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第113話 覆う闇の中(前編)

「時間が経つのは早えーもんだ……。前の戦いから、もうちょっとで二ヶ月になる」

「お、お前は、また……!」


 全てを穿つ矛を求める者と、全てを防ぐ盾を求める者。

 北沢轟と、サミュエル・ダウランド。

 どこまでも相容れぬ存在が、ついに三度目の対峙を果たす。

 場所は中東――――サウジアラビア南端、ナジュラーン州。

 奇しくも、最初に両者が相対した場所である。


「俺の拳と炎に二度も耐えきりやがった、テメーの分厚いにくの壁……今度こそ完全にブチ抜かせてもらうぜ」

「そうだ……そうだったな。そうやって、弱いやつを徹底的に痛めつけるのが強いやつおまえたちのやり口だ。ボクがやめろと言っても、立ち上がれなくなるまで何度も殴ってくるんだ……!」


 メテオメイル同士の激しい戦闘に晒されたこの都市は、当面の復興が断念され、半年前から何一つとして元通りになったものはない。

 広範囲に渡って建造物が倒壊しており、北東部の爆心地も未だに禍々しい焼滅の跡を残している。

 現在では立入禁止区画になっているため、良くも悪くも、この地で戦う限り新たな犠牲者が出ることはない。

 轟の側も、心置きなく存分に、力の全てを出し切ることができる環境であった。


「俺がテメーを完膚無きまでに叩きのめしてーってのは、そうかもな。だがな……それはテメーが頑丈かたすぎるからだ。俺を先にヘバらせるような野郎が、弱者を名乗ることは許されねーんだよ」

「理不尽だ、理不尽すぎる………! ボクはただ、誰にも干渉されない穏やかで静かな世界を作りたいだけだっていうのに……!」

「面倒なやつを追っ払うって段階を超えちまってんだよ、そのデカブツは……!」

「仕方がないじゃないか。ボクは全てが怖いんだ。親も教師も、軍も警察も、国も世界も、何もかもが。だから必要なんだよ、万事に対抗できる究極のシェルターが!」


 繰り返し発せられる、サミュエルの自分本意な主張。

 だがその身勝手さは、轟を呆れさせることもなければ、嫌悪感を抱かせることもない。

 なぜならサミュエルは、ただ願望を喚き散らすだけの男ではないからだ。

 目的を実現するための手段と行動力を持ち、そして一度は、自分を敗北に追いやってさえいる。

 どのような背景があれど、轟にとって、そんなサミュエルは紛うことなき強者の区分。

 この男を倒さぬ限り、他の全てを滅ぼし尽くしても最強は名乗れない――――そう思えるくらい、自分が成長する上での試練めいたものを感じている。


「テメーにとっては盾でも、そこまで行っちまえば、もう立派な武器だ。そして……武器を振り回してる以上は、どんな言い訳も通用しねー」


 轟は、自らの機体を操り、早足でサミュエルの機体の元へと詰め寄る。

 合わせて、あちらも一歩ずつ後退する。

 質量としてはあちらが圧倒的に上であるため、歩幅においては完全に劣っているが、速度が違いすぎるために差は徐々に埋まっていく。

 そして、その巨体が仇となって、そうそう自由に市街地は歩けない。

 とうとう背後のビル群に激突し、逃げ場を失ってしまう。

 操縦者の精神状態を表すかのごとく、各所に設置された可動式メインカメラを左右に振る、サミュエルの機体。

 その三百メートルほど手前までやってきた轟は、腰を落とし、自慢の右拳を引き絞る、いつもの構えを取った。

 そして、悪ぶる少年のそれでしかなかった瞳の輝きを、獲物を狙う獣の眼光へと変えた。


「もう十分に御託は並べただろ、俺もテメーも。だから、とっととおっ始めよーぜ……」

「く、来るな……! どのみち近寄ることなんてできないだろうけど、来るな!」

「嫌だね。こちとら、色々と溜まってんだ……!」


 向かい合う二機のメテオメイルは、パイロットそれぞれの精神性を反映する化身であった。

 右腕を更なる巨腕で覆う“拳闘士”バウショックと、半球状の巨大な山を成す“迷宮城塞”ラビリントスBバタリオン

 突き詰めた攻撃と防御――――果たして真に強いのはどちらか。

 心中でずっと渦巻いていたその疑問を明らかにするために。

 轟は大地を蹴り、ラビリントスBへ向かう。

 その強く地面を轟かす一歩と共に、決戦の火蓋が切って落とされた。


「ボクを守れ、“アスタリスク”!」


 急速接近するバウショックへの恐れを露わにした、サミュエルの叫びと共に。

 ラビリントスBは先の戦闘と同様、半球状の体を合計七つのモジュールに分離する。

 サミュエルを乗せた円筒形状の中央ユニットと、遠隔操作によって動く六つの無人機にだ。

 濃緑色のカラーリングも相まって、果物の芯と切り分けられた実の部分という表現が、この上なく相応しい。

 しかし、どこか間の抜けた構造とは裏腹に、その性能は極めて凶悪だった。

 なにしろ、分離してもなお、各機の全高は五十メートル超。

 質量的にも、通常のメテオメイル一機相当である。

 ゆえに、これらの無人機をただの攻撃端末と呼ぶのはあまりにも不適当――――ラビリントスBは実質的に、七機分の戦力を有しているといっても過言ではない。


「そうだ、そいつだ……!」


 轟は、一度は自分に膝をつかせた忌々しい六体の眷属――――サミュエル曰く、アスタリスクなる無人機の群れを一瞥する。

 無数の巨壁が陣形を作り、走行しながら迫りくるというその光景、視覚的な威圧感は尋常ではない。

 だが轟は、恐れず突き進む。

 そして、手近な一体に助走込みの拳を打ち込むが、やはりほとんど手応えはなかった。

 アスタリスク各機の装甲は自己修復機能を持つ液体金属で構成されており、とりわけ打撃に対しては無敵といってもいい耐性を持っているからだ。

 表面を波打たせながら、受けた衝撃のほとんどを拡散してしまう。


「まさにデブの脂肪だ。まるで効いてねー」


 轟は拳を打ち込んだ体勢のまま、更に一歩を踏み込んで、そのまま腕を押し込むようにする。

 だが、単体でもバウショック以上の質量を持つアスタリスクは、いささかも後退する気配を見せなかった。

 むしろ、高馬力のキャタピラ走行で押し返してくる。


「ボクが、このラビリントスBを完成させるためにどれだけの研究を重ねたと思ってるんだ……。お前なんかの攻撃は、絶対に通りやしないんだ」


 サミュエルの言葉は、現時点においては正しい。

 今のバウショックでアスタリスクを破壊することは不可能に近い。

 厳密には、全てのアスタリスクを破壊することが不可能に近い。

 液体金属装甲は熱エネルギーの拡散能力も非常に高く、通用するのは、その耐久限界を超える熱量を生み出すことができるクリムゾンストライクのみ。

 だがクリムゾンストライクは、機体への負荷の関係上、一度の戦闘中に使用できるのは二回か三回が限度。

 以前の戦いにおいて、轟は合計六回の発動という無茶をしでかしたが、後半は本来の威力の半分にも達していなかった。

 結果的に、四機のアスタリスクを撃墜した時点でバウショックを自壊させてしまっている。

 力の限り、などという根性論が通用しない相手だということは、既に証明済みであった。


「通してやる、絶対にだ……!」

「無理なものは無理だ……さっきも言ったが、通るとか通らないとか、それ以前の話なんだからな」

「こいつら……!?」


 ようやく押し勝ったかと思えば、違っていた。

 今までの踏ん張りが嘘のように、眼前のアスタリスクは自ら急速後退。

 予想外の行動に轟は一瞬戸惑うが、答えはすぐに判明する。

 気づけばバウショックは、散開したアスタリスクに包囲される形になっていたのだ。

 そして、各機がちょうど六十度刻みの配置に付くや否や、建造物をなぎ倒しながら一斉に押し寄せてくる。

 アスタリスクは一切の武装を持たないが、突進それ自体が極めて強力な攻撃になっている。

 六方向から同時に衝突されれば、身動きが取れなくなるどころの話ではない。


「前よりも統制が取れていやがる……」


 恥ずべきことだが、以前轟が苦しめられたのは、もっと単調な動きしかできないアスタリスクだった。

 本体を近場で護衛することに徹しており、向かってくるとしても一機ずつだった。

 しかし、今回の挙動は随分とアグレッシブであり、連携もこなしている。

 サミュエルの認識としては、バウショックはそれほどの――――守りが手薄になるというリスクを負ってでも自身の遥か手前で足止めをしておきたい危険因子であるということらしい。

 そうした扱いを受けることは、嬉しさも半分、より一層の厄介さに対する苛立ちも半分というところだ。


「だがよ……おかげでやりやすくなったぜ」


 轟は不敵に笑んで、バウショックを全力疾走させる。

 包囲を抜けるためではない。

 そもそも、バウショックとアスタリスクの移動速度に大きな差はなく、眼前の敵から逃げることは轟の性分にも反する。

 加えてバウショックも、常に攻めの姿勢を維持してこそ真価を発揮する機体である。

 向かう先は当然、先程押し合いを繰り広げた、ラビリントスBと最も近いアスタリスクだった。


「これだから単細胞は……! そもそもの重さが違いすぎるんだ。タックルじゃあどうにもならないことは、散々教えてやっただろうが!」

「そうだな……だから!」


 轟はバウショックを跳躍させ、城壁のごとくそびえ立つアスタリスクの前面装甲に、助走の勢いを乗せた蹴りを放つ。

 そして、反動で体が浮き上がった瞬間に、もう片方の脚で更に一撃。

 パルクールの要領で、一気に壁面を駆け上がる。

 そのまま、バウショックはアスタリスクの上部に手をかけ、一気に乗り越えて向こう側へ。

 その先にあるのは、無防備な円筒形の中央ユニットだけだった。


「しまっ……!」

「単細胞はテメーだったな、クソデブ」


 バウショック単騎でラビリントスBの鉄壁守備を攻略する方法は三つ。

 その内の一つが、いま轟がやってみせたように、包囲を上から突破する方法だった。

 これまでの戦いの中で、轟がバウショックを跳躍させた回数は片手で数えられるほどしかない。

 常に脚部への負荷を意識しなければならなかった、新型フレーム採用前の操作感覚に引きずられているせいだ。

 おかげで従来のバウショックは、行動パターンの幅がだいぶ狭くなってしまっていた。

 もっとも、その事実に気づいてからも、轟は実戦と訓練の双方において以前と同様の立ち回りを続けてきた。

 かつての自分と同じく、敵に対しても固定観念を植え付けるためだ。

 バウショックでこうまで立体的な動きを披露したのは、間違いなく今回が初。

 おかげで、完全にサミュエルの意表を突くことができた。


「俺のバウショックと、このデカブツ軍団……足の速さは大して変わらねー。そりゃつまり、追いつけねーってことだ!」


 轟は犬歯を剥き出しにしながら、ラビリントスBの中央ユニットへ特攻をかけた。

 六輝のアスタリスクは、それぞれが大急ぎで本体の元へ引き返していくが、相対距離ではバウショックが最も短い。

 あと五秒にも満たない時間で肉薄できる。

 しかし、それゆえに、クリムゾンストライクを見舞うという理想の展開に持ち込むのは不可能のようであった。

 今からでは、放つために必要なエネルギーのチャージが間に合わない。

 だが、それでも問題はない。

 司令塔である中央ユニットは、バウショックが縦に二機分収まりそうなほどの巨体で、アスタリスクと同様に液体金属装甲に覆われてはいる。

 だが、その形状はあくまで円筒。

 いますぐに仕留められずとも、ともかく転倒さえさせてしまえば、どうとても痛めつけようはあった。


「ブッ崩す!」

「できるものか!」

「テメーじゃねえ!」


 後でケルケイムの小言は飛んでくるだろうが、そんなことを気にする轟ではない。

 地すべりしながら、接触寸前のところまでラビリントスBの中央ユニットに接近。

 そして、思い切り振り上げた拳を、足元へ向けて打ち込む。

 その一撃で、もとより数千トンもの超重量をどうにか支えていた幹線道路は一気に陥没。

 連鎖的に周囲の地面をも巻き込んで大穴を作り上げた。

 結果、バランスを崩した中央ユニットは、ゆっくりと横倒しになっていく。

 轟はすぐさまその場から離脱し、深緑色の巨塔が、ただ物理法則に従って地面に叩きつけられるのを見届けた。


「宣言通り、どうにか正面からブチ抜いてやるのが第一希望だったが、なんて甘っちょろいことは、俺はしねー。勝てるときに、勝てる方法で勝つ」


 倒れた中央ユニットの下端部に回り込みながら、轟はサミュエルに告げた。

 アスタリスクと同じく、中央ユニットにも走行のためのキャタピラが設けられている。

 その部位から破壊していけば、周囲の液状金属装甲を無視して、メテオエンジンを穿ほじくりだすことができるというわけだ。


「さあ、テメーはどうすんだ。みっともなく死ぬか、みっともなく降参するか、とっとと決めろ」


 慢心しているわけでも、情が湧いてきたわけでもない。

 武装を一切持たないラビリントスBには、他の機体のように、命が尽きるまで抵抗することなど不可能。

 この勝負に限っては、現在の状態を決着と呼べるからこその、特例的判断であった。

 しかしサミュエルは、そんな轟の申し出を、唾棄するかのような語調で一蹴する。


「……勝ったつもりでいるのか? このラビリントスに、こんなことくらいで?」

「無様にブッ倒れてるのが、こんなことかよ。テメーが引きずり出されるのは、時間の問題でしかねーんだぜ」

「暴力を振るうだけしか脳のない馬鹿は、状況判断もできないようだな……。ボクの安全は、依然として完璧に保証されている!」

「こいつ……!?」


 サミュエルが、初めて自信に満ちた叫びを発すると共に。

 今しがたの一撃による道路の崩壊とは別種の、もっとおぞましい地鳴りが、空間全体を揺さぶる。

 震源は極めて間近に存在する物体、ラビリントスBの中央ユニット。

 一体何が起ころうとしているのか――――即座に轟は身構え、いかなる攻撃が来ても対処できるよう備える。

 だが、眼前で繰り出されたばかりは、躱す術も捌く術もできるわけがなかった。

 視界を埋め尽くすほどに広がる巨影が、一瞬の内にバウショックを飲み込む。

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