、確定事項さ。“先生”自らが携わっているんだ、まず間違いはない」

「だったら、ますます楽しみになってきたわ。この戦闘の結果を見て、あなたやその“先生”とやらが、どんな顔をするのか」


 ヴォルフィアナを包囲する陣形が完成したのは、連奈がそう言い終えるのと同時だった。

 ヴォルフィアナの正面には、強力な火砲を無数に備えるオルトクラウドが。

 右方には、近接格闘戦を主体とする重装甲タイプのバウショックが。

 左方には、同タイプのゲルトルートが。

 そして後方には、一撃離脱を得意とする高機動タイプのセイファートが。

 全てのメテオメイルとパイロットが集い、ついに実現した四機共闘。

 互いの欠点を補完し合う、いかなる敵にも対応可能な万全の布陣。

 その初披露における攻撃目標が、かつての友人であり仲間とは、何という運命の悪戯か。

 しかし瞬達は、連合のメテオメイルパイロットとして、在りし日の平穏を求める一人の人間として、変わり果てた彼女の凶行を食い止めなければならない。

 ここに立つ誰もが望んでなどいない、最悪の大勝負が、いま始まろうとしていた。

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