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第124話 ロスタイム

「よう」


 外部からの操作によってブラインド状態が解かれ、徐々に透過度が上がっていく調光ガラス。

 その向こう側では、一人の偉丈夫が、両手足を椅子に縛り付けられながらも悠然と構えていた。

 瞬がぞんざいな挨拶を寄越したのも、そのふてぶてしい態度と精強な佇まいに、まるで同情を誘われなかったからだ。


「君ともう一度……それもこんなに早く再会できるとは思っていなかったよ、風岩君」


 ほとんど白一色の、死に装束にも似た囚人服を纏う、その男――――アダイン・ゼーベイアは、不敵な笑みで瞬を迎えた。

 ここは、ハイダ・グワイに置かれた地球統一連合軍最高司令部の地下区画、特別監房エリア。

 国際裁判にかけられるほどの重犯罪者の中でも、取り分け慎重な扱いを要求される、真の規格外存在だけが収監される空間。

 監視体制の厳重さは、ラニアケアのそれを数段上回っている。

 面会しにきた側の瞬ですらも、警備員とゲート型の探知機によって、それぞれ三度のボディチェックを受けさせられたほどだ。

 だが、そうまでしても、アダインには聞いておかなければならないことがあった。

 

「どうだね、戦況は。あの死闘から、もう一ヶ月近く……一度か二度は、新たに侵攻があったはずだ」


 その問いを瞬が投げかける前に、アダインが先制してくる。

 あまりにも威風堂々とした、頼もしさに満ち溢れる物言いは、瞬に妙な心地の良さを与えてくる。

 妻子を捨てて我欲に走ったろくでなしと、風格ある父親。

 本来なら相反するはずの、それら二つの側面を兼ね備えているのが、この男の卑怯なところだった。

 だが、それで瞬が、雰囲気に呑まれることはない。

 此度の訪問目的は、名実ともに、今後の戦略に関わる極めて有用な情報を得るための尋問。

 有利な立場にある者が、不利な立場にある者に対して行うもの。

 瞬は今一度、自分達の関係を明確にすべく、若干の威圧を口調に込める。

 そもそもにおいて、アダインが囚われの身となっている原因は、他でもない瞬が打ち負かしたからなのだ。


「十輪寺のおっさんと、サミュエル、そしてジェルミの野郎を倒したよ。撃退じゃねえ、撃墜だ。三人ともな」

「おいおいおい……少しペースが早すぎやしないか。もう少しどうにかならなかったのかな、彼らは。私もだが……」


 メンバーの凄まじい脱落具合に、アダインは全身をひきつらせるほど激しく失笑する。

 世界の半分を手中に収め、数千万という人間の命を奪ってきたオーゼスが、凋落という表現すら生ぬるいほどの速さで崩壊に向かっている――――参加していた当人にとっては、まさに笑うしかない状況なのだろう。


「オーゼスが持ってるHPCメテオは、あと二つだ。オレ達の知らないパイロットや機体が控えてたとしても、同時に使えるのは二機まで。もう物量ですら、連合の方が上回ってる」

「ということは、そろそろ総力戦を仕掛けるつもりでいるのかな。君達は」

「そうしたいのは山々なんだが、他にもうざってえ連中がいてな……」


 もはや、エウドクソスに対する嫌悪感は、その存在を言及するだけで口元が自然に引き締まるほどに至っていた。

 これまでエウドクソスは、連合・オーゼス間の戦力格差を調整するため影に陽に動き回り、様々な策を弄してきた。

 連合が不利とあれば、S3を始めとする有益な技術を提供し、オーゼスが不利とあれば、侵攻がスムーズに進むよう補助する――――

 被った不利益も多いとはいえ、連合がオーゼスと渡り合えるようになった遠因でもあるため、特にメテオメイルを運用するヴァルクスの面々は、彼らを心の底から憎みきれないでいたところはある。

 しかし、敵視の方へ若干傾いたところで止まっていた、その絶妙なバランスも、先日の一件を以て完全に崩れることとなった。


「あんたも、捕まる前にちょっとは耳に挟んでるはずだ。連合でもオーゼスでもない、第三勢力のことは」

「ここを襲撃したり、十輪寺君を圧倒したという、あれのことかな」

「そうだ。そいつらの活動を、オレ達が何度も妨害するもんだから、向こうもなりふり構ず派手にやってきやがるようになった。このまま連中を放置しとけば、あんたらとの決戦も、まともにやれそうにない」


 エウドクソスがジェルミに対して行った、諸々の情報提供や機体運搬などの手厚い支援は、明らかに均衡状態の維持という本来の目的を逸脱していた。

 肝心のジェルミが既にオーゼスの一員ではなくなっている上に、そのジェルミが前回やったことといえば、陸地の占領を放棄して欲求の赴くままに暴れただけ。

 連合に損害を与えたという点で、確かに、間接的にはオーゼスの手助けに繋がっている。

 しかし、だとしてもだ。

 そのために、外様のジェルミを使う必要性を全く感じない。

 ヴァルクスは依然として、ギルタブによってオーゼスの迎撃を封じられている状態にある。

 オーゼスが存分に侵略できる環境は整えているのだから、エウドクソスは、事態を静観していればいいはずなのだ。

 そんな状況で、敢えてジェルミを利用するのは、極めてリスキーな行為だった。

 実際ジェルミは、エウドクソスと協力関係にあることを自ら暴露し、ヴァルクスが出撃するための口実を作っている。

 ヴァルクスが毎度ルールの穴を突いてくることに対する焦りか、そこから更に悪意へと転じたか。

 ともあれ、どこか超然とした存在だったエウドクソスのメッキが剥がれてきたのは確かだった。

 だが、そのことで、今まで以上に悪質な妨害を覚悟しなければならなくなったのも確かだった。


「だからオレ達も、できることは全部やることにした。今までは仕方ねえと放置してきたが、もう、そうも言ってられねえ。連中やあんたらオーゼスをぶっ潰すためには、あいつの力が必要だ」

「さて……あいつとは誰のことだろうか」

「あんたらの中で一番の働き者と戦ったっきり、行方が知れねえ奴のことだ。状況的に、一番知ってる可能性があるのはあんたらだからな。それを聞きたくて、わざわざここまで来たんだ」


 オルトクラウドの正規パイロット、三風連奈が戦場で消息を経ってから、もうすぐ二ヶ月が経とうとしている。

 機体を脱出後、帰還・連絡を試みつつも、その途中で死亡したか。

 それとも、オーゼスに拉致されたか。

 あるいは、離反してオーゼスに与したか。

 一般的に考えられる可能性は三つだが、瞬は、そのどれでもないことを確信していた。

 連奈は間違いなく、生存している。

 そして、連奈がオーゼスに手を貸すことも、オーゼスが連奈を欲することも、まずあり得ない。

 かといって、素直にヴァルクスに帰ってくるとも思えない。

 連奈の性格と、オーゼスの性質、どちらもそれなりに知っている瞬には、そのくらいは言い切ることができた。

 どこかで逞しく暮らしているのか、オーゼスに押しかけて迷惑をかけているのか。

 おそらく正解は、その二つの内のどちらかで、できれば後者であって欲しかった。


「彼女ならば、B4が……グランシャリオの操縦者が、個人的に匿っているようだ。彼の口ぶりからするに、世話をしているというより、逆に彼の方が世話をされているようだが」

「やっぱり、あんたらの所にいやがったか……」

「我々の本拠地ではないよ。彼は、オーストラリアのどこかの別荘地帯を勝手に占拠して、一年の半分くらいはそこで生活している。彼女も、多分そこにいるはずだ。無論、気分が変わっていなければの話だが」

「どこかか……。まあ、そこは、なんとかなるか」


 何の本で得た知識かは覚えていないが、オーストラリアの陸地面積は、日本の二十倍近くあったはずだ。

 おおよそと表現するのも憚られるほどの広大さだ。

 だが、捜索範囲が絞られただけでも儲けものとするしかなかった。

 本当は、生存がほぼ確定的となったことも喜ぶべきなのだろうが。


「とりあえず、礼は言っておくぜ。……聞きに来ておいてなんだけど、こうもぺらぺら喋ってくれるとは思わなかった」


 それは、瞬の正直な意見だった。

 オーゼスの組織構成や保有戦力に関して、アダインがスラッシュや霧島同様、全く口を割っていないことは、予めケルケイムから報されていた。

 今なおアダインは、それほどの義理をオーゼスに対して感じているのだ。

 連奈に関する情報提供は、オーゼスの内情を暴く類のものではないが、組織の壊滅を助長する行為であることは確かである。

 だから、黙秘を貫かれる想定も瞬の中にはあった。


「敗者は勝者の言うことを一つ聞かねばならないというのが、古より伝わるルールだからな。ヴァルクスで勾留されている間に何もできなかったものだから、そこは心残りだったのだよ」

「くれるどころか、むしろ、押し付けていきやがったからな」

「引き受けると言ったのは君だぞ」

「引き受けるわけにはいかない状況だったわけだから、実質押し付けだろうがよ」

「行動が全てだ。言質も取っている」

「ほんとあんたは、自分勝手で無責任な奴だよ」

「君と同じでな」


 瞬とアダインの舌戦は、相変わらず、程度の低いものにしかならなかった。

 二人は、悪友や共犯者がそうするように、改めて顔を見合わせた後、大きく喉を鳴らす。

 最初は威勢よく振る舞ってみせたものの、結局瞬は、アダインと話しているときの心地の良さに勝つことができなかった。

 骨の髄まで同類なのだ。


「ところであんた……いつまでなんだよ」


 しばしの間を置いた後、瞬は、少しだけアダインから目を逸らして問う。

 いつまでとは、あとどれくらい、こんなところでこうしていられるのかということだ。

 アダインは、現状唯一刑罰を科すことのできるオーゼス構成員として、世間の注目が集まっていた。

 公的な記録の上では、アダインが出撃した回数は、僅かに二度。

 手にかけた人間の数は、グランシャリオを駆る男やジェルミと比べれば雀の涙とはいえ、それでも三桁に届く間際。

 一般常識に照らし合わせてみれば、十分に大量殺人犯と呼んで差し支えないレベルである。

 近縁者に被害が及ぶことを避けるため、連合の監視下にある三人のオーゼス構成員については、未だ実名の公開こそ行われていない。

 しかし、確保しているという事実は公表されているため、報復感情に駆られた市民からは、一刻も早い刑の執行が望まれていた。


「もうしばらくは、猶予がありそうだな」


 アダインは、小さく息を吐いた後、そう答えた。


「最初に処断されるということは、溜まりに溜まった人々の恨みつらみを一身に浴びることと同義だ。それで並の仕打ちでは、皆の溜飲は下がらない。だから政府のお偉方は、随分と頭を悩ませているようだ。あくまで既存の法に則って裁くか、特例を設けてより苦痛を味わわせるかとね。君は、どちらがお望みかな」

「どっちも嫌だな。どっちでも、あんたにとっては楽な道だ」

「そうなんだ。だから、皆には申し訳なく思う。私にとって最も効果的な罰は、ではない。わかっているのは君だけだよ、風岩君」


 再び、そして生涯、夫として、父親としての務めを果たす。

 それこそが、家族を捨て去ったアダインにとって、何より辛く、何より重い刑である。

 それを成さない限りは、アダインは解き放たれたままだ。

 アダインの表情を見れば、自ら犯した過ちに対して、けして小さくない反省があるのはわかる。

 多大な苦難が待ち受けているとして、それでも償おうとする姿勢を感じるのだ。

 だが、最期まで父親をやり通してもらうなどという処分では、世間が納得しないのもわかる。

 公的に問われるのは、あくまでオーゼスの一員としての所業なのだ。


「……まあ、どうなろうと、オレの知ったことじゃねえけどな」


 三割は、本音だった。

 自分は、弁護士でもなければ裁判官でもない。

 ただ結果を、そういうものだったと受け入れるだけだ。

 受け入れるのにどれだけの時間がかかるかは、さておくとして。


「そうだ、それでいい。君が気にすべきことは他に沢山ある。片付けた問題を振り返っている場合ではない」

「親父みてえなこと言いやがって」


 そう愚痴るなり、瞬は身を翻す。

 別れの言葉を口にする気にもならなかったし、これ以上アダインを直視する気にもなれなかった。

 面会室の外に通じるドアは目の前だが、開けるためには、わざわざ脇の操作パネルで監視員に退出の意思を伝える必要があるのが面倒なところだった。


「終わりかね、尋問は」

「ああ。連奈のことだけだよ、どうしても聞いておかなきゃならないのは」

「それは残念だ。せっかくの機会だから、世間話でもと思ったのだが」

「世間のことはどうでもいい口だろ、お互いに」


 呼び出しのボタンがどれかは、すぐにわかった。

 そもそも、迷うほどの選択肢がない。

 それでもすぐに押さなかったのは、先程アダインが発した言葉の意味を、今になってようやく汲み取ることができたからだ。

 妙なタイミングでのみ発揮される自分の察しの良さに、瞬はほとほと呆れる。


「あんたにはねえのかよ。気にしてることは」

「……二つだけある。一つは、君が知っているということはまずなさそうだが」

「じゃあ、もう一つは何だよ」


 背を向けたまま、瞬は意地の悪さを全面に押し出した口調で、アダインに尋ねる。

 聞きたいが、聞くのが憚られる――――そんな質問を無理に引き出すのは、実に楽しい。

 そんな瞬の嫌がらせに対して、アダインは長々と唸りながらも、最終的には観念して、ぼそぼそとした声で問いを投げた。


「……メアラは、無事息災に過ごしているのだろうか。心身共に、やわな部類ではないと思うが、立場も立場で、状況も状況だ。少しは心配もする」

「へえ。……あ、オレです。風岩瞬です。もうやること終わったんで、出してもらっていいですかね」

「おいおい、まさか答えないつもりじゃあないだろうな。自分の方から話題を振っておいて……!」

「教えてもらえるとでも思ったかよ」


 直前まで、不満の意を露わにしていたアダインだが、それ以上食い下がるようなことはしなかった。

 瞬の一言で、すっと熱が引くように押し黙る。

 今更父親面をしても、もう遅いということに気付いたのだろう。

 娘の近況を知ることが許されないのも、自身に課せられた罰の一つであると、納得に至ったのだろう。

 程なくして、重々しい音を立てながら、ドアがスライドして開く。

 瞬はそのまま、部屋の外に向かって一歩を踏み出した。


「あんたの娘だ。元気でやってるに決まってる」


 言って、瞬は軽く右手を振った。

 尋ねたのも、答えたのも、アダインの姿が憐れみを誘ったからではない。

 大罪人は苦しむだけ苦しむべきという世の流れに、安易に同調したくなかったのが一つ。

 アダインが、全てに諦めをつけたまま最期を迎えるのが気に食わなかったというのが、もう一つの理由である。

 風岩瞬という人間の心は、中々にひねくれているのだ。

 ドアが締まる直前、アダインが何かを呟いたようだが、それは、よく聞こえなかった。


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