26話『嘘つき少年』
「…こんなやつが好きなの?」
俺がテレビを見た時には三十歳くらいの眼鏡をかけた叔父さんが母親らしき女性と揉め事をしているシーンが流れていた。
けれどそれは一瞬で、音楽と合わせて場面が当たり前の様に変わる。
どうやら今はオープニングらしい。
さきほど姉に呟いたつもりの声はどうやらその音楽に流されてしまったらしく、姉は何事もなかったようにテレビ画面に見入っている。
姉の背後にずっといるのも意味がないとわかった俺は、姉が座ってない方のソファに座ることにした。
姉は相変わらずリモコンを腕で抱え、さっきまで止まっていた手を動かし、お菓子を食べ始める。
姉の様子を見るのもつまらなく、俺はテレビ画面に写っている番組を見ることにした。
オープニングがついさっき終わったらしく、コマーシャルが流れている。
「流星。一応聴いてあげるけど、あんたが見ようとしてた番組って何?」
姉がコマーシャルになったのを機に俺の方を向いて聴いてきた。
「今日の夜九時にやってるテレビ。」
姉の態度には嫌気が差すけど、聞かれたのだから素直に答える。
「なーんだ。じゃあ同じじゃない。」
姉は抱えていたリモコンをテーブルに置き、ぐんと腕を伸ばす。
「同じ?」
「この時間に地デジでやってるドラマはこれだけ。先週に色々なドラマ終わっちゃて、このドラマは他のテレビ局よりも早く放送するの。」
姉が珍しく詳しく説明してくれた。
いつもならきっと「そう。これだけ。」としか言わないだろう。それほどまでにこのドラマが好きなのかもしれない。
「ちなみに今からやるのは第一話」
姉がウキウキを隠しきれないように声を弾ませる。
「一話なのになんでそんなに嬉しそうなわけ?」
一話と言えば、原作を知らない限りほとんど話をしらない。そんな一からの状態でなぜ、姉がこんなにも嬉しそうなのか聴いてみる。
「何でって晄杜くんが出るんだから楽しみでしょ。普通!!」
姉が熱を込めて演説する。そして、「普通」を強調して言ってきた。その時の顔はとても真剣に見えたが。俺を見る眼はゴミを見る様な目だった。
そんな顔をする姉に違和感を覚えながら気になったことを聞くことにした。
「晄杜?誰それ。」
姉から出た知らないワードを口にすると姉は俺の方を勢いよく見てきて、それも睨みつけるように鋭い目で視線を送ってきてから「はぁ!?」と驚きの顔をした。
「あんた晄杜くんも知らないの?ないわぁー。本当に私の弟?時代遅れ。時代遅れ。」
姉が俺のことを軽蔑するように嘲笑ってから「あんたよりとてもいい子よ!」と何故か俺の悪口を含みながら八つ当たりしてくる。
俺は姉に何かを言おうとしたが、その前にまた姉が「あっ!」と声をあげた。
「始まる!!一切喋らないでね!!」
と俺のことを注意深く睨みつけ、さらに太鼓判を押すように「絶対!!」と付け加えた。
長いコマーシャルからドラマらしい映像に変わった。
テレビ画面にはどこかで見たことがあるような女優さんが泣いていた。
「何であの子がっ…まだ、幼いのに…。」
女優さんの顔は手で覆われ、涙も見えない。けれど、その声音からは泣いていると速さにわかる。女優さんが同じような言葉を苦しそうに繰り替えた時、一瞬画面が暗くなり、朝の場面に切り替わった。
「桐生。朝ごはんよ。」
先程まで泣の演技をしていた女優が自分の子供らしき名前を呼ぶ。
桐生?あいつと同じ名前だな。
その女優が呼んだ名前は俺が唯一興味を持っている人の名前と同じで、その不思議な共通に噴き出しそうになる。
桐生と言う名前は流行ってるのだろうか。
俺は今まであいつ以外の桐生と言う名前を聴いたことが無かったが、実際あいつと今から現れる子供の名前を聴いた。
これでその“桐生”ってやつもあいつと似てたらウケるんだけどな。
冗談半分で言った言葉が、事実になる。
…事実以上に__夢を見てるようだった。
そう、思いたい。そうであって欲しいと思った。
「はーい」
まだとても幼いだろう子供の明るい声が耳に心地良く届き、バタバタと廊下を歩く音までが聞こえてくる。
ドアがゆっくりと開いき、子供の姿が見えてくる。
「晄杜くんが出るわよ!!」
姉が足は宙に浮かしてバタつかせながら、相変わらず目は真剣にテレビ画面に見入っている。
喋んな。って言ったのは誰だよ。
突っ込みたくなったが、今話せば姉に殺されかねない。暴力は降られるだろう。全く自分勝手な姉だ。
自分はやれやれと思い、ワザと大きなため息をつく。
「きゃー!!可愛い!!何この子!天使!!」
姉が喚く。
うるせ…と思いながらその原因を見ることにした。
そこにはまだ幼稚園生か小学低学年だろう幼い姿をした子が映し出されており、髪の毛は茶髪、目はとてもクリクリで可愛らしい男の子がにっこりとカメラ目線で微笑んでいた。
その現実の人とは思えないほど整っている顔立ちはまるであいつの様な…….って、おい!!?
「はぁ!?」
俺は驚きのあまり声を大きく出してしまい、姉がギロリと睨みつけてきた。
…殺される。
これを確信してしまい、ワザとらしく母のことを見ることにした。
母はコーヒーをのんびりと飲みながらドラマに集中していて俺のことは見ていない。見る気配さえない。
姉からの殺気を感じなくなってから俺はテレビに視線を戻すことにした。
「今日の朝ごはんは、なに?」
男の子が大きいお眼目をキラキラに輝かせながらキッチンから出てくる料理を待っている。
「ふふっ。今日はね。オムライスよ。」
母親役の女優は優しく微笑んでからテーブルに小さめのオムライスを彼の目の前においた。
「やったー!!」
男の子は無邪気に喜んだ。
俺はその姿を細目で、その男の子役の彼を見ることにした。
可愛い?こいつが?
…はぁ?
……はあぁ!?
___ただの嘘つき少年だろうが!!
テレビ画面で大人を押し退け、子供のくせに一際目立っている“晄杜”を複雑な気持ちで眺める。…いや、晄杜なんて名前は俺は知らない。
俺は、テレビ画面で天才子役並みに演じている“暁 桐生”を眺めた。
それも二年前、初めて彼にあった時の姿だった。
俺と始めてあった時から、もしくはそれ以前からあいつが芸能人だろうと、天才子役だろうが、宇宙人や幽霊だろうが、なんだろうが俺には関係ない。
だが、俺はあいつにずっと嘘をつかれていた。
それがショックとは思わなかったのは…あいつがこの薄っぺらい画面の中で一際輝いていたからかもしれない。
…それを自覚したらあいつに会うのが恐くなった。
普通なら芸能人と話せていたと知ったら喜ぶかもしれない。けれど、そうは思えなかった。
明日、彼と会うのは辞めようと思った。
少なくとも、明日だけでも。
彼奴と会わない日を体験して、考えることが必要だと思った。
俺が興味を持った人間は、嘘つき少年。
幽霊でも、俺みたいな一般小学生でもなく、大人気の芸能人。
それを実感するのはもっと先だと思う。
それでも、嘘をつかれていたと言う事実がまとわり付き、「どうでも良い」と言う考えをさせてはくれない。
とにかく、明日は彼には合わない様にしよう。
学校に帰ってらすぐに家に帰ってゲームでもしよう。
そう心の中で決意をして、俺は黙って彼奴が輝いている世界を見ることにした。
「…いるべき場所が違うんだと思う。」
誰の声だったかは分からなかった。…分かっているけれど、分かりたくはなかった。
ポツリと囁かれた言葉は、演じる人たちの声で掻き消された。




