第111話 散光(その4)
「先輩、ご無事ですか!」
「このくらいは、もう慣れっこだ」
瞬の見上げた先、天空の彼方に現れた、漆黒の巨剣。
それは、この空域まで駆け抜けてきた超音速飛行を維持したまま、コー・ロン島へと降下する。
そして、セイファートの正面に、大地を割って深々と突き立った。
剣の正体は、地球統一連合軍が生み出した第四のメテオメイル、ゲルトルート。
その突撃形態である、比喩表現抜きの、剣の姿――――スクリームダイブ・モード。
操るのは、メアラ・ゼーベイアだ。
二機の共闘は、確実に十輪寺を屠るため、元より作戦に組み込まれていたものである。
「随分遅かったじゃねえか」
「射出される順番が、北沢先輩用の支援兵装を二つも送り出した後だったからです。私の過失ではありません」
「そうかよ」
「本当ですよ?」
メアラは瞬と言葉を交わしながらも、並行して、ゲルトルートを人型形態へと移行させていた。
変形それ自体は、プログラムの制御下で自動的に行われるが、地面に突き刺さった両腕をスムーズに抜いて立ち上がるのはメアラの技量である。
S3によって、機体の四肢を感覚的に操れているおかげもあるだろうが、それを加味しても中々の慣熟度だった。
それぞれ短い時間だったとはいえ、二度の実戦も経ており、ずぶの素人の域は脱していると考えていいのかもしれない。
「グレゴールを倒した黒い奴か!」
攻撃の手を止めてまで、十輪寺はゲルトルートの動くさまに刮目する。
もっとも。
十輪寺をそうさせるに至った理由は、もはや無論のこと、並人が想像するものとは異なる。
「黒塗りで、赤い目のマシン……ライバル機としては百点満点の出来! 武装はシンプルにまとまり、かつ重装甲。小細工なしにロボットプロレスが楽しめるという意味でも素晴らしい! こういうのだ! こういう無骨なマシンとやり合いたかったのだ、俺は!」
「なんなんですか、この人は……」
「見たまんま、感じたまんまだ。理解しようとするな。あの雰囲気に呑まれるぜ」
十輪寺というキャラクターの濃さと暑苦しさは、実際に相対してみなければわからない。
事前情報は得ているにも関わらず、それでも戸惑いを隠せないメアラへ、瞬は端的にアドバイスを送る。
同時に、打ち合わせどおりのフォーメーションで仕掛ける旨を、眼で合図した。
未だ動揺を露わにしつつも、瞬の意向を読み取り、メアラは静かに頷く。
(しっかりついてきてくれよ……)
メアラはあくまで、状況的に仕方なく実戦に出しているだけのパイロット見習いだ。
瞬とともに、コンビネーション戦闘の訓練を行ったことは一度もない。
だが、それなりの連携にはなるだろうという予感はあった。
メアラとは、思考の方向性が、ひどく似通っているからだ。
一時は致命的なまでに険悪な関係となったにも関わらず、結局は見捨てることができなかったのも、メアラが自分に近しい存在だったからだろう。
「いいだろう。二つの力が一つに合わさって生まれたビッグバンネビュラの戦闘力は、メテオメイル二機分相当……いや、それ以上! セイファート一機を倒したところで、何の自慢にもならないと思い始めていた頃だ。まとめてかかってくるがいい!」
「正々堂々を気取ったことを、後悔させてやるぜ」
台詞の上では、十輪寺がそう望んでいるように、瞬の側が完全に悪役だ。
しかし実際のところは、十輪寺の方こそ、幾度となく無用な破壊と殺戮を繰り広げてきた極めつけの破綻者である瞬やメアラはその凶行を食い止めるために戦っている立場。
そして、そうであることが明らかだというのに、十輪寺は絶対に目を覚まさない。
だからこそ尚更、なんとしてでも倒さねばならない相手なのだ。
「行くぞ、メアラ!」
「了解です!」
叫ぶなり、瞬はセイファートを走らせ、ビッグバンネビュラの右方へと回り込ませる。
そしてその後方を、ゲルトルートが全く同じコースで追従した。
二対一で戦う場合、敵の注意力を分散させるために、二手に分かれて仕掛けるのが定石だ。
加えて言えば、防御力の高い者を前衛にして、切り込ませることも。
しかしメアラにはまだ、轟ほどの胆力も判断力もない。
バウショックと同じ働きを期待することは無謀であった。
そこでケルケイムが提案したのが、瞬がメアラのサポートに徹するという大胆な戦術だった。
「接近してくるとは、無謀な!」
迎撃のために、ビッグバンネビュラが再び全身の火器を撃ち放つ。
両肩と脚部からはレーザー砲が。
背面からは小型、腰部からは大型ミサイルが。
オルトクラウドやガンマドラコニスにも引けを取らない、濃密な弾幕。
しかし、セイファートならば回避は不可能ではない。
先程は体勢を崩していたために逃げることしかできなかったが、今度は違う。
発射と命中がほぼ同義のレーザーだけは、発射口の向きを意識しながら必ず射線から外れるように移動。
弾速で劣るミサイル群は、向かってくるものから順にジェミニソードとストリームウォールで処理していく。
そして、見事弾幕を抜けた先で、ビッグバンネビュラの脚部めがけて一閃。
それを打ち払おうと、ビッグバンネビュラは腕を大きく振って―――盛大に外す。
「空振り!?」
「そういうことだ」
何故なら、今の攻撃は完全なフェイント。
セイファートはとっくに、その場から離脱していた。
「今だ、やれメアラ!」
「はい!」
そう、瞬の役割はあくまで露払い。
メアラが攻め入るためのルート確保と、十輪寺の注意を引くことにある。
「これが、一意専心というやつです!」
連携は、初回にして完璧な出来だった。
今度はゲルトルートがビッグバンネビュラへと肉薄。
肘から先が長大かつ重厚な剣と化した、腕部兵装ならぬ兵装腕部、ジェミニブレードを振り降ろしてビッグバンネビュラの脛を激しく打つ。
打撃と斬撃、双方の性質を備えた強烈な一撃は、合体によって一層分増えた脚部装甲をたやすく破砕した。
「ぬああああっ!」
「ついでだ、取っとけ!」
続けて、片膝をついたビッグバンネビュラの頭部を、もう半周回り込んだセイファートが盛大に蹴り飛ばす。
更に、同じコースを取ってゲルトルートがタックルを繰り出し、そのまま離脱。
セイファート、ゲルトルートの連続攻撃は二週目に入る。
「今の調子だ、道はオレが切り開く。お前はぶち当てることだけ考えろ!」
「さすがです、私!」
瞬が先導し、メアラが決める完全分業のフォーメーションは、極めて効果的に作用していた。
より高度な攻め方はいくらもあるだろうが、まだ単独で攻め入ることが不得手なメアラを導き活かすという意味では、これが最良。
新たにゲルトルートを任せることになったのも、戦闘における基本的な立ち回りを覚えるのには、こちらの方が格段に向いているからだ。
オルトクラウドは確かに強力無比だが、パイロットを成長させてくれる機体ではない。
「やはり使いやすいです、ゲルトルート!」
「そうさ、そいつはいいマシンさ……!」
「ええい、ちょこまかと!」
苛立つ十輪寺をあざ笑うかのように、セイファートとゲルトルートは同じ方法で同じ部位にダメージを与える。
こうも被弾が少なく済んでいるのは、ビッグバンネビュラが文字どおり下駄を履いたことで、やや全長が上がっているせいもあるだろう。
そうそう、新しい形態の操作感覚は身につかないというわけだ。
(このまま、押し切れれば……!)
これで三週目。
ジェミニブレードの三撃目が決まれば、ビッグバンネビュラの左脚を完全に破壊できる。
それさえ成せれば機動力を完全に奪ったも同然、勝利は確定だ。
しかし――――十輪寺にはある。
理にかなった戦術でも、思わず唸るような妙手でもないというのに、強引に流れを変える力が。
自己の精神を極限まで高め、他者の精神を極限までかき乱す手段が。
「敵にまさかの援軍。鬱陶しい連携攻撃で大ピンチ。これ以上の被弾を許せば敗北は必至……」
「そうだ、これであんたは終わるんだよ。ここで終わっとけよ、もう……!」
「ふっふっふ……そうだ、このタイミングだ。挿入歌はこのタイミング、限界ギリギリまで追い詰められてからの大逆転というときに入らなければならん!」
「……!? まずい、メアラ!」
「先輩!?」
十輪寺の双眸に激しい光が灯るのを見て、瞬は泡を食ってメアラに警告する。
同時に、ビッグバンネビュラと繋がる通信ウィンドウの音量を最小限に設定、集音マイクの感度も現状の半分まで下げる。
だが、それでも全く、直後に解き放たれた音の暴力を和らげることはできなかった。
島も、そこに住む生物も、そして周囲の海も。
襲い来る破壊的な振動波に耐えきれず、一斉に悲鳴を上げる。
~究極激闘、ビッグバンネビュラ!~
作詞/作曲: 十輪寺勝矢
歌:十輪寺勝矢&オーゼス少年合唱団(※合成音声)
大地を駆ける ゴッドネビュラ (ダッダッダダッ)
大空駆ける カイザーネビュラ (ダッダッダダッ)
二つが一つに 超合神
どんなピンチも気にしない なぜなら俺は主役だから
どんな相手も許さない なぜなら俺が正義だから
※1 唸れ鉄拳 問答無用 最強パワーでねじ伏せろ
驚愕ギミック詰め込んだ おそらく無敵の究極マシン
その名は その名は その名は ビッグバンネビュラ
完全勝利で 高笑い (ダッダッダダッ)
完全敗北 空笑い (ダッダッダダッ)
二つに一つの 大決戦
どんなピンチも恐れない なぜなら俺は勇者だから
どんな相手も認めない なぜなら俺が一番だから
※2 唸れ必殺 スーパーノヴァだ 最強パワーで大爆発
こだわり全てをぶち込んだ おそらく至高の究極マシン
その名は その名は その名は ビッグバンネビュラ
※1 繰り返し
※2 繰り返し
それは、絶唱にして絶叫。
歌声でありながら兵器。
機体の内蔵スピーカーによって全方位に向けて垂れ流される大音量は、もはや障壁。
不可視でありながら、物理的干渉力を持った結界。
最低の歌唱力と最悪の歌詞が組み合わさることで生まれた最凶の歌が、容赦なくセイファートとゲルトルートに叩きつけられる。
「ううっ……!」
対策を取るのが遅れ、十輪寺渾身の声量を受けたゲルトルートは――――それを操るメアラは、たまらず加速を緩めてしまう。
それに乗じて、ビッグバンネビュラは身重な体で疾走を開始。
セイファートを軽々と跳ね飛ばし、ゲルトルートに迫る。
「十輪寺!」
「だとしたら、まずはそっちの娘っ子からだ!」
流れるBGMとは裏腹に、十輪寺が浮かべるのは憤怒の形相。
今までにない殺意を感じ取り、瞬は急いで機体の体勢を戻すが、もう間に合わなかった。
ビッグバンネビュラの巨腕が、ゲルトルートの両腕を掴み、容易に持ち上げる。
メアラは反射的に、宙に浮いた両足で蹴りを放つという抵抗に出たが、それは大きなミスだった。
両肩部のストリームブリットを発射して、少しでも解放される可能性を上げておくべきだったのだ。
「くっ!」
「機体は許す、だがお前は許さん! 男と男の熱いバトルに途中から割って入りおって! しかもなんだ、ライバル少年と中々に息も合っているではないか!」
「離れろメアラ、そいつから!」
「敵側のヒロインは、悲惨に死ぬ定めなのだ!」
十輪寺の叫びに呼応するかのように。
激しい怒りを人形にぶつける子供のように。
ビッグバンネビュラは、その圧倒的な膂力で、ゲルトルートの両腕を無惨にも引きちぎった。
左腕は、肘から先が。
右腕は、肩関節の根本から。
機械仕掛けの体が弾ける音というものを、瞬は初めて聞いた。




