表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/229

第116話 狭き世界

『代表理事、井原崎義郎を始めとする、統合新興技術研究機関“O-Zeuthオーゼス”の構成員各位に告ぐ。もはや、我々地球統一連合と、諸君らとの間における武力紛争の勝敗は明白である。破竹の勢いで連勝を重ね、ついにメテオメイルの同時運用可能数すら諸君らを上回った我々に、今後も抵抗を続けることは極めて愚かな判断だ。これ以上、双方の犠牲者を増やさぬためにも、一刻も早い武装解除および投降を要求する。繰り返す……』

「意味があるとは思えねーがな。こんな勧告が、今更、あいつらに」

「確かに、あいつらには無意味だ。だけど、あいつらを束ねてる黒幕のことは、オレ達だって知らねえ。ひょっとしたらってことはある」


 執務室の応接スペース。

 そのテーブル上に置かれた、タブレット型端末の画面に視線を向けたまま、瞬と轟は言葉を交わす。

 流れている映像は、オーゼスに対する、連合政府大統領直々の降伏勧告であった。

 数時間前に生中継が行われた後も、ニュース番組やネット配信サービスの場を借りて、同じ内容の動画が繰り返し放送されている。

 とうとうそんな声明が出せる段階まで漕ぎ着けたという事実に人々は沸き立ち、ヴァルクスを応援する声は今まで以上に大きくなっていた。

 もっとも、瞬や轟は、彼らの半分程度しか喜ぶことができない。


「エウドクソスの連中に交戦を禁止されてる現状は、何も変わっちゃいねえ。前々回は運に助けられて、前回は奇策を使って例外的に出撃できたが……あいつらも手は打ってくるだろうし、次からはどうしようもねえ」


 そんな状況下で、唯一彼らの計画を破綻させる方法が、この降伏勧告だった。

 オーゼスの降伏によって戦いが終結を迎えてしまえば、戦局のコントロールも何もない。

 そうなればエウドクソスも、悪趣味な舞台演出を諦めて大人しく引き下がらざるを得ないだろう。

 もっとも、誰も――――さっきはああ言った瞬でさえも、そんな奇跡が起こるとは毛ほども思っていない。

 勧告は、このままでは防ぎようのない被害が発生してしまうことへの焦りから生まれたものなのだ。

 オーゼスがこちらの事情を知らないことを利用した、実質的なブラフである。


「まったく……。連中さえいなけりゃ、総力戦を仕掛けたっていい時期なのによ」

「なあ瞬、そろそろじゃねーのか」


 言いながら、轟は端末の電源スイッチを長押しして強制終了させる。

 声の僅かな掠れは、苛立ちの募りを意味していた。

 一刻も早く手を打たねばというのは、誰しもに共通する思いだが、轟には轟で、また別の急ぐ理由があるのだ。

 二人がそれぞれ十輪寺、サミュエルを下してから、既に一週間が経過している。

 オーゼスの、次の攻撃が始まってもおかしくない頃合いだ。

 できうることなら、轟が望むことを今からでも実行に移しておきたかった。


「いい加減、とっ捕まえようぜ。テメーのあの策が通ったってことは、奴がクロで間違いねーんだろ」

「オレはそう思ってる。だけど現状じゃ、消去法で絞り込んだだけなんだよ。決定的な証拠がないから、問い詰めたところで、すっとぼけられて終わりだ」


 エウドクソス本陣へ情報を流しているだけでなく、現場のギルタブにも指示を与えている内通者について、もう目星はついていた。

 だが、瞬がいま言ったとおり、完全に論破するには材料が不足しすぎていた。

 ただ辻褄が合うというレベルでしかないのだ。


「それがどうしたってんだ。しばらく口が利けねーくらいに痛めつけてやりゃあ、連絡が途絶えるかどうか判別も付くだろーが。奴で間違いねーってんなら、結果的には、お咎め無しで済む」

「無茶言うなよ。リスクがでかすぎる。ちょっと頭を冷やそうぜ」

「……なんだ、そのつまらねー返答は。テメーも優等生になっちまったのかよ」

「まさかだろ」


 表情と口調の両方で失意と怒りを露わにする轟だったが、物怖じすることなく、瞬は即答した。


「ボロを出してないから当面は安泰だと思い込んでる奴を、問答無用でブチのめすだなんて……そんな面白そうなこと、オレがやらねえわけがあるかよ。問題は、 内通者イコール命令者の可能性が出てきたってことだ」

「あ……?」

「そいつに抜けられると、ギルタブの制御が利かなくなっちまう」


 瞬達はこれまで、ギルタブは自機の通信装置を介して、外部から指示を受け取っているものとばかり考えていた。

 だが、前回の一件によって、内通者の人的価値が一気に跳ね上がった。

 内通者が島内を出られない状態であるために、例外的に自爆を取りやめる――――この判断は、あまりにもエウドクソスらしくない。

 当面の出撃を封じるという最も優先すべき目的のためなら、味方の一人くらいは平気で巻き添えにできるのが彼らのはずだった。

 組織の秘蔵っ子であるギルタブや、最新鋭の機体であるヴェンデリーネさえ使い捨てにしようとしているのだから、内通者もそのような扱いを受けて然りなのだ。

 しかし実際は、内通者を失いたくないがために、命令が変更された。

となれば、内通者はエウドクソスにおいてギルタブより上位の存在であることが推察できる。

 そして、そこまでの人物であれば、ラニアケアの内部でギルタブに接触し、直接命令を下していても不思議ではない。

 だからこそ、内通者だけをラニアケアから排除するのは危険だった。

 コントロールする者が不在となれば、あとは、これまでに与えられた命令を実行するのみ――――今度こそ完全に、停止不可能の爆弾となってしまう。


「だから、追い出すなら、ギルタブと内通者を同時にか、ギルタブだけを優先するかの二つだ。内通者一人だけっていう選択肢はねえ」

「ちっ……」


 瞬の回答に納得せざるを得なかったためか、轟は舌打ちしながらも、前傾姿勢をやめてソファに背中を預ける。


「まあ、いよいよとなったら究極の下策、どうにか不意を突いてあいつの機体に全力タックルだな。ちょっとはラニアケアから引き離せるだろ」

「そんときゃ俺がやる。道連れにされても、頑丈なバウショックなら生き残れる見込みがあるからな」

「バカ言え、爆発から逃れられるセイファート向きの案件だ」

「いや、俺だ。そもそも、テメーがそんなことに命張るわけねーだろーがよ」

「まあな」


 瞬は冗談めかして笑ってみせたが、次にオーゼスの刺客が現れたとき、本当に他の策が浮かばなければ、冗談で済ませるつもりはなかった。

 そのくらいには、軍属パイロットとしての使命感も生まれていたし、ヴァルクスという組織に愛着も湧いていた。



「B4さん……大至急、拠点の方にお戻りください」


 十日ぶりにB4の別荘を訪れたゼドラが、珍しく表情を強張らせて、そう報告してくる。

 普段が極めつけの無愛想であるため、視覚的な変化には乏しい。

 しかし、だからこそ、僅かな差異が事態の異常性を示していた。


「大至急か、穏やかじゃないね……」

「一体、何が起こったっていうの?」


 玄関で向かい合う二人とはやや距離を置いたところから、連奈は尋ねた。

 もはやどのような結果に落ち着こうと構わない――――そう思えるくらい、連奈が連合とオーゼスとの戦いに興味を失っているのは事実だ。

 だから今回気になったのも、あくまで、ゼドラが冷静さを欠いているという珍事それ自体である。

 もっとも、有能極まるゼドラですら対処できないトラブルというのは、相当に限られる。

 おそらくは、ゲームの進行に甚大な影響を及ぼすか、あるいはゲーム自体の存続を揺るがすような出来事が起こったのだ。

 そして、その予想は見事に的中していた。


「ジェルミさんが、昨日の深夜にガンマドラゴニスBで無断発進を行い……そのまま、完全に消息を絶ちました。今のところは、現在位置は愚か、足取りすらも掴めていないといった状況です」

「そうか……」


 報告を聞いたB4が、大きくため息を吐く。

 反応は、それだけ――――メンバーが減った分、自分の出撃回数が更に増えることへの落胆だけだった。

 ジェルミの失踪に対する驚きは、微塵も見せない。

 いずれこうなることを予期していたのだろう。


「あの人は、連奈ちゃんのところの司令官さんに随分ご執心だったからね。また新しいを……それも、今までの中で最大級に悪辣なものを思いついて、いてもたってもいられなくなったんだろう」

「だからって……」


 ジェルミ・アバーテという男について、連奈が知るところは少ない。

 しかしそれでも、自分のように、そのときの気分で組織を飛び出してしまう刹那的な生き方をする人物には思えなかった。

 例え、どれだけケルケイムに対する感情が高ぶっているとしても。

 オーゼス所属のパイロットという立場や、自機を万全に整備・補給できる恵まれた環境を捨てるというのは、多少の違和感を覚えた。

 もっとも、それは連奈の考えであって、現実としてジェルミは姿をくらましているのだが。


「それで……ゼドラ君。今後のジェルミさんの扱いは、どうなるんだい」

「“あの御方”のご意思により、既に、オーゼスからの除名が決定しています。井原崎理事曰く、即断だったそうです」

「だろうねえ。あの人の場合、これまでにも散々、重大な掟破りをしでかしているわけだし」

「それもありますが、今回の一件だけを取り上げても、酌量の余地はないかと。事前申請なしに私用でメテオメイルを操縦したことに加えて、こちらからの呼びかけにも全くの無反応。自身の出撃と侵攻目標が決定済みで、日数だけを前倒ししたエラルドさんとは、わけが違います」

「さすがとしか言いようがないな……。あの途方もなく寛容なボスに除名を決断させてしまうなんて、他の誰にもできない“間違い”だ」


 どう転んでもジェルミの復帰が望めない。

 その確たる事実を受け入れ、B4は更に重々しく嘆息する。

 そして、帰還命令の意味するところについても、今になってようやく察したようだった。


「……じゃあ、もう、僕だけしか残ってないのかな。ゲームの参加者は」

「そうなります。サミュエルさんと十輪寺さんは、先の戦闘において、双方とも乗機を撃墜され敗北。連合政府の公式発表によれば、死亡も確認されたそうです」

「倒したのは、誰?」


 それは連奈の個人的な質問であったために、ゼドラは、しばしの間、答える義理はないと言いたげな顔で無視を決め込む。

 だが、B4が申し訳なさそうに笑むのを見て、渋々ながら連奈の方に視線を向けてきた。


「……ラビリントスBはバウショックに。ビッグバンネビュラはセイファートとゲルトルートに、それぞれ敗れている」

「その組み合わせなら、そうなるでしょうね。逆だったとしても、決着が長引いただけだとは思うけど」


 サミュエルも、十輪寺も、拘りの強さこそ本物であるが、目を向けるのは己の内面のみだ。

 外の世界に存在する数多の問題には、ついぞ具体的な対策を打たなかった。

 B4から聞き及んだ、二人の機体の強化の方向性だけで、それははっきりとわかった。

 一方で瞬と轟は、不都合な現実を直視しながら戦い続けている。

 その決定的な差が、いずれ機体性能以上に勝敗を左右する要因になると、連奈は確信していたのだ。

 もちろん、自分がラニアケアを去ってからの、瞬と轟の経過については詳しくない。

 しかし、瞬は運用停止になったはずのセイファートに敢えて再び搭乗し、轟は相性で圧倒的に不利なラビリントスBを倒した。

 その事実は、二人が今も現実を見据えていることの何よりの証明だった。


「結局、連奈ちゃんが言った通りの展開になったわけか……」


 B4の漏らしたその呟きには、やはり、何の感慨も含まれてはいなかった。

 全く顔色を変えないわけではなかったが、程度としては、ニュース番組で赤の他人の訃報を目にしたくらいのものだ。

 無関心とはまた違う、事態を十分に把握した上での順応。

 一切反発することのない、常軌を逸した柔軟性。

 全てを諦め、他人のなすがままに形を変え続ける――――その、輝き一つ見えない暗黒の精神が、連奈は何より恐ろしい。


「つまり……あそこの守りは今、悲しいほどに手薄なわけだ」

「フォーマルハウトを始めとした無人機部隊では、足止めにしかなりません。連合の保有するメテオメイル全機で攻め込まれた場合、陥落は必至です」

「わかったよ……じゃあ、早速出るとしようか」


 言って、B4はそのまま足元に置かれた革靴に足を通す。

 上下はワイシャツにスラックスと、外出に支障のない格好になっているとはいえ、あまりの唐突さにゼドラもやや困惑した様子を見せる。


「準備は、よろしいのですか? 大至急とは申しましたが、そのくらいの時間は……」

「持っていくものなんて、何もないさ。着替えは向こうにもあるしね」

「ちょっと待ってよ、私は……!」


 振り返ることすらせず出ていこうとするB4に、連奈は距離を詰めながら叫んだ。

 だが、連奈の伸ばした手が、その広い背中に届くことはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ