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第122話 Snowdrop(その6)

「その程度かね……キミ達も、ケルケイム君も」


 セイファートとバウショック、それぞれの大技が炸裂し、ヴァルクス側が勢いを取り戻す。

 だが、それも一瞬のこと。

 ジェルミは、瞬と轟の奮闘をあざ笑うかのように、いとも容易く流れを断ち切る。

 眼下のバウショックに対しては対地榴弾の一斉投下、上空のセイファートに対しては残る四つ首のラスタバン一斉砲撃で対応。

 並行して、両機に甚大なダメージを与えた。


「当てやがった、ジェルミめ……!」


 右脚が丸々消失したセイファートの中で、瞬はそう吐き捨てる。

 砲撃を受けたのは、大きく弧を描く軌道で宙返りを行っている最中のことだった。

 照準の合わせにくさから、これまで相対してきた敵の誰もが、そのタイミングで攻撃を仕掛けてくることはなかった。

 加えて、ガンマドラコニスBの挙動は緩慢の部類で、反射的に上空の敵を狙い撃つという芸当はまず不可能。

 首の一本を斬り落とされた時点で、もう既に、この構図を脳内に描けていたというわけである。

 結局、どこまでいってもジェルミの掌の上なのではないか――――もう何度も払い落としてきたはずの、そんな不安が、再び瞬の胸中で這い回る。


「轟、無事か!?」


 瞬は、真っ逆さまに落下している状況を利用し、下方を見回して現在の状況を確認する。

 何もしなければ、自らも五秒ほどで海面に叩きつけられる身ではあったが、五秒を十分な余裕と思えるくらいの経験は積んできていた。

 そして、取り越し苦労だったのか、バウショックはすぐに浮かび上がってくる。

 無数の榴弾の爆発をもろに受けて、上半身の装甲が盛大に焼け爛れてはいたが、戦闘の継続に支障はないようだった。

 その様子を確認すると、スラスターを噴射したままの左脚を振るようにして、器用に機体を上下反転させた。


「サテライトが残り三つになっちまった。これだけじゃ、何をするにも足りねー……!」

「……まずいな」


 バウショックに残された攻撃手段は、クリムゾンショットのみ。

 浮遊する術が失われたことも含めて、戦力として、あまりにも心許ない。

 厳密には、同じくギガントアームから放たれるクリムゾンストライク、ソルゲイズも使用可能だが、近辺にスノードロップ号が控えているこの場においては、もちろんのこと禁じ手である。


「だけどこっちだって、奴にそれなりのダメージを与えちゃいる。攻め続ければ……!」

「いけないな……それでは、いけないな」


 ジェルミが愉悦混じりにそのフレーズを放つことの意味を、瞬は骨身に染みて知っている。

 肌身に感じるのは、不穏な気配などという曖昧なものではない。

 これから間もなく、確実に、背筋の凍りつく出来事が起こるという恐怖。

 瞬は確信を持って、既に再加速を始めていたセイファートに急制動をかける。

 そう、今やるべきことは――――


「失念してしまっているようなら、もう一度、牢記したまえ。ワタシが何を渇望しているのかを」


 エネルギーチャージを開始し、口部周辺に青白い煌めきが生まれる、四つの竜頭。

 それらが向けられた先に存在するのは、セイファートでもなければバウショックでもない。

 未だにノルンを始めとした数十人の乗員が取り残された、スノードロップ号である。

 瞬はたまらず息を呑み、機体の腰関節が砕けんばかりの勢いでセイファートを振り返らせると。遠く先のスノードロップ号に向かって矢のごとく飛んだ。

 その直後、組み合わさって一つになった、太く禍々しい光条が空間を貫く。

 先にスノードロップ号の正面に回り込むことができたのは、僥倖というほかなかった。

 瞬は、セイファートの左腕に装着された手甲――――ストリームウォールを即座に展開し、強力な風圧の防壁を展開。

 機体の前面に掲げ、津波のごとく襲い来る膨大なプラズマの奔流を受け止める。

 従来は物理攻撃にしか対応していなかったストリームウォールだが、以前の改良の際、風圧防壁の発生と同時に微小な金属粒子を散布する機能が追加されていた。

 これにより、極めて短い時間ながら、レーザーなどの非実体系攻撃を防ぐことが可能になっていた。


「やっぱりこう来るかよ、ジェルミ!」

「キミが、檻を無力化するという半端な真似をしでかした結果だよ。おかげで、ワタシが本来想定する通りの殺し方ができなくなってしまった」


 瞬の視界は、ストリームウォールが防ぐラスタバンの眩さで埋め尽くされ、本当にスノードロップ号を守れているかどうか確認のしようがなかった。

 そもそもストリームウォールは、単発の攻撃を払いのけるための防御兵装であって、このような長時間の照射攻撃には対応していない。

 そのため、粒子を散布できている今も完全に威力を殺せているとは言い難く、セイファートの装甲は防壁を抜けてきた熱量で徐々に融解を始めていた。

 このままでは、乗員よりも先に、瞬の命が尽きる。

 ジェルミの狙いは、まさにそこにあるというわけである。

 

「だが、これでいい。むしろ状況は、今まで以上に切迫したものとなり、ケルケイム君に対し、よりわかりやすく、より効果的に決断を迫る形となった」

「ゴチャゴチャと、さえずってんじゃねーぞ! 動かねーなら、いい的だ!」


 ジェルミの歌うような溌剌とした言葉を遮るように、轟が吠えたける。

 その数瞬の後、全方位に飛び散るのプラズマの合間から、海上のバウショックがクリムゾンショットを投擲する様子がかすかに見えた。

 轟の狙いは正確で、内部に超高熱を封じ込めた火球は、未だラスタバンを照射し続けるガンマドラコニスBの四頭の一つに命中。

 見事に砲口を破壊しただけでなく、行き場を失ったエネルギーの漏出によって、首一本が丸ごと爆裂した。

 だが、全ての首を同様の手段で無力化しているだけの時間は、もはや残されていない。


「今この瞬間、ワタシは確かに、キミ達を敗北寸前に追い込んでいるといえよう。しかし……見ての通り、ワタシもワタシで、中々に危うい状態だ。搭載兵装の大半を使い尽くし、機体の損傷もけして楽観視できるものではない。もう一度、二機がかりで挑んで来られた場合、間違いなくワタシは敗北することになるだろう」


 随分と婉曲的であるにも関わらず、しかし要点は理解できてしまう、つくづく嫌らしい言い回しだった。


「ラスタバンの連続照射にも、そろそろ限界が近づいている。セイファートを消し炭にするには、僅かに時間が足りなかったか」


 とはいえ、最後まで照射を受ければ、セイファートの全身は醜く焼けただれ、実質的な戦闘不能状態となるだろう。

 そんなセイファートと、飛行能力のないバウショックを順に始末することくらいは、今のジェルミでも容易だ。

 このまま何もしなければ、二機のメテオメイルが失われる事態になる。


(ノルンさんどころじゃねえ……オレ達が!)


 逆に、セイファートがこの場から退けば――――つまるところ、スノードロップ号の救助を諦めれば、高確率でガンマドラコニスBを撃墜できるだろう。

 激しい損傷と消耗で大きく手数の減った今のガンマドラコニスBならば、力押しも十分に通用する。


(だけど……!)


 しかし、前者のパターンとて、希望は残されている。

 ガンマドラコニスBが息切れするまでスノードロップ号の盾になっても、奇跡的にセイファートが戦える状態かもしれない。

 そこから、奇跡的に逆転できるかもしれない。

 ノルンを守りきり、ジェルミも倒す。

 そんな理想の未来に続く道も、まだ完全に閉ざされたわけではないのだ。

 ここから先、あらゆる行動が都合よく、自分たちの有利に運びさえすれば。


「司令!!!」


 瞬は、力の限り叫ぶ。

 運などという不確かな要素に縋ることなく、一介の軍人として、確実な勝利を拾いに行くのか。

 全員を守り、全員で生き残るという、存在する確証のない可能性を追うのか。

 現実か、それとも夢か。

 愛する者の命がかかった、悪辣にして究極の二択。

 まかり間違えば自らも無事では済まないとわかっていたとしても、瞬には、ケルケイムに決断を委ねることしかできなかった。


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