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第8話 シンメトリカル(後編)

 グレゴールが操るメテオメイル“シンクロトロン”は、セイファートの到着よりも先に、地球統一連合軍シンガポール基地が展開する防衛線に接触していた。

 今回に限らず、南極に存在する本拠地から出撃したオーゼスのメテオメイルが陸地付近に到達するまで発見されることなく接近できるのは、ひとえにレイ・ヴェールの圧倒的な耐圧性能の賜物であった。

 オーゼス製のメテオメイルは、レイ・ヴェールを高出力で展開すれば水深五千メートルでの活動にすら十分耐えうるとされ、遠海に各種探査機類を設置する余裕のない現状においては、かなり浅い場所まで浮上してこなければ捕捉できないという前々世紀レベルの観測で対応するしかないのである。


「マシンデザインは当然シンメトリー、攻撃を含んだ全ての動作もシンメトリーに! ですが、そんな事は、僕の技量とシンクロトロンの性能を以てすれば当然のこと! そこから更に一段先のステージに挑戦していく事こそが人生ではないでしょうか!」


 シンクロトロン――――全長五十メートルを越える、四つの赤色球体がYの字に組合わさった、分子モデルの如き外観をしたメテオメイル。

 他機体の頭部に相当するメインカメラ、マルチセンサーの機能は中央球体の中心部に六個のレンズとして配置され、視野は相当に広い。

 移動は下部球体の回転によって行われ、その重量によって戦車や一般的な建造物程度なら容易に轢殺することが可能である。

 また、左右球体の側面には巨大な掌状のパーツがマウントされているが、腕関節が存在しない関係上、本体と接続したままでは使い道は少ない。

 このパーツの真髄は、本体から分離・浮遊させ遠隔攻撃可能なマルチアームユニットとしての運用にあった。

 純粋な握撃だけに留まらず、各指先の先端に内蔵されたレーザー砲による多方同時攻撃が可能であることも、過去二度の戦闘で連合の知るところとなっている。

 もっとも、これらの武装でさえ、グレゴールの意図する真の用途ではないのだが――――


「左右から同時に襲い来る敵戦闘機を撃破して、残骸をシンメトリーな位置に落下させ……ああ、ずれた! そこそこずれた! やはり最大の敵は空気抵抗、まだまだ成功する気配なし!」


 レーザーの直撃を受け、空間座標的にはシンメトリーな位置で爆散するものの、不規則な落下軌道で海面へと叩きつけられていく連合軍の最新鋭戦闘機。

 思い通りにはいかないものだと、グレゴールはコックピットの中で本気で憤慨する。

 その姿は、ボールを思った通りに投げられない事に苛立ちを覚える幼童そのもの。

 今この瞬間、最低でも二名の命を奪ったという事実には目も向けない。

 そもそもグレゴールにとっては、この一方的蹂躙に関して、殺戮という認識すらないのだ。

 戦場にて自分に襲い来る全ては、芸術的破壊を行うべき動く的。

衝動に突き動かされるままに、ただシンメトリー動作で撃ち貫き、握りつぶし、踏みつぶすのみ。

 命が失われることには何の感慨も持ち合わせていない。

 悲しいことに、今この時シンクロトロンに向かって浴びせかけられる市民からの激しい怨嗟の感情は、真相を知る者からすれば、まだまだ生易しいものであった。

 何故なら市民はまだ、オーゼスが、せめて大層で崇高な目的があって侵略を続けていると信じているのだから。

 ここまでの大虐殺を行ってきたオーゼスに、せめて殺人者としての自覚くらいはあると、信じているのだから――――


「おおっとおおっと……!? この今までに類を見ないエネルギー反応は……!?」


 だが今、そんな悪逆に対して、全ての人間に代わって大罰を下すものが天の彼方より現れる。

 大気を斬り裂きながら音速で舞い降りるのは、白と、黒と、黄金に彩られた鎧を纏う、鋼鉄の剣豪。

 地球統一連合軍製メテオメイルの第一号機――――セイファート。


「弱い者イジメはそこまでだぜ、合体ダルマ野郎……!」


 日本からシンガポールまで、約五千キロもの長距離を飛び越えて戦場に到達したセイファートは、シンクロトロン正面の小島に降り立ちながら、左腰の鞘に収まった二振りの日本刀を引き抜き、そして流麗な動作で構えて見みせた。



 着地までの間にセリアからのサポートもあって、微細な落下軌道調整は無事成功を果たし、艦隊とシンクロトロンとの間に上手く割り込むことはできた。

 瞬は今すぐにでも斬りかかりたかったが、そうするにもいかない理由が幾つかあった。

 先日の会談で、オーゼスの代表を名乗る井原崎は、戦場にセイファートが現れた場合はそれのみに攻撃対象を絞るとケルケイムの前で言ってのけたが、完全に信用はできない。

 艦隊がある程度後退し、安全圏まで下がるまでには、今暫くの時間が必要であった。

 また、出撃前にも説明があったとおり、シンクロトロンには未だ不明な点が多い。

 こちらから仕掛けて未知の武装で痛手を負うリスクは避け、ある程度様子見をする必要があった。

 装甲が極めて薄いセイファートは、返り討ちに関しては、特に気をつけなければならないのだ。


「よくぞ来てくれましたね、セイファート! 僕は待っていましたよ。ぶっちゃけちょっと手抜き気味に攻撃していたところもありますよ。君が来る前にノルマを達成してしまっては困りますからね」

「あんたもエンベロープのおっさんと同系列の馬鹿かよ、ダルマのおっさん」


 また当然のように通信回線を開いてくるシンクロトロンのパイロットに対し、瞬は、今度は一切動揺することなく返答することができた。

 随分と早口だが、声色は、前回の男と近しい年齢のようだった。

 だが、年上を相手にする気後れはもうない。

 一度の実戦経験と二週間の操縦訓練は、瞬に確かな自信を与えてくれている。


「ダルマが何なのかは存じ上げませんが、褒められていないのは確かのようですね。そして、僕が彼と同系列? まさか、いやいや、そんなはずはない。僕の方がより純粋でより強い。それを、これからの戦いで証明してあげますとも。この僕、グレゴール・バルヒェットとシンクロトロンのパーフェクトシンメトリーが、君を討つ!」

「……確かに、あんたの方が一枚上手の馬鹿だな。まさか名前まで喋りやがるとは」

「ああ、それならご心配なく。僕は若い内から真面目にこつこつと経歴詐称してきましたので、身辺を調べたところで特に何も出て来ないでしょう。親族及び愛犬のリヒャルトも、五年前の大災害で例外なくアンシンメトリカルな構造体に成り果ててしまいましたしね」

「そうかよ」

「では始めましょうか、小生意気なボーイ。二度目にして最後の戦闘を存分にお楽しみ下さい」

「上等……!」


 グレゴールが通信回線を切らずにそのまま戦い始めるのは意図したものか、ただの失念か。

 だが、すぐにシンクロトロンが全身を開始したので、瞬もまたウィンドウを閉じることができず、互いに声が筒抜けの状態でやり合う羽目になってしまった。

 ここでセリアが即座に状況を察して、ラニアケアからの通信全般を文字表示オンリーに切り替えてくれた事には、感謝の涙が出る思いだった。


「でかい図体で押し切る気か……」


 下部の球体を高速回転させながら、一直線に突撃してくるシンクロトロンの威圧感は、かなりのものがあった。

 ただの衝突にしても、シンクロトロンと比較して二十メートル近くも小さいセイファートに対しては、非常に有効な攻撃手段となる。

 巨体の前では水面も陸も関係ないといった風に、水飛沫と土砂を撒き散らしながら、シンクロトロンがセイファートに迫る。


「だがな、そんなのろさでセイファートに当たるかよ!」


 二百メートル近い距離を数秒で詰めてくるシンクロトロンだが、セイファートはその半分の時間で、進行ラインから逃れることができた。

 陸上戦では、もはや敵機の接近如きを回避するのに、バーニアスラスターの加速さえも必要ない。

 軽量フレームに軽量装甲、そしてS3による思考反映と人体級の反応速度を以てすれば、人間が体面の車を躱すように、“ただ走って”離脱することが可能なのだ。


「ほう……とんでもない機動性だ。まあ、前回は未完成のようでしたからね。それくらいはやってくれなければ倒し甲斐がないというもの」


 瞬はグレゴールの言葉などろくすっぽ聞かずに、シンクロトロンが晒した背面を狙う。

 まだ艦隊が後退しきっていない現状、こちらに注意を引きつけておく必要があるためだ。

 その時、シンクロトロンの両肩から掌状のパーツが分離し、滞空状態へ――――それまで伸ばされていた五指が耳障りな金属音を立てて生物的に動き出す。


「これが例の……」


 セイファートの胴体を余裕で掴めるほどの巨大な手。

 実際に捕まる気は毛頭無いが、いざそうなった場合は、握りつぶされるだけのパワーを感じる。

 瞬は、これからその手を用いた本体との連携攻撃が来るものと、身構える。

 しかし、二つの手は――――瞬にとって、余りにも意外な目的の為に、使われることとなった。


「セクスタンスハンド、無事にシンクロトロンの両肩をキャッチ成功! そしていざ、方向転換開始!」

「なっ……!」


 瞬は絶句し、攻撃することも忘れて、グレゴールの説明口調の通りに推移する事態を呆然と眺める。

 セクスタンスハンドと呼ばれた二つの手は、末端部分のスラスター噴射に よって、シンクロトロンを百八十度その場で回転させたのだ。

 自力で向きを変えられないという、オーゼスの開発したメテオメイルとは思えない尋常ならざる構造欠陥を目の当たりにして、瞬は堪えきれずに指摘してしまう。


「なんだよそりゃ!」

「ああ、ボーイはご存じないのでしたか。僕がこの世で唯一シンメトリーマニアを名乗ることが許された至高の求道者であることを。無学な香りのするボーイに念のため補足しておきますが、シンメトリーとは対称性の意味、広義的には左右対称の事ですよ」

「勝手に人を馬鹿扱いしてんじゃねえ! オレは雑学だけは結構……」

「そして、シンメトリーマニアたる僕は、外見や私物だけではなく、全ての動作をもシンメトリーにしなければ気が済まないのです。しかし、しかししかししかし、ここで大きな問題が発生したのです。普通に方向転換しようと思ったら、左右どちらかに体を傾ける以上、それはどうしてもアンシンメトリーな動作になってしまう。そこで開発したのが、このセクスタンスハンド! 僕の代わりにアンシンメトリー動作をやってしまうという大罪を引き受けてくれる、僕にとっては救世主の如きサポートメカなのです。そう、シンクロトロンは前進と後退しかできず、僕はあくまでセクスタンスハンドによって無理矢理向きを変えられてしまっただけの存在。僕達は依然としてシンメトリー動作に没頭しているということになる、はず!」

「あんたさ、マジモンの馬鹿だろ。いや、むしろあれか。どっちかっていうと放送禁止用語的なやつだ」

「何とでも言ってくれて結構! 僕は寛大な心の持ち主なので、如何なる罵倒にも耐えられるのです。さあ、戦闘を再開しましょう!」

「ちっ……舐めやがって!」


 セリアから、相手のペースに乗せられるなというメッセージが送られてくるが、逆にグレゴールを前にして自分のペースを乱されない存在がいるのならば教えて欲しいくらいだった。

 シンクロトロンから離れたセクスタンスハンドは、その指先からレーザーを乱射してくる。

 亞光速で空間を飛ぶレーザーばかりは見てから回避するわけにもいかず、瞬はセクスタンスハンドが不穏な動きをするのを見て事前にその場を離れようとした。

 だが間に合わず、数発が左腕と左脚を掠めていく。


「まだ軽傷……。まだ隠し球がありそうだが、今の内に思い切って攻めるっきゃねえな……!」


 瞬はシミュレーターマシンによる訓練で幾度も反復してきた、着実に敵を追い込む感覚を思い出す。

 セイファートの攻めの起点は、多方向からの攻撃による翻弄。

 そこから隙を見つけ出し、一気に接近して屠る。

 それはエンベロープも通用した立ち回りだ。

 手順を強く意識しながら瞬はセイファートを疾駆させた。

 まず一手目は、左手に持つジェミニソード長刀を、腕全体を大きく振りながら投擲。

 同時に右手の持つジェミニソード短刀を鞘に仕舞いなおし、そこから即座に、両肩のウインドスラッシャーを組み合わせ、更に投擲。

 左右から高速で迫る回転斬撃は、セクスタンスハンドでは追従すること叶わず。

 そのままシンクロトロンの背面へと回り込んで、胴体に該当する部位を無惨に斬り裂くはずであった。

 だが――――シンクロトロンの全体から、大気が震えるほどの超高速振動が突如として発生し、そのダメージをかすり傷同然にまで低減する。


「効いてない!?」

「はい、効いていませんとも」


 弾かれたウインドスラッシャーはなんとか軌道を自動修正して本体の元へと帰還するが、そんな機能のないジェミニソード長刀はそのまま地面へと突き刺さる。


『あの滑らかな球状装甲に揺れを加えることで、直撃した刃に大きな摩擦を発生させて威力を落としたんだ。おそらくオートで作動する防御機構だろう。これは、セイファートにとっては天敵だよ……』

「あの妙ちきりんな外見には意味があったって事か……!」


 聞こえても問題がないと判断したのか、それとも文字だけでは説明が長くなるためか、ここに限ってはセリアが音声で説明する。

 踏み込んで無理矢理に近接戦に持ち込もうとしていた瞬だが、ジェミニソードも大したダメージを与えられそうにないことを悟ると、逆に飛び退くしかなかった。


「エンベロープが持ち帰ったセイファートの戦闘記録を見たときに、僕は狂喜しましたよ。何せ僕のシンクロトロンは、セイファートのメイン攻撃手段である斬撃への効果的な対策を備えているのですからね。僕は天啓と受け取りましたよ、セイファート撃破の大手柄は僕のためにあるのだと!」

「くそっ、どうする……?」


 瞬は舌打ちしながら、セイファートの内壁モニターに表示させた武装一覧に目を通す。

 しかし、そこにリスト化されたのは、以前と変わらず四つの武装だけだ。

 セイファート本体は確かに完成したが、武装に関しては未だ開発が遅れているのだ。

 現在搭載されている中で、線や点以外での攻撃ができるのは胴体の大型バルカン砲のみ。

 だがこれは、長時間撃ち込んでようやくレイ・ヴェールを突破できる程度の威力しかない。

 そして、迷っている間に、セクスタンスハンドからのレーザー乱射とシンクロトロン自体の突進がセイファートを襲う。

 前方と左右をカバーする広範囲攻撃を、戦場を駆け回りながらどうにか躱そうとするが、やはりレーザーだけはどうしても完全回避というわけにもいかず、じわりじわりと全身の装甲が灼き抉られていった。


「あの何とかハンドを先にぶった切った方がいい気もしてきたぜ……!」

『だけど、あのサポートメカは二基が存在する。一基を破壊している間にもう一方からのレーザーが飛んでくることは間違いないだろうね。掠っただけでも危険なんだ、直撃を受けたら致命傷だろう』

「エンベロープの時も思ったけどさ、こいつ脆すぎだろ! レーザーって、確かにまあまあ強い武器なんだろうけど、同じメテオメイルなら多少は耐えようぜ? その他一般の現代兵器みたいに一発一発に対してビクビクしなきゃいけないの、まじ怖いんだけど! スーパーなロボットに乗った気が全然しねえ!」

『当たらないことが前提なのがセイファートだからね。まあ、それはさておいて現実的な問題の解決に向けて頭の方を動かして欲しいかな』

「わかってるよ……!」


 爆音轟く中、セリアと小声で相談しながら、瞬は打開策を探る。


『そうだ、シンガポール基地の方で何か使えそうな武装がないか、確認しておくよ……』

「いや、何かが届くまで凌ぎきれそうにもないし、保身の為に逃げたら逃げたで普通に基地が襲われるだけだ。どうにか、今ここでとっとと終わらせたいが……」


 瞬は内壁モニター全体――――外部の光景を見渡し、何か使えるものが無いか、そしてシンクロトロンに何か弱点はないか、血眼になって探す。

 そして、数秒後。

 劣勢に追い込まれた瞬の集中力は、奇跡的に、その二つの両方を見つける事に成功する。

 もっとも、策として実行できるかどうかは別の話だが。


「腹を括って、ちょっくら試してみるしかないか……!」

『風岩君!?』

「何とかやってみる!」


 戸惑って手をこまねいている時間だけ、更なる窮地へと追い込まれいく。

 ならば、意を決して前に出るしかない。

 そう結論付けた瞬は、セイファートをシンクロトロンへと急接近させる。

 ジェミニソード短刀とウインドスラッシャーを投擲するという、先程と同じ攻め手と共に。


「通用しない手を二度繰り返すとは、理解に苦しみますね。あとついでに腰の鞘も投げ捨てることを提案しますよ。そうすればセイファートもシンメトリーという究極の美を手に入れられる」

「あんたのせいでもう左右対称でもなんでもないけどな!」

「おっとそうでした、これは申し訳ない。割と本気で申し訳ない。そして攻撃が通用しないところも申し訳ない」


 ジェミニソード短刀とウインドスラッシャーは、先程は違う軌道を取って、シンクロトロンの両側面を襲う。

 ジェミニソード短刀は、そもそも回転投擲を想定していない武装であることもあって、やはり高速振動する装甲によって弾かれ、小島の浅瀬に沈んでいく。

 だが、ウインドスラッシャーは違う。

 地面すれすれを低空飛行しながら、そしてシンクロトロンの目前で跳ね上がり、その腰部を――――中央球体と下部球体の狭間にある、縦幅一メートルほどの接合部を、狙っていた。


「その隙間なら、多少は斬れるだろ……!」

「ええ確かに、当たりさえすればね」


 グレゴールが嘲笑しながら言い放つ。

 そう、当たる確率は極めて低かった。

 元々の狭さに加えて、シンクロトロンは全身が高速振動中にある。

 いくら狙いを定めたところで、高確率で上下どちらかの球体に命中するのが関の山だった。

 実際に、結果はグレゴールの宣言通りとなる。

 低く飛ばしすぎたためか、今度はウインドスラッシャーも自動帰還プログラムが機能する前に地面へと突き刺さった。

 それでも、瞬はセイファートの加速を緩めない。

 セクスタンスハンドのレーザー網をかいくぐり、シンクロトロンの前で跳躍する。


「なら最終奥義……跳び蹴りだ!」


 そのまま体を捻るようにして、シンクロトロンの胴体を蹴りつけるセイファート。

 数百トン以上もの鉄の塊同士が衝突する轟音が、空間を揺らす。

 機体重量と加速で乗った慣性の全てを叩きつけた、並の兵器では耐えられぬ程の絶大な破壊力である。

 もっとも――――シンクロトロンは並の兵器ではない。

 セイファートの倍近い質量を誇る巨体は、大きく揺らめきこそしたものの、下部球体の回転によって即座に身を起こす。

 その様は、さながら自動で起き上がるパンチングマシンのようであった。


「駄目か!」


 瞬は苦々しく叫ぶ。

 ただ攻撃が通じていないだけなら朗報の部類に入る。

 だがセイファートは、今の蹴撃を繰り出した反動で、自らの右脚に深刻なダメージを受ける始末であった。

 コックピットという異物が存在しないという点、そして上半身を支えるという役割において、他の何処よりも堅牢に作ってあるはずの脚部ですらこの脆弱さ。

 フレームに異常が発生したのか、セイファートは着地後に、大きな硬直が発生する。

 その瞬間こそ、シンクロトロンにとって最大の好機であった。

 立ち上がろうとしたセイファートは、左右から接近してきたセクスタンスハンドに機体を拘束されてしまう。

 肉薄する距離にはシンクロトロンの本体が、待ち構えるこの状況。

 その巨体は、セイファートを覆い尽くす影となって瞬を威圧する。


「っ……!」

「シンメトリカル、キャッチ!」


 グレゴールはこんな時にもシンメトリーに拘っているのか、左右の指を“組ませる”ことはせず、あくまで指先の力だけで押さえつけられているのだが、それでも十分に瞬が想像していた以上のパワーだった。

 セイファートを締め付け、内壁モニターに表示されるダメージチェックの全身図では、至る所でWORNINGの文字列が浮かぶ。

 反射的に高く上げた右腕だけは拘束を逃れてはいるが、片腕だけでは到底引きはがせそうにもない。


「くそっ、離しやがれ!」

「いいえ、離しませんとも。このままあと数時間は離しませんとも」

「……持って帰ろうって腹か!」

「ええ、当然じゃないですか。倒すのも、それはそれで大きな戦果になるのですが、やはり出来うる事ならなるべく傷つけずに持ち帰りたいというのが大人の判断。必死に攻撃してHPCメテオが壊れるのもなんですしね。あ、ボーイはここで処分しますよ。人質を取るのはオーゼスの方針に反する行為ですし、メテオメイルに乗っている時点でボーイとして扱うのもどうなんでしょうと思いまして」


 そのグレゴールの言葉を聞いたとき、瞬の脳裏で既視感が奔る。

 グレゴールは随分と気分が高揚しているようで、それは勿論そういった語調であるからこそわかる事実なのだが、処分という単語もまた、昂ぶった感情のままに抑揚もなく平然と流していった。

 余りにも人の命を奪いすぎて感覚が麻痺していったのか、それとも最初から命を奪う事に対する箍の外れた真性の異常者か。

 或いは、エンベロープの男のように、歪んでも壊れてもおらず、命を奪う事から完全に目線の逸れた悪辣な常人か。


「このシンクロトロンには生憎と対人性能に特化した非人道的な武装はありませんので、コックピットハッチを破壊したあとに機体を振り回してポイですかね。そういうわけですので、無駄に暴れるのは止めた方がよろしいかと。機体にこれ以上負担をかけたくありません」


 だが、瞬にとっては、どれでも結局は同じだ。

 同情の余地が欠片もないという点においては――――


「……じゃあ、最後に一つだけ言わせてくれ」


 コックピットの中で、瞬は俯きながら言葉を紡ぐ。

 まるで、完全に戦う意志を折られてしまったかのように。

 しかし、その瞳は、慎重に機を窺いながら。


「どうぞどうぞ。絶対的優位な状況下だというのに慌てて処分してしまうのは大人の対応ではないですからね。負け犬の捨て台詞も寛大な精神で受け止めてあげますよ」

「助かる。いやさ、さっきからずっと思ってたんだ……あんたのシンメトリーへの拘りを最初に聞いてから、ずっとさ」


 そして今この時、全ての準備が整う。

 この苦境を脱し、シンクロトロンに手痛い一撃を与える準備が。

 瞬は、どうせグレゴールには見えてはいないだろうが、ゆっくりと面を上げ――――それから、軽々しく言い放つ。


「――――どれだけ動作や外見を頑張ったところで、そもそも人体の構造って全然シンメトリーじゃなくないか?」

「き…………!」

「……急に言葉に詰まってどうしたよ」

「…………き…………き……きさ……!」

「呼吸が随分と荒くなってるじゃねえか、おっさん……!」

「貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 グレゴールの咆哮じみた怒号が、通信回線を越え、音の暴力となってセイファートのコックピット内部に襲いかかる。

 だが、恐怖は感じない。

 予想以上の“切れ”ぶりだったが、あの理解不能な感性の持ち主から冷静さを失わせるという最初の条件はクリアした。

 今、脳裏に残しておくのは、その達成感と痛快さだけでいい。


「よくも! よくも! よくもその禁句をぁ!」

「どうやら寛大な精神の持ち主じゃなかったみたいだな!」

「人には! どうしても譲れぬ一線というものがあるでしょうに! ボーイはそれをただの一言で、無茶苦茶に! 人体の、そういうのはいいんですよ! 仕方ないんですよ! 手術でもどうにもならないし! そこのところ割り切った上で僕はシンメトリーを求めてるわけですよ! 出来うる限りの最善を尽くす感じでやってるんですよ! そのくらいわかりましょうよ! 無粋なツッコミ入れてんじゃないですよ! 前言撤回、お持ち帰りは無しです。ここでグシャグシャのアンシンメトリーな鉄屑に変えて、それからシンメトリーになるまで丁寧に丁寧に踏みつぶしてあげますとも!」


 セイファートを両側から押さえつけるセクスタンスハンドに、今ようやく本気の力が籠もる。

 もう一段階の押し込みによって、みしみしと金属が撓む音も一層激しくなり、ますます拘束からの脱出は絶望的となっていった。

 だが、機体が完全に掌の内側に入ったこの間は、セクスタンスハンド指先の十連レーザーから逃れられる“安全圏”。

 ここで瞬は、実戦で初使用となるセイファート第四の武装、シャドースラッシャーの使用に踏み切った。

 セイファートの後頭部から、武士の髷の如く後方に伸びた鋭いブレード状のパーツ。

 その基部にある回転軸によってブレード全体、加えて黄金の五本角の中央が、共に連動して前方へと倒れていく。

 そして正面方向に突き出される形となったブレード状のパーツは、内部の炸薬によって勢い良く射出。

 斬撃と刺突、両方の特性を備えた黒刃が超高速で飛ぶ。


「今更、そんなものが……!」


 グレゴールが吐き捨てるように叫ぶ。

 高速振動によって線での攻撃を無力化する機能は、自動で発動するタイプ。

 グレゴールが激昂して操縦の正確さが些か落ちている事とは全く関係がない。

 しかし、瞬の狙いはシンクロトロンそのものではなく、その後方にある空間。

 そこに突き刺さったままの、ジェミニソードを欲しているのだ。


「一体何を!?」


 シャドースラッシャーの先端が二つに割れ、見事にジェミニソードの柄を掴むと、そのまま急速に引き戻す。

 このウインチ・ギミックとしての機能は頭部では有効利用が見込めないことから、近い内に別の箇所へ移植される形で消滅する予定であったが、今回はセイファートの窮地を救う切り札となってくれていた。

 瞬はセイファートの四肢の中で唯一動かせる右腕で戻ってきたジェミニソードを掴ませると、それをシンクロトロンの接合部へと潜り込ませるようにして叩きつけた。


「腕で握って押し込めるんだ、さっきのブーメランとは違うぜ?」

「しまっ……!」


 隙間に入ってしまえば、振動しようがしまいが関係ない。

 激しい火花が散るが、刃毀れするのもおかまいなしに、セイファートのジェミニソードを全力で押し込み続ける。

 むしろ、刃がシャフトの一部に食い込んでいる状態であるにも関わらず激しく縦方向に振動することで崩壊の速度は何倍にも早まっていく。

 あらゆる物理攻撃を自動感知するシステムの欠陥ではあったが、そもそもにおいて、レイ・ヴェールで軽減できないほどの切断力がこの僅かな隙間に入り込んでくるという状況を想定して設計されていないのだ。

 グレゴール自身、セイファートがここまで肉薄した状態で戦闘を継続する展開についての考えが浅かった。

 システムを慌ててオフにしようとした時には時既に遅し、ジェミニソードがシャフトの半分まで抉り込んで、もはや下半身とのエネルギー回路は大半が絶たれてしまっていた。

 セイファートに対する最大の脅威が、セイファートという想定外の存在によって痛手を受ける皮肉な結末。

 だが、勝敗は未だ決しておらず――――


「まずい、まずいまずいまずい、シャフトが折れる! バランスが保てない! うううう、仕方がない。不本意な結果ではありますが仕方がない。涙を呑んで、下半身をパージ! そしてもう一度涙を呑んで……セクスタンスハンド、僕の救助を……!」


 下部球体を強制排除したシンクロトロンは、セイファートを手放したセクスタンスハンドに幾らか身軽となった自身を持ち上げさせ、滞空。

 そのまま、迅速に戦場を離脱していく。

 この状態でもセイファートを破壊することは十分に可能だったが、自機が本拠地まで帰還できないのでは何の意味もないからだ。


「ちっ、逃げる気か……!」

「勇気の後退と言って下さい、人の心を土足で踏みにじるボーイ。これは断じて僕の負けなどではない、何故ならシンクロトロンは未だシンメトリーな形状を保っているのだから!」


 瞬は釈然としない思いのまま、シンクロトロンをただ見送るしかなかった。

 セクスタンスハンドの握力で内部フレームに深刻な損傷を受けたセイファートは、もはや満足に歩行することすら難しいのだ。

 そして、結局自分がシンクロトロンに与えたまともなダメージといえば、奇策の果てに接合シャフトのみという事実。

 今回は運良く痛み分けで済ませることができたからいいものの、実際、グレゴールの言う通りに機体間相性は最悪といえたし、同条件での再戦は圧倒的にこちらの不利になることは間違いない。


「次こそは、次こそは僕とシンクロトロンが君を倒す! 絶対に! ああ、帰ったら絶対皆に笑われてしまう。あれだけ大見得を切って出撃したのに笑われてしまう! しかもノルマすら達成できていないという、この、無様さは如何ともしがたい、自己弁護すら不可能! ああああ……」


 距離のせいで強制的に遮断されるまで、通信回線は生きたままだった。

 グレゴールの嵐のような語りが消え、静寂を取り戻したコックピットには、セリアの耳障りの良い声が代わりに届く。


『お疲れ様、風岩君。途中は随分冷や冷やさせられたけど、ともかく引き分けには持ち込めたじゃないか。基地のみんなも随分驚いているし、君の機転を賞賛する声もある。司令だけは立ち回りにまだまだ改善の余地があると渋めの表情をしているけどね』

「……どうしても負けるのだけは嫌だったんだ。死ぬのが怖いのもあるけど、死ぬほど嫌いなんだよ、ああいう奴は」

『好きになれる方がおかしいと思うけどね、ああいう手合いは』

「そういうんじゃないんだ。もっとこう、みんながそう考えるような真っ当な理由以外で、存在自体がムカつくんだ。ああいう、弱い連中が全く眼中にない、ただ生きてるだけでそいつらを舐めてるような奴は、本当にな……!」


 “戦う理由”とはまた別にある、”倒すべき理由”があるとしたら、まさに今自分が言ったとおりだと、瞬はこの場で納得する。

 近しい感情は、憤懣と、憎悪。

 認識すらされない絶望を知っているからこそ、認識すらされない者達の犠牲を見捨ててはおけないのだ。

 だからこそ本気になれるし、肉体と思考の能力も限界まで引き出せる理屈。


「次こそは、だって……? それはオレだって同じだ。相手は誰でもいい、とにかく一機仕留めて、あいつらに一泡吹かせてやる。認めさせてやるんだ、オレの力を……!」


 茜色に染まり行く空と海原を背に、瞬は拳を握り込むようにして次戦の勝利を己に誓った。



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