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第106話 渇水と湧水(その3)

「は……? え……? は……!?」

「まさか、気付いてなかったんですか……?」


 中央タワー二階の売店脇にある、無数の自動販売機が並んだ休憩スペース。

 そこでメアラと一息ついていた瞬は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 たった今、信じがたい単語の組み合わせが、メアラの口から発せられたからだ。


「司令が、ノルンさんを、好きになってるって……? いやいやいや、ねえだろ」


 瞬は、むせたせいで少し床に飛び散った麦茶を、それとなく靴裏で拭きながら答える。

 つい先程まで、瞬はどこかで噂を聞きつけたメアラに連れられ、ケルケイムとノルンの会話を盗み聞きしていた。

 先日の一件に対する感謝の意を直接述べたいが、スケジュールに空きがなく困窮していたケルケイムのところへ、逆にノルンの方が訪れた次第である。

 しかも、ケルケイムの口下手さに業を煮やしたメアラが特攻を仕掛けたせいで、途中から瞬もそこに混じることになった。

 だが、どうにも。

 その場における、ケルケイムの心情の解釈について、メアラとは大きな食い違いがあるらしい。


「オレは単純に、司令が話の切り出し方とか進め方をよく知らなくて、ぐだぐだしてるもんだから……」


 瞬は、だからメアラが憤慨しているものとばかり思っていた。

 それで瞬も、話が円滑に進むように、ケルケイムとノルン、お互いの言わんとするところをわかりやすく要約するという手助けをしたのである。

 個人的には、なかなか役に立ったのではとも思っていた。


「だから、どうしてあんなにまどろっこしかったのかという話ですよ。司令が職務外の会話に不慣れなのは存じていますが、だからといって、あそこまでのもたつきはさすがに不自然でしょう」

「つまり、司令が時計をちらちら見てたのも、コーヒーをだらだら飲んでたのも、ノルンさんを前にどぎまぎしてたからってか……? 司令がそんなタマかよ」


 仕事以外はからっきしのケルケイムなら、相手が誰でもそのくらいの無礼は働く、というのが瞬の意見だ。

 というより、驚きの原点に立ち戻るが、まずケルケイムが誰かに恋愛感情を抱くということ事態が信じられない。

 単にメアラが、そういう関係であるとこじつけて騒ぎ立てる年頃だというだけだろう。


「こじつけじゃありません、証拠もあります!」

「本当か……? え、どの辺……?」

「司令が、もうノルンさんのお力を借りないようにすると仰られたのは、ノルンさんを戦いから遠ざけるためです。あの仏像さんチームが、戦闘以外のところでも嫌がらせを仕掛けてくる現状、関係を深めていいことはありませんから」

「オレにはいつもどおり、融通の効かなさを発揮してただけに見えたけどな……」


 いや、メアラの言い分も、これだけなら瞬の見解と両立する。

 巻き込みたくないという気遣いくらいは、ケルケイムにもできるはずだ。

 ただ、そこに恋愛感情を加えることには、まだ納得できない。


「まだ納得できないって顔をしてますね、先輩」

「そりゃするさ……。っていうか、前にも言った気がするけど、そんな顔に出やすいのかオレ?」

「声です、声。私達に話しかけるときとは全然トーンが違ったじゃないですか。びっくりするくらいでしたよ」

「ああ……」


 それを聞いてようやく、瞬は、僅かながらの納得を覚えた。

 言われてみれば、そして思い返してみれば。

 ノルンを引き離そうとするケルケイムの口調には、どこか彼らしからぬ柔らかさが含まれていた気がする。

 メアラのように、はっきりと聞き分けられたわけではないが、少なくともこれを否定する材料を瞬は持たない。

 むしろ、ケルケイムの場合だからこそ、その僅かな異変は確かな証拠として機能する。


「そりゃあつまり、ってことだもんな」


 相手や状況によってコミュニケーションの上手さは変化するとして、態度だけは常時一貫しているのがケルケイムという男だ。

 優しさや厳しさを使い分けることは、まずない。

 初めてノルンを顔を合わせたときも、話の持って行き方は散々だったが、終始機械的な対応はできていたように思う。

 それに比べると、今日のケルケイムはだいぶ人間的だ。

 ノルンの言い分も部分的には受け入れ、完全な否定をすることがなかった。

 そもそも、ノルンをこちらに呼んだという時点で――――礼を述べるべき相手の方に足を運ばせた時点で、義務感以上の理由があることを察するべきだった。


「つうか、ノルンさんは余計な真似はしねえ人だ。警告なんて、しないならしないで別にいい」

「私はそこまでノルンさんのことは存じ上げませんが、必要性ということなら、やっぱり薄い気がします」

「だよな……」


 わざわざ、未だギルタブが居座ってるラニアケアに呼んでまで、直に話をしようとした。

 そうしようという意志がケルケイムにあったということが、全ての答えなのだ。

 やっと、瞬の頭脳はいつもの調子で回転し始めたようだった。


「……甘えたかったっていうのか、司令が」


 建設的な議論などできなくてもいい、ただ会いたい。

 会って、自分の考えを無条件に肯定してもらいたい。

 そんな欲求が、あの特殊合金じみた理性を超えたというのが、まだ瞬にとっては信じられなかった。

 別に自分やメアラはとやかく言わないが、ケルケイム自身にとって、それは大きな間違いのはずだ。

 半年近くケルケイムと付き合ってきた身からすれば、本当に驚愕すべき事態である。

 恋情ではなくとも、それに限りなく近い親愛の念を抱いていることは間違いないだろう。


「ということに自覚がないようなので、そこをどうにかしようというのが、あの乱入だったわけですよ。逆に、先輩は一体何をお考えになってたんですか」

「いや、その、話をとっとと終わらせたがってるんじゃないかって……。普段の司令にとっては、こういうのは余計な仕事の部類だしさ」

「……私、先輩のこと、もっと察しの良い方だと思ってました」

「いつもはもうちょっと勘が働くんだって! こういう類のことがあんまりわかんねえだけだって!」


 落胆と失望を露わにするメアラに、瞬は必死で釈明する。

 他人にどう思われようと知ったことではないというのが瞬のスタンスだが、面倒を見ているつもりの相手から頼りないと思われるのは勘弁だった。


「でも、理屈は通ってるけど、結局のところは想像でしかねえよな。答え合わせができるのは、まだまだ先になりそうだ」

「本人に聞いて確かめるという手もありますよ」

「聞いて確かめるようなことじゃねえだろ……。というか、仮にお前の推理が正解だったとしても本人の自覚がない可能性が大だぞ」

「うっ、それは確かに……。『そうだったのか』と仰って、今更慌てふためく様子が目に浮かびます……」


 それはそれで見てみたい絵面だったが、ケルケイム達の関係の進展について、瞬はもう、あまり深入りするつもりはなかった。

 今の自分に満足せず、より正しい道を目指すことのできるケルケイム。

 ケルケイムという人間の器を正しく見極めた上で、後押しができるノルン。

 あともう少しだけケルケイムの背中を軽く押せば、あとは勝手に上手くいくと決まっている。

 その背中を押すタイミングにしても、ケルケイムがより強くノルンを求めたときで事足りるだろう。


「時間はいくらでもあるんだから、急ぐことはねえよ……。大体オレは、愛だの恋だの云々に関しては、他人の世話を焼いてられる立場じゃねえしな」

「魅力度アップをご所望とあれば、お手伝いさせていただきますけど? 私の知る限りの、もてる男性の要素を徹底的に詰め込んであげます!」

「いえ、結構です……」


 謎の自信に満ちたメアラに、瞬はうなだれながら答える。

 そう、他人の過度な介入は邪魔なだけなのだ。


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