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第133話 解放作戦(その5)

(今のところは、何の問題もないな)


 右手の錫杖“バルジケイン”と、左手の宝戟“リルグトライデント”を構え、絶え間なく繰り出されるセイファートの斬撃から身を守るヴェンデリーネ。

 攻守逆転を許さないほどの、圧倒的な運動量の差――――傍目には、セイファートの優勢に見えても仕方のない構図だ。

 しかし、操縦者であるギルタブの心理状態は、この状況においても冷静そのものであった。

 脳内に埋め込まれた電気的刺激を発生するチップによって、神経伝達物質の分泌量を自在にコントロールする機能が備わっているギルタブではあるが、今は、その効力に頼るまでもない。

 単純に、自らの戦闘能力と組織の用意した戦略の双方が、ヴァルクス側を上回っているからだ。


「どうした、ギルタブ君よ。一ヶ月以上もだらだらしてたせいで、腕が鈍っちまってるんじゃねえのか!?」


 ヴェンデリーネの周囲を縦横無尽に飛び回り、四方八方から斬りかかってくるセイファートから、瞬の挑発とも罵倒ともつかない叫びがに浴びせられる。

 その変則機動も、口汚い言葉も、ギルタブの精神を何ら刺激しない。

 任務遂行のために必要な情報か否か、そのフィルターで機械的に処理するだけだ。


「心配かけて悪かったな。ちゃんと今から本気を出してやるよ」


 虚言を吐くことのできないギルタブは、無論、虚勢を張ることもない。

 ギルタブはS3を通じてメテオエンジンの制御部にアクセスし、通常出力を大きく向上させる。

 同時に、各種武装にかけていたシステム上のロックも解除する。

 ここまで力を抑えていたのは、そうせよと――――ケルケイム一派が事を起こしてから数分間は防御に徹し、反撃は最小限に抑えよという指示が、“先生”から与えられていたからだ。

 これでようやく、ヴェンデリーネは本領を発揮することができる。

 直後、セイファートが右方から斬りかかってくるが、今度はそれを打ち払うことはしない。

 体を捻ってセイファートに向き合い、三叉の部分から高出力のレーザー刃を発生させたリルグトライデントで高速の突きを放つ。

 その一撃は、振り下ろされたばかりのジェミニソードの刀身を直撃。

 命中時の衝撃によって、セイファートの手元から弾き飛ばすことに成功する。

 砕くことができなかったのは、膂力が増大しすぎて、セイファートがジェミニソードを握り込む力を軽々と超えてしまったためだ。

 しかしこれで、どれだけのパワー差があるのかを瞬もはっきりと理解できたはずだ。


「しまっ……」

「さすがに油断のしすぎだな」


 突進の勢いを殺すことができず、そのままヴェンデリーネにもたれかかってくるセイファートの背中に、ギルタブはバルジケインを押し当てる。

 そして、直ちに能力を起動。

 セイファートのメテオエンジンが生成している電力を恐るべき速さで吸い取っていく。

 効果自体は極めてシンプルだ。

 連合製メテオメイルの全身各所に設けられた、装備を外付けするための接続口ハードポイント――――バルジケインは、そこに干渉して、自らを正規の装備と誤認させる機能を有している。

 そして、接続した装備を使用するという名目で、異常な数値のエネルギーを要求するというわけである。


「これは、ジェルミの野郎の……!」

「中々いい武器だったもんでな、盗用させてもらったんだ」


 瞬の推察通り、このバルジケインは、ジェルミ・アバーテが駆るガンマドラコニスBの武装、圧搾式略奪鋏尾“アルラキス”のデータを盗用して作られたものだ。

 ただしこちらは、物理的接触による伝導でエネルギーを奪う本家よりも、吸収量の安定性と時間効率の両面で格段に上回っていた。


「そしてお前は、もう詰みだぜ」


 ギルタブは、リルグトライデントを後腰部に戻して自由になったヴェンデリーネの左腕で、セイファートを抱き込むように固定する。

 ヴェンデリーネと同等の膂力を持つバウショックならばまだしも、貧弱なセイファートにこの拘束を抜け出す術はない。

 加えて、十分に高度を上げているため、地上で待機している他の機体も手を出せない。

 あとほんの数秒、この状態を維持できれば、セイファートを戦闘不能に追い込むことができるのだ。

 セイファートに残された手段といえば、レーザーバルカンとシャドースラッシャーだが、どちらも威力はたかが知れているし、直撃を受けたとしてヴェンデリーネが両腕の力を緩めることはない。

 一切の慢心なく、ギルタブは勝利を確信する。

 だが――――通信装置を介してギルタブの元に届けられる、瞬の呼吸に含まれているのは正気の笑気。

 それは、返しの一手を既に用意できている者の反応だ。


「この程度で詰みを宣言してんじゃねえよ」

「……?」


 まだ隠された手があるというのか。

 ギルタブが脳内で、今の瞬にできる行動の洗い出しを始めたそのとき、眼前でセイファートがスターフォームへの変形を開始する。

 両肩と両腰のアーマー、そして背面の小型翼が機体の正面中央に集結して、その名の通り巨大な星型を形成していく。

 とはいえ、胴体を押さえつけていることに変わりはないため、形態を切り替えたところで脱出は不可能だ。

 では一体何を――――ギルタブが思考を巡らせ、結論に辿り着いたときには、もう遅かった。

 変形の行程で後方に大きくスライドしたセイファートの左腕が、背中に押し当てられているバルジケインの先端を掴む。

 そして、再びバトルフォームへと変形。

 左腕を本来の位置に戻す動作を利用して、バルジケインをヴェンデリーネの手から奪い取った。

 どれだけしっかり握り込んでいようと、水平方向からの力には弱いのが、柄を持つ武器の弱点だった。


「おらあ!」


 ギルタブが対応を決めるより先に、セイファートは手のひらでバルジケインを一回転させ、ヴェンデリーネの頭部を一突きする。

 そして、その反動を利用して拘束から抜け出し、一気にヴェンデリーネから距離を取った。


「ざまあねえな、ギルタブ君よ。どんだけデータを蓄えてようが、想像力がなけりゃあポンコツなんだぜ」

「やるな……」


 実戦経験の差が出ていることは、認めるしかなかった。

 確かにギルタブは、セイファートが変形機構を持っていることも、具体的な変形プロセスも把握していたが、ああいう形で応用してくるという予想ができなかった。

 可動範囲の関係上、本来は絶対に届くことのない場所へ手を伸ばす――――実際に見てしまえば、なるほどとは思わされるが、事前に察することは難しい。

 しかし、形成が圧倒的不利になったというわけではない。

 数百メートル向こうで、セイファートが片膝を用いた梃子の原理でバルジケインをへし折るものの、まだヴェンデリーネには幾つもの凶悪な武装が残っている。

 ただし、あと数分で脚部と背部のスラスターは連続稼働時間の限界に達する。

 飛行能力に関わる部位のオーバーヒートだけは、どうしても避けたい事態だった。


(それで、俺を切り離した西ブロックに誘導か……。よく練られた作戦だ)


 ラニアケアから切り離され、現在は僅かな間隔を空けて海上を漂う西ブロック。

 そこならば、バウショックやゲルトルートに待ち伏せされることもなく、比較的安全に着陸できる。

 だが、まさにそれこそがケルケイム達の真の狙いであることをギルタブは知っていた。

 ケルケイム達は、元々の作戦がエウドクソスに漏洩することを前提として、その裏をかくべく、本命ともいえる作戦を用意している。

 その内容が確かならば、オルトクラウドが潜んでいるのは中央ブロックではなく、西ブロックの地下エリアだった。

 そうとも知らず、西ブロックにのうのうと降り立つヴェンデリーネを、被害を承知で地下から砲撃するという手筈である。

 オルトクラウドの全火力を集中させれば、数層分の隔壁を撃ち抜くことくらいはわけない。


(それよりは、乱戦必至だけど本島側に着陸した方が無難か……。結局のところ、全員を無力化しないと自爆してる余裕もできなさそうだしな)


 そう判断し、ギルタブは東ブロックを目指してヴェンデリーネを降下させる。

 しばらくの間セイファートとの一対一を続けたのは、それが最も理想的な立ち回りだからというだけだ。

 バウショックとゲルトルートを加えた三機を同時に相手取っても、有利に戦える自信はあった。

 ラニアケアの地上エリアの中で、メテオメイルが自由に動ける範囲はそう広くない。

 加えて、このラニアケアはヴァルクスの本拠地であり、司令室の存在する中央タワーも間近である。

 地上戦に移行すれば、向こうは近接戦で挑んでくるしかないのだ。


「待ちやがれ!」


 ギルタブの目論見に気づいたのか、セイファートが急加速をかけてヴェンデリーネに突撃してくる。

 だが、ギルタブはすかさず、機体の両腕部に内蔵された六連圧縮光子生成機構“ソーラフォース”の弾幕を張って接近を阻止する。

 兄弟機ともいえるヴァルプルガ、ヴィグディスに搭載されていたものと基本仕様は同じだが、ヴェンデリーネのものはコンデンサーに調整が施してあった。

 右腕部は威力を落として連射力を極限まで上げ、逆に左腕部は連射力を落として一発の威力を極限まで強化。

 従来のものと同じ威力であると仮定し、被弾覚悟で突っ込んでくると、予想外の損傷を負うというわけである。

 もっとも、装甲が脆弱なセイファートの場合は、右腕部の威力でも十分にダメージになるのだが。


「なるべく多対一になるのは避けるっていうのが普通の心理らしいが……俺達”優等生”には、数の不利は何のプレッシャーにもならないんだぜ。戦力を的確に分析して、それで勝てると判断すれば、行くだけだ」

「くそっ……!」


 セイファートは急制動をかけたのちに再上昇――――弾幕を回避することには成功するが、大きく速度を落としてしまう。

 その隙に、ヴェンデリーネは下方へ大きく加速。

 長らく待機を続けて集中力が緩んでいたためか、バウショックもゲルトルートも、ヴェンデリーネの動きに反応するのがワンテンポ遅い。

 そのため、クリムゾンショットとストリームブリットによる迎撃は、容易に見切ることができた。


「野郎!」

「速い……!?」

「ゆるゆるだな」


 半ば飛び込むようにして、ラニアケアの東ブロックにある未開発区域に降り立ったヴェンデリーネは、着地の反動を利用して大きく跳躍。

 ゲルトルートに狙いを定め、頭上からリルグトライデントを叩きつける。

 どうにか左腕のジェミニブレードで防ごうとはしていたものの、いかんせん敏捷性の問題でそれは間に合わなかった。

 しばらく前に交戦したときから、多少の成長は見受けられたが、まだまだギルタブには到底及ばないようだった。


「後輩女!」

「損傷は軽微です、構わずどうぞ!」

「わかってる! 覚悟しやがれ……ギルタブぁ!」


 轟の咆哮と共に、全力で疾走してきたバウショックが跳躍。

 慣性に身を任せて飛び蹴りを放ってくる。

 砲弾の如き速度で迫りくる巨体、その視覚的な威圧感は中々のものだ。

 だが、ギルタブの動体視力とヴェンデリーネの反応速度ならば十分に対処可能圏内である。

 セイファートのように、先の動きの予測を立てるまでもない。


「吠えたって無駄だぜ、北沢轟。お前は俺には敵わない」


 当たれば島外まで吹き飛ばされていたであろう強力無比な一撃を、ギルタブは最小限の動きで躱し、そのままバウショックの背面に回り込んで膝蹴りを放つ。

 そして、うつ伏せに転倒するバウショックを踏みつけた。


「生身でも、メテオメイルでもな」

「勝手に結論づけてんじゃねー……!」


 すぐさま、バウショックが肘や膝を立てて強引に起き上がろうとする。

 同時に、ゲルトルートが一気に間合いを詰めて、斬りかかってくる。

 加えて、後方からはセイファートも迫ってきている。

 バウショックは微妙なところだが、実質的に、三方からの包囲攻撃である。

 少なくとも、同時に動いてギルタブの注意を分散させようとする意志は感じた。


「おっと……」


 片足でバウショックの動きを封じたまま、正面のゲルトルートと背後のセイファートの斬撃を続けざまに捌くなどという芸当は、確率的に厳しいどころか不可能。

 身を捻りながらリルグトライデントを振るっても間に合わないし、どのみちタイミングをずらされて対処される。

 四肢をやりくりするだけでは、到底凌げない状況だった。

 ならば――――手数を増やせばいいだけの話。

 ギルタブは操縦桿から両腕を離して、薄く笑む。

 ヴェンデリーネには、けして近接戦闘で敗北することのない要因がある。

 それをとうとう、ヴァルクスの前で披露する時が来た。

 意図的に手放したリルグトライデントが地面についた瞬間、ギルタブは久々に意図して集中力を高めた。


「アシュタラブジャ、起動」


 ギルタブがそう唱えると、ヴェンデリーネの背面装甲から伸びる八本の柱が更に外側へと突き出し、それぞれの先端部にあるカバーが展開。

 内部より五指を持つマニュピレーターが出現して、サブアームと化す。

 本来の腕と合わせて、合計十本。

 その全てが、思考を操縦に反映させるS3によって自在に稼働し、正面と背後から振り下ろされた二つの刃をそれぞれ白刃取りの要領で受け止めてみせる。

 本来の二腕を操縦桿で、サブアームをS3経由で動かすこともできなくはないが、一括で操る方が総合的な精度は遥かに上だった。


「私と風岩先輩の攻撃を……」

「止めやがっただと!?」


 以前、ヴェンデリーネのマシンデザインは千手観音をモチーフにしているのではないかと瞬に指摘されたことがあったが、それは正しかったというわけだ。

 さすがに、数は現実的なレベルに抑えられてはいるが。


「どうだ、見事なもんだろ?」


 ギルタブは、掌でジェミニブレードとジェミニソードを挟み込んだままの十腕を振り乱して、ゲルトルートとセイファートを地べたに転がす。

 そして、二機が起き上がるよりも早く、両の腕を伸ばしてそれぞれにソーラフォースの照準を合わせた。


「改めて言わせてもらうぜ。お前らは……もう詰みだ」


 ギルタブは、ほとんど無意味ながらも一応の通告をする。

 これからすぐに決着が付くというわけではない。

 だが、ソーラフォースの連射によって、セイファートが蜂の巣になるのは確定事項。

 ゲルトルートが膝関節を撃ち抜かれるのも確定事項だ。

 その先に待つのは、各個撃破の未来。

 覆ることのない結末。

 そのくらいのことは、瞬達にも想像できるはずだった。


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