第109話 散光(その2)
「見たか少年、俺の不屈の精神を、燃えたぎる魂を!」
「……全然元気そうじゃねえかよ、十輪寺のおっさん」
カンボジア本土からほど近い場所に存在する、コー・ロン島。
その沿岸部に、人型形態のディフューズネビュラがようやく上陸を果たす。
残念ながら、パイロットである十輪寺勝矢の、圧倒的声量と顔面の暑苦しさは健在。
大型機雷の連続爆発で荒れ狂う海を渡ってきたために、それなりに疲弊はしているものと考えていたが、この男に限って常識は通じないようだった。
むしろ、これ以上ないというほどの活力を漲らせ、瞬の視覚に圧を与えてくる。
「大量のトラップを設置し、その最奥で待ち構えるなど、まさに悪役の所業! だがそれがいい、それでいい! 俺は熱血系主人公、十輪寺勝矢! 自らの根性を示すためには、打ち勝つべき卑怯が必要なのだ!」
「そうかい!」
島の中央で待ち構えていた瞬は、すぐさまセイファートを疾走させ、ジェミニソードで斬りかかった。
上陸前に攻撃を仕掛けなかったのは、無論、慢心からの対応ではない。
海中・海上を地道に移動してくる敵というのは、一撃離脱戦法でこそ真価を発揮するセイファートにとっては、厄介この上ない相手だからだ。
海に浸かっている分、地上の敵よりも遥かに狙いづらく、向こうには潜るという選択肢もある。
その上で、勢い余って海面に衝突するリスクとも戦わなければならないとなれば、無理をして攻めに行くメリットは薄いのだ。
その点、自然豊かで居住者も少なく、メテオメイルが駆け回れるだけの面積もある コー・ロン島は、決闘場としてはうってつけだった。
無論、これはケルケイムの作戦でもあったが、以前の瞬なら構わず前に出ていたところだ。
「ぬおっ、空気を読まない先制攻撃か! 待ちに待った再戦だろうに、もう少し語らせろ!」
「だから見せつけたくてたまらねえんだよ、オレがどれだけ強くなったのかをな!」
「そ、それは、主人公に比べて能力的には一段劣り、激しい嫉妬心に駆られて暴走しがちなライバルキャラの台詞……!? そうかそうか、ようやく己のポジションを理解したか!」
「そうまで的はずれな解釈だと、怒る気にもならねえな……五式、“重伐”!」
「喰らってたまるか! ディフューズネビュラ、バーニングチェンジ!」
ディフューズネビュラの胴を寸断すべく、瞬は両手で握り込んだジェミニソードを全力で横に薙ぐ。
しかし、スポーツカーを模した形態へと変形したディフューズネビュラは、頭身を大きく下げることで斬撃の回避に成功。
海岸の砂を激しく巻き上げながら、走行を開始する。
「以前の戦闘記録は見せてもらったがな、少年! あんな変形を俺は認めんぞ! 変形するならがっつりと、人型の痕跡がなくなるところまでやれ! このネビュラのようにな!」
「あんたの趣味を押し付けてんじゃねえ!」
瞬はすぐさま追い打ちをかけるものの、十輪寺は深紅の車体を巧みに操り、ディフューズネビュラをセイファートの背後へと回り込ませる。
斬撃が当てられないほど足元の間近を駆け抜ける、凄まじい技量と度胸だった。
「ふっふっふ……どうだ、長年の車庫入れで鍛えた、この華麗なハンドル捌きは!」
そして、即座に再変形。
脚部側面に収まっていたレーザーライフルを取り出し、連射する。
しかし瞬も負けてはおらず、すぐさまセイファートを反転させると、立て続けに撃ち出される光条をジェミニソードの刀身で受けた。
初戦時には失敗どころか、刀身面積の狭さからして現実的ではないと、最初から諦めてすらいた芸当である。
もっとも今の防御は、当時を意識して、敢えて十輪寺に見せつけたものではない。
反射的に体が動いただけだ。
いや――――その段階に至った事実こそを成長というのだろう。
やろうとしていることとできることを上手く整理できていない自分の頓珍漢さに、瞬は自嘲の笑みを浮かべる。
「ぬうっ、この必殺バーニング背面撃ちを防ぐのか!」
「セイファートは最速なんだよ、敏捷性でもな」
実のところ、内部フレームの動作速度自体は、改修前からほとんど変わっていない。
にも関わらず、過去の近接戦闘で度々遅れを取っていたのは、圧倒的な加速力による撹乱の方に意識が向いてしまっていたせいだ。
もう一つの武器である機敏さを、いまいち活かせていなかったことは認めなければならなかった。
「さっきの変則回避も、もう通じねえ。とっとと片をつけさせてもらうぜ」
言うなり、瞬はセイファートを一歩踏み込ませ、ディフューズネビュラを勢いよく蹴り上げた。
滅多に使わない攻撃で虚を突いただけではなく、直前、手にしたジェミニソードを握り直すことで十輪寺の注意をそちらに引きつけるという二段構え。
その甲斐あって、結果は面白いまでのクリーンヒット。
更に、機体が軽く浮き上がったところへ突進をかけ、完璧にディフューズネビュラの大勢を崩す。
このとき既に、二刀のジェミニソードはどちらも鞘の中にしまい直していた。
代わりに装備するのは、巨大な三角錐状の刃――――両肩から取り外したウインドスラッシャーだ。
「うおぅっ!?」
「まだまだ終わらねえ……!」
左、右と、続けざまに突きを繰り出された突きが、それぞれディフューズネビュラの肩関節を深々と貫く。
ウィンドスラッシャーが、手に装備した状態での運用においても高い有用性を示すことは、轟の操縦データによって立証済みだ。
轟は腕の向きと垂直に構えて拳鍔のように扱っていたが、瞬はその更に応用として、並行に構えることで刺突武器とした。
今回はたまたま小型機のディフューズネビュラが相手だったから通じただけで、威力としてはそう高くはない。
だが、“点”での攻撃ができるために、他の武装との差別化はできている。
純粋に攻めの選択肢が増えるということは、既存武器の性能を上げること以上の強化だった。
「これでは、防御することも……!」
運動量による圧倒を意識し、攻撃の幅を広げた瞬が操るセイファートは、まさに暴風。
斬撃と蹴撃を基本とした途切れることのない連撃が、ディフューズネビュラを襲い続ける。
「あんときゃ止められたが、今度はそうはいかねえ……! 十一式、“双雷”!」
大きく跳躍したセイファートが、降下と同時に二刀を振り下ろし、元より動かなくなっていたディフューズネビュラの両腕を完全に斬り飛ばす。
その側面には、スポーツカー形態時の前輪が取り付けられているため、実質的に変形も封じたことになる。
唯一の攻撃手段であるレーザーライフルも喪失し、ディフューズネビュラはもはや、歩く的も同然。
横槍が入らない限り、セイファートの勝利は確実といえた。
入らない、限りは――――
「危ないところだった……! ようやく俺の頼もしい味方、アーマードマシンの到着だ!」
「ちっ、間に合わなかったか……」
十輪寺の叫びと同時に、水平線の向こうから姿を現したのは、奇怪な形状をした三機の戦闘機。
台座にように扁平な形をしたもの、先端に二基のドリル装備を装備したもの、不必要なほど長大な翼を広げたもの――――やや強引だが、動物に当てはめるならエイ、モグラ、タカというところだろうか。
このアーマードマシンなる支援マシン群は、以前の戦闘でも見た覚えがあった。
「さあ、撃て撃て撃て! ひたすらに撃ちまくり、セイファートの貧弱な装甲を蜂の巣にしてやれ!」
「そんな程度は、今更!」
三機の戦闘機は、島に急速接近しながら、それぞれに備わった機銃やミサイルを雨あられと乱射してくる。
空中に逃れることができるセイファートにとっては、その弾幕を回避することは難しくない。
しかし、おかげでディフューズネビュラを取り逃してしまう。
オペレーターからの連絡で、これら三機の接近を把握していたからこそ、瞬は早期の決着を望んでいたのだ。
「主人公のピンチに駆けつけた支援メカと合体して形勢逆転するのは、王道中の王道展開! 今回も決めて見せるぞ、漢のロマン! 熱血合体、レッドバーニングフォーメーション!」
「黙って待ってるとでも思うのかよ……片っ端から叩き落としてやる!」
瞬は一気に天高くへと上昇し、V字隊列を維持して飛ぶ戦闘機群を、上方から攻める。
アーマードマシンは複雑な可変機構を有しており、ディフューズネビュラの全身を鎧のように覆うことで、セイファートより一回り大きな体躯の巨人“ゴッドネビュラ”を形成する。
質量も武装も大幅に増大するため、攻略難度はディフューズネビュラの比ではない。
しかし、映像記録を見返す限り、合体には十秒前後の時間を要する。
以前の戦闘では、未知の機能に対する警戒心が勝ったために、合体が完了するまで様子見に徹するという失態を犯してしまったが――――手の内が判明している今、何も恐れるものはない。
瞬はフットペダルを踏み込んでセイファートを急降下させながら、手近な一機に狙いを定めた。
だが、その最中、瞬はあることに気付いてしまう。
(いや、そもそも、できるわけがねえ……!)
ディフューズネビュラは、既に両腕を喪失している。
その状態では、外装となる一部のパーツを接続・固定する上で支障が生じてしまう。
強度面で不安定になるどころか、まず形態を保つことすらできないだろう。
そう、瞬が妨害せずとも合体は成り立たないのだ。
つまるところが、瞬を空中へ誘導するための盛大なブラフ。
十輪寺は、その間に――――
(だとしたら……!)
瞬がそこまで思考を巡らせたとき、レーダー上に新たな反応が現れる。
出現場所は、空中ではなく海上。
しかしすぐさまそれは、下面のスラスターを噴射して垂直上昇を開始、一気に島の近辺まで到達する。
「やっぱり、轟が戦ったやつか!」
現れたのは、赤と黒のツートンカラーに塗られた巨大戦闘機。
通信記録の中では、フレイムジェットと呼称されていた、アーマードマシンと同様にディフューズネビュラの支援を行うためのマシンである。
ディフューズネビュラは、このフレイムジェットとも合体を果たすことが可能であり、その場合は“カイザーネビュラ”へと姿を変える。
近接戦を得意とする万能型機体という意味ではゴッドネビュラと同じだが、武装の多彩さと飛行能力の獲得で、より汎用性が増した厄介な形態である。
十輪寺は、本命であるフレイムジェットを持ってくるために、わざわざ海中を進んで進路上の機雷を撤去していたというわけだ。
「十輪寺のくせに作戦かよ!」
「まんまと引っかかったな、愚かな少年よ! この俺の秘策、フェイントバーニングフォーメーションに! 貴様はそこでアーマードマシンと仲良く遊んでいるといい!」
「熱血要素の欠片もねえ、セコいやり方だ!」
「違うな! どうにか隙を作って合体しようという命を賭した拘りこそが、既に熱血なのだ!」
「屁理屈を!」
瞬は、元より標的としていたアーマードマシンの一機を蹴り飛ばし、頭から降下する。
だが、先にディフューズネビュラの元へと辿り着いたのはフレイムジェットだった。
フレイムジェットは四肢を展開させ、自らを人型へと変形させながら、その途中でディフューズネビュラを拾い上げる。
そして、解放された胸部ハッチの中へと格納。
合体を完了させ、灼熱色を纏いし巨人、カイザーネビュラとして動き出す。
ゴッドネビュラとは異なり、ディフューズネビュラを胴体の中に収めるだけの方式であるため、合体時間が圧倒的に短い。
そして、コックピットの存在するコアブロックさえ残っていれば、手足を失っても接続に影響しないことが強みであった。
「マッハバーニングフォーメーション、全シークエンス問題なく終了! どうだ少年、これで三度だ! 俺は三度も、戦闘中の合体を成功させた! この奇跡的快挙、まさに主人公に相応しいだろう!」
「やりやがるじゃねえか……! だけどな、もう遅れは取らねえ。以前のオレとは、違うんだ!」
「その意気やよし、ならば全力で叩き潰してやろう!」
セイファートが落下の勢いのまま、カイザーネビュラの脳天めがけてジェミニソードを振り下ろす。
片やカイザーネビュラは、右肩に内蔵されていた戦斧を構え、力強く跳躍する。
瞬の意地を乗せた斬撃の刃と、十輪寺の熱を宿した破断の刃。
直後それらは空中で衝突を果たし、周囲の大気を鳴動させた。




