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第110話 散光(その3)

「十七式 “重雷じゅうらい”!」

「ハイパーネビュラアックス!」


 セイファートが垂直降下の最中に振り下ろした剣と、カイザーネビュラが跳躍と同時に振り上げた斧。

 互いの獲物に乗ったエネルギーの総量は、拮抗。

 両機とも押し切ることを許されず、上下へと弾かれる。

 ともあれ瞬にとって、この結果は十分な収穫だった。


(十分に加速さえ乗せれば、当たり負けしねえ……!)


 機体特性どおり、機動力を活かして一撃離脱に徹する戦い方は、正解だが、正解止まりでしかない。

 より一層の強さを手に入れるためには、スラッシュや霧島に惨敗を喫する以前のような、真正面から攻めるパターンも再開拓していく必要があった。

 無論今度は、闇雲な特攻ではなく、計算づくの突撃としてだ。

 その意味でカイザーネビュラは――――真っ向から挑むことへの抵抗感を払拭する、リハビリの第一段階としては、中々に都合のいい相手だった。

 今の瞬が最も欲しているのは、条件さえ整えば力押しも通用するという自信なのだ。


「……セイファート如きが、俺のカイザーネビュラと互角だと!?」

「今の距離と加速は頭に入った。次は互角以上になるぜ」


 そうは言ったものの、続けて二度も打ち合いをする愚かな真似はしない。

 今度は素直に、視覚の外からの奇襲へと切り替える。

 瞬は空中でセイファートの上半身を捻り、そのままカイザーネビュラの背後から百メートルほど離れた場所に着地した。

 しかし、スラスターの噴射は緩めていない。

 半ば飛行、半ば疾駆という、ハードル走じみた歩幅で一気にカイザーネビュラへと詰め寄った。

 旋回の速さにおいては、こちらが圧倒的に上回っている。

 振り向かれるより前に、セイファートの斬撃が、カイザーネビュラの右脚部を削ぎ落とす。

 手堅くダメージの蓄積を優先したため、あくまで装甲を破壊したのみに留まるが、それでかまわないのだ。


「どうだ、十輪寺のおっさんよ。オレもオレで、オレを見せたぜ」

「くうっ……!」

「あんたの合体に対する執着はすげえよ。メリットなんて一個もないのに、やりたいってだけで本当にやっちまうんだからな」


 嫌がらせのようにレーザーバルカン砲を撒き散らし、瞬は一度その場から離脱する。

 まだ畳み掛けるべきタイミングではないと判断したからだ。

 十輪寺戦のみならず――――これまで散々、未知の武装による予想外の反撃を受けてきた。

 同じ目に遭うのは、もう勘弁だった。


「……だけどオレも負けちゃいねえ。装甲はペラペラ、火力もしょっぺえ、誰と当たろうが基本的に不利。取り柄はたった一つ、速さだけ。そんなセイファートで最後まで戦い抜くのが、オレの拘りだ。下馬評をひっくり返して勝つのが、好きなんだよ」

「あの薄っぺらさが、ものの数ヶ月でここまで化けるとは……だから少年は許せんのだ!!!」

「みっともねえ嫉妬はやめろよ!」


 一際大きい十輪寺の叫びも、今は全く、瞬の魂を揺さぶることはない。

 瞬は次の一太刀を浴びせるべく、カイザーネビュラの腰部から次々と発射されるミサイルを巧みに回避しながら、最短ルートでの接近を試みた。

 しかし十輪寺も、戦闘の才覚は並以上のものを持っている。

 今度は拳の前面に、腕部からスライドしてきたナックルガードを展開して、迎撃準備を整えていた。


「みっともなくはない、本気の嫉妬だ!」

「余計にみっともねえじゃねえか!」

「黙れ黙れ! お前がようやく手に入れた強さは、このハイパーネビュラナックルで粉々に打ち砕き、なめして、もとの薄さに戻してやる!」

「……悪いが、それの対策はもうできてるぜ」


 言って、瞬は再び胸部のレーザーバルカン砲を撃ち放つ。

 狙いはカイザーネビュラの頭部。

 実体弾を用いていた頃よりは威力が向上しているものの、それでもレイ・ヴェールによる減殺効果で、相変わらずまともなダメージは見込めない武装だ。

 だが、目くらましとしては極めて有用。

 奔る光の礫が、カイザーネビュラの鋭い双眸の奥にあるメインカメラの機能を麻痺させ、映像を受け取る十輪寺の視界を封じる。

 繰り出すタイミングをずらされた格闘攻撃は、恐るるに足らず。

 スラッシュや霧島から教え込まれ、そして轟との模擬戦で実戦レベルに引き上げた技術であった。


「ぬおっ! また、お前は!」

「嫌らしいだろ、むかつくだろ……? だけど、これがオレで、セイファートだ!」


 二連続で打ち込まれた拳を難なく避け、瞬は逆にカイザーネビュラの胸部にジェミニソードの二刀を叩き込んだ。

 ☓の字に斬り裂かれた装甲がぼろぼろと地に落ち、内部に格納されていたディフューズネビュラを露出させる。

 もう一度、同様の斬撃を放てば、その刃は間違いなく十輪寺を割くであろう。

 運の絡まぬ、純粋な技術と戦術による圧倒。

 とうとうここまで来れたと、瞬は表情を引き締めたまま、心中で握り拳を作った。

 だが――――十輪寺の表情に満ちる自信は、この局面においてすら、些かも揺るがない。


「ふっふっふ……それだけか少年よ。場数を踏み、研鑽を積んで、腕を上げ……それで終わりなのか?」

「こいつ……!」


 今の十輪寺からは、ヒットアンドアウェイを繰り返して姑息に立ち回るセイファートへの、苛立ちは感じる。

 なのに、その物言いには、未だ自身が上位に立っていることを信じて疑わない余裕が含まれている。

 まだ逆転の秘策を残しているのか。

 それとも、己の世界に浸かりきっているために、劣勢であるという事実を直視していないのか。

 しかし、ともあれ、真剣勝負の場における精神的な隙の無さはそれだけで武器たりえる。

 露出したディフューズネビュラから発せられる気迫は、瞬を一度、大きく退かせるには十分であった。

 流れは完全に、瞬の側にある。

 だが、この状況に嫌な何かを感じるのも、また事実であった。

 漠然的な言い回しにはなるが――――勝利するための理屈を必死に積み上げても、運命や天意といった、もっと大いなる力を持った概念がそれを認めようとしない状態。


「だとしたら、やはり勝つのは俺だ! 所詮お前は、必死で主人公に追いつこうとするライバル止まりでしかない……!」

「それで……具体的に、ここからどうするってんだよ。いくら吠えたって何も起こりはしねえぜ」

「ワイルド少年といい、お前といい、スーパーロボット成分を摂取しないと、ここまでつまらん人間になってしまうのか。俺は悲しい、いや、ロボットアニメが不作なこの時代が悲しい!」

「無策なのか、わかった」


 がっくりとうなだれ、本気で同情する様子を見せる十輪寺に、瞬は冷たく言い放つ。

 そして、ウインドスラッシャーの投擲準備にかかった。

 右脚を再度斬りつけてカイザーネビュラの体勢を崩し、一気にとどめを刺す――――無謀ではなく、無茶もない、極めて合理的で、現実的な計画。

 だが、セイファートが最初の一歩を踏み出す直前、完璧に連動していたはずの歯車が一気に狂い出す。


「そう、策など必要ないのだ。主人公にはな。何故なら……天が味方をするからだ!」


 十輪寺の呼応するかのように、カイザーネビュラの合体完了後、一度は退いたはずのアーマードマシンが再び島へと飛来する。

 とはいえ、今更あの三機が戦闘に加わったことで、数分の延命がいいところだ。

 勝利自体は確定事項で、そこに至るまでの手間が増えるだけ――――

 大仰な台詞と不釣り合いな抵抗に拍子抜けした瞬は、合計四機の敵機がいかなる陣形で攻めてくるのかを見極めるため、向こうの出方を待った。

 しかし、それすらも十輪寺が望んだ通りのシナリオであると、数秒後の瞬は知ることになる。

 三機のアーマードマシンは限界まで高度を落とし、カイザーネビュラの元へと集結。

 それぞれが変形・分離を行い、更なる追加装甲となって、カイザーネビュラの全身を覆っていった。


「もう一段階の、合体……!?」

「見よ、しかと見よ……! 俺の求めていた最強の力を! 二つの熱き魂が交わることで誕生する、究極のメテオメイルの姿を!!! グレートバーニングフォーメーション、開始!」


 両腕を交差させた十輪寺が、圧を込めて、そう叫ぶ。

 ゴッドネビュラとカイザーネビュラ、どちらか二者択一だと思っていた、合体パターン。

 しかし、そんな瞬の想像を越え、カイザーネビュラはゴッドネビュラ用の合体パーツすらも装着することで未曾有の新形態へと変化を遂げた。

 台座型の戦闘機アーマードレイは、下駄となってカイザーネビュラの両足下面に接続。

 ドリル装備型の戦闘機アーマードモールは、衝角をそれぞれ外側に向ける形で両肩に接続。

 鳥型の戦闘機アーマードイーグルは、背面に接続後、前方に折れ曲がって新たな胸部装甲を形成。

 最後に、カイザーネビュラの頭部と入れ替わりに新しい頭部が現れることで、合体シークエンスは完了する。

 額から伸びるのは、セイファートの五本角を上回る、七本の角。

 周囲を赤いくまに覆われ、更に凶悪さを増した、光り輝く双眸。

 そして口部には、太い四本の牙。

 完成したそれを一言で例えるなら、悪鬼羅刹。

 誇り高き戦士が、人の領分を超える力を求めた末に魔道へと堕ちた姿だ。


「これこそ、最強形態ビッグバンネビュラ……! 俺はとうとう、全世界全男子の夢、グレート合体まで実現してしまったというわけだ! この偉業、この奇跡、誰にも真似などできまい!!!」


 フェイスウィンドウの向こうで、十輪寺は歓喜に打ち震えていた。

 その目尻には、涙さえ浮かんでいる。

 だが、悦に浸っている今この瞬間は、攻撃を仕掛ける絶好のチャンスでもあった。

 十輪寺は未だに熱弁をふるい続けていたが、瞬は構わず、セイファートに握らせたままのウインドスラッシャーを投擲。

 右回りにビッグバンネビュラを襲うそれとは逆の軌道で、自らも攻撃にかかる。

 ウインドスラッシャーの狙いは完璧、あとは同じタイミングで斬りかかることにだけ注力すればいいはずだった。

 しかしウインドスラッシャーは、想定よりも一歩分手前の位置を通り抜け、セイファートの元へ帰還する。


「……!?」


 ジェミニソードを握り込んでいたセイファートに、戻ってくるウィンドスラッシャーを受け止められる道理もなく、高速回転する刃は皮肉にも持ち主の左肩を切り裂いていった。

 当然、セイファートの攻撃も失敗に終わる。


「何でずれてんだよ……!」

「今だ、ビッグバンキック!!!」

「ぐっ!」

「まだ気づかんのか、主役と脇役の差を!」


 先程の復讐とばかりに、盛大に蹴り転がされ、セイファートは頭から森林地帯へと突っ込んでいった。

 同じ蹴りでも、セイファートと二段合体を果たしたビッグバンネビュラのそれとでは、威力は桁違いだった。

 たったの一撃で、セイファート左腕の内部フレームには大きな歪みが生じてしまう。


「ディフューズネビュラも、カイザーネビュラも、それなりのダメージを受けたにも関わらず、合体用のジョイントだけは無事だった。そして、今のブーメランも何故だか外れてくれた。このあまりにも俺にとって都合の良すぎる展開……。神が、世界が、俺という主人公の逆転を求めているとしか言いようがないだろう!」

「確かに今のあんたは、ついてる……けどな!」

「逃さん! お前も、この流れも! ハイパーネビュラバスター、及びミサイル、一斉掃射だ!」


 セイファートが身を起こすよりも早く、ビッグバンネビュラの全身から、凄まじい量のレーザーとミサイルが撃ち出される。

 立ち上がっても、このまま動かずとも、弾幕の餌食になる結末は変わらない。

 瞬は苦肉の策として、うつ伏せのセイファートをそのまま加速させ、地滑りすることで島の中央へと退避する。

 しかし、避けることができたのは、逃げ遅れるという最悪の事態だけだ。

 直撃を受けることこそなかったものの、辺り一帯を隙間なく埋め尽くす爆風はどうすることもできず、数箇所の装甲を新たに吹き飛ばされてしまった。

 回収しそこねたウインドスラッシャーも、オンライン上の応答がなく、おそらくは今の攻撃で破壊されてしまったと考えていい。


「スターフォームへの変形も封じられたか……」


 瞬は攻撃が止んだ隙を見計らって、セイファートを上空へと逃がす。

 肩部アーマーを兼ねるウインドスラッシャーは、配置の関係上、スターフォーム時には極めて重要な部位となる。

 例え喪失しても変形自体は可能だが、変形するメリットが皆無となるくらい、飛行速度が大幅に低下してしまう。

 機動力を奪われた後にいたぶられるというのは、セイファートの負けパターンであるだけに、瞬の焦りも大きい。


「さあ仕掛けてくるがいい、セイファート! 両形態の武装を引き継ぎ、火力が倍増しになったビッグバンネビュラに、むざむざとな! どんな手を使おうが、必ず迎撃してやる!」


 焦土と化した沿岸部で、異形の巨人が両手を広げてセイファートの攻撃を誘う。

 形勢は一気に十輪寺の側へと傾いてしまった。

 ビッグバンネビュラの戦闘力は極めて高く、火器の豊富さはオルトクラウドと同等。

 近接戦能力や装甲も、バウショックに匹敵すると考えておいた方がいいだろう。

 だとすれば、セイファート単騎でもう一度盤面を返すことは、まず不可能だ。

 セイファート、単騎なら。

 レーダーウィンドウの東端にようやく現れた光点を見て、瞬は苦悶の表情を一変させた。

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