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第100話 テイルトゥノーズ(その3)

 貝独楽べいごまのように、ばちり、ばちりと。

 空の彼方で、二体のメテオメイルが懲りることなく幾度も衝突を繰り返す。

 その度に、周囲の大気が弾け、暴力的な風の唸りを響かせた。

 地上の側からでは、両者の細かな挙動を視認することは不可能に近い。

 しかし、ネイビーブルーのキャンパスを惜しみなく使って描かれる航跡雲が、全てを物語っていた。

 時には勢いよく伸び、時には複雑にうねるそれは、例えるならば棋譜。

 見る者が見れば、把握は一瞬だった。

 両者がいかなるタイミングでいかなる判断を下してきたのかも。

 どれだけ損傷し、どれだけ消耗しているのかも。

 突き詰めれば、現時点での優劣さえも。

 とはいえ、正確に読み取ったところで、現時点での力は全くの互角。

 あらゆる要素が芸術的に絡み合い、完璧な接戦を成立させている。

 セイファートと、エンベロープB――――空戦能力を突き詰めた者同士の、互いに一歩も引くことのない熾烈な争いは、まだまだ終わる気配を見せなかった。



「懐かしいなあ、風岩君! あの日も、君と二人で大空を縦横無尽に駆けずり回った!」

「よく覚えてるさ、自分が楽しむことしか考えてねえ、あんたにむかついたこともな!」


 反比例の関係にある曲線同士が接触するかの如く。

 互いに弧を描きながら飛んでいたセイファートとエンベロープBが、空中のある一点において擦り合う。

 音速下で起こる、鋼鉄と鋼鉄の摩擦。

 大気を弾くほどに濃密な、光子と光子の反発。

 二つが重なり生まれた、どこか人の絶叫じみた異音は、尋常ならざる不快感を瞬に与えた。

 実際に聞こえたのはほんの一瞬だというのに、それは頭の中で何度も木霊する。


「あのとき既に、君はこのアダイン・ゼーベイアにとっての好敵手になった。私が何十年と抱え続けてきた、魂の乾きを満たしてくれるという予感があった!」

「勝手に決めてんじゃねえ!」


 どちらも超常の機動性を持つメテオメイルである。

 それらが一切遮蔽物のない空間を自由自在に飛び回っているのだから、どんな攻撃を繰り出されてもそうそう当たることはなく、同時にそうそう当てられるものではなかった。

 結果、両機とも自慢の得物を持っていながら、現在に至るまでのダメージ源の大半が接触時の反動によるものとなってしまっている。

 まさに原始的闘争。

 角をぶつけ合う牡鹿と何ら変わりがない。


「そして今、再び刃を交えることで確信できた。やはり君だ、本気でやり合う相手は君でなくてはいけない!」

「っ……メアラもあんたも、そんなにオレが好きかよ!」


 ドッグファイトに移行せず、一定間隔おきに肉薄を繰り返す戦術的な旨味は、どちらにもある。

 あるからこそ、この異様な状況が成り立っている。

 質量で勝るエンベロープBの場合、まともに衝突できればそれだけで十分。

 装甲もメインフレームも強度の低いセイファートなど、容易に破砕することだろう。

 対して、敏捷性で勝るセイファートの場合、すれ違いざまに片翼を斬り落とすことができればそれだけで十分。

 推進機の大半が両翼に集中しているエンベロープBから、その半分を奪えば、決着が付いたも同然であろう。


「大好きだね! この上ない遊び相手だ!」

「やっぱり親子だよ、あんたらは! どこまでも似ていやがる!」


 無論、二人ともが一撃必殺を狙っているということは、まかり間違えば自分が一撃で堕とされるということだ。

 しかし、瞬もアダインも、その危険な賭けを己が制すると信じて憚らない。

 培ってきた技量に対する自信は勿論あるが、こんな大勝負で天が自分を見放すわけがないという希望的観測も半分。

 お互いに闘争心を全開にしながらも、競り勝つ上での絶対的根拠は持たない――――だからこその白熱、ひりつく感触。

 それは瞬にとって、焦れったくありながらも、たまらなく心地が良いものであった。

 唯一の不満は、そうまで自分を昂ぶらせてくれるのが、世界で二番目にいけ好かない人物だということだ。


「あれの話をするのはやめてもらおうか。今の私には、妻もなければ子もいない。ここにいるのは究極の自由を手にした一人の男だけだ!」

「格好付けた言い方をしてんじゃねえ! 逃げたんだろ、耐えきれずに!」

「振り返らなければ逃走ではない!」


 正直な所、発する言葉は全て無自覚の産物であった。

 もっともらしい理屈を後付けするなら、精神面での勢いを維持し、メテオエンジンの高出力状態を保つためということになるだろうが――――実際はそんなことすら考慮になく、ただ雰囲気で押されるのが嫌だというだけの反射的行為。

 アダインの非を咎めることさえも、アダインを倒す上での攻め手の一つでしかなかった。



「これが、戦い……?」


 メアラは大破したオルトクラウドの中で、ただ呆然と、生き残ったモニターを眺めていた。

 もはやオルトクラウドに戦う力は残されておらず、エンベロープBもラニアケアの遥か遠くへと移動している。

 周囲の安全は十分に確保されており、基地内に退避するには今が好機だった。

 しかし、機体を降りる気力が、完全に体の内から失せてしまっている。

 それほどまでに、通信装置を介して聞こえてくる瞬とアダインの舌戦は、メアラにとって程度が低いものであった。

 どこをどう切り取っても、英雄的な要素が見当たらない。

 どころか、会話として成立しているかどうかも怪しい。

 飛び交うのは、罵倒と言い訳、立場を忘れた個人的意見。

 二人とも、世界のために、或いは誰かのためにという大義を、欠片も掲げることがない。


「クソ……楽しそうじゃねーかよ、瞬の野郎は」

「北沢先輩……」


 オルトクラウドの一歩前で、海上から這い上がってきたバウショックが膝をつく。

 装甲が干渉して脚部関節の可動域が狭くなっているからそのような体勢を取っているだけで、実際には胡座をかきたかったのであろう。

 そう思わせるほどに、轟の口調もバウショックの動作も、見物人然とした悠長なものであった。

 そして、アダインが絶賛した通り、やはり眼前の赤い装甲には目立った損傷が見受けられない。

 霧島優から教わっている受け身の技術が、以前よりも更に上達したということか。

 起き上がることすらできないほど損壊の激しい自機と比べてみて、メアラは暗鬱な気分になった。

 いや――――今までも、間違いなく暗鬱だったはずだ。

 絶望に打ちひしがれ、大粒の涙を流すほどには。

 しかし今、その涙もすっかり乾ききり、恐怖による体の硬直も解けている。

 心中を埋め尽くしていたあの暗い感情は一体どこへ行ってしまったのか。

 そして、この瞬間の自分は、代わりに何を感じているのか。

 明確な答えを紡ぎ出すことができず、メアラは困惑する。


「おら、もっとガンガン攻めやがれ! 一発KOを狙いすぎなんだよテメーは! すーぐそっちに流されやがって!」

「ごちゃごちゃうるせえ! お前に言われるまでもなく、他の奴が相手ならそうしてるんだよ! このスピードの戦いで手数を増やせるもんか、よく考えろ馬鹿!」

「違うな、断言してもいい。テメーのいつもの悪い癖だ、そりゃ!」

「いいから外野は黙ってろ! オレは、集中しなきゃならねえんだよ!」

「ほら図星だ、馬鹿はどっちだって話だ!」


 交戦中の瞬に、轟は遠慮なく口を出していく。

 どちらの主張が正しいかはともかく、轟はもう少し声量を下げるべきだというのは確かだ。

 元の声質が低いだけに、叫ばれると頭に響く。

 しかし、よくよく考えれば、その点においても異様だった。

 あの、どちらかといえば陰気な部類に入る北沢轟が、こうまで声を荒げて騒いでいるなど。

 瞬の立ち回りや返答に対する憤りはあるだろうが、轟の表情を満たすのは、それ以上の高揚。

 助言を送りたいというよりは、もっと面白いものが見たいといった風だ。

 だからこそ、余計にあり得ない事態。

 つくづく、おかしなことだらけだった。


「こんなの、まるで子供の喧嘩じゃないですか」


 この戦いを評する上で最も適切な一言を、メアラはようやく絞り出すことができた。

 夜を迎えたばかりの大空で繰り広げられているのは、心情的に、或いは自分と同列に並ぶ存在が気に食わないというだけの、最も低次元の闘争。

 戦いに、気高く美しいものを求め続けてきたメアラだからこそ、その言葉が中々見当たらなかったのだ。


「俺達の戦いはいつもそうだ。今日が一番、見えるってだけでな」


 ぽつりと呟いた言葉だったのだが、轟がそれを拾う。

 観戦に熱中するあまり、周りの声など耳に入っていないものとばかり思っていたが、その人物評も改めなければならないようだった。

 やや面食らいつつも、メアラは続けて、内に溜まった不満を吐露する。


「どうして、近しい人が、みんな、こう……」


 自分を置き去りにした父が、自分を見限った瞬と、全身全霊をかけて戦って(あそんで)いる。

 冷静に事態を俯瞰すればするほど、その構図の酷さが理解できた。

 英雄としての人生を諦めたことと、家族以上に優先する存在がいること。

 アダインは、二重の意味でメアラを裏切っているのだ。

 加えて、瞬にしても。

 堕ちるところまで堕ちた父と再会し、心に深い傷を負った自分のために戦っているというわけではない。

 窮地に陥った悲劇のヒロインの元へ駆けつける英雄――――ようやく念願が叶ったと思いきや、そんな王道の展開は一瞬で終了、以降の瞬はいつも通りの矮小さを発揮し始めた。

 おそらく、いや間違いなく、今の瞬を突き動かす情動の中に、メアラ・ゼーベイアという少女の名前は含まれていない。

 アダインの在り方が、自身が定義する理想的な大人の模範から外れていることに腹を据えかねているというだけだ。

 悪を憎むという段階にすら至っていない。

 状況を整理してみて、メアラは何より、自分自身に対して呆れた。

 よく今まで、こんな男達に英雄の素養があると信じ続けられたものだと。

 瞬については、例え素養がなくとも強引に仕立て上げるつもりでいたのだが、ここまで俗さが極まっているともはや無理だ。

 どう頑張ろうとも、修正のしようがない。


「親に関しちゃ、ついてねーとしか言いようがねー。そういうモンだったと諦めろ」

「諦めて……それからどうしたらいいんですか、私は」

「知るか」


 轟は冷たく言い放ち、視線をオルトクラウドの通信ウィンドウから外す。

 その淡白な対応に、メアラは思わず軽く唸ってしまう。

 それも聞こえてしまったのか、轟は仕方なさそうにもう一言添えてきた。


「もう少し待ってりゃ、瞬の野郎があのオッサンを引っ掴んでくる。今はぼけっと、あいつらの戦いを見てりゃいいんだ」

「……そうですね。そうかもしれません」


 自棄やけ気味に、メアラは答える。

 この現状も馬鹿馬鹿しければ、戦っている者達も馬鹿馬鹿しく、だというのに一人で心を痛めている自分も馬鹿馬鹿しい。

 “英雄”の不在を認めてしまえば、自分の特別性すらをも失ってしまうことになる。

 その心細さは確かにあるのだが、今は不安を覚える元気すらもない。

 轟の言う通り、真面目にものを考えるのは、二人の喧嘩の決着が付いてからでも良さそうだった。



「大体な、君に私を詰る権利などないのだよ……!」


 十回、二十回、三十回。

 どれだけの交差を重ねても――――むしろ重ねる度に操縦の精度は落ち、攻撃のタイミングもずれていく。

 音速域で飛ぶ機体のすれ違いは、間合いの学習速度以上にパイロットの集中力を摩耗させていくのだ。

 結果、互いに全くといっていいほどダメージを与えられず、ようやく徒労さを感じ始めた二人は通常のドッグファイトへと移行していた。

 その最中の、アダインの反論である。


「娘と共に過ごしたのならば、君にもわかるだろう。あれの英雄で在り続けることの意味が」


 エンベロープBの両翼の付け根付近から何かが撃ち出され、先行していたセイファートの間近を駆け抜けていく。

 電流を帯びた長針、いや鉄杭。

 自分の到着以前にエンベロープBが使用した武装についての説明は、脇でオペレーターが行ってくれていた。

 だが、目先の戦いに集中するあまり、そのほとんどを聞き逃してしまっている。

 分析と対策は、これから自力でやるしかなかった。


「だから無理だときっぱり言ってやった!」

「卑怯だな! 責任を負うことからも逃げておいて、私を現実に向き合えない男と、どの口で叫ぶ!」

「オレは他人で、あんたは親だ!」

「いいよなあ、君はそういう一線を引けて! できないことを正当化できる! 押し付けられる!」

「やるべき奴がやれって言ってるだけだろうが!」


 瞬は必死に正論で応じる。

 ただし、自己保身のための、守りの正論だ。

 アダインの口撃を止めることには一切繋がらない。

 では、どうすればアダインを黙らせることができるのか――――そんなことは、思索するまでもなく、とっくにわかっている。

 声高々に叫べばいいのだ、お前が手放したものを全部引き受けると。

 だが、言えない。

 言いたくもない。

 メアラに対しても世間に対しても申し訳ないが、風岩瞬という男の器は、所詮その程度の容量なのだ。


「そこで啖呵を切ってみせろよヒーロー! 娘の期待に応えてみせると! 際限なく押し寄せる無理難題の全てを捌ききってやると! アクセルを踏むこと以外を否定され続けてみろ!」


 稲妻槍ブリッツスピアと巡航ミサイルの斉射が、セイファートを襲う。

 さすがに通常形態、かつ最高速度に程遠い今の状態では、それらを加速だけで振り切ることは不可能。

 瞬は、両肩から取り外したウィンドスラッシャーを即座に組み合わせて、振り返りながら投擲する。

 円軌道を描きながら宙を走る回転斬撃は、ミサイルの大半を切断し、空中に幾つもの爆炎を生み出した。

 だが、大半であって全てではない。

 迎撃し損ねたミサイルの数発が、セイファートの脇を通過して前方へ。

 その直後、アダインの手によって信管を遠隔作動させられたのか、一斉に爆発する。

 瞬は慌てて減速するが、それは悪手だった。

 動きを縫い留められたところへ追撃のブリッツスピアを撃ち込まれ、脚部側面の装甲を一枚持って行かれてしまう。

 悔しいが、この攻防に関してはアダインの方が一枚上手だった。


「ぐっ……!」

「いいんだぞ私は! 託そうじゃないか、あれを、君が望むなら!」

「二度言わせるな、望んでねえ!」

「君の家族でもなく、恋人でもないとして、だが大切な仲間ではあるだろう! 先達として、しっかり面倒を見なければな!?」

「先輩の仕事の領分を超えてんだよ、あいつの無茶ぶりに付き合ってやるのは!」


 瞬は、そのまま思い切って落下寸前まで減速を続け、前を譲る形でエンベロープBの背後を取る。

 短時間で通常飛行に復帰できるセイファートにしかできない芸当だ。

 他の機体ならば、同じ手法で後ろに回ることはできても、再加速している間に大きく引き離されるだけだ。


「私にも無理だ!」

「最初から、そう言えばよかったんだよ!」

「言えるのか? 面と向かって!? 君が知っているよりもっと幼い、実の娘にか!?」

「どうにか、遠回りによ!」

「どれほど重苦しいものであろうと、期待に応えようとするのではないか? 大抵は! そうそう簡単に投げ出せるのは君くらいのものだ!」


 しかし、その位置取りは、瞬にとって全く有利に働かなかった。

 残り百メートル――――あと僅かの加速で斬撃を叩き込める距離に入った瞬間、エンベロープBの両翼が外側に向けてスライド。

 内部に隠されていた大型ファンが垂直に起き上がる。

 この時点で何が起きるか察しの付いた瞬だが、ストリームウォールの準備が間に合うことはなかった。

 直後、大型ファンは凄まじい回転を始め、発生した強風が後方の大気をかき乱す。

 不可視の大渦に、セイファートは容易く飲み込まれた。


「残念だったなあ! 構造上の死角は、この轟乱気流ブルーレントゥルブレンツが補う!」

「つっ……!」


 瞬には、まともに苦悶することさえ許されなかった。

 想像していたより何倍も激しい乱雑さで、セイファートが空中を舞っていたからだ。

 まるで木の葉か紙片のように宙を転がされながら、機体は後方へと流されていく。

 数秒の内に何度も上下が反転し、同じ回数だけシェイクされる血流と胃の内容物。

 瞬は腹に力を込めることでどうにか意識を制しながら、姿勢制御に務める。


「軽いな、実に軽い! そんな軽さで、正論を語るんじゃあない!」


 とはいえ、いかにセイファートが軽量で、ファンの回転が強力な乱気流を発生させていたとしても、こうまで派手な吹き飛ばされ方をすることはない。

 純粋な風圧以上の斥力が、確かに感触としてあった。

 オペレーターの補足によれば、エンベロープBは、強風の発生に合わせて磁性を持った粒子を放出している可能性があるとのことだ。

 どうやら、バウショックがラニアケアから叩き出されたのにも、その機能が絡んでいるらしい。

 自分から尋ねずして、聞き流していた部分まで補完できたことは僥倖だった。


「所詮我々は同族……! 批難は無意味、どころか自分の首を絞めるだけだ。君とて、もう気付いているだろうに!」


 大きく減速するセイファートに向かって、宙返りを果たしたエンベロープBが、逆さのまま突撃を試みてくる。

 既にセイファートは体勢を整え、飛行を再開している。

 迫りくるエンベロープBとの接触を回避することは可能だった。

 だが、後追いでは再びあの乱気流に翻弄されるだけ――――こちらの攻撃が届くことはない。

 ファンの可動範囲的には上下からの攻撃も同様だろう。

 もう何度も出してきた結論だが、やはり正面からやり合うしか、エンベロープBにまともなダメージを与える方法はないようだった。

 そして、同時に瞬は、決意を固める。

 アダインを退けるための、自分なりの決意を。

 現実を受け止めなければならないのは、瞬自身も同様。

 少なくとも自分の行いについてだけは、しっかり精算せねばならなかった。


「どんな些細なことでも勝者でありたいという、遺伝子に刻みつけれられた本能に従い、男二人が相争う! それでいいじゃないか! 互いの身の上など、気にする必要は……」

「だったら、二割だ……」

「何だと……!?」

「二割だけ、オレが責任を持ってやる」


 瞬は、セイファートを滞空に専念させ、その場で抜刀の構えを取った。

 どう低く見積もっても千トンを超えているであろう超重量物体を、自身の剣技と刀身本来の切断力のみで迎撃する。

 どうせ突進力で勝てないのならば、いっそ加速の勢いなど完全に殺してしまい、一振りの斬撃に全神経を注ぐ――――労力の配分としては理に適っているが、それ以外のあらゆる理に適っていない、瞬自らも太鼓判を押すほどの奇策だ。

 しくじれば、失うものは大きい。

 だが、どのみち、一度スラスターの噴射を抑えてしまった以上、今から手のひらを返すことはできなかった。


「オレが英雄になりたいなんてほざいてたのは確かで、そのせいで、変に期待させたのも確かだ。そこんところのケジメは付けなきゃいけねえ」


 対人関係における己の過失を認めるのは、かなり久々の経験だった。

 一年か、二年か、或いはそれよりもっと長い期間か。

 正否が問われる場面では、ただひたすらにごねることを繰り返し、相手を根負けさせてきた記憶しかない。

 そんな瞬が、今この場で妙な素直さを発揮できたのは、他ならぬアダインの影響だった。

 瞬自身も体面にはこだわらない生き方を貫いてきたものの、あの男よりは多少ましな人間でありたいという欲求はある。

 それ故の、二割。

 言われるがままに動くつもりは毛頭ないが、多少の世話は焼くという、どうにか最低限の誠意が示せるライン。

 随分と気弱な着地点だが、メアラにはこれで我慢してもらうまでだ。


「そんな吝嗇りんしょくなやり方で、私より上に立ったつもりか!」

「だったら昇ってこいよ、アダイン! 人として、もう少しましなところまで!」


 挑発と威圧、そして己の奮起。

 アダインを打ち負かす精神力を絞り出すために、瞬は力の限り叫んだ。

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