プロローグ/モノローグ
流れ星に願い事をすると、その願いが叶うっていう、誰でも知ってるような言い伝えがあるけれども。
オレは、ただの一度も願ったことがない。
だって、流れ星は自分の力で輝いてるわけじゃない。
地球の大気とぶつかって、結果的に発光しているだけだ。
太陽のように大きくて、自分で輝ける『本物』とは違う。
成り行きに身を任せているだけの小さな粒が、大層な奇跡の力を秘めているとは、とても思えなかった。
ただの一つに、何千何万倍もの人間が無理に願いを背負わせているようにも見えて、それもどこか嫌だった。
だからオレは、自分の目で見る全ての流れ星を、ただ見送り続けてきた。
『AEX-01、リニアカタパルトに固定完了。ガイドレール、並びに超高加速リングへの通電を開始します』
ちなみに―――――オレの願いは、つい一ヶ月ほど前、唐突に叶ってしまった。
オレの努力とは全く関係のないところで。
オレの考えもつかなかった方向で。
分不相応な内容であるにも関わらず。
一度も言葉にしたことがないにも関わらず。
オレの気遣いに感激した流れ星がわずかばかりの力を全部オレに注いでくれたのか、あるいは、天文学的確率によって発生した本当にただの偶然なのか。
そんなことは、もはやどうでもいい。
眼前に広がるこの夢のような光景が現実なら、それで十分だった。
『射出まで、残り二十秒』
オレは、オレになるのが小さい頃からの夢だった。
オレといえばこういう奴だと、世界の誰しもが一言で言い表せる、唯一無二の個性を持った存在。
後々になって似たような奴が現れたとき、絶対に引き合いに出される、全ての基準ともいえる存在。
そういう、他の誰とも替えの効かない絶対的な価値を手にした連中が、オレは心底羨ましかった。
それは本来、地道に努力を重ねて、いつか自分の力で叶えてみせるべきものだ。
だけどオレにとっては、もうこれ以上待てはしない、正真正銘の死活問題だった。
『十九、十八、十七、十六、十五……』
笑ってしまうくらい漠然とした願いは、オレが最も満足する形で実現に至った。
世界中の人間の中からたった三人だけが選ばれた、絶大な戦闘能力を持った巨大人型兵器のパイロットという身分。
そして戦うべき相手は、世界各地に侵攻して無差別な虐殺を続ける、こちらと同等以上の力を持った巨大兵器の軍団。
人類の存亡すら揺るがしかねない史上最大の脅威ともいえるそいつらを倒せば、比類なき英雄の称号が手に入る。
オレにとっても、オレ以外の誰にとっても、あまりに単純明快な構図だ。
金輪際誰にも真似することができず、たかがそんな事でと横槍を入れられることもない、絶対不変の価値を持つ功績。
それを手に入れたとき、オレはようやくあの男の前で自分を誇ることができる。
『十四、十三、十二、十一……』
こんな機会を、逃せるはずがなかった。
さしたる取り柄はないオレだったが、だからこそ政府からの協力要請に従うどころか、むしろ自分から飛び込むようにしてパイロットの座に就いた。
他の誰でもない、自分自身の為に、オレは戦う。
『十、九、八、七、六……』
オレは今、件の巨大人型兵器“セイファート”に乗り込んで、発進を目前に控えている。
初めての出撃ということもあって、操縦桿を握る腕は、緊張でいつまでも小刻みに震えていた。
土壇場には強いつもりだったが、それは一般市民が体験できる範疇での土壇場だ。
大した訓練もしていない状態で、今から本格的な命の奪い合いをやるとなれば、流石にこうもなる。
もっとも、オレがいま感じている怯えの原因は、じきに始まる戦闘のことじゃない。
その前段階、目前に迫った発進の瞬間だ。
『五、四、三、二、一……』
内壁全てが、外の光景を映し出すモニターの役割を果たすコックピット。
その正面で、オレの視界を埋め尽くすかのように浮かんでいるのは、表面積の半分以上が青で覆われた惑星。
生まれてこの方、今日の今日まで片時も離れることのなかった太陽系第三惑星――――地球だ。
オレは自分の機体を受領するため、地球統一連合軍の管理する宇宙ステーションに、三時間ほど前に到着したばかりだった。
だけど、いましがた地球に現われたばかりの敵を迎撃するため、ろくな休憩も挟まずとんぼ返りする羽目になっている。
そして、この場合の帰還とは、セイファートに乗って大気圏突入を行うことを意味する。
しかも、地球の重力に引かれて悠長に落ちればいいってわけじゃない。
事態は緊急を要するため、電磁加速するカタパルトを使って、音速の数倍もの速度で撃ち出されることになっていた。
ほとんど直線に近い軌道で、強引に大気の壁にぶち込まれるんだ。
機体の強度と機能から安全は保証されているとはいえ、恐怖を感じない方がおかしいだろう。
『ゼロ……!』
しかしもう、今更ぐだぐだ言ってもしょうがない。
セイファートが射出されたのは、オレがそんな風に、腹を括った瞬間だった。
パイロットスーツや機体のアブソーバーでも軽減しきれない加重と衝撃が、オレの全身を襲い、意識が僅かに揺らぐ。
地上との距離は恐ろしい速さで縮まっていき、一瞬ごとに解像度を変える光景に対し、もはや視覚も追いつかない。
赤熱の光を纏い、空を切り裂きながら墜ちる機体。
果たしてその姿が、地球の人間からはどう見えているのだろうと考え、オレは苦笑する。
途中、何とも的確な形容の言葉が浮かんでしまったからだ。
「まるで、流れ星じゃねえか……」
この瞬間、オレもまた、どこかで誰かに願われているのだろうか。