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第10話 迷宮城塞

 総合新興技術研究機関O-Zeuthオーゼス――――その本拠地は、メテオメイルの出現海域や帰投方向から、南極大陸或いはその近隣海域の何処かに存在するといわれている。

 だが、正確な所在地や施設規模は未だに不明のままだ。

 監視衛星から送られてくる南極上空からの映像にそれらしき人工物は見当たらず、氷層の内部や海底に建造されているか、光学迷彩技術の応用やホログラム映像などの視覚的カモフラージュによって隠蔽を行っている可能性は極めて高い。

 それ以上の詳細な調査は実際に現地へ赴く必要があるが、防衛ラインすら最低限の戦力で展開している連合には、オーゼスの迎撃に耐えてなお帰還できるほどの戦力を持つ部隊を派遣することなど、夢のまた夢であった。


「真に隠し通すべきは、ショットバーとゴルフ場が設けられている事かな」


 白髭の男が冗談めかしてそう言うと、バーの中ではどっと笑いが起きる。

 カウンターに置かれたタブレット端末の画面では、『オーゼスの謎に迫る』という題目で特別番組が放送されており、彼らはそこで繰り広げられる専門家達の推測や議論を酒の肴にするという、なんとも趣味の悪い真似をやっていた。

 組織の目的やら、極秘に開発している新型メテオメイルやら、構成員の経歴やら――――時に的確で、時に明後日の方向へ進んでいく推論は、その真相全てを知る彼らからすれば、なんとも滑稽で、しかしこの上なく愉快なものであった。

 見下すという意識はないが、参加者の誰しもがあまりに真剣にオーゼスを語るものだから、とにかく腹筋に悪い。

 どうにも、世間一般が抱くイメージは“ご大層”すぎるのだ。


「いやいや、随分楽しませてもらったし、そして参考になった。ネタの使い古されたゴールデンドラマの百倍は面白かったな」


 スタッフロールが流れ始めるのを見て、白髭は端末の少し音量を下げながら言った。

 すぐにテレビ機能をオフにしなかったのは、久々の大盛り上がりの余韻を楽しみたかったためだ。


「井原崎の奴の卒業文集が公開されたときは、俺は笑い死ぬのを覚悟しましたね。殆どの国で同時中継されてたんでしょ、今の番組」

「公ではオーゼスのトップ扱いなものだから、昔のあれやこれやも脚色されまくって、すっかり生まれついての大悪人だ。アドルフ・ヒトラーなんて目じゃない」

「日本はイレブンメテオの影響も少ないからね……。その辺の記録がごっそり消えてなくなったグレゴール君は、あまり取り上げられなくて助かったんじゃないかな」


 白髭は、カウンターではなく、すぐ後ろの二人用席でうつ伏せになっているグレゴールに語りかける。

 愛機が中破したショックから未だ立ち直れていないのか、些か泥酔気味ではあったが、しかし両の手にワイルドターキーの酒瓶を持ち、シンメトリー動作だけはこんな時もしっかりと維持していた。


「シンクロトロンは完全な出来でした……なのにああまで食い下がられたのは偏に、いや二重に僕の責任。僕の操縦技術の未熟さとシンメトリーの追求が足りなかったからあんな目に……! ううううう」

「それに、セイファートの彼の気勢もかな。私も途中までは有利に事を運んでいたはずだが、後半の爆発力で一気にイーブンまで持ち込まれた。若さ故の無謀というか、強引に押し切る度胸というか……私達が遠い昔に失ったものを持っている」

「……そもそも持っていたんでしょうかね、我々は」

「それは、言わない約束だろう」


 苦笑しながら、白髭はバーに集ったいつものメンバーを見渡す。

 いつもの、というのは、オーゼスが建造したメテオメイルパイロット達の事だ。

 バーでの集まりは完全な任務外の活動であって、強制でもなければ義務でもない。

 ただ、夜に娯楽を求めるのならば、ここに立ち寄るくらいしかないというのが実情であった。


「まあ、不完全燃焼だったからこそ、このような事をやっているというのもひょっとしたらあるのかもしれないな。自覚の有無はさておいて」


 真っ当な道を踏み外したか、真っ当な道から追いやられたか、真っ当な道を歩くことに苦痛を感じていたか。

 オーゼスに辿り着いたのは、そんな、居場所を失った者達ばかりだ。

 お互い、同情の念は敢えて持たないことにしているが、完全に切り分けられるほど達観もしていない。

 足繁くバーに通うのは、少なくとも白髭は、心身の疲れを酒で紛らわせたい以外の理由も勿論あった。

 ただし、全員が全員、そうであるというわけでないのもまた事実だ。

 仕事の忙しさや酒への興味を抜きにしても、バーに現れない者もいる。


「そういえば、次はサミュエル君だったか。彼は大丈夫かな……?」


 四日後の出撃を任せられたパイロットが、まさにその中の一人である事を思い出し、白髭はどうしたものかと顎を掻く。

 サミュエル・ダウランドという英米ハーフの男は、同じ施設内に身を置きながら、一切のコンタクトを拒絶するという問題児であった。

 バーでの集まりどころか、ここまでに開かれた主要メンバー間の会議にすら一切参加していない始末である。

 これまでに合計八度行われた出撃では、いずれも中々の結果を出してきた事から、サミュエルの態度が咎められることはなかった。

 しかし、昨今の戦場にはセイファートという強敵が存在する。

 初戦でエンベロープを、次戦では機体間相性の差を覆してシンクロトロンを、それぞれ継戦不能に追い込むほどの相手だ。

 情報共有の場にいないサミュエルは、つまらない理由によるつまらない敗北を喫することも十分にあり得る。

 結果、サミュエル自身がどうなろうと、それは自己責任である。

 が、組織の総意として打倒セイファートを掲げてしまった手前、それなりに健闘はして欲しいというのが皆の心情である。


「誰か、会議で纏められた対策のデータは渡しに行ったのだったかな。今回ばかりはしっかり読み込んで欲しいが……」


 白髭は他の面々に問いかけるが、一人の例外もなく首を横に振るのを見て渇いた笑みを漏らす。

 サミュエルは“部屋”の通信回線もしっかり遮断しているため、直接渡しに行くしかないのだ。

 ここにいない他の仲間にしても、馴れ合いを嫌うか親切心などないかの二択で、自分達の知らないところで気を利かせてくれている可能性は薄いといえた。

 もっとも、ここにいるメンバーにしても結果的に腰を上げてはいないのだから、誰かを責めるということはできなかったが。


「ゼドラに任せましょう。どうせ食料なんかを運んでるのもあいつですし、ついでにという事で」

「そうしてもらうかな……面倒事を押しつけてばかりで申し訳ない気もするが。しかし流石に、三連続で成果無しとういうのは辛いからね、サミュエル君にはどうにか頑張って貰いたいところだが……」


 隣に座る男からの提案を受け、白髭は端末を通話モードに切り替える。

 ややゼドラ本来の仕事の領分から外れているとは思いつつも、ここにいるメンバーよりは上手くやってくれるという確信はあったからだ。



「今日か、今日だったか……!?」


 薄暗い部屋の中、サミュエルは手にしていたテレビゲームのコントローラーを投げだし、その風船の如く肥え太った巨体を引きずるようにして最奥の扉に向かう。

 その隙間から僅かに発進時のアラートが聞こえたからだ。

慌てて向かった先で、サミュエルはタッチパネルを操作し、メインモニター機能だけをオンにする。

 やはり最悪の事態が起こっていた。

 正面の大型モニターに映し出されるのは、格納庫の壁面が前に向かってずれていく光景であった。

 否、下部のリフトによって機体が運ばれているのだ。

 向かう先は、施設の外。

 外とは、サミュエルにとってこの上ない地獄を意味する。

 何処から何が襲ってくるかわからない、常に不安を余儀なくされる開けた空間。

 そして自分が今からその地獄に再び送り込まれようとしている事実。

 サミュエルは狼狽しながら、二ヶ月ぶりに外部との通信回線をオープンにした。


「まずいまずいまずい、外は怖い外は怖い外は怖い。外は敵ばっかりだ、やばいやばいやばい……!」


 【OMM-04 ラビリントス】

 それが、サミュエルに与えられたの機体の正式名称であり、同時にサミュエル自身の生活の場でもあった。

 サミュエルは、他者と関わることを極端に恐れ、十代半ばから引き籠もり生活を続けてはや二十年以上にもなる。

 もっとも、この経歴だけならば、非常に珍しくはあれど世界を探せば似たような者が幾らでも出てくる。

 しかし、やはりと言うべきか、流石と言うべきか、サミュエルは“そこから更に”突き詰めてしまったのだ。

 即ち、誰にも踏み入られる事のない、物理面における絶対不可侵領域の実現を――――

 サミュエルが求めたのは、究極の安心感。

 そのために必要となるのは、両親や警察、そして軍隊の干渉すらをも退ける重厚な防備。

 真っ直ぐにねじ曲がった野望を抱いてからすぐに、理想の世界を築くにあたって無数のアイデアが浮かび、十数年が経つ頃には本職の技術研究員すらも平伏するほどの多分野にわたる技術を内包した要塞型居住空間の設計図が完成していた。

 一つの目的を達成する為に、機械工学に関する専門知識が皆無のところから、ほぼ独学独力でそこまで辿り着いたという、凄まじい才能の開花である。

 唯一にして最大の問題は、それらを作り上げるための財が、一般家庭に生まれたサミュエルにはあるわけもないということだった。

 だが、ミリオンメテオによる未曾有の災害から二年後、齢三十を超えたサミュエルに転機が訪れる事となる。

 両親からの懇願により仕方なく登録していた就職支援サイトを経由して、まさかのオファーが舞い込んできたのだ。

 勿論、サミュエルには、社会に出ようなどという意識は微塵もない。

 如何なる企業からも絶対にオファーが来ないよう、自己アピール欄には自分の野望を何ら偽りなく書き記しておいた筈であった。

 だが、一般的な研究所とは全く異なる選考基準を持つ当時のオーゼスは、その奇抜なアイデアと歪な思想に目を付け、“適性検査”の後、サミュエルを研究員として採用した。


『我々ならば、君の理想の世界を創造する手助けができる』


 見事合格を果たしたサミュエルの前に現れた男は、あまりにも愉快げに、そう告げた。

 その言葉に何ら偽りはなく、サミュエルが求めた鉄壁の居城は、水面下で開発が進められていた重装甲メテオメイルと統合され、遂に完成をみた。

 高出力レイ・ヴェールと複層装甲による絶大な防御力、接近する脅威から我が身を守る四本の巨大アームユニット、そして胴体内部に設けられた1LDKの居住空間。

 そして、二千トン以上もの重量を誇るドーム状の巨体は、移動そのものが抵抗不可能の質量攻撃と化し、あらゆる敵を一方的に踏み潰す。

 サミュエルが安心を得る上で必要なあらゆる要素が盛り込まれた結果、ラビリントスの全長は五十メートルを超え、オーゼスのメテオメイルの中でも最高クラスの全長に達していた。

 メテオエンジンを起動できる素質を持つサミュエルは、そのまま専属パイロットとしてラビリントスの中で生活を開始、以降一度も機体の外に出たことはない。

 こうしてひとまずの目的を果たしたサミュエルだが、ラビリントスはあくまで兵器であり、オーゼスの所有物である。

 組織の一員であり続ける条件として、実戦における成果を要求されるのは当然のことであった。

 しかしサミュエルは、その性格的に戦うことを好まない。

 ゆえにサミュエルの出撃に関しては、強制的に戦場まで輸送され、全身全霊を懸けて自衛を行ってもらうという奇妙な方式が取られていた。

 そうやって定期的にノルマをこなすことが、オーゼスの一員でいられる条件というわけである。

 実際、ラビリントスを更に堅牢強固な機体にするためには、戦闘データもオーゼスからの支援も必要不可欠。

 嫌々ではあったが、指示には従うしかなかった。

 

「ゼドラ……ボクは、今日はどこに連れて行かれるんだ?」

「……サウジアラビア方面です。あと三時間ほどで到着しますので、ご準備の方をお願いします」


 ラビリントスの発進作業を進めながら、ゼドラが淡々と告げる。

 オーゼスのメテオメイルは、通常は専用の潜水艇“フラクトウス”にて戦場の近隣まで輸送された後に出撃を行う。

 だが、ラビリントス等の超大型機に限っては、重量とサイズの問題から潜水艇のコンテナ部に搭載することができず、積載量を増やすための特別改造を施した輸送機“アルギルベイスン”を利用しなければならなかった。

 広所恐怖症だけではなく高所恐怖症も併発するサミュエルにとっては、戦場に辿り着くまでの道程すらも恐怖の時間なのである。


「色んなものに怯え続けなきゃならない人生を、早く終わりにしたいっていうのに……! このままいけば、あともう少しで、ボクの求める穏やかで静かな世界が完成したのに……! なのになんで、こんなタイミングでセイファートなんてものが現れるんだ……! このラビリントスで、奴の攻撃を耐え凌げるんだろうか……? ああ、怖い怖い怖い……」

「ラビリントスの懸架完了。ではこれより、発進します」


 ゼドラは応援もしない、諭しもしない。

 その不干渉ぶりに、逆に有り難みを感じつつ、サミュエルは今更のように数日前に渡されたデータディスクの閲覧に入るのだった。



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