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第99話 テイルトゥノーズ(その2)

「更に、加速だと……?」


 アダインは、モニター上に表示されたレーダーと速度計の両方に目を遣り、そして喫驚する。

 エンベロープBの現在の速度は、実にマッハ7.2。

 オーゼスが保有する数々の耐G技術に、肉体の限界を超克せんとする強靭な意志力を上乗せすることで、ようやく到達した数値である。

 これより速い時速の出る人工物は幾つも存在するが、いずれも宇宙空間か、その間際を飛んでいるようなものばかりだ。

 対流圏内における有人機の自力飛行としては、エンベロープBは間違いなく、現時点において最速であるといっていい。

 その、つもりだった。


「参ったな、これは」


 しかし今――――遥か後方から、エンベロープBを猛追する機影がある。

 毎秒ごとに相対距離は縮まり、そしてまだまだそれの速度は伸びていく。

 高度に関しても、ほとんど同値だ。

 到底信じ難い事態に、アダインはオーゼスの一員として似つかわしくない、「馬鹿な」という台詞を初めて吐いてしまう。

 とはいえ、その言葉くらいしか、今の状況を表現するものがなかった。

 接近しているのが全く未知の機体ならば、まだとして受け入れられただろう。

 だが、それの正体は乱入者などではない。

 つい先程、圧倒的な空力特性の差で抜き去ったはずのセイファートなのだ。

 通信ウィンドウ越しにアダインを睨みつける少年の瞳が、そうであると確信させる。

 だからこそ、余計に混乱する。

 

「短い天下だったな、アダイン・ゼーベイア。あと二十秒……いや、十五秒で称号は奪還だ」

「重ねて陳腐な台詞を吐かせてもらおうか……! 何故だ? 何をした?」


 苦笑も最小限に、アダインは尋ねる。

 その疑問が、好奇心ではなく、純粋な悔しさから出たものであることを自覚した上で。


「その速さは、パワーアップなどという陳腐な言葉で片付けられるものではないだろう」


 大気圏内では、推力を上げれば上げるほど、機体が受ける空気抵抗も増大していく。

 いずれは必ず後者の抗力が上回り、そこから先は、どれだけ加速を試みても速度が伸びることはない。

 セイファートは、その限界点をとっくに迎えているはずだった。

 しかしどういうわけか、今は計算式の答えがプラスに転じている。

 つまり、エンジン出力の上昇とは別の要素が加わっているというわけだ。


「嫌でもわかるさ。これから、あんたの真ん前につけてやるんだからな……!」

「挑発の仕方にも磨きがかかっているな!」


 アダインがそう返してから、ほんの数秒後。

 とうとうセイファートが、エンベロープBの真上を通過して前方へと躍り出る。

 わざと接触すれすれの距離を飛んで、間に生まれた乱気流ぶつけてくるという意地の悪さも見せつけながら。

 アダイン自身も似たようなことをやった手前、それを咎める資格はない。


「そうか、それが……!」


 そして遂に、セイファートがエンベロープBを抜き返すことができた機序からくりも明らかとなる。

 視界に飛び込んできた“輝く星”に対し、アダインはたまらず、感嘆の息を漏らした。



「セイファート、スターフォーム」


 瞬は、目を見開いたままのアダインに向けて、静かに言い放つ。

 これこそが、今回の改修における最大の追加要素にして、究極の域にまで達した武器こせいだった。

 現在、セイファートの姿は、先程までの“通常形態”から大きく変貌を遂げている。

 新たに設けられた可変機構で、より高機動戦に適した形状へと変形しているのだ。

 だが、その外観は、空力特性の向上をまるで感じさせないものであった。

 むしろ通常形態以上に合理性から遠ざかっているように思える。

 だというのに、結果としてセイファートはエンベロープBを追い抜くに至った。

 理屈を手放し、更なる速度を獲得する――――誰かにそう説明しようものなら、一笑に付されてもおかしくない、矛盾と馬鹿馬鹿しさに満ちた表現。

 そう、スターフォ―ムは、航空力学の常識から外れた異端者どころか。真っ向から牙をむく反逆者。

 本来ならば対極の関係にある要素同士を力づくで接合させた産物であった。


「憎らしいほどの酔狂さだ……! ああ、全く、狡いなあ。実に狡い。そんなものを考えついた技術者も、そんなものに乗ることを許された君も!」


 できればずっと聴いていたい恨み言だった。

 あのオーゼスの一員が、目を血走らせてまでセイファートを羨んでいる――――改修作業に関わった技術者達には、後で是非とも伝えておかねばならないことだ。

 設計案に少なからず口出しをした瞬にとっても、光栄の極みである。


「わかるさ……。オレだってずっと、指をくわえて見てる側だったんだからな」

「人々を導く者、救う者を星に例えることはあるだろうさ。しかしなあ、だからといって“星型”は卑怯だろう……!」


 呆れの感情が怨嗟を上回ったのか、アダインは自身の口から漏れ出た笑気で、しばしの間むせ続ける。

 今もなおエンベロープBの前を飛び続けるエアロフォームの形状は、まさにアダインが語る通りのものだ。

 星のマークという単語を聞けば誰しもが連想するであろう、あの“記号化された星の形”――――五方に尖った金色の塊となっているのである。

 変形機構は、そう複雑なものではない。

 両肩と両腰の大型アーマー、そして背面から伸びる一対の短翼、それらが全て機体正面へと集結。

 本体はその裏側に隠れるよう、身を縮めるというものだ。

 バトルフォーム(人型形態)とスターフォームへの完全移行に要する時間は約四秒。

 変形中は完全な無防備になってしまうという問題があるものの、減速なしで行程を進めることができるため、十分に高度を取りさえすれば交戦中でも比較的安全に形態を切り替えることができるとされていた。


「ここまでやりゃあ、逆に格好いいだろ? 」

「しかし、納得はできないな。私がこれだけGに苦しめられながら維持しているマッハ7を超えてみせたのだ。当然、それ以上の負荷が君の肉体にもかかっているはずだ。なのに、そうは見えない。どころか、まだ幾許かの余裕さえも感じる」


 エンベロープBが、ほんの僅かに速度を上げる。

 比例して、アダインの呻きも更に悲痛なものとなった。

 このままあと何分かレースを続行するだけで、意識を失いそうな気配すらある。

 反面、瞬も座席から身を引き剥がせないほどの重圧に襲われていたが、まだ十分に我慢できる範疇だ。

 その違いにも、明確な理由があった。


「悪いが体の頑丈さで負けている気は微塵もしない。若い頃はラグビーで鍛えられ、社会人になってからは月に二度のゴルフのために毎日ジョギングを続けていたのでね……!」

「そんだけ喋れるってことは、本当なんだろうな……!」

「答えを、お聞かせ願えないだろうか」

「今のセイファートを倒したいなら、大仰な武器なんていらねえ。後ろからの攻撃なら、戦闘機の機銃やらミサイルやらでも致命傷になる」

「まさか、レイ・ヴェールを……!?」

「だからオレ達の勝ちなんだよ、馬鹿さ加減勝負ではな」


 その単語が出た辺り、アダインの推察はおそらく正解だ。

 唖然とするアダインに、瞬は告げる。

 メテオメイルをメテオメイルたらしめる要素の一つ、バリアシステム“レイ・ヴェール”。

 機体が受けるはずの衝撃を、装甲表面に纏わせた光子で肩代わりして大気中に拡散させるという、メテオエンジンが生み出す膨大なエネルギーがあってこその機能。

 それは、出力の差はあれど、全身くまなくを覆うようにして展開するのが基本の使用法だ。

 だがスターフォームの場合、保護範囲は機体の正面部のみに限定。

 エネルギーを一面に集中させることで防護効果を高め、空気抵抗と重力負荷を大幅に軽減しているのだ。

 それにより、勿論ながら、正面以外の耐G、耐弾性能は皆無にも等しいレベルにまで低下。

 素材と構造、本来の強度だけで耐えなければならないという危険な状態になっている。

 これこそ、空を飛ぶもの全てに喧嘩を売る出で立ちのスターフォームが、それら全てを凌駕する超高速飛翔形態として成り立っているカラクリ。

 全ては、通常兵器に対してほぼ無敵というメテオメイルのアドバンテージを投げ捨てた対価なのだ。


「もちろん、正面からだって一発貰えばお陀仏だ。今のセイファートには、揚力も味方してくれねえからな」


 アダインに対する補足説明ではなく、自分に今一度言い聞かせるために、瞬はそう口にする。

 スターフォームの現在の速度は、マッハ8.1。

 

 ほんの少しおかしな挙動をするだけで、四肢は容易くちぎれ飛ぶ。

 その狂的なリスクに耐えうる覚悟が、スターフォームの操縦には求められた。

 瞬とて、超常のスピードに身を委ねる恐怖を、未だ完全に飼いならせているわけではない。

 だがそれでも、変形を躊躇わないだけの執念――――己の培ってきたものを証明せんとする“正しき自己顕示欲”は、我が物とできていた。


「メテオメイル同士の戦闘においては、セイファートの防御力はレイ・ヴェールを含めても申し訳程度のもの。それを弁えた上で、だからこそと、大胆に……! まさにハイリスクハイリターン、まさに諸刃の剣! いや参った、降参だよ。完膚無きまでの敗北だ」


 アダインは、年甲斐もなくげらげらと笑い、惜しげもなく喝采を送る。

 そして、エンベロープBの速度を徐々に緩めていった。

 次いで、瞬もまたセイファートをスラスターの噴射を弱める。

 これから始めることには、ここまでの異常な速度は必要ない。


「ただし、コンセプトの奇抜さにおいては……だ。どれほど能力が極まっていようと、実戦に耐えうるものでなければ意味がない」

「負けを認めた矢先に、負け惜しみかよ」

「勿論、それもある。だが、そう言わずにはいられないし、そうだろう?」

「確かに、これで解散ってわけにはいかないよな……!」


 言いながら、瞬はスロットルレバーを引き戻し、スターフォームを一度、バトルフォームへと戻した。

 自由自在に空を飛び回るということなら、変形前の方が向いているからだ。

 加えてスターフォームは、レイ・ヴェールの最大出力展開を維持しなければならない関係上、機体もパイロットも消耗が激しい。

 状況に応じた使い分けが重要だった。


「ただ必死に頼み込んだからって、それでセイファートの再実戦投入が実現するほど、現実は甘くねえ」

「手柄が要るというわけか」

「しかもチャンスは、今回一度限りと来たもんだ」


 普段なら、勝利とあればどんなに些細なことでも狂喜乱舞する瞬が、未だ冷静さを保っている理由もそこにある。

 今後、セイファートの運用を継続することも含めて、瞬はトリルランド元帥と一つの約束を交わしていた。

 内容は至って単純、初戦で勝利を収めてこいというものだ。

 それも、撃退ではなく撃墜という形で。

 厳しくはあったが、条件としては極めて妥当だ。

 世界各地で防衛線を展開しなければならない厳しい状況の中、果たして、多額の予算や大量の資材を回してまでセイファートを使う価値があるのかどうか。

 その点について、はっきり成果という形で示す必要があるのは確かだからだ。


「だけど、それでいい。この期に及んで言い訳しているようじゃ、どのみち駄目だ」

「見違えるほどの男っぷりじゃないか……! しかし、それで戦うことになったのが私とは、ついてないな」

「ほざけよ」


 この数十秒間、瞬の動きは、レーダー上の光点を注視するのみに留まった。

 曲技飛行エアロバティックス対決とスピード対決――――それら二つを始めたときとは異なり、今度は意図して空白の時間を設けなければならないからだ。

 本腰を入れた戦闘を始めるには、直前の二機の距離は、あまりにも近すぎたのである。

 故に瞬は、エンベロープBが転進して、こちらに向かい合うまでの猶予を与えていたのだ。

 その代わり、どれほど間を開けてから始めるのかはアダインの判断に任せている。

 要は、攻める側と守る側、いつもと同じ状況で戦おうというのである。

 決着を付けたい二人にとっては、これが最も公平で、最良の条件。

 確認を取らずとも、互いに自然と配置につける。


「では、今一度始めようか。そしておそらくは最後の……!」


アダインは遠慮なく、たっぷり五キロメートル以上も離れた場所でようやく折り返す。

その動きをレーダー上で追っていた瞬も、再びジェミニソードを抜いて、構えに入った。

初期位置がかなり離れている分、速度が伸びやすいエンベロープBが、やや有利といったところか。

しかし、そこまで含めて普段の戦いだ。

文句は出ないどころか、むしろ理想的ですらある。


「やろうぜ。第三ラウンド――――真剣勝負を」


 意地、執着、義憤、高揚、緊張。

 あらゆる感情を十把一絡げに呑み込み、瞬は、フットペダルに足をかけた。

 これが、アダインとの最終決戦。

 どちらかが地に伏すまで終わることのない、完全なる決着だけを求める死闘。

 相対するは、全てが相反する敵。

 大事なものを握り込んだ者と、手放した者。

 運命に抗う者と、運命に呑まれた者。

 天より落ちて来る鋼と、天を目指して羽ばたく鋼。

 子供と、大人。

 否、そんな括りも区別も、自分達には必要ない。

 どころか、同族。

 小奇麗な道義は微塵も語らず、ただ己の内から湧き出る根源欲求を、世界で最も高価な玩具に乗せて発露せんと臨む趣味人同士。

 俗物と、俗物。

 それこそが、最も正しい両者の表現。


「さあ……命を賭して、遊ぼうか!」

「勝たせてもらうぜ。あんたみたいなのに負けるわけにはいかねえんだ、オレは!」


 爆発的加速を伴って直進する、エンベロープB。

 その圧倒的な巨体に対し、セイファートは微塵も臆することなく、真っ向から挑む。

 両手で握りしめた一振りの刀剣を以て。

 今度は、道を譲るつもりも、譲られるつもりもない。

 片や斬撃で、片や質量と火力で――――相手を屠るために、ただ愚直に正面まえへと飛ぶ。


「現実に向き合えないような、奴には……!」


 直後、音速一歩手前まで速度を伸ばした二機のメテオメイルが、激しい火花の飛沫を散らしながら交差を果たした。


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