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第137話 光の虚神(その1)

「そういうわけだ。ひとまずここは退散させてもらうとするよ、ケルケイム君……いや、ケルケイム・クシナダ」


 オルトクラウドに首から下を握りしめたれたままのロベルトが、場にそぐわぬ気軽さで告げる。

 その眼差しに、もう師父然とした穏やかさは見受けられない。

 ケルケイムに向けられているのは、狡猾で飄々とした部分だけが残った、親しみとは無縁の表情だった。

 ケルケイムは一人の男として認められる栄誉と、侮りがたき敵として認められる栄誉の二つを、同時に得たのだ。

 しかし、ケルケイムにとっては、どちらも喜ばしいものではない。

 築いてきた関係が、徹頭徹尾偽りのものであったとしても――――それでも、ロベルトが自らの成長に大きく寄与してきたことは間違いのない事実であり、相応の感謝もまたある。

 故に、得られた様々な情報から、ロベルトが内通者であるという確信を得ても。

 今このとき、本人の言動と行動から、連合に対する裏切りが決定的なものになろうとも。

 未だ、この離別を割り切れていない自分が心の片隅にいるのを、ケルケイムは感じていた。

 だからこそ、迷いを断ち切るため、ケルケイムは最後に確認する。

 その行為が、自らの魂を、より黒々しく濁った汚泥に漬け込むものだとしても。


「ジェルミ・アバーテを唆したのも、あなたなのですか」


 独断でエウドクソスを手を組んだジェルミによる、スノードロップ号への襲撃。

 あの一件こそが、ケルケイムが本格的にロベルトを内通者として疑い始めたきっかけだった。

 ラニアケアに勤めている者ならば、当時のケルケイムとノルンのことは、下世話な噂話として、多少は耳に入っただろう。

 しかし、ジェルミに対する餌として使えるほど密度の高い情報は、ロベルトくらいしか持ち合わせていない。

 そして、確実性を追求するロベルトならば、第三者を介さず自らジェルミに接触するはずだった。

 そんなケルケイムの忌まわしい予想通りに、ロベルトは勿体もつけずに頷く。


「そうだとも。彼をエウドクソスに迎え入れることは、首を横に振られてもやむなしくらいの、枝葉も枝葉のプランだったのだが……ノルン君のことをリークしたところ、思いのほか簡単にオーゼスを離反してくれたよ。とはいえ、まともに制御することができなかった手前、得意げに語ることはできないがね」

「そうか……それもやはり、あなたの……。いや、お前の……!」


 その鬼畜生のような返答を聞いて、ケルケイムは安堵を覚える。

 混じりけのない憎悪を燃料に、心の底から激昂できることに対しての、安堵を。


「ヴァルクスの活動を妨害するためだけの下らない企てに付き合わされて、ノルンは命を落としたのか……!」

「確かに、巻き込んだのは我々だ。しかし、死なずに済む選択肢が彼女にはあったし、君にも、彼女を救い出せる選択肢があった。あんなことになってしまったのは、他の何よりもヴァルクスの今後を優先した、君達の判断の結果だともいえる」

「元凶が、詭弁をほざくか……!」


 悪びれもせず、詭弁を宣うロベルトの態度に、ケルケイムは唾棄したい思いに駆られた。

 手すりを握りしめた両手にも、指がへし折れんばかりの力が籠もる。

 だが、これで良かった。

 良いことなど何一つないが、それで良かった。

 もはやロベルト・ベイスンは、単純な敵対勢力の構成員ではなく、ジェルミと並ぶ仇敵の一人。

 最愛の人間の命を奪った遠因。

 許しておくことも、生かしておくこともできない。

 引き金にかけた人差し指が、今すぐ自分を使えと乞うてくる。

 だが、ケルケイムが己の理性を本能で押さえつける一瞬の間に、タイムリミットが訪れてしまう。

 コックピットの内部に潜り込んできたゼドラに急かされ、連奈の操るオルトクラウドが身を翻したのだ。

 当然、その右腕に掴まれたロベルトもまた、ケルケイムの視界から消える。

 かといって、まだ距離はそう遠く離れてはいない。


「ロベルト・ベイスン……!」


 だからケルケイムは、声を振り絞り、叫ぶ。

 それが捨て台詞と呼ばれる類のものであることは承知の上で、怨嗟を乗せた決意を。


「エウドクソスは、いずれ必ず、我々ヴァルクスが壊滅させる。どれだけ賢しく立ち回ろうとも、お前たちの思い描く未来が訪れることは、けしてない。矢面に立つ度胸のない臆病者の“先生”とやらにも、そう伝えておけ!」


 聞こえているのかいないのか、結局、その所信表明にロベルトが返事を寄越すことはなかった。

 もっとも、今の言葉はケルケイムが心の区切りをつけるためのものであり、もとより反応は期待していない。

 それに、もうこれ以上、こんなところで時間を無駄にはしていられなかった。

 司令室からの報告によると、エウドクソス製と思しき新たなメテオメイルがラニアケアに接近しているという。

 おそらくはギルタブのヴェンデリーネに代わって、ラニアケアのリニアカタパルトを破壊するつもりなのだろう。

 まだ戦いは終わっていないどころか、ここからが本番であり正念場。

 ケルケイムは気を引き締め直すと、通信装置で司令室に指示を飛ばしながら、全力で階段を駆け上がっていった。



「軽率な真似はしたくねえが、これ以上あいつを島に近づけるのも危険だ。一気にぶった斬るぞ、メアラ! サーサナスαだ!」

「了解です!」


 何故かバウショックのみを標的に定め、セイファートとゲルトルートには目もくれない、無貌にして無腕の神像。

 その目的は定かではないが、二機が攻め入る好機ではあった。

 パイロットが心変わりを起こす前にと、瞬はメアラに指示を出す。

 最後に発した単語は、セイファート、ゲルトルートの二機で行う連携攻撃の、パターンの一つである。

 先日ようやく、二人はそのように、固有の名称を持つに値するほどの実戦級連携を完成させていた。


「まずは……」


 神像までの距離が残り二百メートルを切ったところで、ゲルトルートが飛び上がる。

 狙いは、神像の広げた長大な翼。

 具体的には、その右側。

 とにもかくにも、戦闘は敵の機動力を奪うところから始まる。


「これで!」


 メアラの気勢ある一声と共に、ゲルトルート右腕のジェミニブレードが、神像の翼に勢いよく叩きつけられる。

 しかし、翼の表面に展開する強力なレイ・ヴェールが、それを軽々と弾いた。

 もっとも、神像の内部に滾る圧倒的なエネルギー量から、こうなることは予想済みだ。

 だから瞬は、既にセイファートを急降下させている。


「もう一撃、食らっとけよ!」


 そして、重力に従い自由落下していくゲルトルートと入れ替わるようにして、続けざまに同じ部位へジェミニソードを振り下ろす。

 拡散した圧縮光子の補填が完了するよりも早く放たれる、神速斬撃。

 それは結果として、微小ではあるものの、長大な翼に切り傷を残す。

 サーサナス(Circinus)とはコンパス座の学名で、コンパス座はその名の通り、力点であるα星と両針に相当するβ星、γ星がそれぞれ線で結ばれている。

 つまるところ、サーサナスαとは、両針になぞらえられたセイファートとゲルトルートが、同一の箇所に集中攻撃を仕掛ける連携パターンなのである。


「それでも、これか……」


 瞬は、斬撃の反動で後方に仰け反ったセイファートを、その勢いのまま宙返りさせて神像から距離を取る。

 今の攻撃は、実質的な不成功。。

 あの程度は、何のダメージにもなっていないに等しい。

 完璧にタイミングを合わせたにも関わらずだ。

 幾十、幾百回と斬撃を叩き込めば話は別だろうが、ジェミニソードの刀身が音を上げるのが先であろう。

 瞬の予想を遥かに超える、凄まじい防御力だった。

 また、二つ目の誤算は、その巨体である。

 各パーツのサイズ感から、大きくともせいぜいビッグバンネビュラ級――――全高五十メートル前後を想定していたが、実際はその倍近い。

 どちらかと言うと、近しいのはガンマドラコニスBの方だ。

 その上で、絶大なエンジン出力を誇るとなると、四機がかりでも相当の長期戦を覚悟しなければならなかった。


「気をつけろ、轟!」


 神像の砲撃を躱しながら前進を続けるバウショックに、瞬は呼びかける。

 突破には二機の集中攻撃を必要とするほどの、厚いレイ・ヴェールである。

 単発の打撃は、完全に無効化されると考えていい。

 しかし――――バウショックが神像まであと一歩という距離に踏み込んだ瞬間、それ以前の問題が発生する。

 バウショックが、眼前に突如として出現した、虹色に輝く光の障壁に衝突したのだ。

 そして、瞬がバウショックに気を向けていられるのは、ごく僅かな間だけだった。

 直後に、セイファートとゲルトルートもまた当事者となる。

 神像からはだいぶ離れているにも関わらず、二機それぞれの進路上に障壁が出現したのだ。

 いや、障壁という認識すらも多分に誤解を孕んでいた。

 生成された直後こそ、それは確かに障壁であったが、急速に面積を拡大し、最終的には球状に近い細やかな多面体を構成するに至った。


「何だよ、こりゃあ……!?」


 同じ全身包囲型の力場といえば、ガンマドラコニスBに備わっていた特殊な防御フィールド“ラードーン”が思い浮かぶ。

 しかし、あれはあくまで自機を守るためのものだった。

 対してこちらは、逆に敵機を、しかも個別に包み込むという、まさしく神の御業。

 発生機の周囲に力場を展開するのと、対象物の周囲に力場を展開するのとでは、求められる技術レベルの次元が違う。

 他のエウドクソス製メテオメイルと比較しても、頭一つ抜けていると言わざるを得ない。


「“オーロラの檻セーラス・クルヴィ”……少しは驚いてくれたかな?」

「お前は……!」


 まるで友人にでも問いかけるかのような気安さで、神像を操っていたパイロットが、瞬達に語りかけてくる。

 その涼やかな声を聞いて、メアラは口元を押さえて絶句し、轟は無表情のままに俯く。

 瞬は、視線を正面に向けたまま、静かにため息を吐いた。

 エウドクソスが本格的に介入を開始してからというもの、ヴァルクスは、最悪の事態というものを何度も経験してきた。

 だからか、こうなってしまうことも、どことなく予想はついていた。

 轟も、敢えて考えようとしなかっただけで、一度は脳裏に思い浮かんだ展開だからこその、この反応なのだろう。


「そりゃあそうだよな。“優等生”が直々にお迎えに上がるほどの人材だ。何もないわけはないもんな」


 連れ去った当人であるジュバは、彼女のことを“劣等生”と呼び、見下していた。

 だが、いま発した通りの理由から、瞬はその言葉を額面通りには受け取っていなかった。

 彼ら固有の価値基準では、彼女の能力値ですら劣等生――――という解釈もできなくはない。

 しかし現実に、このような化け物を任せられている。

 ランクでは劣るにしろ、部分的には極めて高い評価を受けていると考えるのが妥当だった。 


「一番場数を踏んでいるだけあって、風岩君は流石だね。他の二人ほどは、メンタルが乱れていないように見える」

「薄情なだけだ」

「そうだね、君は自分が一番大事ってタイプだった。視野が開けて人間的に成長した感じはするけど、そこのところは、別れる前と全然変わっていないようだね」

「そういうお前は盛大に様変わりしたな……セリア。いや、それがお前の正体か」


 瞬がそう言い放つと、ようやく彼女は――――二ヶ月前にヴァルクスを去った元オペレーター、セリア・アーリアルは、フェイスウィンドウを開いて自らの姿を晒す。

 至るところからチューブが生え、コックピット内の機材と繋がっている専用パイロットスーツこそ異質な空気を漂わせているものの、容貌や雰囲気には何の変化も見当たらない。

 ツインテールにまとめられたボリュームのある桃色の髪。

 聡明さを感じさせる、細やかに動く瞳。

 笑みと形容できる一歩手前の角度で結ばれた口元。

 はきはきとしながらも柔らかさを含んだ独特の口調に、一筋縄ではいかない飄々とした態度。

 モニターに映るのは、戦意もなければ殺意もない、かつてのセリア・アーリアルそのものだった。

 だが、それ故に、そこにいるのは以前のセリアではないと言い切れた。

 瞬の知るセリアは、ともすれば自分の手で人を殺めかねないという状況下で、平然としていられるような少女ではなかったはずだ。

 どこまでが本質で、どこまでが仮面なのか。

 瞬は最強の敵として再開を果たしたセリアを、複雑な心境のままに睨んだ。

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