第11話 燃えて爆ぜるモノ(前編)
『ついてないとしか言いようがないね。こういう時のためのセイファートだったんだけど……』
通信ウィンドウの向こうでセリアが残念そうに呟く。
オーゼスのメテオメイル輸送機“アルギルベイスン”がインド洋南部にて確認されたのは、三十分ほど前の事であった。
航空機である以上、深海を航行する潜水艇“フラクトウス”よりも各段に発見しやすい事は言うまでもなく、これまでにも幾度か、航空戦力を主軸とした大部隊による赤道以南での迎撃が行われている。
アルギルベイスンさえ撃墜できれば、搭載機を回収困難な海底深くに沈めることも可能であるため、多少の犠牲を出してでも敢行する意味はあった。
だが実際の所は、作戦の全てが失敗に終わっている。
というのも、アルギルベイスン自体はメテオメイルではないが、輸送時には搭載機からのエネルギー供給を受けることで、メテオメイル相当の火力を得ることができるためである。
装甲を最低限の厚さに削ってまでセイファートに空戦能力が与えられたのは、このアルギルベイスンに対するカウンターも意識した上での決定だったのだ。
しかし当のセイファートは、シンクロトロンとの交戦における深刻なダメージによって、広範囲でのパーツ交換を余儀なくされ、再配備に時間を要する始末である。
結局は、従来通りに陸地で迎え撃つしかないのだ。
「御託はいい、早く出撃させろ」
『敵が何処を狙っているか確定していないのに?』
ラニアケアの中央を貫くリニアカタパルト。
その最後部にて待機するバウショックの中で、北沢轟は満面の笑みで苛立ちながらセリアに言い放った。
出撃命令が下ってから、既に二十分ほどが経過している。
轟にとっては、初の出撃となる今日まで既に二週間以上も待たされているわけが、目前に控えたこの時間は、その倍以上のもどかしさがあった。
「だったら早く見当を付けろ。いい加減わかってもおかしくない頃合いだろーが……?」
誰でもいい。
本気の戦いの中で、滾る血潮に酔いしれたい。
生か、死か、その両極端な未来しか訪れる事のない非情なる世界でこそ、自分の存在意義を確かめることが出来る。
目前に迫った戦いに、快楽を刺激する脳内麻薬が止めどなく溢れ、轟の理性が崩壊しそうになる。
それがあと一分続けば、轟は敵が遙か遠く海の先であるという理屈を無視してでもラニアケアから飛び出していっただろうが、幸いにして、轟が臨界点を迎える前にアルギルベイスンは降下を開始。
投下予定地点をかなり狭い範囲に絞り込むことができた。
アラビア半島の南端――――イエメン、オマーン、サウジアラビアの国境近く。
その空力特性から射出後にも大幅な軌道調整の可能なセイファートであれば、数分早く出撃させ、敵の移動に合わせて進路を変えることもできるのだが、空中戦が想定されていないどころか脚部が未完成で姿勢制御すら満足に行えないバウショックでは、ここまで特定できなければ発進させられないのだ。
「ようやくか……!」
『くれぐれも、着陸の際には手動でレイ・ヴェールの出力を最大まで上げるのを忘れないように。あと後部ユニットの保持アームを上方に角度変更するのもね。バウショックは減速がほとんどできないから、この作業をやってもらわないと地面に激突してそのままお陀仏になってしまう』
「俺は戦いたくてパイロットをやってんだ。戦えなくなるようなヘマはしねー」
轟は荒々しくも迷いのない動作でバウショックの起動準備を完了させていく。
轟には一般常識程度の教養さえないが、全力で闘争を楽しむための努力を怠ることはけしてない。
マニュアルの読み込みやシミュレーター訓練への積極性は、大方の想像に反して執拗ですらあった。
『では、射出までのカウントダウンを開始するよ。バウショックの防御機構ならほとんど減殺されるとは思うけど、一応は衝撃に備えておいて欲しい』
「むしろバリアなんざない方が楽しめるかもな」
『数秒でミンチになりたくなければ、やめておくことを推奨するよ』
セリアが冷淡にそう告げた直後、電磁加速レールへの通電が始まる。
同時に、バウショックが載せられた台座が十メートル程前進し、これまで暗闇の中に有り続けたその勇相は、ようやく太陽の下に晒されることとなった。
その形状を一言で例えるならば、赤色の厚き甲殻を纏う人型甲虫。
頭部の左右から前方へ向けて突き出す二本の黄金大角。
激しき緑光を放つ双眸と、鮫場の如き鋭さを持った無数の口部パーツ。
無数の放熱口を備えた、全身の重装甲。
現在は振動減衰装置としての機能のみに特化した、仮初めの脚部。
更に右腕部には、大型マニュピレーターによる新たな拳が先端に設けられた手甲“ギガントアーム”が装着されており、全長こそセイファートと同等の三十メートル級でありながらもその威圧感は一回り上のサイズであるかのように錯覚させられる。
実際、バウショックは四、五十メートルというサイズが基本的なオーゼス製メテオメイルとの近接格闘戦を想定して建造された機体であり、ギガントアームはそれらを握砕する為の武装である。
セイファートが如何なる敵機をも上回る機動性を運用コンセプトとするなら、バウショックは如何なる敵機の攻撃にも耐えうる防御力及び如何なる敵機にも押し勝つパワーがそれに該当する。
機体重量は約五百六十トンと、三百八十トンのセイファートと比較して、百五十パーセントに近い身重さであり、それ故に、歩行に支障が出ているという本末転倒具合であるのだが。
「行くぜバウショック……俺に合わせろ、俺の力に耐えてみせろ。俺の手足なんだから、そう簡単に壊れてくれるんじゃねーぞ?」
その強度を試すかのように、握り込んだ操縦桿がへし折れんばかりの膂力を注ぎ込み、轟はこれからすぐに突き抜けることとなる曇天を見上げて獣の笑みを浮かべた。




