16『手紙』
「……てがみ」ぽつりとブランテはうわ言のように呟いた。「……手紙、書かないと」
ブランテの言葉に勿論スメールチは「はぁ?」とキレ気味に反応した。
「手紙? こんなときに何を言ってるんだい、君は。誰に書くつもりだい? 自分の命が危ないってときに書かなきゃいけない相手なのかい? よく考えてごらんよ、今、君は悠長に手紙なんか書いている暇があると思うのかい? それ以外にするべきことが一杯あるんじゃないのかい? それとも何かな、もう自分はいつでも死んでもいいでーすなんてバカなことでも言うつもりかな!? ふざけないでほしいね、此方の気にもなってみなよ!!」
「……でも、約束しちまった」
「約束? 自分の命を捨ててまで守らなきゃいけないのかい、それは!! その相手は自分の命よりも重いって言うのかい!?」
ブランテが右肩を負傷していることも忘れて、スメールチはブランテの両肩を掴み激しく揺さぶる。ブランテはそのときの右肩に走る激痛に顔を歪ませたが、しかし自分の意思を曲げるつもりは無いようだった。
「ネロと、クリムちゃん。二人に心配かけたくねえんだ」
「よりにもよってその二人!? それこそ、生きて帰って事後報告すればいいだろう!?」
「それが、出来なかったら?」ブランテは真っ直ぐにスメールチを見て言う。「生きて帰るが出来なかったら、俺はどうしたらいい?」
スメールチはそうならないために策を練るんだろう、と言いたげだったが、ブランテの強い瞳に気圧されたのか口をつぐんだ。
「嫌な話だけど、『最悪』は想定しなきゃなんねーと思うんだ。もう、俺は覚悟を決めたよ」
ごめんな、と最後にブランテはスメールチに笑いかけた。スメールチは「卑怯だよ」と泣きそうになりながら言い、それ以上は何も言わなかった。本人が覚悟を決めてしまった以上、どうすることも出来なかったのだ。
苦戦しつつも手紙を書き終えると、ブランテはその手紙をスメールチに託すことにした。
「嫌だよ、自分で渡しなよ」
頼んでみれば、案の定拒否するスメールチである。当然と言えば当然だ。スメールチの側に立ってみれば、この仕打ちはとても残酷である。
「頼む。こんなこと頼めるのお前ぐらいしか居ないんだ」
それでもブランテは諦めない。受け取ってもらえない手紙を受け取ってもらえるまで、スメールチへ差し出し続ける。
「これが届かないなんてことがあってほしくないんだ。なあ、お前なら確実に届けられるだろ? 二人にももう会ってるんだし」
「……だからこそ、嫌なんだよ。僕はこれをあの二人に届けて、一瞬でも変な期待を持たせなきゃいけないんだよ? その意味が分かるかい?」
苦しそうにスメールチは言った。手紙が届いたから元気そうだと思っていたのに、これで万が一ブランテが死んでしまったらあの二人はどんな顔をするだろうか。想像したくもない話だった。
「まるで俺が死ぬみたいな言い方だな」
「君がそれを前提にし始めたんじゃないか」
そうだった、とブランテは力なく笑った。
「それに、この手紙……君がなにやってるかなんて話は全く触れてないよね。なにナンパしましたーみたいなことだけ書いてるんだい」
手紙を書いているところを見ていたため、スメールチは内容を知っている。嘘は言っていないが、どれも本当のことではなかった。
「ドワーフのおっさんに世話になってたのも今日までの話だし、ナンパなんて一回もしてないし……何より、ここに来てからブランテ君は人と出会う度に怪我してるじゃないか。なんで表面だけの平和な部分しか伝えないんだい?」
「なんでって……嫌だからに決まってるだろ」
怒気をはらんだスメールチの声にブランテは困ったような顔をした。でも意思を曲げることは決してない。
「俺が殺されかけたとかそういう心配させるような話をするために手紙を書いたんじゃねえんだよ。なんつーかな……仕事の話はネロのところへ持っていきたくないんだ。彼奴とは、ガキのときから同じような関係でいたいんだ」
まるで理由にもなっていない理由。それでもスメールチを動かすには充分だった。スメールチはブランテの手紙を受け取り、城を後にする。
ブランテはそんなスメールチの背中を見つめながら、今ならあのときのロドルフォの気持ちが分かるかもしれない、なんて苦い笑みを浮かべた。




