悪役?転生しました。
(あーこれって..
乙ゲー転生ですね。)
私、ユーミリアはこの世界が前世でやっていた乙女ゲームの世界だと確信した。
ついに私も、死んで巷で話題の転生ものに便乗したらしい。
前世は齢ハタチにして死んだ。
なんで死んだとか、家族構成とか忘れちゃったけど、うん。ハタチで死んだ確信がある。
なぜって?それは私にも分からないよー。
ってとこは今、外見は可愛らしい五歳の幼児だけど、中身は25歳のいい大人。
もっかい小学校からやり直しか..
今度は真面目に勉強するぞ。って決心してる。
だって..この世界って、魔法が使えるんだよ!!
もー真面目に勉強しない訳がない!!!
主に実践の勉強を!!
あー、来年の入学が待ちどおしいよ。
学園に上がる前は、魔力が封じてあるらしい。
幼児が魔法。とか、危ないもんね。善悪まだついてないし。
空、飛べるかなー。火とか起こせるのかなー。
楽しみ♪
さあ!保育の時間も終わりだ。
早速、図書館で予習の続きだ!!
自分の特性は分からないけど、全般的にやっとけば大丈夫だろう。
広く、浅く!!!
ユーミリアが勢いよく席を立つと、さっと傍に人影が近づいた。
「ユーミリア。今日こそ一緒に遊ぶよね?」
御歳5歳になられた王太子殿下である。
黄金に輝くサラサラの髪は、今日も太陽の光を浴びて輝いている。
幼く膨らんだ頬が愛くるしさを醸し出すが、そのすっと伸びた鼻筋が将来のイケメンを想像させる。
(いや、今でも十分かっこいいけどね。
…しょうがないでしょ。精神年齢25歳でも、心も体もまだピュアな五歳よ!
けしてショタではない!!
かっこいいものはかっこいいのだ!!)
「エルフリード様…。」
ユーミリアはその天使のような幼子を、愛でていた。
(はあ。かっこ可愛いってやつ?)
頬を赤らめて見つめたユーミリアは、はたから見ればエルフリードに虜になっている様に見えているであろう。
ユーミリアの生暖かい視線に気づいたか気づいてないか、エルフリードは、その青く澄んだ瞳を細め、愛おしそうに彼女をじっと見つめ返した。
ユーミリアはパッと目線を反らし、俯いた。
(うわあ…やばいよ…その目力…)
「ユーミリア…」
私はあなたを好きになりたくはないのです。
「エルフリード様…。申し訳ありません…。今日も用事が…」
エルフリードは眉尻をさげた。
俯くユーミリアが顔を上げないので、傍に歩み寄ると、下から顔を覗きこんだ。
「どうしたんだい?昨日から様子がおかしいよ?…もしかして体調が優れないのかい?君は体が弱いのだから、無理をしてはいけないよ。」
エルフリードは心底心配しているようで、声が少し悲しそうだった。
ユーミリアは居た堪れなくなり、…申し訳ありません…と言い捨てながら、カバンを掴み、教室を駆け足で後にした。
「ユーミリア!!走ってはいけない!!」
殿下がそう声を掛けるのを背に、ユーミリアは彼から逃げ出した。
「まあ!ユーミリア様ったら。礼儀がなっていない。」
「まったくですわ。走るだなんてはしたない。それに、エルフリード様直々のお申し出を断るなんて!!」
ユーミリア達の様子を、遠巻きに見ていたクラスメイトがエルフリードの周りに集まってきた。
「エルフリード様、あんな方ほっといて、私たちと遊びましょうよ。」
「そうですわ。あのような態度、先が思いやられますこと。」
「これから皆でお茶会をしますのよ。ぜひ殿下も一緒に。」
「あ…ああ。」
エルフリードは苦笑いしながらも先導されるように、皆の輪の方へ足を向けた。
だが、ふと歩みを止めると、ユーミリアの去って行った方を振り返った。
「これも将来、国の上に立つ者の使命…。皆はきっと、私を支えてくれる臣下になろう…。ユーミリアが傍にいれば、どのような会合も、楽しいものなのにな…。」
エルフリードは誰にも聞こえぬよう、小さく呟いた。
「…ハア…ハア…ハア…」
ユーミリアは一人、図書室で小さく蹲っていた…。
(息が…苦…しい…。)
ユーミリアがここが乙女ゲームの世界だと気付いたのが昨日。
朝起きた時には、すでに前世の記憶が頭の中に蘇っていた。
そのとき、気づいたのだ。
エルフリードに捨てられる。…と。
ゲームの中のユーミリアは、主人公のライバルキャラだ。
巷で言う「悪役」という、ポジションと呼んでいいものか、ユーミリアは主人公に害をなす訳ではない。
エルフリードのルートには、別に悪役がいる。
「ナターシャ」という婚約者が。
ナターシャは婚約者という肩書を武器に、主人公に執拗に嫌がらせをしてくる。
それをのらりくらり交わしながら、エルフリードに近づいて行く訳だが、さすが王道ルート王太子殿下。
敵は一人ではなかった。
実は、エルフリードには大切にしている女性がいたのだ。
それが私、ユーミリア。
しかし、主人公が猛アタックを仕掛けるうちに、ユーミリアに対する想いは愛ではなく、親愛だとエルフリードは気付き、主人公とゴールインしてしまう。
すがるユーミリア。後ろを振り返ることなく主人公の元へ駆けよるエルフリード。
そのセル画がユーミリアの頭から離れなかった。
私は妹のような存在なのらしい。
「私は捨てられるんだか…」
もしかしたら、ここはゲームの世界じゃなくて、主人公は現れないかもしれない。
そしたら、私はエルフリードといつか…。
そんな希望がユーミリアの脳裏をかすめた。
しかし、すぐにそれは打ち消された。
だめよ。ナターシャがいるじゃない…。
今はまだ、エルフリードには婚約者がいない。
だが、ナターシャという人物なら存在する。
先ほどまで同じ部屋にいた、ローズ色の大きな瞳と豊かな髪。騎士団団長の娘ということもあり、彼女の周りにはいつも人が溢れている。
太陽のような娘。それが彼女の評判だった。いるだけで周りを朗らかに明るくする、とても可愛らしい娘だ。
もし、主人公が現われなかったら、きっとエルフリードはナターシャと婚約した後、そのまま彼女と婚姻を結ぶだろう。
…それが、一番、国にとっていいのだから…。
(もし、この国の王が一夫多妻制であったら…。
ううん。そんなの嫌。他の女性と夫を共有するなんて…。)
(それにしても…息が…苦しい…
この喘息も前世からのままね…。)
ユーミリアは病弱という設定だった。
この喘息のせいかしら?小さい頃から部屋に籠りがちで、その弱さが殿下の保護欲をそそったらしい。
だからって、愛と家族愛を取り違えるだなんて…。
(体力づくりもしなくちゃ。
部屋に籠ってばかりじゃ駄目ね。
強くならなきゃ。
殿下に守られる存在になってはダメ。)
****************************
王太子殿下が一カ月かけて遠方への視察へ行くとあり、交流会は一時休止となった。
(ただの保育園じゃなかったのね。
いきなり子供だけの部屋に入れられるから、乳母たちのための保育園だと思ってた。
王太子のための集まりだったのね…。)
「王太子様ー!!」
今日も今日とて、図書室で魔術の予習に励んでると、外から大人の叫ぶ声が聞こえた。
と、同時に、図書室の庭に続く窓から、エルフリードが顔を出した。
「いた!!ユーミリア。君の父上に聞いたら、きっとここだって。…君、もしかして、会合の後、いつもここにいたのかい?」
「え…あ…いや…今日はたまたま…」
ユーミリアはひどく狼狽した。
(なぜここに殿下が…。
視察のはずじゃ…)
「あ、ユーミリア聞いてないだろ?父上の話。
昨日の夜中に帰って来たんだよ。予定より2日ほど早くなったけど。
今日の会合にユーミリアがいないから、少し寂しかったよ。
みんなが帰還を喜んでくれたのに、そこに君の姿がないんだからね。」
王子はぷくっとほっぺを膨らまし拗ねた様子をみせた。
(可愛い。まだまだ大人ぶってても子供よね。)
ユーミリアはニコっと笑顔を作ってその顔を見ていたが、はっと大事に気付いて慌てた。
「も…申し訳ありませんでした。殿下の帰還の儀に間に合わず、大変失礼なことをいたしました。」
ユーミリアは深々と頭を下げた。
「ユーミリア…。頭をあげて…。」
エルフリードは悲しそうに目じりをさげた。
「この間から少し変だよ…。君との間に壁を感じる…。
どうして、殿下って呼ぶんだ?
私の態度が気に障ったか?」
「め…めっそうもございません!!」
ユーミリアは顔を上げると、ワタワタと手を顔の前でばたつかせた。
「そう…」とエルフリードは悲しそうに首をかしげたが、あ!そうだった、と何か思い出したように、自分のポケットの中を探っていた。
「はい!これ!!」
王太子は探り当てると、ユーミリアにそっと握った手を差し出した。
「手を出して。」
ユーミリアが出した両手に王太子が何かをのせた。
それは手作りの指輪だった。太めの針金で円が描かれ、そこにひとつ大きめの水色のビーズがつけられていた。
「これ…。」
「視察した所で作ったんだ。」
エルフリードは自慢げに胸を張った。
「以前父上に、大切な女性には指輪を贈るものだと聞いたのを思い出してね。母上はいつも父上からもらった指輪をしてるし、ユーミリアにも私が作った指輪をもっててもらいたくて。」
そういうと、エルフリードは満面の笑顔をユーミリアに向けた。
(おお…神々しい…)
後光が差したかのように光輝くその笑顔は、見た者はどんな人物でも惹きつけられてしまうだろう。さすがは未来の王。たとえ、まだ小さい王とはいえ、魅惑的で酔ってしまいそうだ。老若男女問わずすべてのものが虜になってしまうのが解る。
そう、ユーミリアも違わず…。
「あ…ありがとう…ござい…ます…」
ユーミリアはそう言葉を紡ぐだけで精いっぱいだった。
(あの神の笑顔と、指輪がセットとか…。
鼻血ブーで死んでしまうわ!!)
指輪を大事に両手で握りしめると、ユーミリアは胸元へ引きよせ、儚く壊れそうなものを抱えるかのように体全体でそれを覆って支えた。
「大切に…します。」
「ああ。それにしても、物を作るっていいな。ユーミリアがこれを付けているところを考えながら作ったから、すごくわくわくして楽しかった。最初はね、君の目の色のようなグリーンのビーズにしようと思ったのだが、私の目の色にしてみたんだ。
ほら、ね?」
そう言うと、エルフリードはグイっと顔をユーミリアに近づけて、自分の目を指差した。
(う…うあ…。顔…近い…)
「は…はい。存じております…。殿下の目の色は…。
頂いたものと、ほんとそっくりで綺麗な澄んだ水色です…」
急に顔が近づいたため、ユーミリアは胸がバクバクするのを感じた。
「ふふ。顔が赤い。照れてるユーミリアも可愛いね。」
その様子を殿下はいたずらっぽく目を細めて眺め、そっと顔を離した。
「ユーミリアを自分の色で飾るのも良いものだね。」
そう男前な物言いをするものの、エルフリードは恥ずかしそうに、はにかみながらそっぽを向いた。
(か…可愛すぎるー!
好きになっちゃうよーーーー!!!)
ユーミリアは心の中で大声で叫んだ。
(これで好きにならないほうが…両思いだと勘違いしないほうがおかしいよ!!
おかしい、おかしい、おかしい、おかしい、…
ゲーム設定酷過ぎ!!ここまでしといて、私に対する王太子の愛は家族愛だっただなんて…)
ユーミリアはブルっと震えた。
(もう殿下に関わらないようにしなきゃ…。
これ以上惚れてしまったら、私、捨てられた後、生きていけない…。
あんな神々しい人の代わりなんているはずがない!!!
主人公の現れるまであと10年以上あるんだよ!!
10年もこんな愛まがいのものを囁き続けられるなんて…
死んでしまうわ!!)
もう二度とエルフリードに近づくまいと、ユーミリアは固く決心した。
**********************
あれから一人考えたユーミリアは、殿下の会を辞退する言い訳はないかと考えたところ、学園に編入するということを思いついた。
幸い、学ぶ意欲あがり、それ相応の学力があれば飛び級も認める学園なため、エルフリードのいない一カ月まるまる図書室に籠って自学勉強をしていたユーミリアは、次の日には難なく編入試験をパスして、入学を許可された。
(良かった…。これで殿下に会う機会も一層減るだろう。)
入学に関して、父は殿下と同じ学年になって交友を深めて欲しいという策略もあったが、母親の、「異性だから親友は難しいのでは?殿下との婚姻関係を結ぶ可能性が低いなら、それならば力をつけ、魔術団の一員に速くなって欲しい」と言った鶴の一声で、父親は納得した。
女も手に職だ!だそうだ。
実は、ユーミリアの父親は魔術団の団長であり、母親は魔術団の副団長なのである。
この国には、二大勢力があり、国王の下に騎士団と魔術師が存在する。
だが、魔術は一般的に魔力があれば誰でも使途できる。
騎士団ももちろん簡単な魔術なら使途出来るのだ。
この世界で魔術師、と呼ばれるのは、体力のない騎士に向かない人がする職業なのだとう偏見が根強い。
それゆえ、二大勢力と行っても、実質は魔術師は騎士団の下に組み込まれているようなものだ。
…だから、たとえ父が魔術団の団長でも、娘であるユーミリアが殿下の花嫁候補になることはないのだ。
「でも、騎士団団長の娘にもしものことがあれば…」
「あなた!そんなこと気軽に口にするものではありません!!…それに、例えそうなっても副団長の娘がいるじゃないですか。」
「だが、あの子は殿下より五つも年上…」
「…あなたより十も年上の私への当てつけですか?」
母上から氷のブリザードが飛んできた。
(目で睨んだだけなのに…すごいわ、お母様。お母様のような魔術師が沢山いれば、お父様も肩身が狭い思いをしなくていいのかしら?)
ユーミリアは両親のやり取りをソファーの後ろに隠れて見ていた。
*************************************
「ユーミリア。」
「はい、お父様?」
入学が決まった次の日の朝、学園への入学に備え、殿下の会合の不参加の承認をいただいたユーミリアは、城内の図書室で勉学に励んでいた。
(お父様がここへ来るなんて珍しい…。)
「陛下から、君に会いたいと申しつかった。急だがこれから陛下の元へ行く。よいな?」
「え…ええ。もちろんですわ。
私…編入がいけなかったのでしょうか??」
ユーミリアは急いで本を片づけながら、父親に問いかけた。
「さあ。私にも分からん。
編入に関してだとしても、王、直々というのもおかしな話だが、それぐらいしか思いつかんしな。」
父親も皆目検討が付かないようだ。
陛下の元に行くと、傍に殿下が控えていた。
(あれ?今日は保育園はなかったのかな?)
「陛下、この度は…」
殿下を尻目に、膝をおって挨拶をしようとしたところ、陛下がそれを遮った。
「ああ、堅苦しい挨拶はよい。
今日は、君に願いがあってここへ呼んだ。」
「はい。」
ユーミリアは顔を上げた。
「学園入学の件だが、来年に引きのばす。
よいな?」
「え…。」
エルフリードが気まずそう目線を反らすのを、ユーミリアは視界の端でとらえた。
「まあ…わしの我儘じゃ。その代わり、魔力制御の件は、すぐに解除する。
そなたの親の希望は早く魔術の勉強を。なのだろう?
これで解決じゃ。
では、下がって良い。」
「え…はあ…。」
有無を言わせぬ勢いのまま、陛下との面会が強制的に終わった。
ユーミリアは釈然としないまま、退出を余儀なくされた。
「ユーミリア!!」
ユーミリアが陛下のいる部屋を背に、廊下を歩んでいると、エルフリードが後ろから声を掛けながら駆けて来た。
息を切らしているようだ。
あの後、殿下も部屋を辞してユーミリアを追いかけて来たらしい。
「殿下!!
どうされました?急がれて…」
「ああ。すまない…
これからいつもの集まりがあるのだが、一緒にいかないか?」
「え?…ええ。今日は始まりが遅いのですね。
ありがたきお言葉。
では、ご一緒させていただきます。」
ユーミリアは深々とお辞儀をし、エルフリードの斜め後ろに控えた。
「ユーミリア…隣ではいけないのか?」
「め…めっそうもありません!」
(隣になったら笑顔にやられてしまうわ!!)
ユーミリアは一歩後ずさった。
「…だったら!」
エルフリードはユーミリアの手を握って歩き出した。
(うわー手、繋いじゃったよ!!
周りの人の微笑ましい目線、痛いよ!)
エルフリードははぐいぐいと強引にユーミリアの手を引いていつもの部屋に向けて歩き始めた。
(もう!この強引さ、
好きになってしまうわーーーー!!!)
ユーミリアはまたしても心の中で叫んだ。
(私、Mなのかな…)
「で…殿下…」
「…」
「?(なぜ無視をするんだ?)」
ユーミリアは困惑した。
「…エルフリード。」
エルフリードがぶっきらぼうにそう呟いた。
(?…あ。
名前で呼んで欲しいってことか…。)
「エルフリード様、」
「なに?」
「このように目立つと私は辛いのですが…」
「目立つ?」
「はい、手を…繋ぐとか…」
「いいではないか、ユーミリアは僕が大切にしている人なのだと、周りに分かってもらえて。」
エルフリードがはにかんだ。
(キュン死にする…。…いやいや、それではいけない…)
「いえ、私にも事情が…」
「事情?」
「はい。女同士の争いはもう始まっているのです。
せめてナターシャも傍に…私と同じように扱って下さい。そうでないと、私の立…」
「!!だが、きみはナターシャと違って身体があまり強くないから。」
(私の言い分にかぶせてきたな…殿下、人の話は最後まで聞きましょー。)
「大丈夫ですわ!がんばって体力を付ければ克服出来るかもしれません!
だから、妹のように大切にしていただかなくて結構ですのよ。」
ユーミリアは少し悲しそうに小さく笑った。
「妹…」
エルフリードは思い当たる節があるようで黙り込んでしまった。
(…やっぱり、私は家族以上の愛情は貰えないのかしら…。)
ユーミリアは気持ちが沈むのを感じた。
「でも、体力…
スチューワートは極力運動はしない様にって言ってたけど?」
「え?!あ、はい!!
殿下付きの医師にわざわざ私まで看ていただけるなんて、大変感謝しております。
とは別に、最近、図書室で病気に対する本を読んだんです!!
それに、私と似たような症状が書いてあって、体力をつければ克服できる。と書いてありました!」
ユーミリアは嘘がばれるまいと、一気にまくしたてた。
「本?ぜひ見せて欲し…」
「それが、いろいろ本を探しているうちに別の所に片づけてしまったみたいで、場所が分からないのです。」
「ユーミリア。人の話を遮ってはいけないぞ。」
エルフリードは怒ったふりをして、軽くユーミリアのおでこをコツンと叩いた。
「あら、まあ…。あはは…」
ユーミリアはたまらず噴出してしまった。
それを見たエルフリードもにこやかな笑顔を見せた。
そのほのぼのとした空気に、ユーミリアはまたしても、いたたまれなくなった。
それからというもの、殿下がユーミリアを傍に控えさせる時には、必ずナターシャも一緒に呼ばれるようになった。
ナターシャの明るい性格、はたまたおしゃべりな性格が功を制して、三人でいる時はナターシャが喋り、エルフリードが相槌を打ち、ユーミリアがその様子を見守る。という関係ができあがった。
(これで、殿下のキラキラにやられなくて済むわ。この前の“妹”発言も効いたみたい。
…少し寂しいけど、これで良いのよ。)
あと、エルフリードに学園入学の件に関して聞いてみたいとは思うものの、傍にナターシャがいるし、隙を見て聞こうとすると、なぜか牽制され、そのことについては触ることは出来なかった。
(後ろめたいのかな?
ま、どーせ殿下が、私の身体を心配してのことだろうけど。
でも、父国王陛下に泣きつくとは、よほど私のこと、“妹”として心配してくれてるんだろうな…)
*********************************
ユーミリアは、エルフリードといる時以外の時間は、魔術の団員から魔術の仕組みや使途の仕方を教わっていた。
本当はユーミリアは父や母から直接教わりたかったのだが、そこは団長・副団長。
忙しくてそれどころではないらしい。
(でも、もう少し基礎を学んだら、直々に教えてくれるって約束してくれたもんね。)
ユーミリアはそれを励みに頑張っていた。
ある日の夕方、久しぶりに親子3人水入らずで晩餐をしていた。
(私の成長ぶりを見て欲しいなー…。)
ユーミリアは2人の様子を窺っていた。
だが、多忙な父は書類を持ち込んでの夕食であり、忙しそうだった。
母は、こんなとこまで魔術を持ち込むなんて、などと小言を言っていたため、魔術の披露はまだ出来そうにないな、とユーミリアはため息を吐いた。
「これはなんですの?」
機密書類があるかもしれないと、敢えて書類から目を反らしていたユーミリアだが、色鮮やかな植物の絵が目に飛び込んできて、つい見とれてしまい、父親に声を掛けてしまった。
「?これか?これは植物の成長促進魔術の研究書類だ。」
「へー…綺麗な色の陣ですわね…。」
ユーミリアは手を伸ばし、その書類を手にとろうとした。
「いたっ。」
(うー…紙で指を切ってしまいましたわ…。)
「地味に痛いよな。」
父がニタっと笑った。
「もう!食卓に書類なんか持ってくるからでしょ!!
ユーミリア大丈夫??」
ユーミリアは母の言葉が耳に入っていないようで、切れた指の先をじっと見つめていた。
(…そうだわ。さっきの植物成長促進の陣…)
切れた指先を、ぎゅっと反対の手でつまんで血を絞り出し、傷口を塞ぐと、先ほどの色鮮やかな陣を思い出して少しの魔力をその切れた指先に注いだ。
(細胞促進!くっつけ~。)
白い光がパッと一瞬、指先を包んで輝いた。
(お!くっついた?)
ユーミリアはテーブルにあったナプキンで指先の血をぬぐった。
「わ。見事にくっついてる。見て!!
私、応用も得意なのよ!!すごいでしょ。」
ユーミリアは治った指をを自慢げに両親の顔の突き出し、どや顔で胸を張った。
「どう?編入できるぐらい、私、賢いでしょ?
来年からの学園が楽しみだな!!
その前に、お父様、お母様、ご指導を…」
「…」
両親が急に無表情になり、何も言葉を発さなくなったので、ユーミリアは慌てて口を噤んだ。
「え…学園の話ってタブーだった?
別に、今年入れなくても全然気にしてないよ?」
「…」
「殿下が自分と同じ学年にしたいがために私の入学を邪魔したんだよね??」
(もしかして他に理由が?
…病弱設定だったけど、持病って喘息じゃなかったとか?
実はガンを患ってて、ガンの進行がゲーム設定より早すぎて、余命半年で入学もできないとか???)
「お父さん…お母さん…」
ユーミリアは尚も無言でいる両親に声を掛けた。
「私、死ぬの?」
「え?」
「は?」
「ユーミリア、どうしたの?いきなり。」
「だって…お父さんもお母さんも、私が入学の話したら固まっちゃったから…」
「入学?あれは単なる殿下のわがままじゃないか。そんなことより、お前今、何したんだ?」
(あ…さらっと理由説明してくれた。殿下があんなに隠してたのに。
そっか。やっぱ我儘だったんだ。…そっか。)
ユーミリアはうんうんと頷いた。
「ユーミリアそれはどうでもいいんだ。それより、今さっき何したんだ?」
父親はやけに焦っている様子だった。
「何って?
…傷なおしたこと?
植物の細胞分裂促進を動物に応用しただけだよ?
そういえば、白魔法もそろそろ教わりたいなー。」
ユーミリアが無邪気ににこっと両親に笑いかけた。
(どうだ!5歳児のこの愛くるしい笑顔!!
両親もほだされ…あれ…どうしたんだ?)
「サイボウ?シロ魔法?ユーミリア…何言ってるの??」
「…」
(んー…あれ?私、前世の記憶使っちゃった?)
ユーミリアは笑顔を崩さなかったが、背中には冷や汗が流れるのを感じていた。
「そうか…なるほど…植物への魔法を動物に応用すれば、人間にも応用可能なのか…
言われれば当たり前かもしれないが、思いつかなかった。
斬新過ぎてすごすぎる…」
父は大きく頷いていたかと思うと、不意に辺りを見回した。
ドアのわきに立つ執事と目が合うと、じっと彼を見つめた。
「大丈夫です、旦那様、先ほどのことは私以外の使用人には見られてはおりませぬ。」
「うむ。」
父親は深く頷いた後、ユーミリアに向き直った。
「ユーミリア、先ほどのこと、むやみに人間に使ってはならぬ。
副作用があるかも解らぬし。」
「は…はい、お父様。」
ユーミリアはいつもとは違う父上の真剣な眼差しに、固唾を飲んだ。
「それにこれを極めれば、魔術師の立場も良くなろう..。
シロ魔法…おお「白」魔法かそうだな、先ほど魔力を注いだ時、白く光っておったな。
だから、白魔法か…。いいネーミングださすがわしの娘、センスあるな。」
ふむふむと独り言を呟きながら頷く父親を尻目に、ユーミリアは母に向き直った。
「お母様、もしかして治癒の魔法はないのですか?」
「今まで魔術を治癒に使おうと考えた人物は、誰1人としていないはずよ。
魔術は攻撃のために使うもの。それが常識だったわね。
子供ならではの柔軟な発想ね..。」
(あ、「子供だから」で、片づけてくれた…。良かった。)
ユーミリアはひとまず安心して、他のことは考えないようにした。
(私ごときで世界の歴史が変わるはずないわ。うん。そうよ!!)
******************************************
「エルフリード様?」
ユーミリアが魔術の実践練習を久しぶりに休み、図書室での勉強に時間を充てていると、そこへエルフリードが従者を連れてやってきた。
「少し、時間をいいか?」
「はい、もちろんです。わざわざ足を運んでいただいて、申し訳ありません。
次はお呼びいただいたら、私が伺いますわ。」
ユーミリアは急いで席を立つと、そう言葉を返し、深々とお辞儀をした。
その様子を、エルフリードは少し悲しそうに見届けた後、周りに合図をした。
「少し、2人だけにしてくれ。」
エルフリードの声掛けに、図書室はユーミリアとエルフリードの2人だけになった。
エルフリードは先ほどユーミリアが座っていた席へ、彼女に座るよう促し、自身もその隣に座った。
「最近、忙しそうだな。」
エルフリードが優しく声を掛けた。
「はい。陛下に魔術の制御を解除していただいたおかげで、日々、充実しております。」
ユーミリアは本心から笑顔をこぼした。
「そうか…。君が満足していてなにより…だ。そこに私がいないのが、少々寂しいが…。
それより…その…あれはどうした?」
「あれ?とは…」
「あれとは、あれだ…。」
エルフリードは顔を真っ赤にしてユーミリアに訴えていた。
そしてそっぽを向くと、…指輪…と小声で呟いた。
(も…萌え死んでしまうーーー!!!
テラカワユス…耳まで真っ赤、はにかみ王子、少しツンデレ?
やばい、やばすぎるーーー!!!)
ユーミリアもエルフリードの様子を見て、気恥ずかしさから顔を真っ赤にし、口を金魚のようにパクパクさせてしまていた。
「だ…大丈夫です!!」
ユーミリアは力強くエルフリードに進言した。
「あの、少し大きかったもので、鎖に通して、ネックレスにしております!!」
ユーミリアはシャリンと音を立てながら、胸元からネックレスを取り出し、その先についた指輪を手に取ると、手平に乗せ、エルフリードの前に差し出した。
「あ…ああ…」
エルフリードは目線だけを指輪に向け、その存在を確認すると、「もうしまってよい」といい、掌をパタパタさせた。
ユーミリアが指輪を胸元にしまった後、2人は向き直り、お互いに顔を真っ赤にしながら俯いていた。
(なに、このバカップル的な状況…)
ユーミリアは膝に置いたこぶしを、強く握りなおした。
(これでも私は片思いなんですか…)
「最近、話す機会があまりないな。」
エルフリードは呟いた。その声色は少し、悲しさを含んでいるようにも思えた。
「そう、ですね。時間を作れず、申し訳ありません…。」
(敢えて、話す機会を減らしましたからね…。)
ユーミリアは後ろめたさから、目を反らしてしまった。
「…以前、君が、『自分のことを妹のように扱っている』と言っていたが、そう言われて、そうかもしれない、と思ったんだ。」
エルフリードは唐突に話を始めた。
ユーミリアは胸に大きな棘がつき刺さったように感じた。
悲しみから全身が震え出しそうになるのを、ユーミリアは気力で抑え込んだ。
(泣いては…だめ。こうなることは分かっていたじゃない。
それが、早まっただけ。まだ傷の浅いうちで良かったじゃない…。
これが浅い傷と言えるかどうかは甚だ疑問だけど…。)
ユーミリアはギュッと唇を噛んだ。
「だから、これからは君を一人の女性として見ていこうと思う。」
エルフリードは決心を固めたように、じっとユーミリアの目を見据えた。
「え?」
ユーミリアは頭の中が真っ白になり、何も考えられなかった。
「じゃ、勉強の邪魔して悪かったね。」
そう言うと、エルフリードは固まるユーミリアを一人残し、部屋を去って行った。
「…。えっと…」
(私、どうしたらいいのかしら???)
その日、ユーミリアはゲームの流れをもう一度思い起こすことで、なんとか自我を保った。