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第120話 Snowdrop(その4)

 ほぼ完璧に近い連携でガンマドラコニスBを翻弄する、セイファートとバウショック。

 一見して、ヴァルクス側の圧倒的有利に思える形勢。

 そんな都合の良い現況を、誰よりも先に、そして誰よりも強く警戒していたのは、戦場から遠く離れたラニアケアで指揮を執るケルケイムだった。


「まずいな……」

「確かに……風岩君も北沢君も以前より大きく腕を上げているとはいえ、それを踏まえても、どこかジェルミ君らしくなさは感じるな。端的に言えば、手詰まりになるのが早すぎる」


 ケルケイムの隣に立つロベルトが、全てを代弁してくれた。

 轟の猛攻に一度怯んだことは事実だとして、用意周到かつ狡猾なジェルミが、そのまま受け身に回り続けるわけがない。

 イニシアチブを譲るまいと、すぐに切り返してくるのが普段の立ち振る舞いだ。

 

「我々の油断を誘っている、と考えるべきだろうな。ここは」

「全身を撃ち抜いても蘇ってくるような男に、する油断などありません。奴の目論見は確実に、事前に叩いてみせます」


 ケルケイムはそう言い切ると、司令室の前面に並んだ各種モニターに視線を戻し、これまで以上に神経を研ぎ澄ました。

 状況を一気に覆すような何かが起こるというのなら、例えどんなに些細なものだとしても、必ず予兆があるはずだった。

 各機のメイン・サブカメラを通して得られる映像や、軍事衛星がリアルタイムで記録している周辺地形の観測データ――――

 戦いに集中している瞬達に代わって、客観的な目線から、それらの中に潜む異変を探し出すのがケルケイムら司令部の役目だった。


「今のは……」


 そして早速、全モニターに万遍無く張り巡らせていたケルケイムの注意力が、ある一つの違和感を捉える。

 直後、ケルケイムがオペレーターに拡大表示を指示したのは、軍事衛星から送られてくる、俯瞰視点からの監視映像。

 バウショックの繰り出す強烈な打撃を受け続けたガンマドラコニスBが、とうとう滞空に支障が出るほど体勢を大きく崩し、ゆるやかに高度を下げていく。

 それが、つい今しがたまでの戦場の模様である。

 問題は、その後だった。

 ガンマドラコニスBは、すぐに身を起こすことをしない。

 まるで窮地に追い込まれた者が必死で抵抗するかの如く、五頭全てのラスタバンを乱射する。

 その後方から、縦に伸びる飛沫が奔ったのを見て、ケルケイムはすぐさま瞬と轟に直接指示を出した。

 明らかに、ガンマドラコニスB自身のスラスター噴射が起こしているものではなかったからだ。


「二機とも、全速力で後退し、スノーロドップ号の防衛に回れ!」

『司令……?』

『野郎の足止めはいいのかよ!?』

「構わない、ここは船の安全を優先する!」


 どうして、という言葉が返ってこなかったあたり、瞬にしても轟にしても、何らかの不穏な空気は嗅ぎ取っていたらしい。

 惜しげもなく攻撃の手を止め、すぐさま指示に従い、機体を急速反転させる。

 二機の背後で、海面から紡錘型の物体が無数に飛び出してきたのは、その数秒後のことだった。

 それらは獲物を襲うピラニアのごとく、先端に設けられた口部をガチガチと鳴らした後、自由落下に従って再び海中に没していった。

 あのまま攻撃を続けていたら、セイファートもバウショックも、全身を噛み砕かれていたおそれがある。

 ジェルミは、海面間際まで高度を落としたことを逆手に取って、機体の下部から今の攻撃端末を放っていたのだ。

 相手に一旦退くという選択肢がなく、強気で挑みかかってくる状況――――不意を打つには、絶好のタイミングだった。

 意識の誘導にしても巧みで、ガンマドラコニスB本体を凝視する瞬や轟に、今の奇襲を察知することは難しかったであろう。


『サンキュー、司令……!』


 瞬が素直に感謝の意を述べるが、ケルケイムはその言葉に対して堂々と頷くことができなかった。

 結果的に二人の助けにはなったものの、元々の読みは外していたからだ。

 ケルケイムとしては、スノードロップ号の側に何らかの危害が加えられるのではないかと予測していたのだ。


「懐疑的になりすぎたか……」


 ルールを遵守した上で勝利するからこそ与えられる絶望もある、というのが今回のジェルミの主張だ。

 だがジェルミは、間違いを男だ。

 そのときの感情の昂ぶり次第で、容易に手のひらを返してくる。

 だから、電磁フィールドが制限時間を迎える以外の方法で、ノルンの命を奪いにかかることも想定しておかなければならなかった。

 今の読み間違いは、そちらの方面に気を取られすぎた結果なのだ。


『んで、こっからはどうすんだ。また攻めりゃあいいのか』


 ジェルミの攻撃が空振りし、スノードロップ号の元まで戻る理由がなくなったことで、轟が指示を仰いでくる。

 とはいえ、ガンマドラコニスBを随分引き離せている今は、好機だった。

 船員全てを安全圏まで退避させる手数はなくとも、三十分以内の決着という条件を取り払う余裕は生まれている。

 ケルケイムは、瞬に対しては船上の電磁フィールド発生装置の破壊を、轟に対してはその間の足止めをそれぞれ命じる。

 長期戦が可能になるというだけで、だいぶパイロットたちの心理的負担は軽くなる。

 囚われの身となっているノルンにしても、同じことがいえるだろう。


「ゲルトルートの整備が終わっていれば、救助を任せられたものを……」


 この一大事に、戦力の一つを投入できないという焦りから、ケルケイムはほぞを噛む思いになる。

 ゲルトルートは現在、より摩耗を抑えられる新素材の関節部品と、現行のものとを取り替える作業の最中であった。

 組み上げて出撃可能な状態にするには、最低でも三時間以上を要するため、この戦闘への参加は現実的ではない。


「いいのかね、ケルケイム君」

「どういう意味です?」


 ケルケイムは、ロベルトの発言の意図を汲み取れず、そう返さざるを得なかった。

 だだ、そのことで、意図を汲み取れないほどに視野が狭くなっているという現状には気づくことができた。


「今の君は、少しばかり意識がスノーロドップ号の船員に……いや、ノルン君に傾きすぎている風に見える。我々ヴァルクスの活動目的にして最優先目標が、人類に仇なす脅威の排除であることは、君が誰よりわかっているはずだ」

「ここはガンマドラコニスBへの攻撃に徹するべきだと?」

「べきではないかと思っているよ。ここで戦力を分散するのは、正直に言って得策ではない。相性では勝っているバウショックも、一対一ならば、どうだろうな」


 ロベルトの指摘の正しさは、早速、ロベルトが言い終える前に証明されてしまう。

 二機が距離を開けたとなるや否や、途端にガンマドラコニスBは、それまでの守勢が嘘のように急加速を開始。

 一直線にバウショックの元へと迫り、温存していた全身の大型ニードルガン“バテンタバン”を洪水のごとく斉射。

 厚い弾幕でバウショックをたじろがせた後、頭上からラスタバン三門を放射する。

 膨大な量のプラズマが生み出す激しき光の奔流は、バウショックの装甲表面に展開された高出力のレイ・ヴェールをものともせず、その全身を焼き尽くしていく。

 どうにか持ち替えの防御力で耐えしのぎ、戦闘不能になることだけは避けられたバウショックだが、搭載しているクリムゾンサテライトは別だった。

 台座を構成する十六基の内、半数ほどが内部機関を破壊されて機能停止。

 一気に連結は解かれ、支えきれなくなったバウショックと共に、海中へと沈んでいった。

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