第2話 「駅まで」
「って…あれ?柚樹じゃない?」
櫻井は僕の顔を見て少し首をかしげた。
傾げるのも無理はない。
だって今の僕は本来の姿。
つまり女の子の格好なのだ。ジャケットの下の制服は除いて…。
「誰ですか?」
僕は全く知らない人に話しかけられたふりをして櫻井に訪ねる。
「柚樹ではない?」
櫻井は嘘かホントかを確かめるようにマジマジと僕の顔を除きこんだ。
僕は彼のほのかに薫るシャンプーの匂いにどこか気を許してしまいそうになる。
暗く辺りが見えないはずの目の前に、街灯の明かりを浴びて光る彼の髪の毛と瞳は…どこかに隠していたはずの引き出したくない思いでの品を押入れにいれてからガムテープで開けないようにしまったような…そんな遠い昔の記憶を無理矢理思い出させるように、彼は僕の目の前で光続ける。
“嫌だ。“
なぜか彼の姿を見ようとすると頭がなにかに打たれた後のようにヅキヅキと痛みだした。
僕の力は体を支えることもできず、少したち眩む。
そしてまた、頭に鋭い電流が走る。
「大丈夫!!!?」
櫻井が僕の方に近寄って来たのがわかる。
「こないで!!!」
大声で櫻井に向かい吼える。
自分の想像以上の迫力のある声に謝ろうとするが、声はそれ以上は出ず、彼を見上げることしかできなかった。
目の前に崩れ落ちた僕を見下げ、櫻井は目を大きく開けていた。
「…なにかあったのか?」
優しく僕に話しかけてくれるが、そのたびに僕の頭には電流が走る。
それに初対面も当然の相手に、普通の人はこんな対処をとるのだろうか。
「本当になにもないので。ご心配なく。」
目の前に差し出された手を無視して僕は立ち上がろうとする。
しかし一瞬、目の前が漆黒の闇に変わり、体重が支えられなくなって足がふらついた時、櫻井が僕のかたに手を優しくおいた。
「駅まででも送りにいく。お前危なっかしい。」
櫻井の手に少しだけ力がこもったのがわかった。
僕は櫻井の優しさを無視して方から彼の手をどけさせようとする。
「べっ、別に大丈夫です!!」
彼の手を払いのけてからふらつく足取りで用もない路駐に出ようとする。
「大丈夫じゃないだろ!」
今度はさっきまでとは違う痛みが少し走った。…でもそれは痛くはなかった。錯覚だったのかもしれない。
後ろから掴まれた腕から自分のではない体温を感じる。
でも何故かそのおかげで少し楽になれた気がした。
「…駅まで」
櫻井がポツリと呟いて、僕の瞳を覗いた。
僕は小さく頷くしかなかった。
そして僕は腕に引っ張られ櫻井の肩に腕をおきゆっくりと歩いた。
人の優しさを素直に受けることが苦手な僕は、その親切な人に感謝をするのも困難で、人に迷惑をかけた自分を攻めるしかできなかった。
彼の横顔を見上げた。
“空竜”
一つの異名が僕の頭に届いてきた。
櫻井空我。
別名…
傷みを知らない空竜。
彼が本当にあの噂の櫻井空我だと言うのなら、今の僕は彼を疑うだろう。
今の親切な行動の裏では無く、その異名について。
僕には彼が噂とほど遠い気しかしなかった…___。