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第128話 剣と弓(その4)

「こうなるか……こうなるよなあ……」


 瞬との勝負に決着がついてから三十分ほどが経過し、そろそろ空に赤みが差し始めた頃。

 激戦を経て、自身と同じくすっかりくたびれた風体となってしまったグランシャリオを見上げ、B4ががっくりと肩を落とす。

 戦場となった農地の中心に鎮座するグランシャリオは、大破こそ免れてはいるものの、それだけだ。

 表面装甲には頭頂部から爪先まで満遍なく亀裂が走り、陥没の跡も無数に見受けられる。

 外装がこれほどのダメージを受けているのだから、内燃機関や各種センサー類に異常が出ていることも、おそらくは察しているだろう。

 こうなってしまった内訳としては、セイファートの攻撃によるものが二割。

 機体に内蔵されたヘリケーフォスや、短時間とはいえ機体の間近にマイクロブラックホールを留め置くディープ・ディザスター・ボウなどを、開発側の想定にない超高出力で乱用した連奈の責任が八割である。

 ともかく、もう一度動かすためには、かなり本格的なメンテナンスが必須だった。


「なるべくは余計だったな……」

「そうね。しっかり念をされてたら、もう少し丁寧に扱ってあげたかもしれないわ」


 そのすぐ傍で、連奈は悪びれもせずに言う。

 拭くものがなかったため、そのままにしていた汗だくの服も、そろそろ乾いてきた頃だった。

 瞬の休憩とセイファートの冷却のために設けられたこの時間を使って、別荘へ着替えに戻ることもできたが、これからここを去る身として、そういう気分にはなれなかった。


「あなた達のゲームは、今日で終わりね。このままセイファートがグランシャリオを壊して、あなたを握り潰すなり踏み潰すなりすれば」

「そうだね……そうなる。するのかい?」


 恐怖もなければ動揺もなく、それでいて他人事のような冷たさもなく、いつものぼんやりとした調子でB4が尋ねてくる。

 実際、この場でB4を始末することは容易だった。

 セイファートの損傷も相当なものだが、完全な行動不能に陥っているわけではない。

 現にこれから、セイファートを飛行させてラニアケアへ帰還しようとしているくらいだ。

 連奈の言うようなことは厳しいにしても、上空から適当にレーザーバルカンをばら撒くくらいはできる。

 そうすることで、オーゼスは全てのパイロット要員を失い、世界中の陸地全てを占領するという狂った野望も頓挫する。


「どうしようかしら」


 夕飯の献立でも考えるような気軽さで、連奈は呟いた。

 瞬は、いかなる処遇とするかの決定権を連奈に委ねている。

 要は連奈が、B4にかけた諸々の迷惑を、どれほどの借りと考えているのかということだ。

 それらの総計が、B4がこれまでにしでかしてきた大量殺戮と相殺できるほどか、否か。

 答えは、とっくに決まっていた。

 悩むまでもない。

 しかし、すぐに会話が終わるのも味気ないので、少しだけ脇道に逸れることにした。


「おじさまは、どう思ってるの? 私がヴァルクスに戻ることを」

「いいことだと思うよ。若い子が、こんなところにいつまでもいちゃいけない。持て余した力は、いずれ自分の望まない方向から噴き出す。正しく発散できる場所は必要だよ」


 B4の言うことは、良識のある大人の意見そのものだった。

 これで行動も伴っていればできた人間なのだが、自らを律する力が悲しいほどに欠落しているのが、この男なのだ。

 そして、だからこそ一度は惹かれた。


「何よそれ、経験談?」

「まさか。おじさんは今も昔も、漏れ出るものなんて全然ない、しおれたボールさ」

「最初からないことなんて、ないと思うけど」

「……だったら、気づけないほど早くになくなってしまったんだろう」


 そう答えるB4の口調は、どこか寂しげであった。

 開けていたはずの未来が閉じることは、最初から未来が閉ざされていることとは、また違った意味で絶望を伴う。

 人によっては、余計にたちが悪いと考えもするだろう。

 つまり連奈は、B4に対して、本人が思っている以上に救いがたい存在である可能性を示唆してしまった可能性があるのだ。

 ともすれば、無自覚に他人の脇腹を突いてしまう瞬よりも悪質な行いである。

 連奈は若干のばつの悪さを感じてしまい、俯く。

 が、B4はそこまで気にしていないように見えた。


「もっとストレートにものを言いたいけど、難しいね。連奈ちゃんの場合は、帰れと言っても帰らないというか、余計に帰りたくなくなるタイプだから」

「よくわかってるじゃない、私のこと」

「……もう、それなりの付き合いになるからね」


 わかるも何も、戦う前に瞬とのやり取りでたっぷりとその側面を見せつけてしまったのだが、B4はそこに言及するという野暮な真似はしなかった。

 それに、一緒に過ごした時間がそこそこに長いというのも事実だ。

 すっかり日にちの感覚が狂ってしまっていたが、よくよく計算すれば、顔を合わせた回数ならメアラと同じかそれ以上になる。

 本当に奇妙な関係を築いてしまったものだと、しみじみ思う。


「おじさんも、ここにはもう戻らない。時間に余裕ができたとしてもね」

「……それがいいわ。私だけじゃなく、おじさまのためにもなっていなかった気がするわ、ここは」

「のんびり心を落ち着けられる場所が欲しくて、用意してみたんだけどね。一人だと寂しすぎるし、二人だと騒がしすぎる。片方だけでは、平穏は得られないとわかった」


 それは連奈自身も、この二ヶ月近くの生活で痛感していた。

 独りになることと孤独になることは似ているようで全く異なる。

 群れに属したまま一時的に距離を置くことと、群れとは隔絶された場所で生きること。

 残念ながら、連奈が求めているのは前者だった。

 仲間内での仲良しこよしは性に合わないが、かといって全く繋がりを持たないと苦痛を感じてしまう。

 面倒な性格なのだ。


「まあ、戻れそうにもないんだけどね……」

「もうメテオメイルに乗らないか、乗っても、パイロットわたしたち以外の人間に危害を加えないって約束できるなら、見逃してあげてもいいわよ。あなたを自由にすることで、犠牲が増えるのだけはごめんだから」


 それが、妥協点だった。

 B4にとっては意外な返答だったのか、ほんの短い間だけ言葉を詰まらせる。


「いいのかい?」

「あなたが律儀に瞬を連れてきた上に、私のわがままを聞いてグランシャリオを貸してくれたからこその、この状況でしょう。その辺りを勘定に入れないで好き放題するというのは、寝覚めが悪いわ」

「……やっぱり連奈ちゃんは、こちら向きの人間じゃあないね」

「今は無理でも、そのうち必ずお邪魔させてもらうわよ。私は、まだこんなところで終われないのよ……」


 万全の準備を整えるために、一旦は退く。

 そういう名目で、これからヴァルクスに戻ろうとしている。

 連奈はその意図を理解してもらおうと、B4の腕を引いて、無理矢理にこちらを向かせた。

 頭一つ分ほどの身長差があるために、目を見て話そうとすれば、自然と上を向く形になってしまう。

 大きなものに縋ろうとする精神面の幼さや弱さを連想させられるため、その構図があまり好きではない連奈だったが、それでもB4のくすんだ瞳を見つめた。

 B4は最初こそたじろぐ様子を見せたものの、やがて静かに頷く。

 これが、初めてそうだと実感できた、B4との意思疎通だった。


「……わかったよ。約束するよ、連奈ちゃん。ボスからは大目玉を食らうことになるだろうけど、もうメテオメイル以外のものに手出しはしない。ゲームそのものは、続けるとしてもね」

「それこそ、いいのと聞きたいわよ。大元のルールに違反するのは、大目玉で済むとは思えないわ」

「約束したんだから、仕方がないさ」

「あなたの中の優先順位って、どうなってるのよ。何が一番大事なの? 誰が一番上なの?」

「ないよ。おじさんの中に、絶対変わることのない一番のものなんて。だからおじさんはおじさんなんだ」


 声を荒げる連奈に、B4が優しくそう返す。

 もう何度もB4本人の口から引き出した、B4の本質ともいえる、主体性の欠如。

 年中とてつもない不運に見舞われるとは本人の談だが、それにしても、トラブルを跳ね除けようとする意思の希薄さが引き起こしている事態のように思う。

 幸福である状態を確保・維持する力が絶望的に乏しいために、不幸の沼に嵌っていく――――まさに、負の循環を体現した存在である。

 連奈がここを去る決意をしたのは、勝負の結果もだが、そんなB4のためでもあった。

 自分という足枷によって、B4を、もうこれ以上の深みに沈めたくはなかった。

 既に手遅れの深度に達しているとしてもだ。


「……じゃあ、そろそろ行くから」


 グランシャリオのすぐ傍で片膝をついていたセイファートが、準備完了の合図として、頭部のメインカメラを点滅させるのが見えた。

 なので、連奈はB4のスーツの裾を離し、そのままゆったりとした足取りでセイファートの元へ歩き出す。

 余韻にはもう十分に浸った。

 言い残すようなことはもうない。

 セイファートに乗り込み、ここでの生活を二度と戻れない過去とする。

 連奈はそれだけを意識して、目の前に広がる、伸びっぱなしになった雑草地帯へと足を踏み入れた。

 その瞬間に背後からB4の声がかかったが、連奈は耳を傾けることはしても、もう立ち止まったりはしなかった。


「次に、おじさんの出番があったら……」

「何よ」

「そのときの相手は、また連奈ちゃんがいいな」

「一度勝ってるから? だとしたら、考えが少し甘いんじゃないの」

「今日とは違う連奈ちゃんが見たくなった」

「安い殺し文句だこと」


 しばらくしてから、連奈は薄く笑ってみせる。

 最後の最後にぞんざいな返事をしてしまったことが、今になってたまらなくおかしくなってきたのだ。

 こうして生身で顔を合わせ、益体もない話をする機会は、おそらくもう二度と訪れないというのに。

 もっとも、敵味方の関係ならば、戦場の外で共に過ごす時間など一度もないのが普通のことなのだろうが。


「いいわよ。おじさまは、この三風連奈が直々に殺してあげる。必ず、絶対」


 どうせ聞こえてはいないだろうが、連奈は、答えるだけは答えた。

 長く鋭く伸びた影は、もうすぐそこにあった。



「そもそも、こんなことをやってる時点で、お前は普通なんだよ。だからオレは勝負を受けたんだ。手遅れだと思ってるなら、諦めてさっさと帰ってた。オレは、無駄だとわかりきってることはやらねえ主義なんだ」

「だから?」


 オーストラリア大陸を離れ、大海原を北へ北へ飛行するセイファートの中で、ようやく二人は口を開いた。

 沈黙が続くことに気まずさを覚えるような間柄ではない。

 何も発さなかったのは、お互いにまだまだ疲れが残っていたからだ。

 コックピットに補助席などは設けられていないため、シートの一部にしがみついている連奈などは、現在進行系で腕に乳酸がたまり続けている。

 それを言うならメテオエンジンに精神力を供給し続けている瞬もだが、連奈にとってはどうでもいいことだ。


「説教でも始めるつもりかしら」

「無駄だとわかりきってることはやらねえって、今言ったばかりだろ」

「じゃあ何よ」

「いや……いつも限界ぎりぎりのところで踏み留まれるってのは、そのまま向こう側に流されちまうより、よっぽど凄えことなんじゃねえのかってさ」


 常識の枠に囚われているというのは、逆に、枠に収まっていられるという長所と捉えることもできるのではないか――――瞬の言葉を要約すれば、そうなる。

 今日の瞬は、つくづく正論ばかりを吐く。

 本当は、そういう形で納得するのが、事態の正しい収拾方法なのだろう。

 誘惑に負けて人道を踏み外すことのない心の強さを持っているだの何だのと。

 長年の迷いを捨て去ることができるため、連奈にとって、その解釈は一応の救いにはなる。

 瞬が、精一杯の気遣いのつもりで言ったのはわかる。

 しかし、瞬は一つだけ大きな間違いをしていた。


「私はヴァルクスに戻るだなんて一言も言ってないわ。帰るって言ったの」

「同じだろ」

「違うわ。んじゃないの、の。国語は苦手なのかしら?」

「屁理屈じゃねえか」

「だから、踏み留まるのをいい方に受け止めてなんかいられないの。方向はともかくとして、進み続けていないと駄目なのよ」


 瞬の反論は無視して、連奈はまくしたてた。

 それでようやく、瞬もなんとなくは、連奈の言わんとすることを理解できたようだった。


「あなただって、だからセイファートに性懲りもなく乗ってるんでしょ」

「……そうだな」

「言っておくけどね。別に私、オーゼスのおじさま達と同じ側に行くことを、ゴールだなんて思ってないから。最低でも九人辿り着けたような所で、私が満足できるわけがないじゃない」


 瞬には、それがそもそもの考えのように呆れ混じりの口調で語るが、本当は、たった今脳裏に浮かんだばかりの発想だった。

 オーゼスのパイロット達が、行き着くところまで行き着いた精神性を持つ集団であるというのは、あくまで現時点においての事実。

 破綻は破綻で、まだ先を目指すことができる。

 別ベクトルで彼らを上回るという選択肢も残されている。

 普通であることに拘っておとなしくしているよりは、そういった破天荒なものを目指す方が、よっぽど連奈向きの生き方だ。

 瞬との戦いと、B4との会話、そしてこの場における情報の整理を以て、やっと得心のいく確たる答えが出せたような気がした。

 それが永久不変の信条となるかはともかくとして、少なくとも、今のところ引っかかりは感じない。

 妙に晴れ晴れとした気分になって、連奈はシートの背後から身を乗り出し、瞬に顔を寄せる。


「ねえ瞬……操縦、変わりなさいよ。この体勢、変に疲れるのよね」

「はあ? 無理だって。結構難しいんだぜ、真っ直ぐ飛ばすの。こいつのバランス取りはオレにしかできねえ」 

「ちょっと触れば、すぐに慣れるわ」

「その前に壊すだろ、お前は」

「いいから」

「よくねえ」

「いいの」

「何がだ……」


 結局、その揉み合いが仇となって、セイファートは一度墜落に近い形で着水。

 その日のうちにラニアケアへ帰還することは叶わなかった。


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