第126話 剣と弓(その2)
最も早くに完成し、最も早くに実戦投入され、最も多くの実戦を経験し、最も多くの人命を奪いながら。
それでいて現状、最も謎に包まれたオーゼス製メテオメイル、グランシャリオ。
その全貌を、まさか正規搭乗者から強引に借り受けることで知る日が来ようとは。
連奈はグランシャリオに搭乗するや否や、コックピット右脇のコンソールに指を走らせ、簡易的な機体情報をモニター脇にまとめて表示。
それでも十分に膨大な量の文字列と構造図にざっと目を通し、本体の基本スペックと搭載武装を手早く確認する。
「流石は第一号機……びっくりするくらい、何の捻りもない造りね」
本体に関しては、これまで連合が収集してきたデータが全てだった。
機体の各部、合計七ヶ所に設けられたレーザー発射機構“ヘリケーフォス”。
若干の自己修復機能を持つ金属繊維で編み込まれたマント。
武装はこの二つのみ。
機体の内部に、何か奥の手じみたものが隠されている様子はなかった。
人型メテオメイルとして、そして全てのメテオメイルの原型として、ただただ堅実な構造をしている。
もっとも、何かが見つかったとしても、連奈にとってはどうでもよかった。
連奈の興味を惹くものは、たった一つだけだ。
「本命は、こっち」
連奈がようやく真剣に眺めだしたのは、外部武装の項目。
そこに記載されている唯一の武装――――大型弩砲じみた、この巨大な手持ち式の弓だけは、仔細を把握しておきたかった。
「ディープ・ディザスター・ボウ……」
連奈は自然と、その弓の正式名称を読み上げていた。
公式的には、対オルトクラウド戦で初めて使用され、不可視の攻撃でオルトクラウドを大破に至らしめた追加武装。
そう、連奈はただ、いかなる自分を襲った攻撃の正体を知りたかっただけだ。
断じて、これから始まる対セイファート戦に役立てるためなどという、真面目くさった理由ではない。
「準備はできたかよ」
「問題ないわ、何一つね」
通信で呼びかけてきた瞬に、連奈は平然と答える。
厳密には、あった。
初めて搭乗することもだが、このグランシャリオには、パイロットの思考を操縦系に反映させるS3が搭載されていない。
S3がエウドクソス発祥の技術だという推測は、どうやら事実だったようだ。
つまり連奈は、操作の全てを手動で行う必要があるわけだ。
加えて、純粋に二ヶ月近くのブランクもあれば、セイファートの現時点における性能も知らない。
優位性は、ほぼ皆無といっていい。
もっとも、そんなことは承知の上で持ちかけた決闘である。
それに、ここで平等な条件を求めるのは、あまりにも中途半端で不格好だ。
決別の意思を萎えさせないためには、それなりの不利を背負い込むくらいでちょうど良かった。
「私にかかればこんなもの……」
エンジンが安定稼働していることを確認すると、連奈はアルギルベイスンの中で、グランリャリオをゆっくりと立ち上がらせる。
腰と前腕、下腿だけが細く、残りの部位が太いという、見た目にはひどくアンバランスな印象を受ける機体だが、さすがはオーゼス製というべきか、そんなことを感じさせないくらい完璧な姿勢制御プログラムが働いていた。
そして、手にしたディープ・ディザスター・ボウを押し当てるという雑なやり方で格納スペースのハッチをこじ開け、アルギルベイスンの外へと出る。
前方の操縦席から井原崎が泡を食って身を乗り出すのが後部カメラに映っていたが、連奈は微塵も意に介さず、その場を離れた。
特に合図を送るまでもなく、セイファートもグランシャリオの後を追う。
幾つもの別荘が立ち並ぶこの高原は、かなり起伏に富んだ地形となっており、メテオメイルが駆け回るのには向いてない。
目指すのは、数キロ先の平野だ。
「案外、様になってんじゃねえか」
「このまま私のものにしてもいいかもしれないわね。デザインはともかく、色は好みだし」
「そういえば、オルトクラウドもお前の要望で塗り替えてもらったんだったな」
「灰色はさすがに風情がなさすぎたわ」
「セイファートも、元は白一色だった。あんまりだったんで、黒と金を足してもらった」
「それはそっちの方がいいんじゃないかしら。今の配色は、まとまりがなさすぎるわ」
「そんなことはねえよ」
「あるわよ」
途中、二人は下らない雑談を続けた。
何の意図も含まない、ただの無意味な言葉の応酬。
だが、その無意味な行為を懐かしみ、どこか心を弾ませている自分がいる。
そんな日常こそ、全力で振り切られねばならないものであると連奈は肝に銘じる。
ほとんど建造物の見受けられない、農地跡。
その中央まで来た辺りで、連奈は改めてグランシャリオをセイファートと対峙させた。
合わせて、セイファートがあまりにも自然な動作でジェミニソードを正面に構える。
味方同士でやり合うことに対する躊躇いは一切ないようだった。
「……手加減はしないわよ」
「オレもしねえよ。お前は強いからな」
「本当に気味が悪いわね。あなたがリスペクト精神を発揮するようになるなんて」
「相手の強さは認めるとして、そこからさてどうするかって話だろ。勝負ってのは、何にしても」
「……私が勝ったら、本当に帰らないから」
「勝ったらな」
「癪に障るわね……!」
対抗して、連奈もまた、ディープ・ディザスター・ボウを突き出すようにして構えた。
十字に交差するリムが、セイファートに重なる。
曇天と呼ぶには至らないものの、全体的に雲量が多く、薄暗い空の下、静かに闘気を衝突させる巨人と巨人。
原初に生まれたモノと、その因子を色濃く受け継いで生まれたモノ。
しばしの後、一際強く吹き荒れた風を号砲代わりに、二機は弾けるかのごとき勢いで前方へと飛び出した。
余計な感傷に浸る時間も、精神を集中させるための時間も、これ以上は必要なかった。
「この手は読めていたかしら?」
連奈は即座にディープ・ディザスター・ボウを投げ捨て、七ヶ所のヘリケーフォスを起動。
両腕、両膝、両腰、胸部の装置から、レーザー光で形成された剣を伸ばす。
エネルギー弾として発射するのみならず、このように収束固定して格闘戦用の武器としても使えるのが、連合製のレーザー系兵器よりも優れている点だった。
射撃戦に特化したオルトクラウドを操っていた自分が、まさか初手から近接戦を仕掛けてくるとは、思ってもいないだろう。
「斬り裂いてあげるわ。あなたよりも早く、そして速く」
連奈は操縦桿を操り、一直線にこちらに向かってくるセイファートへ向けて両腕を振り下ろす。
ヘリケーフォスを用いた、この斬撃は、セイファートの株を奪いたいという思いが先行した軽率な行動ではない。
連奈の類まれなるSWS値―――――他のパイロットの約三倍という精神エネルギー変換効率の高さは、本来なら大した刃渡りにならないレーザー剣を、三十メートル以上の超射程武装へと変えることができた。
間合いを測り、高度な読み合いを絡ませた剣戟を行うなどというのは、常人のすること。
連奈の持つ規格外の能力は、そんなものを易々と飛び越える。
「すっとろいんだよ……!」
だが、セイファートの機動性は、更にその上を行く。
頭上から長大な刃が襲い来るという状況であれば、左右に避けるのが一般回答だ。
そんな状況で、セイファートは進路をそのままに、もう一段階の加速を行う。
そして、レーザー剣が完全に振り下ろされる前にグランシャリオへ肉薄。
その胴体へ強烈な蹴りを打ち込んだ。
「うっ……!」
二ヶ月ぶりということもあって、コックピットを揺さぶる激しい衝撃は、中々に堪えた。
右脚が即座に後方へ伸び、どうにか転倒こそ免れたものの、それも高度な姿勢制御プログラムの為せる技だった。
「いい気にならないでよ……!」
グランシャリオを蹴った反動を利用し、セイファートは、そのまま跳ね返るようにして後方に飛び退く。
一撃離脱して安全圏まで逃れればいいものを、そのまま正面に居座り続ける――――追撃したいという欲求に駆られた判断ミスか、それとも舐められているのか。
どちらにせよ好機であることは確かだ。
今度は、油断しない。
両腕のヘリケーフォスをレーザー剣からレーザー弾モードに切り替え、即座に発射する。
しかし、ジェミニソードの二刀が、撃ち放たれた二発の光弾を容易く受け止める。
迅速なる発射を優先したために、威力は最低クラス。
対レーザー加工の施してあるジェミニソードの刀身ならば問題なく受けきれるというわけだ。
とはいえ、なぜそのようなリスクの大きい真似を。
その疑問は、一瞬の後どころか、脳裏に浮かび始めた頃には解消されていた。
地面を飛ぶように駆け、たったの三歩でグランシャリオに詰め寄ったセイファートは、今度こそ自らの本領、超高速の斬撃を繰り出す。
「十三式、“嵐独楽”!」
全身を回転させ、水平に伸ばした二刀で幾度も敵を切り刻む風岩流の技。
グランシャリオ程度の装甲ならば、数秒とかからず細切れになる。
そんなものを受けてなお、どうにか命を繋ぐことができたのは、背面に装着されたマントのおかげだった。
先の蹴撃によって、防御システムがオートで作動。
マントを構成する金属繊維が本体から電気信号を受け、まるで生きているかのように自律稼働し、正面に回り込んできたのだ。
直後、電動ノコギリでも当てられたかのように、バリバリという耳障りな音を立てて無数の布片が宙に巻き上げられていく。
「っ!」
マントには自己再生機能も備わっているが、あくまで軽度のものだ。
細切れにされた挙げ句、周囲に散乱してしまっては、もう元には戻らない。
「瞬!」
連奈は再びモードを変更、レーザー剣を両腕に生やして、周囲を闇雲に薙いだ。
いや、薙ごうとした。
振り抜く動作に移ったときには既に、両腕の装甲が切り落とされていた。
当然、そこから突き出ていたヘリケーフォスも機能を停止する。
完全に、手玉に取られていた。
「わざわざ引っ張り出してきただけはあるということね……」
連奈は改めて、瞬の成長を噛みしめる。
いま自分が押されているのは、ブランクや不慣れな機体を操っていることだけが理由ではない。
瞬がセイファートという機体の特性を完全に把握し、そして使いこなせていることが最大の要因だった。
突出した一つの特性で強引に自分有利の流れを生み出すという、オーゼスの男達と同じ、強者の領域に至っているのだ。
定石を超えた先にある、自分だけの勝利のロジック。
セイファートの場合、それは超常の敏捷性と機動力で敵の行動に割って入り、潰していくというスタイル――――剣術でいうところの『対の先』である。
もう完全に、それが確固たる戦術として確立してしまっていた。
「こんなもんかよ」
「まさかでしょ……!」
更なる追い打ちとしてセイファートがジェミニソードを振るうが、今度は事前に一歩引き、無事回避に成功する。
そして、またもヘリケーフォスのモードを変更。
正面に向けてレーザー弾を乱射し、セイファートに距離を取らせる。
意図はともあれ、セイファートを同じ斬撃で迎え撃とうとしたことは、やはり失敗だった。
敵を全く寄せ付けることのない、濃密な弾幕の展開。
それこそが、自分本来の戦い方だったはずだ。
このグランシャリオならば、それを擬似的に再現できる。
両腕の二基を失い、残りは両膝・両腰・胸部の五基となってしまったが、数は十分。
エンジン出力を更に引き上げ、膨大なエネルギーを一気に各基へと流し込む。
「完封試合がお望みなら、そうしてあげるわ」
連奈がトリガーを押し込むと同時に、グランシャリオの全身から秒間数百発という量のレーザー弾が飛び出し扇状に拡散、前方の空間を埋め尽くす。
それはまさに、横殴りに吹き付ける光の豪雨。
隙間なき、破壊の壁。
セイファートは上空に逃れるものの、ヘリケーフォス自体の発射方向と機体の位置を変え、射角を調整するだけだった。
あとは、ひたすらに追い回す。
「こんなものなの?」
「まさかだろ……!」
瞬は強がってみせるが、先程の自分とはわけが違う。
どうしようもないものはどうしようもない。
大きくグランシャリオの周囲を旋回する軌道を取り、どうにか隙はないものかと探り始めたようだが、無駄な行為だった。
グランシャリオは冷却性能も優秀だ。
あと十数分はオーバーヒートを考慮せずにレーザー弾を撃ち続けることができる。
間違いなく、相当な負荷のかかっているセイファートのスラスターが音を上げるのが先だ。
このままセイファートがグランシャリオの射程距離内を今の速度で飛び続けるようなら、勝利は必定。
そう内心でほくそ笑む連奈だが、ここでセイファートが別の行動に移る。
百二十度刻みの角度で背面から伸びる、三つの補助翼。
セイファートはジェミニソードを鞘に収めた後、そのうち二つを引き抜いて剣のように構える。
連奈にとっては完全に未知の追加武装である。
とはいえ、所詮は近接戦用の武器。
刃渡りはジェミニソードよりも遥かに長いが、グランシャリオの展開する弾幕の前では、些細な要素である。
構わず、連奈は現在の連射を維持する。
一方で、セイファートは旋回を止め、機体を大きく反らして一気に上昇を開始した。
「突破させてもらうぜ」
「特攻でもする気……?」
その途中に発せられた瞬の宣言が、連奈の鼓膜を打つ。
反射的に尋ねてしまったものの、瞬の自信に満ち溢れた口調からは、一か八かの賭けに出る気配は微塵も感じられなかった。
絶対確実ではないにしろ、何かしらの算段は持ち合わせている。
そう確信して、連奈はヘリケーフォスのレーザー生成量を再び調整する。
「だったら……!」
大方、ジェミニソード以上の耐久性を持つ刀身を立てにして近づくつもりなのだろうが、ならばこちらは威力を更に高めるだけだ。
連射速度を落として、その分、一発に込めるエネルギー量を倍加。
例えるならば、銃弾の雨から砲弾の雪崩へ。
ともかくあの新武装を破壊してしまえば、セイファートの攻撃の手は止まるはずだった。
「これで!」
調整が終わったのとほとんど同じタイミングで、セイファートがグランシャリオへ向けて一直線に急降下してくる。
爆発音じみた大気の炸裂を背にして迫りくる、鋼の流星。
連奈は五基のヘリケーフォス全てを同じ角度に向け、それを迎撃する。
方や超音速、方や亜音速。
着弾は、ほとんど一瞬の内に完了した。
だから連奈の視聴覚は、最初それを、セイファートの装甲が爆散して生まれた光であると錯覚した。
だが、何かが違う、大きく違う。
グランシャリオを照らし出すのは、幻想的な銀灰色の光。
そしてその光は、続けざまに飛来する高威力のレーザーを、自らの炸裂とともに周囲へ拡散させる。
まともに直進するものを確認できないほどに、何らかの撹乱効果が作用していた。
そして、大気中に滞留する粒子――――銀灰色の煌めきの正体が作り出す霞を抜けて、セイファートが現れる。
両手で、ジェミニソードの長刀を握り込みながら。
「連奈!」
「瞬!」
渾身の力を込めて振り下ろされた刃が自らを両断する寸前、連奈は生成が間に合った最後の一発を自らの足元に向けて発射。
その衝撃を利用して後方に飛び、見事回避に成功する。
空振って大地に叩きつけられたジェミニソードは、刀身の半ばでへし折れて盛大に宙を舞った。
加速の勢いや機体の重量など、尋常ならざるエネルギーが乗っていたのだから、当然だ。
「今のを躱しやがったか……」
「才能の賜物よ」
「そうだな。お前は何だって、何となくでできちまう」
「舐めてるの?」
連奈の視線は、セイファートの背面に向けられていた。
そこには未だ一本の長剣―――現状はまだ補助翼であるが――――が取り付けられている。
「わざわざ剣の形をしているそれが、さっきみたいにレーザーを防ぐためだけの装備ってことはないでしょ。あれを直接相手に命中させるのが本来の型なんじゃないの」
「“流星塵”は加減が利かねえ。直撃すりゃあ、並のサイズのメテオメイルなら一発で消し飛ぶ」
「手を抜いたってわけ?」
「連れ戻しに来たんだから、そうする上では……そうする上での全力だろうがよ」
「気に食わないわね」
「手を抜かれたのが気に食わねえってのは、認めたようなもんだぜ」
「っ……!」
痛いところを突かれて、連奈は返答に窮する。
まさに瞬が言うとおりだった。
かつての仲間と戦うことに及び腰だったというのならいざしらず、瞬は、グランシャリオを撃墜できる状況であったにも関わらず意図して手心を加えたのだ。
胸中に湧いてきたものが同じ憤慨でも、意味するところは異なる。
他ならぬ連奈自身が、瞬との間にある実力の差を受け入れてしまっているのだ。
以前の自分ならば、相手の思惑など意にも介さなかったはずだ。
「手加減とは言っても、後ろの剣を……“天の河”を使わなかっただけで、ジェミニソードは絶対にぶち当てるつもりだった。だけどお前は躱した。二度も言いたくはねえが、お前には、そのくらいのことが咄嗟にできるセンスがあるんだ。だけど、それで終わりだ。流れは変わらねえ、変えさせもしねえ」
「……何が言いたいのよ」
「オレだけじゃねえ。今残ってる奴の誰にも、お前は勝てねえよ。例えオルトクラウドに乗っていてもな」
「勝つわよ、操縦の勘さえ戻れば、誰が相手であろうともね」
「じゃあ戻って、戻せよ」
「戦うのに飽きたって言ってるでしょ……! さっきから、何回も……!」
「そうやって、本気だしゃあ勝てるって、これから先もずっと言い続けんのかよ。昔のオレや轟みたいに」
その言葉は、一際強く連奈の心を殴りつけてきた。
思考放棄と自己弁護を組み合わせた現実逃避を繰り返す醜態。
かつて自分が蔑み、哀れんでいた、無様で、愚かで、間抜けで、見苦しい姿。
極めて具体的な例を持ち出されることで、余計に自分の零落ぶりを実感させられる。
そして、俯く連奈の前で、瞬は今度こそ三本目の翼剣――――最後の天の河を引き抜き、グランシャリオへと突きつけた。
「お前が本当に最強無敵の存在で、全員をぶっ倒して現役引退するってんなら、チャンピオンの人生って感じで格好もつくさ。だけどな……今のお前は所詮、撃墜スコアたったの一の、口だけ女なんだよ」
「何ですって……!?」
どうにか口調だけは淡白であろうと務めてきた連奈だったが、とうとう抑制が効かなくなり、怒りの形相を露わにしてしまう。
事実は事実だが、それはそれとして、瞬の見下すような言い方には我慢ならないものがあった。
「オレは五機。轟は二機。オレと轟の共同で一機。お前は追い詰めるばっかりで、ろくに倒せちゃいない」
「あの金ピカは自爆したけれど、私と北沢くんの攻撃で致命傷を与えたから、カウントに入るでしょうに……!」
「だとしてもお前がビリなのは変わらねえんだよ。そしてだからこそ、お前は戻ってくるしかねえんだ。オレ達が知ってる限りじゃ、残ってる敵はそのグランシャリオも含めて二機だが、まだオーゼスだってエウドクソスだって隠し玉を持ってる可能性はある。今から頑張れば、オレと並ぶくらいにはなるかもな」
「そんな理屈で……!」
「一番を気取るのも、退屈だとほざくのも、結果出してみせてからだろ」
悔しいほどに、筋の通った理屈だった。
胸の内を正直に語ってしまったばかりに、痛いところを突かれてしまった。
こんなことなら、闘争という行為自体に忌避感を覚えるなどという乙女チックな理由で場を凌げば良かったと、今更ながらに思う。
「ださすぎるんだよ、今の状態で抜けるなんてのは。飽きるなんて、どの口が言ってんだ」
「だからこそ、この勝負は勝たせてもらうわ。頂点であることを示すのは無理でも、現状一番戦果を挙げてるあなたを倒してみせれば、それ相応の能力を持っていることの証明になるでしょ」
そう、だからこそ負けるわけにはいかない。
幾度もの苦難を乗り越え、力をつけてきた瞬とセイファートを討つことは、単に決別の大義名分を得ること以上の意味を持つ。
何の反論もできない瀬戸際の瀬戸際まで追い込まれ、ようやく本格的に、精神が戦闘状態のそれへと移行していくのを感じる。
一方的な攻撃、最小の攻撃回数、最短の戦闘時間――――それらを極限まで追求し、そして実現しようとする姿勢を、ようやく完全に思い出せた気がする。
生ぬるいことなど考えず、最初から使うべきだったのだ。
抵抗不能にして認識不能、まさしく問答無用の破壊をもたらす、災禍の大弓を。
「語るのは結果を出してからという点においては、あなたも同じよ。どれほどのご立派な説教も、語る人間に力がなければ重みを失うのだから」
連奈はゆったりと機体を反転させ、真後ろの地面に突き刺さっていたディープ・ディザスター・ボウを引き抜く。
そして、左手で保持用のグリップを、右手で発射用のグリップを握り込ませ、射撃体勢を整えた。
まだセイファートに向き直ってはいないが、しかしこれでもう準備は万端だった。
敵に背を向けたまま弓を構えるという、一般的には不可解な状況のまま、連奈は瞬に語りかける。
「わざわざ待っててくれたお礼に、この状態から再開させてあげるわ。……さあ、いつでもかかっていらっしゃい」
「……舐めてんのか?」
自分が口走ってしまったものと同じ台詞を引き出せただけでも、背を晒した甲斐はあった。
だが、隙は晒していない。
このディープ・ディザスター・ボウは、見かけからは予想もつかないほどの万能兵装。
機能はたった一つだけながら、いつどこからいかなる事象に襲われようとも対応を可能とする、究極の汎用性を有していた。
耐えるのでも躱すのでもなく、受けてどこまでも歪む。
その部分において、この大弓は、本来の操縦者であるB4とひどく性質が酷似していた。
「あなたは知らないでしょ、この弓のことも、私の本当の力も……!」
ディープ・ディザスター・ボウを手にしたことで、更に神経が研ぎ澄まされていくのを感じる。
もはや現状に対する気後れなどは完全に消え失せ、セイファートを射抜くイメージだけが、連奈の脳内を満たしていた。




