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第12話 燃えて爆ぜるモノ(後編)

 オーゼスのメテオメイル“ラビリントス”は、サウジアラビアのナジュラーンへと投下され、既に市街地の破壊行動に移っていた。

 例え本来の目的を達成する上での過程に過ぎなくとも、被害規模を考慮すれば、そう表現する事は極めて適切であった。

 数十メートル、数百トン級の機動兵器が街中を歩き回るだけでも都市機能には深刻な被害が出る。

 その上オーゼスは、侵略目標地点に存在する人間及び軍事力の排除を行うためには、建造物の破壊を惜しまない。

 ラビリントスの攻撃が開始されてから既に七分。

 現地での民間人死傷者数は、確認されているだけで既に二百人を越え、迎撃に出た連合軍の戦車大隊も一割近くが撃破されていた。

 だが、そんなナジュラーンの惨状をセリアから伝えられても、轟の抱く所感は何とも無味乾燥なものであった。


「弱いからそうなるんだ」


 北沢轟が下す強さの定義、その方程式には、自身の境遇や運気までもが組み込まれている。

 どれほどの苦難や不幸が降りかかろうとも、それを押しのける力がなければ、辛さの度合いに関係なく一律で弱者。

 逆にどれだけの奇跡的確率に助けられようとも勝利を収める事ができれば強者。

 不公平さも条件の一つとして呑み込んだ、最もシンプルで最も厳格な理。

 言い訳は許されない、食うか食われるかだけが全て――――そんな野生動物じみた価値基準の持ち主であるからこそ、散っていった者達に対する同情の念は些かもない。

 轟の興味は、もう間もなく相対するであろう、食い散らかした側(メテオメイル)だけにあった。


『君の役目は、その弱者を守ることだというのを忘れていないだろうね』


 瞬や連奈に対しては飄々とした態度で接するセリアも、轟に対してだけは冷淡さを崩さない。

 バウショックとの間に設けた通信回線も、フェイスウィンドウは非表示をデフォルトに設定してある。

 オペレーターとして、北沢轟という危険物を如何に制御するかという、ただそれだけに徹する意思の表れだった。


「俺は敵をブッ潰す事しか頭にねー。俺が守るとしたら、敵を最速で片付けて、それ以上の人死にを防ぐって形での“守る”だ。足下がどうとか、そんな細かいことを気にしながら戦えるかよ」

『最低の返事をありがとう、北沢君。今の一言は、ケルケイム司令にとっても今後のいい判断材料になるんじゃないかな』

「黙れよクソブス。お前はただ俺にとって有益な情報を垂れ流してりゃいいんだ」


 轟はぞんざいに吐き捨てながら、空気抵抗を利用した微細な軌道調整のため、それまで大きく前傾させていたバウショックを直立に近い状態まで、スラスター噴射で戻す。

 台湾近海からの、約七千キロにも渡る空の旅も、残すところあと数十秒。

 落下軌道の角度も、みるみる鋭くなっていく。

 内壁のモニターを通じて轟の視界に飛び込んでくるのは、岩山と砂漠が広がる異国の大地。

 その一端で立ち昇る黒煙が、戦場の目印である。

 轟はバウショックの脚部レイ・ヴェールを最大出力で展開し、市街地まで数キロ続く荒野で慣性を殺しきる準備に入った。


「俺は勝つ。勝つからバウショックを降ろされることはありえねーんだ。残念ながらな……!」


 その言葉はセリアに向けられたものであったが、しかし見据える先は正面、ただ一点。

 自分を唸らせるほどの強敵が待ち受ける、決闘の舞台のみだった。



「じゃあ、行くか……!」


 背面に接続されている、シンクロトロンの下部を構成していた球体型不整地走破用モジュール――――エレバス・ユニットと新たに命名されたそれを接地させ、ナジュラーンに降り立ったバウショックは加速を開始する。

 推力は背面と脚部のスラスターのみ、そこにエレバス・ユニットの回転と、両脚部下面に装着された無限軌道ユニットの駆動が合わさり、歩行はできないまでも、陸地の移動に支障のない機動力は確保されていた。


『今回送り込まれたのははOMM-04ラビリントス、過去にも出現したことのある機体だ。司令から渡された戦闘データは読み込んでいるだろうね』

「一番のデカブツだろ、よーく知ってるぜ……」


 既にその機体は、轟の側からでも視認することができた。

 高層ビル群を薙ぎ倒すようにして、いや、そうしなければ移動がままならないほどの圧倒的な巨体。

 更に、全身の装甲がダークグリーン一色に染め上げられた半球状の本体からは、四本の巨腕が伸び、足下の車両を石礫のように投げ飛ばしていた。

 町が破壊されていく光景を間近で見て、轟の魂は激しく震える。

 恐怖でも、怒りでも、危機感でも、使命感でもない――――激しい憧憬を由来としてだ。

 押し潰す力。

 打ち砕く力。

 ただ純粋な力。

 一切の小細工を差し挟まず、質量と腕撃によってのみ全てを蹂躙する力の化身。

 轟にとってラビリントスとは、己が理想である、理不尽なまでに膨れあがった暴力の集大成であった。

 セイファートやバウショックのような人型からはかけ離れているものの、轟は、力を求めた末の不格好として、ラビリントスの姿形に芸術美さえ感じていた。

 極力騒ぎを起こさずヴァルクスでの半月を堪え忍んだのも、全てはラビリントスと死合う為だったといっても過言ではない。

 あれ程までに完成された機体に乗っているのは、一体如何なる人物なのか。

 自分と同族の、闘争の体現者か。

 それとも、自分の想像も付かないほど遙か上の世界を行く練達か。

 自分こそが最強の存在であると自負する轟だが、ラビリントスのパイロットだけは、そう思えるほどに崇敬することができた。


「初戦の相手がコイツとはついてる……!」


 バウショックが市街地に乗り入れると、あちらもようやく敵機の接近に気が付いたのか、五十メートル超の全長がゆっくりと回転し、ドームに埋没した単眼の頭部を向けてくる。

 途方もない威圧感を全身に浴びながらも、轟はそれさえも昂揚剤として、エレバス・ユニットの回転を上げながらラビリントスへと突撃した。

 まずは、挨拶がてらの一発。

 それは、自身と同じ力の求道者に対する、握手代わりの一発でもある。


「俺はずっと心待ちにしてたんだ……。戦術だとか、戦略だとか、色々あって今日は本気じゃねえとか、そんなゴチャゴチャした理屈で有耶無耶にされねー、互いの全力をぶつけ合う本当の戦いってやつを。テメーとならそれができそうだ。テメーも待ってたんじゃねーのか、そういう相手を……!」


 思考と操縦系統のリンクによって轟の思い描く上半身の動きをトレースしたバウショックが、ギガントアームを振り上げる。

 ギガントアームは排熱機構の応用により、手甲表面に最高七千度の超高熱を発生させることが可能となっている。

 殴打そのものの威力に加え、命中箇所の溶解蒸発も見込める、二種類の破壊を秘めた拳。

 セイファートより一回り上の太さを誇るメインフレーム、その膂力によって放たれる全身全霊の一撃こそが、バウショック最大の武器である。

 同時に、ラビリントスもまた、四腕の全てを後方に引き、いつでも豪拳を繰り出せるよう準備に入る。

 正面からまともに受ければ、バウショックとて、ものの数発で戦闘不能に陥ってしまうだろう。


「このヒリつく感じだ、俺が求めてたモンはよ……!」


 ラビリントスとの距離が近付くのに比例して加速度的に強くなる、脳への危険信号。

 生き抜く事を最優先に考えるのならば、そうでなくともリスクを避ける戦いをしたいのであれば、正面からの接近は愚策。

 安全に敵を倒すためには左右か背後に回り込むのが上策。

 わざわざ真向かいから、こちらの質量を遙かに勝る相手に向かっていくメリットはゼロに近い。

 そんな、天使の囁きの如き至極真っ当な意見を闘争本能でねじ伏せることは、轟にとっては勝利に次ぐ快楽であった。

 そうすることこそが、力を極めた人間である何よりの証明だという確信があるからだ。

 だが直後――――ここまで積み重ねてきた愉悦は一瞬にして崩れ去るどころか、全く真逆の感情へと変転するのであった。


「な、なんだお前は……! うわあああ、ボクに近寄るな! 頼むから、来ないでくれ! 嫌だ嫌だ嫌だ、怖い怖い怖い!」

「ああああああああああああああああ!?」


 轟が反射的に発したのは間違いなく怒号であったが、しかし語調は随分と間の抜けたものにならざるを得なかった。

 これまでに二度の交戦経験がある瞬にとってはもはや恒例であるが、轟にとっては始めてとなる、全く必要性が感じられない敵方からの通信。

 いや、あちらにとっては、必ずしもそうではないのかもしれないが――――

 スピーカーを通してバウショックのコックピット内に届けられるのは、臆病の極みとでもいうような、ひどく震える弱気な声。

 それだけでも側頭部を殴り抜けらるような落胆の衝撃があるというのに、声の主が恐らく自分よりも遙か年上の男であるというのが、尚更轟を失意の底に突き落とした。

 轟が戦いたかったのは、このような意気地無しでは、けしてない。


「テメーの方こそ、何なんだ!」

「や、やめろ! 来るなああああ!」


 脳内で渦巻く全ての疑問を集約した叫びと共に、バウショックのギガントアームがラビリントスの胴体へ向けて勢い良く放たれる。

 だが、突き出されたラビリントスの腕が、それを容易に受け止めた。

 ラビリントスは後ずさりさえしないどころか、残る三腕を振り乱し、反撃に出る。

 指先が掠めただけでも、脚部が動かせないバウショックは大きく揺れる。

 エレバス・ユニットの重量がなければ転倒は免れなかったであろう。


「クソが……!」

『ダメージは皆無、か……』

「俺のせいでも、バウショックのせいでもねー。テメーらの手抜き工事のせいだ」


 轟はエレバス・ユニットの横回転でどうにか機体の体勢を立て直しながら答える。

 その言い分に間違いはない。

 脚部が可動しない関係上、バウショックは“踏み込む”という、格闘戦における最重要要素の一つである重心移動を行うことが出来ない。

 片足を踏み出し、腰を捻り、それに連動して拳を打ち出す事で初めて拳撃は拳撃たり得る。

 いかにエレバス・ユニットでの加速が乗っているとはいえ、瞬間的なエネルギーの解放量が違いすぎるのだ。

 また、こちらは欠陥というよりは仕様上の問題だが、ギガントアームの発する超高熱は、僅かばかりの接触では効果が薄い。

 熱は、浸透する事によって接触対象の温度を上昇させる。

 逆に言うなら、浸透しなければ、例え数千度の熱量も数字に見合った通りの影響を及ぼさない。

 焼鏝のように、長時間押しつけなければギガントアームの熱溶解は効果を発揮しないのだ。


「それも、セイファートと同じで連合のメテオメイルってことでいいのか……?」

「ああ、こいつはバウショックだ。セイファートみたいなひょろっちいマシンとは一味も二味も違う」


 轟は想像だにせぬ不甲斐ない敵に、苛立ちを露わにしながらも、答える。

 そもそも尋ねてきたのは向こうが先であったし、二度も敵を取り逃した瞬とは、同一視されたくなかったからだ。

 するとラビリントスの方からも、辿々しいながらも返事があった。


「ボクはサミュエル……お前達みたいなやつの、被害者だ」

「あぁ、被害者だと!? 頭イカレてんのかテメーは!」


 これほどまでに街を蹂躙しておきながら、あくまで被害者であると主張するサミュエル。

 その厚顔無恥ぶりに、轟は二撃目のギガントアームで応える。

 無論、またラビリントスは払いのけようと四腕を構えるが、今度は腕の一本に確実にダメージを与えるべく、ギガントアームのマニピュレーターを展開する。

 人体同様の五指を関節まで丁寧に再現したラビリントスのそれとは異なり、ギガントアームのマニピュレーターは同じく五指でも、鋭利で肉厚、そして根本でしか稼動しない、握砕に特化した構造となっている。

 掴み合いになっても先に破壊されるということは考えられなかった。

 直後、二度目の衝突による鳴動が周囲に響き渡る。

 轟の目論見通り、ギガントアームのマニピュレーターは、ラビリントスの右下腕の手首を掴み取ることに成功。

 そのまま手首をねじり落とそうと、轟はマニピュレーターを閉じようとするが、その数瞬前に、ラビリントスが全力で腕を振り抜いたことで、バウショックは道路沿いの高層マンションに叩きつけられてしまう。

 四肢の内左腕しか自由にならない状態では受け身を取ることもできず、機体の半分はマンションに埋没。

 コックピット内部に伝わる衝撃も、常人であれば間違いなく意識が飛んでいるほどの凄まじさだった。


「っ……!」

「近寄るなって言っただろ……? ボクの領域に入ろうとするやつは、こうする」


 轟から見て、サミュエルの操縦技能は高いようには思えない。

 ラビリントスの攻撃は、子供が人形を弄ぶように、ただ敵を掴んで振り回すだけだ。

 しかし、他を圧倒するパワーさえあるのなら、精密さは必要無いという事を自らで証明している。


「強い奴のせいで、ボクの人生は滅茶苦茶になった。強い奴に絡まれるのが怖くて、家に閉じこもるようになってしまった。強い奴が我が物顔で出歩く外の世界が、嫌になった……」


 バウショックが起き上がる前に、ラビリントスがその肩を掴み、今度は反対側に建っているビルへと叩きつける。

 飛散した無数の瓦礫が、更に周辺の建造物を無秩序に抉っていく。

 先程と同様の衝撃が全身を襲い、轟は内蔵が軋む感覚に耐えながらも、どうにか意識のホワイトアウトだけは避けることができた。

 だが、あくまで意地と根性で保たせているだけに過ぎない。

 僅かばかりの時間とはいえ、途切れた血流が思考と眼球にノイズを走らせる。

 轟は、あくまで自我を保つためだけに言葉を紡ぐ。


「だから、メテオメイルを使ってやり返すってか……? いい心掛けじゃねーか」

「やり返す!? とんでもない、ボクは戦うのが大嫌いなんだ、特に強い奴とは! なんでわざわざ近寄りたくもない奴らの顔を見に行かなきゃならないんだ。ボクはただ静かにひっそりとゲームと漫画とインターネットに囲まれて暮らしたいだけだ」

「テメーは、言ってることとやってる事が違うだろうが!」


 轟は、支離滅裂なことしか言わないサミュエルを蹴り飛ばしてやりたい衝動に駆られるが、生憎とバウショックの脚は動かない。

 ラビリントスの追撃が来る前に、どうにかビルを押しやるようにしてバウショックを立ち直らせ、三撃目の準備に入る。


「違わないさ、ボクは戦ってなんかない。自分の世界をこの上なく守ってるだけだ。自分の世界に入ろうとする奴らを片づけているだけだ。だから、ボクは依然変わらず、外にあるもの全てが怖い。人も動物も虫も兵器も、全てが。だから守るんだ、このラビリントスは、ボクを」

『行き過ぎた積極的自衛というやつだね』


 轟とサミュエル、二人の会話を傍聴していたセリアが、憂うような声で補足する。

 全く理解不能であったサミュエルの主張も幾分か呑み込みやすい言葉になり、こういう事だけやってくれればいいものをと、轟は内心で思う。


「逃げすぎて、一周回ってってか……?」

『こちらにとっては能動的アクティブにしか見えないけど、しかし彼にとっては、あくまで受動的パッシブな行為。何だか頭が痛くなってくる理屈だが、つまりはそういう事なんだろう』

「何であれ、いけ好かねー野郎だ……! 戦うことから逃げるなんてよ!」


 正面から殴り倒すにしても、フェイントを挟む、或いは後出しという選択肢もなくはない。

 しかし轟は敢えて、先制攻撃に拘る。

 小技を使う事に抵抗があるわけではない。

 だが、それは自分が弱者の側である時だ。

 自分を強者と信じて疑わない今は、正々堂々を貫く。


「お前みたいな、自分の強さを誰かに見せつけようと目をギラつかせた奴が、ボクは死ぬほど怖いんだ! お前みたいなのを相手にしたくないから、ボクは外に出るのが嫌になったんだ!」

「戦わずに生きようなんて生ぬるい事ほざいてんじゃねーぞ!」


 三度、ギガントアームによる殴打で攻め入るバウショック。

 一方でラビリントスは、数分ぶりの前進を開始。

 バウショックの数倍の総重量を持ちながらも、半球状の本体に隠れた二脚は何ら問題ない通常歩行を実現する。

 脚部自体のサイズの違いもあるが、やはり最たるものは技術力の差である。

 構造か、素材か、思いもよらぬ相当の工夫が凝らされているようであった。


「生ぬるくたっていいじゃないか……暑苦しいのの百倍はましだ。ボクはこれからも戦わずに生きる!」

「こいつ……!」


 ようやく胴体への命中が成るが、ラビリントスの方から距離を詰められたことで、腕を伸ばしきる事ができず、大した手応えにはならなかった。

 ラビリントスは、そのまま反撃に出るかと思いきや、その場で右方に九十度転進。

 バウショックには目もくれずにそのまま前進を再開した。


「どこに行きやがる! 俺はこっちだ、俺と戦え!」

「戦いたくなんかないって言っただろ……! 他のみんなはお前達を倒すことに躍起になっているようだけれど、ボクは違う。自分のノルマさえ果たせれば、それでいいんだ……!」

「ノルマだと……? そんなつまんねー理由で!」

『そっちはまずい、北沢君!』

「何だいきなり……」


 轟はそのままラビリントスを背中を滅多打ちにしようとするが、そこでセリアの制止が入る。

 ここまでの戦闘の中でも、セリアからの通信は自分に役立つこと以外は大分聞き流していたが、今回だけは、あまりに真に迫った声であるため耳を傾けてしまったのだ。


『ラビリントスの進行方向には避難用の地下シェルターがある。現在は、五百人ほどが収容されているらしい。それなりの攻撃には耐えうる構造だけども、直上に二千トンの物体が移動してきた場合は、どうなるかわからない。何としてでも食い止めて欲しい。おそらく向こうも、それを探知している』

「……知るかよ、そんな所に残ってる方が悪いんだ。遠くに逃げればいいものをよ」

『逃げる余裕がなかったからこそ、彼らはそうしているんだろうと思うけどね。皆が皆、君のように着の身着のまま生きているわけじゃないんだ。オーゼスのやり方を知っていても、残らざるを得ない理由だってある』

「だったら死ぬのもそいつらの自己責任だ。俺の仕事じゃねー」

『……じゃあ、そのまま背後から滅多打ちにでもするといい。それが最も有効な戦術でもあるしね』

「……ちっ」


 轟は、暫らく思案した後、一度バウショックを後退させる。

 逃げるのではない。

 エレバス・ユニットを装備した奥行きのあるバウショックでは、ラビリントスの正面に回り込めないからだ。


「勘違いするんじゃねーぞ。お前の命令に従うわけじゃねー、俺の方が強いから、真っ向からぶつかってやろうってだけだ」


 結果としてはセリアに誘導された自分に腹が立つが、自分の信念を貫き通す事に繋がるのであれば、文句は出ようもない。

 バウショックは再び相対したラビリントスへと、今度は両の拳を引き絞る。

 ギガントアームを装備した右腕の打撃と比べれば雲泥の差ではあるが、左腕にしても通常の格闘戦においては十分以上の破壊力を発揮する。

 今のバウショックで四腕のガードを打ち破る為には、乱打で立ち向かうしかないようであった。


「今度こそ、その肥え太った体を止めてやる……!」

「ど、どうしてボクが太ってるってわかったんだ。ボクは声だけしか」

「お前もかよ……! メテオメイルってやつは、どれもこれも操縦者を反映し過ぎなんじゃねーのか!」


 言いながらも、轟は迫り来るラビリントスに向けて、まずは左の拳から打ち放つ。

 バウショックの腰部可動軸を水平回転させ、速度を増した一撃は、サミュエルの想定よりも先にラビリントスの胴体へとねじ込まれた。

 だが、一発では装甲が僅かに窪む程度で、致命傷には程遠い。

 ギガントアームを装備した右腕も続けざまに打ち込んで、相手が対応するよりも前に二撃が命中する。

 そして皮肉にも、質量の差は如何ともしがたく、殴りつける度に後方へと弾かれるのはバウショックの方であった。


「ラビリントスはボクの理想を詰め込んだ、ボクを守る絶対にして究極の安全領域なんだ……お前なんかにどうこうできる代物じゃあない!」

「そういう奴ほど壊し甲斐があるってもんだ!」


 それでも、轟はしぶとく突進し、飽きもせずに拳一本でラビリントスを狙う。

 執拗な攻撃を、その源から沈黙させるためか、次第にラビリントスは広げた掌ではなく、自身もまた拳を繰り出しバウショックの攻撃を弾くようになってきた。

 殴り合いを楽しみたいという意味でも、掴まれないようにするという意味でも、轟の目論見通りの展開であった。


「なんだよ、出来るじゃねーか。それだけの力を持ってる癖に守りにしか使わねーとかマジに勿体ねー」

「お前の基準を、押しつけるな……!」

「いいや、押しつける。お前は戦いの場に出て来てるんだからな……!」


 戦場に幾度も、超重量の鋼鉄同士の衝突によって生まれた轟音が奔る。

 互いの拳が打ち合うこと、十七度。

 まず先に悲鳴を上げたのは、ラビリントスの腕だった。

 打ち合うごとにギガントアームのマニュピレーターが食い込み、指の関節を抉っていった結果だ。

 一腕だけの話ではあるが、しかし指の三本ほどが砕けて地面に落ちていく。


「まずい……!」

「まだ三本も残ってるだろーが! ビビってんじゃねーぞ!」

『シェルターまで、あと二百メートル……』

「クソが……!」


 状況には何の変化もないどころか、むしろ劣勢に追い込まれているのはバウショックであった。

 バウショックは弾かれるたび、エレバス・ユニットを最大出力で回転させ再接近を繰り返すものの、ラビリントスは確実に一歩を踏みしめていく。

 また、蓄積したダメージにおいてもバウショックの方が各段に大きく、ギガントアームを装備していない左腕は、いつ腕関節がねじ切れてもおかしくない危険な状態にあった。

 このままでは勝ち目が薄いことを悟った轟は、メインモニターの端にバウショックの武装リストを表示させ、最下段に存在する項目に目を遣る。

 それは、理論上の使用は可能であるものの、発動に際して逐一ケルケイムの許可を取らねばならない、極めて広範囲に影響を及ぼす惨烈たる攻撃手段であった。


「おいクソブス、こうなったら“クリムゾンストライク”だ。連合としても、俺としても、アレを使って勝負に出た方がいいだろーが」

『それは、そうだけど……しかしこんな街中では』

「お前の判断は聞いてねー、司令の意見が聞きてーんだよ」


 尻込みする様子を見せるセリアに、轟は急かすように言い放つ。

 クリムゾンストライク――――ギガントアームの蓄熱及び排熱のリミッターを解除した後、レイ・ヴェールの応用によって球状に圧縮固定した数万度にも到達する業火を、直接敵機へ叩き込む荒技である。

 通常の放熱を遙かに上回る絶大な威力を誇るものの、しかし命中後に拡散する高熱の余波は、周囲の建造物をも間違いなく溶かし尽くす。

 そして、クリムゾンストライクを放ったバウショックもまた無事では済まないというデメリットも抱えている。

 まだまだ改善の余地が多く残る武装であった。


『……やむを得ない、だそうだ。既にロック解除作業は完了した、あと数秒で反映される筈だ』

「随分お早い返事じゃねーか。組織らしくノロノロ引っ張るかと思ってたぜ」

『今の内に使わなければ、シェルターがどうなるかわからないからさ。事後処理に忙殺されるであろう事も覚悟された上の判断だ。司令に感謝するんだね』

「考えといてやる……!」


 轟がそう答えた直後、モニター上のロック表示が消え、使用の準備が整う。

 武装の性質上、S3のみでの発動が禁じられているため、轟は操縦桿に設けられた複数のスイッチを指示通りに押し込んだ。

 ほぼ同時に、ギガントアームは可変展開を開始。

 右腕を覆っていた装甲が数カ所で複雑にスライドし、内部機構を露出させる。

 連動して、マニピュレーターも親指とそれ以外の四指で上下に分割され、その間からクリムゾンストライク専用の発射口がせり出した。


「おいおっさん、暑苦しいのが大の苦手だって言ったな。だったら丁度いい、最悪に暑苦しいのをお見舞いしてやるぜ……!」

「な、何をする気だ……!」

「テメーが外に出たくなるような一発だ」


 轟は獣の笑みを浮かべ、クリムゾンストライクの発動に必要な最後のスイッチを入れる。

 間を置かず、メテオエンジンが最大出力で稼動。

 轟の肉体からは、水道の蛇口を限界まで捻ったかのような勢いで精神波が高速強制放出され、メテオエンジンへ止めどなく送り込まれていく。

 急激に体力が消耗され、意識が霧散しそうな虚脱感が全身を襲うが、轟はそれすらも歓喜の感情で耐え抜いた。


「いいぜバウショック……お前が欲しい分だけ、俺から吸いやがれ。遠慮はいらねー。俺は俺の最強の為にお前を使う。お前はお前の最強の為に俺を使え……!」


 轟は、バウショックを単なる兵器ではなく、もう一人の自分自身という認識を持っている。

 自分もまたバウショックに酷使されることが、対等な関係であることの証明。

 だからこそ、バウショックが容赦なく自分の精神力を吸い上げてくれることは、轟にとってはたまらなく感謝すべきことなのだ。

 異常を感知し、ラビリントスがバウショックを投げ飛ばそうと胴体を掴み上げるが、もう遅かった。

 ギガントアームの内部で純粋な超高熱へと変換されたエネルギーは、発射口の間際で荒れ狂う灼熱の塊として、一瞬の内に完成する。

 それはまさに、直径二十メートルにも及ぶ人工の太陽。


「だ、大丈夫だよなラビリントス……あんな攻撃じゃ、やられないよな!? レイ・ヴェールに、全エネルギーを……!」

「俺の熱量で、溶けちまえ……!」


 眼前で凄まじい輝きを放つ赤き球体を見て、サミュエルが僅かばかり動きを止める。

 轟はその間隙を見逃すことなく、己が右手に握り込んだ熱く燃え滾る塊を 勢い良くラビリントスの頭上へと叩き込んだ。

 直後、バウショックとラビリントスを中心として、全てを燃やし尽くす深紅クリムゾンの閃光が戦場を覆い尽くしていく。

 何もかもが凄まじき高熱の前に消え去り、此度の死闘の決着を確認するためには、それから数分の間を置く必要があった。


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