生贄に選ばれた少女は憂う
生贄や死を連想する言葉が多々出てきます。苦手な方はご注意下さい。
「ニクテ、次の雨季の贄に決まった」
父から発せられた言葉に、やっぱりかと言う言葉は飲み込んだ。
頭ではちゃんと理解出来ている。
雨季の贄ということは水神に捧げられるのだろう。
この時代ならしょうがないと思うが、今回も寿命を全う出来ないのが残念だ。
私には、ある知識がある。
今よりも遥か未来の知識。
未来すぎて何の役にも立たないソレは、今を不可思議な文明と捉えていた。
神を讃え、たくさんの神殿を建て、生贄を捧げる。
かと思えば、未来の知識ですら圧倒する計算学や宇宙学を元に、暦や建築技術を持つ変わった文明。
マヤ文明の後期、しかもそう遠くない未来で消滅する。
今もその片鱗は見えている。
年々、収穫量が減り、雨季の水量も減ってきている。
私の部族では贄は名誉なこと。
恐らく、一番まともな死に方かもしれない。
贄として死ぬと、自殺の女神イシュタムが楽園に連れてってくれる。
未来の知識でも、死んだ後に楽園があったかまではわからないから、本当がどうかは不明だが。
「このニクテ、喜んで水神様の贄となりましょう」
「始祖のククルヤカン様がお前を受け入れて下さるだろう」
父にそこそこの身分があった故に、私に白羽の矢が立ったようだ。
より、贄の効果を高めるために、少しでも神の血筋を入れたかったのかもしれない。
それに、一応私は神童として知れ渡っている。幼いころ、未来の知識がどういったものかを理解出来ず、色々とやらかしてしまった結果だ。
その知識は周りの大人にとっては不気味なものだったのだろう。
神からのお告げとして、ようやく受け入れられたらしい。
そこら辺は父と神殿での話し合いだったので、詳しくは知らない。
父の言うククルヤカンは王様のことだ。
初代ククルヤカンは外から来た白い人だったという。
未来の知識に当てはめてみると、ヨーロッパ人が漂着したと思われる。
初代ククルヤカンは贄にされたが、死ぬことはなかったという。
その後、生きる神として祀られるも、この部族だけでなく、周りの部族も巻き込み改革を行っていった。
戦の知識もあったらしく、トルテカ族からの侵掠も防いだとか。
それから、初代と関わった部族は一つの国となり、初代ククルヤカンの血筋の中でも優秀な者を王とし、ククルヤカンと呼ぶようになった。
ちなみに、当代のククルヤカンは初代の生まれ変わりと言われている。
私の部族は熱帯地域特有の地黒の肌色で、身長も低いが、当代は初代のように白い肌で長身だからだ。
私も何度か会ったことあるが、明らかに骨格からして違う。
未来の知識で照らし合わせても、私の部族は山岳民族系だ。
ククルヤカンはケルト系かな?ゲルマン系ではないのは確かだ。顎のえらが張っていないし、体臭もそれほどきつくない。
さて、贄に決まったからには、やることはたくさんある。
春のククルヤカンの降臨(春分の日)が終われば、すぐに雨季だ。
もう10日もないだろう。
まずはこの身を清めること。
そのためには、神殿に篭らなければならない。
神殿の者が聖なる泉から禊のための水を汲んでくれる。
食べ物も肉を断ち、穀物と野菜だけにしなければならない。
例年通りなら、春のククルヤカンの降臨前日に当代ククルヤカンとの儀式がある。そして、ククルヤカンの降臨の祭事が終わった後に贄の儀式が行われるはずだ。
その儀式で着る服も新たに作らないといけない。これは母任せになるだろうが。
禊で神殿に篭っている間、私は考えていた。
何故私に未来の知識があるのかを。
マヤはいずれ滅びる。
その前に私の部族は消滅するが、他の部族がいるのでマヤ文明自体は続く。
それもスペインという国に滅ぼされるのだが。
そもそも、何故私の部族が滅びるのかが謎だ。
主だったマヤ系の部族は争いごとを好まない。よって、まず武器などは生産していない。
考えられるのはトルテカ族だ。この部族は残虐で、贄すらも残酷に殺すと聞いたことがある。
これらの情報を、当代ククルヤカンに伝えるべきか。
贄となるからには、私の部族が平穏であって欲しい。
だが、何百年もの先の未来を、信じてもらえるのか?
死にゆく者の戯言とされるか。
むむむぅ。やはり、部族の未来のためだ。当代ククルヤカンが頭の柔軟な人だと祈ろう。
それよりも、美味しいご飯が食べたい。もう、とうもろこしは飽きたよ。
春のククルヤカンの降臨前日。
私は当代ククルヤカンと謁見している。
儀式はその前にすませた。
贄となる私が、神々に受け入れてもらえるよう、最高神イツァムナー・ガブルに祈るだけだった。ちょっと拍子抜けたのは内緒だ。
「ククルヤカン様、私の最後のお告げを聞いて下さい」
そう切り出して、私が知り得るマヤの知識を全て語った。
思ったより時間がかかってしまったが、当代ククルヤカンは黙って聞いてくれた。
「…ニクテは未来の知識があると?」
「そうです。私の未来の知識では、マヤは遥か昔の出来事なのです」
「これは神々のお導きかもしれないな」
そう言って、当代ククルヤカンは長きにわたり隠してきた秘密を私に語った。
いくら死に土産でも、それは欲しくなかったです。
当代ククルヤカンには遥か昔の知識があった。
それは今のマヤよりも進んだ文明で、元をたどれば宇宙から来たのだと言う。
当代ククルヤカンが持つ知識は、ムー大陸と言う。
宇宙から来た故に、宇宙との交流もあったらしい。
そして、滅びた原因がアトランティスとの戦争。
ある兵器を使ったところ、両者とも大陸が消失した。
その滅びを免れた一部がマヤの祖先であり、アトランティス側はタモアンチャンの祖先だと言う。
正直に言おう。
私の未来の知識かしたら、ありえないだろ!!
ムー大陸やアトランティスなんて、科学的根拠のない眉唾な話だ。
当代ククルヤカンに聞かされた話のせいで、眠ることは出来なかった。すっごくモヤモヤするものが、胃の辺りで蠢いている気がする。
もうすぐ日の出だ。
ククルヤカンの降臨が始まる。
神殿の前には国中から人が集まり、今か今かと待ち構えている。
日が昇り、神殿の階段にククルヤカンが降臨すると、そのご来光を体に浴びようと皆が手を伸ばし広げる。
これから来る雨季にたくさんの雨が降るように、豊作になるようにと祈りを込める。
当代ククルヤカンと司祭が行う祭事が終わると、私は集まった人たちに見送られながら聖なる泉へ向かう。
目の下にクマを作った贄で申し訳ないが、水神様が受け取って下さることを願おう。
聖なる泉の入り口は洞窟になっていて、白い道が進むべき方向を教えてくれる。
大きな鐘乳石を越えると、洞窟の中に泉がある。この泉のさらに先へ行かなければならない。
恐ろしく透明度の高い水の中を自ら進む。
水は結構冷たい。
ある程度進んだら潜るのだが、贄の衣装が邪魔でしょうがない。
この泉を越えることは出来ないだろうが、どうせなら他の誰も見ることの出来ない景色を見てみたい。
聖なる泉は冥界へ続く道とされる。
だが、贄となる私には、自殺の女神イシュタムが迎えに来てくれるはずだ。
信じよう。
宇宙人の血が覚醒して、冥界に行っちゃうなんて妄想してはダメだ。
ちゃんと水神様に雨の恵みを祈らないと。
それにしても、真っ暗だ。
せっかく水が綺麗なのに、何にも見えないや。
もう、服が重い。いや、腕も足も体全部が重い。
息も苦しい。
この水を飲んだら楽になれるかな?
未来の知識よ、ムー大陸とアトランティスをどうにかしてくれ。
宇宙人いたよって未来に伝えてあげたいよ。
ゴホッと最期の息を吐いて、私は水に身を委ねた。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです」
「そうだよねぇ」
ここはどこ?私は誰?
じゃなくて、あなた誰だ?
目を開けたら、見た目麗しい青年が心配そうに私を覗き込んでいた。
「どちら様ですか?」
「ニクテちゃんには初代ククルヤカンと言った方が伝わるかな?」
初代ククルヤカン?
初代!!!
黒とも焦げ茶とも取れるパーマ髪に、海のような青い瞳。
「やっぱりヨーロッパ人…」
「あはは。やっぱりニクテちゃんは変わった魂の持ち主だ!」
この人、本当に初代ククルヤカンなんだろうか?
「残念だけど、ぼくはヨーロッパ人じゃないよ。ぼくの子孫から聞いたでしょ?ムー大陸のこと」
「私の知識では、ムー大陸もアトランティスも夢物語です」
「とことん隠ぺいしたからね。二つの大陸が消滅する技術なんて、後世に残しちゃいけないし」
それもそうか。そんな技術があれば、世界大戦も二回じゃすまなかったかも。
「それで、私は楽園に来れたんですかね?」
楽園にしては何も無さすぎる。
上を見ても空。下を見ても空。360度見渡しても空しかない。
「そうだった!ニクテちゃんがムー大陸やアトランティスが気になっているみたいだったから、遊びに来ないかなって思って」
「はぁ??」
さっき消滅したって認めていたよね?
私にもう一度死ねと?
「ぼくが神になって、新しく創り直したんだよ。別の世界で。ムーと一緒にアトランティスも創ったから、希望する魂を転生させてるんだ!」
得意満面で言われたが、これがドヤ顔ってやつか。
しかし、もう話がついていけない。
宇宙人の次は異世界??
未来の知識だと全て物語の中の話しかない。フィクションってやつだ。
「私にその世界に行けと?」
「うん。イツァムナー様にも水神にも許可はもらってるから…」
「水神様は水を恵んで下さいますか!!」
大事なことを忘れていた。
少しでも多くの水を恵んでもらわねば、私が贄になった意味がない!!
「ちゃんと増やすと水神は言っていたよ」
「よかった。贄になったかいがあります」
「うんうん。で、ニクテちゃんどうする?」
どうするとは?
ムー大陸に行くかってこと?
未来の知識によれば、異世界転生ってやつだよね?
「ムーに来れば、その魂が持っている知識も活かされると思うんだよね」
確かに知識は活用してなんぼだろうが、私としては普通に楽園に連れて行ってもらいたい。
「いえ、らく…」
「行ってくれるよね?」
何故、こんなに威圧されるのだろう?
私は…。
「ニクテちゃん?」
この笑顔が怖い。絶対に否とは言わせないつもりだ。
えぇい、ままよ!
「わかりました。行けばいいんでしょ、行けば!!」
「やった!じゃあ、向こうで会おうね。あ、ぼくの本当の名前は………」
聞きたくない。
新しい生でも神と関わるなんてごめんだ。
なんだか体がポカポカしてきた。
眠くなるね。
そういえば、寝不足のまま贄になったんだった。
うん。寝よう。
次に起きた時には、知らない世界が待っている。
まさかの赤ちゃんからのやり直しで、未来の知識とマヤの記憶を持ち、一部からは神の花嫁と呼ばれている私は、周りにバレないよう赤ちゃん生活を満喫している。
深夜番組で聖なる泉の特集をやっていて、深夜のテンションもあってやっちゃいました。
後半違う方向に話がいってしまったのは、私が未熟だからですね。
元々、神話や古代文明とか大好きで、オーパーツとかロマンですよね!