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第108話 散光(その1)

 十月五日。

 ギルタブからもたらされた情報どおり、オーゼスはインドシナ半島方面およびアラビア半島方面へ、それぞれ侵攻を開始した。

 タイランド湾の浅瀬を移動してカンボジアを目指すディフューズネビュラについては、現状、大幅な足止めに成功している。

 湾内に大量散布してある複合感応式機雷によって、断続的に海面を荒らし続けているからだ。

 メテオメイルとはいっても、ディフューズネビュラは全高二十メートル程度の小型機。

 機雷の爆破が引き起こす水流の乱れを無視できるだけの質量はない。

 このまま首尾よく事が運べば、ディフューズネビュラが上陸を果たすまで、あと二十分近くはかかるとされていた。

 そして、それだけの時間があれば、セイファートも十分な余裕を持って現地に到着できる。

 ただ、残念ながら――――

 一切の被害を出さずに今日という日を終わらせるには、もう手遅れであった。

 なぜなら風岩瞬が、数億円規模の損害を発生させているからである。


「勝っても負けても、当分は気が重いな……」

「ひどいケアレスミスです。大打撃です。英雄には程遠い、最低最悪の行為です」


 リニアカタパルトによる射出を間近に控えたセイファートの中で、瞬は力なく笑ってみせる。

 通信ウィンドウ越しに、メアラも容赦なく、そのことを詰ってくる。

 瞬のやらかしについての仔細は、こうだ。

 昨日、ミディールが独自に開発を行っていたセイファート用の新型武装が、遂に完成をみることとなった。

 その名は、『天の河あまのがわ』。

 セイファートの全高と同等の刃渡りを持つ、三本の長剣である。

 それらは武器として使用可能なだけでなく、背面に設けられた三方に広がる専用ラックに装備されている間は、空力を安定させるための補助翼としても機能する。

 しかし、その構造が仇となり、今回の痛ましい事件が起きてしまった。

 本体のウイングスパンを大きく超える幅で、左右に広がる刃――――そんなものを装着したまま、普段どおりの感覚で機体を動かせばどうなるかは明白。

 そう、瞬はのだ。

 早朝に大急ぎで行った、天の河装備状態での飛行試験。

 その帰還時に、滑走路を歩いている最中、真後ろにあった一般航空機用の格納庫をばっさりと。

 おかげで、格納庫の天井部が盛大に崩壊。

 中にあったヘリや輸送機の類は、その大半が、程度の大小はあれ破損。

 長時間の修理やメンテナンスを要する事態になってしまった。

 無論、戦闘前に予定されていたフライトも全てが中止である。


(だけど、収穫もでかいぜ。オレの読みは間違っちゃいなかった)


 セイファートやバウショックが、こうしてオーゼス機の迎撃に向かうことは、本来であれば許されざる行為だ。

 しかし、数時間前。

 連合に対して交戦禁止令を出していたギルタブは、今回に限り――――いや、今回もまた、その制約を一時的に解除。

 本人も不思議そうにしていたが、上から出た命令ということもあって、瞬達が戦いに赴くことを認める流れとなった。

 一体何が原因でそのような事態になったのかを考えるのは、今更が過ぎる。

 格納庫の件は、隊員が島外へ移動することを封じるため、リスクを承知で意図的に引き起こした事故。

 瞬は、状況を利用した荒業で、賭けに勝ったのだ。

 メアラも実際のところは、事情を察した上で、表向きには批判的な態度を取ってくれているのだろう。

 そうでなくとも、結果オーライくらいの判定は下してくれているはずだ。

 と、信じたい。

 ともあれ、この奇策の成功は、いよいよラニアケアに潜む、ギルタブの共犯の存在を確定的にしてくれた。

 禁止令の撤回は、自爆に巻き込めない誰かが島内に残っていることの、何よりの証明なのだ。

 しかし今は、そんな余計なことに意識を向けていい状況ではなかった。

 まずは目の前の危機を――――十輪寺との再戦を生き延びなければ、エウドクソスの謎に迫れる明日もない。


「今日は多分、完全に片がつくまでやり合うことになる。そんな気がする」


 そんな瞬の呟きをかき消すかのようなけたたましい音と共に。

 コンマ数秒で千五百メートルの加速用レールを滑りきったセイファートは、天高くへと飛翔していった。



「もう始まっている頃か……」


 柔らかな日差しが差し込む、別荘の中。

 リビングのソファにだらしなく背を預けたB4が、その姿勢のまま、眼前のテーブルに置かれたコーヒーカップを取ろうと手を伸ばす。

 しかし、取っ手に指をかけるどころか、僅かに触れることさえもできない。

 それでも、身を起こさずにえいえいと無駄な挑戦を繰り返すのがB4という男だった。

 そして結局、見るに見かねた連奈が手渡すところまでが、いつもの流れである。

 もっとも、やることは同じでも。

 ここ最近の連奈の表情からは、共生を始めた当初の快活さがすっかり失せてしまっていた。


「……はい」

「ありがとう、連奈ちゃん」

「まったく、だらしがないんだから」


 連奈は、B4と同じソファに、だが些か以上の間を置いて腰掛ける。

 連奈はこれを、今現在におけるB4との心の距離などと言うつもりはない。

 己の内面を、そんなにもわかりやすく行動で表してしまうようでは、女として安すぎる。

 単純に今、B4があまり気乗りしない話題を振ってきたからというだけなのだ。

 そういうことに、しておきたかった。


「連奈ちゃんはどうなると思う、今度の戦いは」

「死ぬわ、二人とも」


 我ながら、随分と辛辣な言葉が吐けるものだと連奈は自分自身に呆れる。

 それが、気分のささくれとは関係のない正直な意見だからこそ、余計にだ。

 もうすっかり、連奈の心は戦いから遠ざかってしまっていた。


「……それは、どっちの?」

「決まってるでしょ」

「根拠を聞かせてもらってもいいかな」

「もう過半数が消えたわ、オーゼスのパイロットは」


 連奈は、ソファの横に落ちている、ゼドラに調達させたファッション雑誌を拾い上げながら答えた。

 リビングの中には、他に視線の落ち着き先がなかった。


「因果関係が、よくわからないな。数で押される勝負にはならないだろう。少なくとも今回は」

「仲の良し悪しはともかくとして、もうそれなりの付き合いにはなるんでしょう?」

「……すまない。おじさんは、察しが悪くてね。連奈ちゃんみたいなものの見方はできないんだ」


 B4は、自嘲気味にそう答える。

 婉曲的な言い回しになりすぎた自覚は、あった。

 そして、そうまで勿体を付けてしまうことは、B4に対する期待が未だに残っている証拠でもあり、連奈は複雑な気分にさせられてしまう。


「あの二人が本当に、自分の世界を守れているのか……ということよ」

「彼らこそ、その極北だと思っていたよ。片や物理的に、片や精神的に、誰の手も届かないほど奥深い場所で閉じこもれていると」

「閉じこもることと守ることは、似ているようで違うわ。だから危ういし、危ないのよ。が相手なら、いい加減ね」


 そこまで説明しても、B4は要領を得ていないようだった。

 しかし連奈は、勝手ではあるが、ここで話を切り上げることにした。

 さも確信があるかのように断言はしておきながら、実際のところは、漠然とした予感を洞察力で補って組み立てた理屈にすぎないからだ。

 自分の勘が外れることは、どうでもいい。

 確証のない論理を、益体もなく積み重ねること、その行為が意味するところが問題なのだ。

 敗北の未来が見えることは、もう片方が勝利する未来を見ているのと全くの同義。

 それは――――彼らに対する信頼に他ならない。


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